お布団
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1年は組の忍たま長屋はばっちい。
その上に、危険もある。
まず、喜三太と金吾の部屋には大量のなめくじが這っている。
兵太夫と三治郎の部屋には大量の罠や仕掛けの数々。
そして、乱太郎ときり丸・しんべえの部屋はしんべえが食べ散らかしたお菓子ののせいでゴキブリやネズミが大量発生していた。
それでも、それをそのまま放置していたために、は組の忍たま長屋はある日、とうとう子供たちが寝れない状態にまで追い込まれたのだった。

「土井先生〜」
「山田先生〜」

自分たちの部屋どころか長屋で寝れなくなってしまった子供たちは担任の半助と伝蔵の部屋へと避難した。

「あれほど、キチンと掃除をしろと言ったじゃないか」
「ごめんなさ〜い」
「仕方ない、明日は大掃除をするから、今日はここで寝なさい」
「やったー」

ハァと教師二人が溜息を吐く中、生徒たちは大喜びで持参してきた布団を引き始めた。

「…?」
「お前たち、布団の数が足りなくないか?」
「金吾と喜三太の布団はなめくじが這いずりまわった後があるから」
「乱太郎たちの布団は…」
「もういい、大体わかった」

生徒たちの言葉に、半助も伝蔵も呆れたような溜息しか出てこない。

「仕方ない、布団のないものは、誰かの布団に入れて貰うんだぞ」
「は〜い」
「布団、全部くっつけちゃえばいいんじゃないか?」
「そしたら、誰が誰のとか関係なく寝れるね」
「よし、そうしよう」

ペタペタと敷いた布団を生徒たちがくっつけていく。
それを和やかに眺めているのは、この部屋の主の半助と隣部屋の伝蔵。

「寝る用意が出来たな」
「は〜い」
「お休みなさ〜い」

布団を敷き終え、それぞれがゴロゴロと横になる。

「本当に全員預かってもらっていいのか?」
「構いませんよ」

生徒は全員、半助の部屋で寝ることになって、伝蔵は悪いのうと半助の部屋の前の廊下で謝る。

「お前たち、よい子にしてるんだぞ」

半助が構わないというので言葉に甘えることにした伝蔵は、最後にそういい残して自室へと帰っていった。
それを見送って、半助も自分の布団へ潜り込んだ。



小さな騒動はその次の日の朝に起きた。

「ズルイ…」
「きり丸一人だけ…」
「う…ん、皆、どうしたの〜」

小さな不満の声に目が覚めた乱太郎。
キョロっと周りを見渡して見ると、部屋の戸口の端のほうに既に起きてる生徒たちが集まっていた。

「乱太郎、見てよ」
「きり丸ったらずるいんだよ〜」
「いいよな〜」
「何が…!?」

乱太郎が起きたことに気付いた子供たちが隙間を作ってそこに乱太郎を招く。
とことこと膝たちでそこに向かった乱太郎が見たのは、一番端の半助の布団。
そこに寝てる半助と、その半助の右腕を枕にして半助に抱きついて寝てるきり丸だった。

「お、もう起きとるのか早い…なっ!?」

そこに間が悪くというか、子供たちが小さな声で話してる声が聞こえた伝蔵が部屋へ入ってきた。

「は、半助ー!!」
「な、何ですか、山田先生。朝っぱらから」
「何ですか?じゃないわ。これはどういうことじゃ?」
「これ?」

自分の横を指して叫ぶ伝蔵に、訳がわからないという表情で半助は隣で寝るきり丸をみる。

「あー。また、布団を剥いで…」

きり丸のお腹あたりからしか布団が掛けられていないことに気付いて、半助は仕方ないなと呟きながら、きり丸の肩まで布団をかけてやる。

「ん?お前たち早いな?まだ寝ててもいいんだぞ?」

それから初めて、自分たちの枕元に生徒が数人集まっているのに気付いた半助が声をかけるが、生徒たちは唖然と半助を見ていて返事はない。

「どうかしたのか?」
「どうかしたのではなーい」

半助の言葉に伝蔵は顔を大きくして怒る。

「う、うう〜ん、何だよもう朝っぱらから…」
「きりちゃん、お早う」
「あー、乱太郎お早う」

のそのそと半助の布団の上に座り込んで、目を擦りながら乱太郎に返事をする。

「何で、ここに皆集まってるんだ?」

バイトのおかげで朝にはめっきり強いきり丸は、起きたてにも係わらずに既に自分の周りの異様な状況に気付いていた。

「半助〜、一体これはどういうことじゃ〜」
「どういうことって言われましても…」
「きり丸、ずるいよ〜」
「ずるいって何がだよ?」
「「きっちり、説明してもらおうじゃないか」」
「「だから、何が?」」

伝蔵と子供たちの言葉が被さる。
同時に、半助ときり丸の声も綺麗に被って返ってくる。

「俺たちだって、土井先生に腕枕してもらいたい」
「何故、きり丸と一緒にどう見てもかなり仲がいいように見える寝方をしてるのかね?」

伝蔵と生徒代表として庄左ヱ門がきり丸・半助に問いかける。
半助ときり丸はようやく合点が言ったと、二人で顔を見合わせる。

「いつも家じゃこうやって寝てるんだよ」
「いつも?」
「どうして?」
「きり丸のせいなんですよ…」
「あっ、ひでーや、先生」
「ひでーやって、事実だろうが」
「どういうことだ半助?」
「実はですね…」

