「夏風邪は馬鹿がひくものという相場は事実のようだな」
「自分の健康管理もできんとは、たるんどる!」
「柳君も真田君も、仁王君は病人なんですから、もう少し気を遣ってください」
珍しく風邪を引いて寝込んでいる仁王。
代表で見舞いにきた副部長に参謀と、この二人だけでは余計に風邪をこじらせそうだと一緒にやってきた柳生。
柳生の心配は見事に的中したようで、見舞いにきたはずの柳と真田は片や、ノート片手に病人を馬鹿にして鼻で笑い、もう一方はいつものしかめつらしい顔で、例の如くの言葉を口にしていた。
「お前ら、何しにきたんじゃ?」
「見舞いだ」
「他に何があるというんだ」
「見舞いなら、見舞いらしく、大丈夫?とか言えんのか?」
「言って欲しいのか?」
「いらん、参謀に言われたら、何の裏があるのかと疑ってまうわ」
頭を抱えたくなる気分をなんとか振り払いながら、真田と柳をたしなめる柳生の後ろ。
ベッドに横たわる仁王が、辛そうに息をつきながら、真田と柳と言い合いを始めた。
「柳生さえおってくれたら、おれはそれでええ。お前らとっとと帰りんしゃい」
「折角、見舞いにきてやったというのに、見舞いがいのない奴だな」
「お前は見舞いにきてくれたものに、礼の一つもとれんのか」
「そういうことはなぁ、まともに見舞ってから言いんしゃい」
しっしっと手を前後に振ってみせる仁王に、柳と真田がムッとしたような…片方は無表情・もう片方は常にしかめっ面のため、実は少しも変りがないのだが…それでも、雰囲気からムッとしたのであろうとわかったので、ムッとしたように文句をいう二人に、仁王が逆に言い返す。
「ん、携帯なっとるぜよ、参謀」
「この曲は貞治だな」
「一々、人によって曲代えちょるのか?」
「そんなもの、貞治だけに決まっているだろ」
「さよか」
「もしもし、貞治。どうかしたのか?」
『蓮二〜、風邪引いた〜』
「あれほど、自己管理をしろと言っただろ」
『だって〜』
「貞治のことだ、またクーラーでガンガンに冷やした部屋で薄着でいたのだろ」
『…なんでわかんだよー』
「貞治ことだからな、で、大丈夫なのか」
『じゃないから、電話してるの』
「わかった、すぐに行こう。ではな」
「あ、おい蓮二、俺も行くぞ」
「お前は来るな。邪魔だ、迷惑だ」
「何といわれようとも、俺も行く!」
お互いにバチバチっと火花が散り始めた時、蓮二のポケットから携帯の着メロが鳴る。
それは乾専用の音楽らしく、柳がさっと取り、話を始める。
乾が風邪引いて柳にヘルプを求めていると知ると、柳は電話を切ったと同時に仁王の部屋を凄い勢いで後にした。
そして、真田も来なくていいという柳の言葉を無視して、物凄いスピードで後を追いかけた。
「台風のようでしたね」
「あんな台風きたら、世界は終りじゃのぅ」
「大丈夫ですか、仁王君?」
「ああ、あいつらと話してたら、熱もどっかいったぜよ」
「そんなわけないでしょう」
一瞬でいなくなった二人を見送った仁王と柳生。
呆気にとられたままだったが、二人で顔を見合わせてクスクスと笑う。
「やっぱり、まだ高いですよ」
「そうか?あいつらとのやり取りであがったんかのぅ?」
「それはわかりませんが、寝てください」
ベッドの上に上半身起こしたままの仁王を心配して、柳生が仁王の額に手をやって熱を測ると、まだ高いようで仁王をベッドに寝かせる。
「折角、柳生一人になってこれからじゃというのにのぅ」
「何のことですか?」
「熱を手っ取り早く引かせるために、手伝ってもらおうかと思ったんじゃけどの」
「馬鹿なことを言っていると、帰りますよ」
「へいへい、おとなしくしとればええんじゃろ」
「ええ、大人しく寝て下さい」
寝かされたほうはといえば、ようやく恋人と二人に慣れたっていうのに、寝かされてしまい、少々ご不満のようだ。
けれども、柳生のほうが今回ばかりは一枚上手のようで、ニヤニヤとからかうような口を開く仁王の額をペチリと叩いて、帰り支度を始める振りをする。
そうされてしまうと、病人に出来るのは大人しく寝てしまうだけで、不貞腐れたように仁王は布団に潜りこんでいった。
「それでいいんですよ」
「っ!」
そんな仁王の姿にクスクスと笑っていた柳生は、ベッドのふちに座り、真ん中の丸い塊のたぶん、頬であろう場所にシーツ越しに唇を押し当てた。
「や、柳生、い、今…」
「仁王君、ちゃんと寝たまえ」
「もっかい、もっかい今の…ここにちゃんとやってくれたら、言われた通りに寝る」
シーツ越しに触れた一瞬の柔らかい感触に飛び起きた仁王に、クイッとメガネを直し、厳しそうな顔を何とか作ろうとしながら厳しい口調で寝かしつけようとする。
が、頑張っても口元が引きつっていることからも、怒ってはないと知れて、仁王が飛び起きたときの勢いのままに頬に指を指して、もう一度と強請ってみる。
「仕方ありませんね」
「やっ……!」
「何て顔しているんですか」
「お前な〜」
やれやれと言いたそうな声で答えたくせに、柳生は楽しそうに仁王の唇に触れるだけのキスをする。
されたほうはといえば、またの予想外の出来事に滅多にない赤くなって目を丸くするという表情を柳生に晒していた。
その初めて見る表情に可笑しそうに笑う柳生に、仁王は真っ赤になった顔を隠すように片手で顔を覆った。
「早く直して下さいね」
「わぁっちょる」
「もう寝て下さい」
「…そうする」
すっかり主導権を握られた仁王は、言われるままに布団を頭から被る。
そんな仁王を愛しそうに見つめていた柳生は、仁王が寝転んだのを見て立ち上がった。
「では、僕はこれで…」
「待ちんしゃい」
「仁王君?」
「俺が寝るまで、傍にいてくれんか?」
そのまま部屋を後にしようとした柳生の袖を、仁王が咄嗟に掴む。
それは無意識の行動だったようで、された柳生だけでなく仁王のほうまで驚いたようにその手を見ていたが、正気に返り、少し恥ずかしいのか視線を逸らしながら、もう少しいてもらうように気持ちを伝えた。
「……はい」
仁王の気持ちに応えた柳生は、柔らかく微笑んで、仁王の眠るベッドの横に座った。
袖を掴んだ手は、今は柳生の手の中に包まれていた。
愛しい人のいつもと違う表情が見られるのならば、たまには病気もいいものかも知れない。
そう思ったのは、二人とも。
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