仁王がそれを手にしたのは、ある情報の賄賂。
相手は勿論、参謀・柳で賄賂として貰ったのは……
「仁王、アレは活用しているか?」
「そりゃもう、大層役に立ってるぜよ」
「そうか…敢えて深く追求はせんが、活用しているのならいい」
「参謀の考えてるような活用は出来んて」
部活の途中、傍迷惑な賄賂を指定してきた仁王に、その後のソレの活用を尋ねてくる柳。
とんでもない指定をくれた詐欺師のおかげで、とんでもないモノを製作する羽目になったのだから、こうなったらそれの活用をとことん追及してデーターにしないと気がすまないらしい。
「俺もそこまでまだ落ちぶれとらんわい」
「あれを指定した時点で、十分、落ちぶれているだろ」
「相変わらず容赦ないのぅ、参謀は…」
参謀と言われるだけの多大な知識量を誇る、その頭脳がどんな答えをはじき出したのか、何となく想像できてしまった仁王が否定の言葉を返し、そこまで自分を貶めてくれなくてもいいだろうとばかりに反論するものの、あの柳に勝てるわけがなく切り返された言葉にただ苦笑を返すしか出来なかった。
「なー仁王、アレって何なんだよ?」
「柳先輩、アレって何っすか?」
柳と仁王、二人が話しているのは部活中のコート横。
なわけだから、勿論、他の部員にも二人の声は聞こえているわけで…、好奇心旺盛の猫…もとい丸井と切原の二人がアレに興味を示して近づいていった。
「お前さんには、関係のないことじゃけ」
「ムーッ、仁王のケチ」
「気になるなら、仁王に聞くがいい。俺は答えん」
「それじゃ、何かは教えてもらえないってことじゃないっすかー」
丸井は仁王、切原は柳にアレについて尋ねるが、アレが何かを誰かれ構わずというか、誰にも言えるような代物ではないために、仁王はそっけなく丸井をあしらい、柳はそれを口にしても自分に害はないためにそれ自体は構わないが、あっさりと口にするよりも微妙な線で仁王で遊ぶほうが楽しいと判断したのか、答えることはしなかった。
「話はこれだけじゃな、参謀?」
「ああ」
「ほんじゃ、俺は柳生と愛を深めに戻るぜよ」
「素直にダブルスの練習に行くと言えばいいだろ」
「ダブルスにおいて一番必要なんは、愛じゃろ」
「信頼だ、痴れもの」
「人を痴れモノ扱いせんといてくれんかのぅ」
「お前など、痴れモノで十分だ」
ダブルスと恋愛を一緒くたにしたような仁王の台詞に、柳の反論が甚だ失礼な呼び名とともに帰ってくる。
それに反論したものの、相手は自分が法律と信じて疑わないような人種だ、軽く鼻で笑われて背中を向けられて練習に戻られてしまった。
そして鼻で笑ったほうはというと、戻る途中でこちらをチラチラと気にしていたらしい柳生に気がつき、名案が浮かんだために方向を転換して柳生の元に向かっていた。
「気になるか?」
「…私は、別に気になりなど…、丸井君と切原君がかなり気にしているようなので…」
「柳生が嘘をついてるときに饒舌になる確率……」
「柳君!」
「気になるなら、明日の朝にでも奴の家にいってみるといい」
「仁王君の家、ですか?」
「ああ、仁王が起きる前に行けば、アレが何かすぐにわかる」
「はぁ…」
わざわざ自分の元まで出向かれ、心持ち面白そうに吐き出された言葉に柳生は視線を外に泳がせながら若干早口に捲し立てる。
そのいつもと違う様子に柳は軽く口元を緩ませ、導き出すまでもないデーターを口にすれば、慌てたような柳生の声に遮られる。
そんな面白いぐらいに予測通りの反応に十分楽しませてもらったお礼…にもならないかもしれないが、素直に答える代わりに、アレを確実に見れる方法を伝授して、戻っていった。
「柳生、どうしたんじゃ?」
「仁王君…」
「何か言われたんか?」
「いえ…、あの、さっき柳君と話していたアレとは…」
「な、何でもない!!何でもないんじゃ!!」
