欲しいものなど、何もなかったから
失いたくないものが出来るなんて、考えたこともなかったから
突然、現れた手にいれた存在をどうやって失わずにすむかわからずに、ただ闇雲に二人して抱きしめあっていた。
「仁王君」
恋しい人が、自分の名前を呼ぶ。
「どうかしましたか?」
呼ばれるたびに抱きしめる腕の力を強める俺に、そいつは心配そうに声を何度もかけてくる。
「どうもせん」
どうもしない。
どうしていいかわからない。
ただ、いつかこいつを失ってしまうかもしれないと思うと、怖くて…
どうしたら、彼を永遠に繋ぎとめておけるのかがわからなくて、不安で…
胸に巣くう恐怖と不安を拭いきるように、強く愛しい体を抱きしめる。
「痛い、ですよ?」
「そうか」
「ええ」
痛いと口にするくせに、抵抗する素振りすら見せない。
俺がどこか不安定なことに気付いているこいつは、困ったような笑みで、それでもただされるがままに俺の腕の中に居座っている。
「柳生は優しいのぅ」
「仁王君も優しいですよ」
「そんなことないぜよ」
柳生は優しい。
だから、俺に何も聞かずにこうしていてくれる。
本当は俺が何を考えているのか、気にしているくせに…
「悪かった」
「いいんですよ」
「柳生?」
「僕は、こうして仁王君の腕の中にいるの嫌いではありませんから」
俺は彼に甘え続けている。
そんなことでは、それこそこいつを失ってしまう。
そう思うから、そっと腕の力を緩め、体を離したというのに、逆に彼に抱きつかれてしまう。
「のぅ、柳生」
「はい?」
「いつまで、こうしてられんじゃろ?」
抱きしめられて、相手の体温をゆったりとした気持ちで感じて、気がついたらずっと自分を苛んでいた不安を素直に吐き出していた。
「いつまでですか?」
「そうじゃ。いつまで俺ら、こないして一緒におれるんじゃろう?」
「仁王君が望むまで、じゃないですか?」
「柳生は?」
「僕は、仁王君が望む限りは傍にいます」
「お前は、自分では望まんのか?」
「望んでいるから、出来ればずっとと」
だから、貴方が望むまでなんですよ。
俺の言葉に、答えをかえしてくれる愛しき人。
見せる哀しい笑顔は、彼も同じ不安を抱えているのだと教えてくれた。
「お前も、おんなじなんじゃな」
「きっと、皆一緒なんですよ」
「じゃろうな」
恋に不安はつきもの。
この感情はきっと消えてなくなるということはない。
好きだから、失うのが怖い。
愛しているから、いつまで共にいれるのかと不安を感じる。
「でもね、仁王君」
「なんじゃい」
「予測できない未来に怯えて、不安になっているよりも…」
「なっているよりも?」
「わかっている今の幸せをかみ締めましょう?」
彼の哀しい笑みが、優しい微笑みに変わる。
どうなるかわからない未来に怯えるよりも、今の幸せを感じるほうが大切だと教えてくれる。
「柳生は強いのぅ」
「そんなことありませんよ」
「いいや、そんなことある」
「それならきっと、僕が強いのは仁王君が傍にいてくれるからですよ」
強い、強い恋人が、その強さは自分が一緒だからと声にする。
それならば
「俺も強ぅならな」
「仁王君は、十分強いですよ」
「そんなこたないと思うちょっけど…」
きっと
「柳生がずっと傍におってくれたら、もっと強ぅなれっとよ」
「それでは、仁王君はきっと無敵のヒーローにでもなれますね」
「柳生専属じゃがの」
悪戯めいた笑みを零して囁かれた、柳生の台詞。
真面目な彼には似つかわしくないような言葉に、二人して笑って、お互いの胸に刻み込むように、強く抱きしめ合った。
君が傍にいてくれるなら、俺も強くなれる。
誰もよりも何よりも、君を哀しませるものから、苦しませるものから、守ってあげる盾になる。
なんたって俺は
君だけの無敵のヒーローだから。
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