離れていく背中に曖昧な返事しか返せずに、そのままつい視線を固定していた柳生に、柳が離れた後も丸井と切原に捕まっていた仁王が戻ってきて声をかける。
柳の謎かけめいた言葉が気になって仕方ない柳生が、仁王にアレについて尋ねると、さっきまでの丸井や切原たちに対する切り返しとはかなり違う、慌てふためく仁王の姿に、柳生はますますアレについての謎を深めた。
「そ、そんなことより、練習じゃ練習。このままじゃまだ完璧とは言えんじゃろ」
「…やはり、柳君の言葉通りにするしかなさそうですね…」
「ん?何か言うたか?」
「いいえ」
どうあっても答えてくれそうな姿に柳生は、誤魔化すように腕をグイグイ引っ張ってコートに向かおうとする仁王に付き合いながら、柳の言葉に従ってみようと心に決めた。
「考えてみれば、いきなり朝早くに人様の家に押しかけるのは迷惑でしかないんじゃないでしょうか?」
そんなこんなで次の日。
仁王の家の前まで来るだけ来ながら、自分の非常識ではないかと思われる行動に戸惑って、ベルを鳴らすかそれともそのまま帰るかを考え込みながら右往左往していた。
「あら?比呂士君?」
「あ、ご無沙汰してます」
「ふふ、相変わらず礼儀正しいのね、さああがって」
「あ…でも…」
そんな柳生に声をかける女性が一人、仁王の姉だった。
柳生の真面目で礼儀正しい性格が好感持てるのか、仁王の姉は柳生を気に入っていたため、迷うことなく柳生を家の中に招きいれた。
「雅治ねー、まだ寝てるから、適当に起こしてくれていいから」
「…はぁ」
招かれるままに仁王の家に入った柳生は、遠慮なく弟の部屋を指し示す仁王の姉に戸惑いがちに答えながらも、仁王の部屋を目指していく。
「失礼します」
失礼のないように、寝ていると聞いているし、寝てないと困るというのに、わざわざ仁王の部屋を軽くノックして一礼してから入っていく柳生。
それで起きたらどうするのだろうか?(それもそれで面白いのだろうが…とは柳談)
「え…と…アレ………とは…」
まあ、柳生の控えめなノックに音に気づかずに仁王は熟睡しているのでよかったのだろうが…(起きたほうが面白いものがとれたというに…とはやはり、柳談)
柳生はここにきた当初の目的を果たすべく、アレらしきもの探すためにキョロキョロとあたりを見回した。
結果…ある一点で柳生の視線が釘付けになり、心なしか表情が凍り付いていた。
「……やはり、コレのこと…でしょうか……?」
柳生の視線の先、仁王が眠るベッドの上。
仁王が抱きしめているかなり…抱きしめてる人間よりも大きいであろうテディベア。
確かにコレがアレならば、昨日の二人の会話とその後の仁王の慌てぶりの全てに説明がつく。
流石にあの参謀といえども、これは簡単に公表できるものではないだろう。
「それにしても、仁王君に人形を抱きしめて眠る癖があったなんて…」
「いくら仁王でも、そこまで恥ずかしい趣味は持ってないだろ」
「ヒッ!?」
「柳生、それは俺に失礼な反応ではないか?」
「や、柳君。いつ…」
「今だ。これだけ見ても、天然の柳生では理解できないだろうと思ってな」
わざわざ貞治の元に行く時間をずらして説明にきてやったんだ。
有難く思え。とばかりに誰も頼んでないのにという言葉すら吐き出すことを許されない雰囲気でズカズカと仁王の眠るベッドまで向かい、柳は仁王の腕の中のテディを遠慮なく抜き去る。
ついでに仁王は、その反動で背中から床に落下していった。
「ぐえっ!!」
「に、仁王君!!」
「これぐらいで蛙がつぶれたような声を出すな。情けない」
「…て、ててっ……って、何でここに柳生と柳がおるんじゃ!!」
「それは…その…」
「退屈しのぎだ」
流石に床に背中をしたたかに打ちつけたせいで目が覚めてしまった仁王は、背中を摩りながら上半身を起こした先に柳生と柳の姿を認めた。
一瞬、そのことで混乱をきたしかけたもののすぐに落ち着いて、二人に問いかけたはいいが、言いがたそうな柳生の代わりにさらりと答えた柳のあんまりにもな言葉に、柳生仁王の二人して頭を抱えた。
「さて、柳生」
「何でしょうか?」
「このテディ、お前と全く一緒の大きさだとは思わないか?」
「ちょ、ちょお待ちんしゃい、参謀」
「……言われて見れば……」
「添い寝してくれない誰かの代わりに、等身大のテディを頼まれたから渡した。それがアレの正体だ」
「いや、ちょぉ違うんじゃがな…」
「はぁ、その誰がというのは、もしかして…」
「お前以外に誰がいる」
「……そうなんですか?」
「…どうなんじゃろな…」
そんなことに頓着するような参謀ではなく、柳はサクサクと乾との約束のために話をすすめていく。
柳生の元にテディを差し出し、向かい合わせにしてみれば、柳の言葉通りそのテディは全く柳生と同じ大きさで、仁王の慌てふためいたような声も耳に入らずに柳生はそれを凝視した。
因みに柳は仁王の声がきっちりと耳に入っていたが、全てにおいて優先されるは乾との約束のためにここで仁王の話しに耳を傾ければ時間のロスは否めないために、綺麗さっぱり無視してくれていた。
さて、自分と同じ大きさだとわかったものの、その理由までは勿論、思いつかない柳生に、柳が確実にわざと少しずれた説明を柳生にする。
勿論、仁王の困ったような突っ込みは無視の方向でだ。
柳の言葉を何とか理解した柳生は、視線を柳から仁王に移して問いかけるが、仁王は視線を逆に逸らせていった。
「後は二人で好きにしてくれ、俺は貞治と約束があるのでな」
「そうですか、今日は有難うございました、柳君」
「後で覚えてるんじゃぞ、参謀」
「ふ、返り討ちにしてくれるわ」
曖昧に答えて視線を背ける仁王と、よくわかっていない柳生。
二人の間に流れる微妙な雰囲気をものとも思わない柳が時計を確認して、二人に声をかける。
そんな柳に、柳生は深々と礼をし、仁王は剣呑な目つきのまま物騒な言葉を口にしてみるが、自分が法律な柳にそれが効くわけがなく、逆に開眼つきの切り返しという多大なダメージを受けてしまっていた。
「仁王君」
「なんじゃ、柳生」
「添い寝くらい、一言いって下さったらしましたのに…」
ドアの所で振り返り開眼しながらの切り返しとともに去っていった柳を見送って、柳生が仁王に向き直る。
そこには今の柳とのやり取りでしっかりとダメージを受けた仁王がうずくまっていて、柳生がそれにひっそりと声をかける。
柳生に声をかけられふてくされたような声のまま返事をした仁王。
次の柳生の一言に呆気にとられていると、柳生に手を引かれベッドに連れていかれる。
「仁王君もまだまだ子供なんですねー」
「……そうかのぅ…お前さんよりかは、よっぽど大人じゃと思うんじゃが……」
「僕は添い寝なんか必要としませんよ」
「…希望は添い寝じゃないんじゃが……まあ、今回はこれでいいとするかのう…」
仁王が正気に戻ったときには、既に仁王はベッドに寝かされ、布団をかけられ、その上からお腹あたりをポンポンと柳生に叩かれていた。
その今の状態に、軽く混乱をきたしかけた頭に、柳生の軽く笑みを含んだ声が聞こえてきて、何とか正気を保てた。
とはいえ、聞こえてきた言葉は決して嬉しいものではなく、苦笑しつつ返事を返せば、柳の言葉をそのまま受け入れてしまっている柳生には、仁王の言葉の含みに気づかずに可笑しそうに返事をする。
その柳生の返事に、困ったように呟きながらも、これはこれで美味しい事態には違いないと思いなおした仁王は、今日はこのまま柳生の横でもう一度寝るのも悪くないと目を瞑った。
後日、今回の話を話を面白可笑しく乾に語って聞かせた柳のおかげで、乾から青学・青学から他校へと
「立海の仁王は隠れテディ好き」
という、有難くもなく大迷惑な風潮が広がったのは、それから数日後のことだった。
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