話は初めてきり丸が半助の家に来た日まで遡る。
家のないきり丸を放っておくわけにもいかずに、忍術学園が長期休暇に入る間は半助がきり丸の面倒を見ることになった。
きり丸を連れて久しぶりの我が家に帰った半助はきり丸と二人で掃除をして、買い物にいき、初日を終えようとしていた。

「おい、きり丸。そろそろ寝ろ」

夜も更け、きり丸がウトウトとしてきたのに気付いた半助がきり丸に声をかける。

「は〜い」

眠かったのだろうきり丸は、その声に素直に返事をしておぼつかない足取りで隣の部屋に向かった。

「…先生〜」
「どうした?」

きり丸が隣の部屋に入ってふすまを閉めて、少しして半助を呼ぶ。
それに問いかけると「布団は〜」と間延びした声が返ってくる。

「しまった、忘れてた」

買い物の時、きり丸の分のお茶碗などをいくつか買っておいたのだが、すっかりときり丸の分の布団のことは忘れていたらしい。
1年のほとんどを忍術学園で過ごす半助は、一人身で今のところ相手もいないために布団も一組、自分の分しか置いていなかった。
今でこそ大勢の客が休みの度に訪れるようになったが、今まではそう滅多に客が訪れることもなかったためもある。
そういうわけで、現在の土井家には布団が一組しかなく、住人は二人という状況を作りだしていた。

「あちゃ〜、どうするかな…」

もう夜も遅い時間で、店が開いてるわけもなく、同じ長屋の人に布団を借りるか、どっちかが床で寝るかという選択しかない。

「俺、床でいいですよ」
「そういうわけにもいかないだろ」

仮にも教師である半助が教え子のきり丸を床で寝かして、自分が布団で寝るなどというわけにもいかない。

「俺はこうやって屋根のある場所で寝れるだけでも贅沢ですから」
「きり丸…」
「それに今は夏ですから、床のほうが気持ちいいですし」

健気なきり丸の言葉に半助はジーンと胸が熱くなる。
幼い頃に戦で家族も家も失くしたきり丸は、その日から一人で生きてきた。
寝る場所すらなかった頃は、野宿など当たり前で雨風がしのげる場所があるだけでも充分だった。
そんな経験をしているからこその言葉。
そういう経験は半助自身もあるので、余計にきり丸のその言葉は半助の胸をついた。

「ダメだ、きり丸が布団で寝なさい」

布団で寝ることが贅沢だと。
屋根があるだけで有難い。
これから休みの間、この子の面倒を見るからには、こんな言葉を言わせることのないようにしてやりたい。
この時、半助は自分にそう誓ったのだった。

「私が床で寝るから。な」
「ダメです」
「どうしてだ?」
「だって、ここは先生の家で、この布団は先生のじゃないですか」
「そうだな」
「俺は居候の身ですから、先生が布団で寝てください」
「そんなこと気にしなくていいんだぞ?」
「ダメです」

そのまましばらく二人でどっちが布団を使うかで押し問答を始める二人。

「…このまま言い合っても仕方ない」
「先生?」
「取りあえず、布団は明日買うとして、今日は一緒に寝よう」
「ええ〜」
「何だ?不満か?」
「だって、先生と二人で寝るんでしょう」
「そうだ。まだきり丸は小さいから二人で寝ても狭くないだろ」
「そうですけど〜」
「何だ?問題でもあるのか?」
「夏だし、暑いですよ〜」
「まあ、そう言われれば…」
「ね、だから俺は床で寝ますって」
「それはダメだ。ここで一人で寝るか私と一緒に寝るかのどっちかだけだぞ」
「そんな〜」

困ったような声を出すきり丸。

「もう眠いだろ、どうする?」

半助はそれをわかっていながら、知らないふりして詰め寄る。

「わかりましたよ、一緒に寝ます」
「よし、じゃあ寝るぞ」
「は〜い」

結局はきり丸が折れて二人で寝ることになった半助ときり丸。
布団に入ってからも、言い合いは続く。

「ほら、枕使え」
「え、いいですよ」
「いいから」
「先生が使ってくださいよ。俺はなくても平気ですから」
「私もなくても平気だから気にするな」
「気にしますよ〜」

譲らないきり丸に、半助は考え込む。

「…わかった、枕は私が使おう」

その代わり

「きり丸、ここに頭を乗せなさい」
「ここって先生の腕じゃないですか!?」

枕は自分の頭の下に置き寝転んだ半助は、自分の右腕をきり丸の頭の下に伸ばす。

「仕方ないだろ、他に枕がないんだから」
「でも…」
「気にするな」

頭を浮かせて困るきり丸の頭を、半助は左腕で無理やり押して自分の右腕の上に乗せる。

「子供が遠慮するな」
「…先生」
「ほら、布団は肩まで被る」
「はい…」
「そんなに離れたら布団からはみ出るぞ」

布団の端のほうに寝ようとするきり丸の腰に腕を回して半助は引き寄せる。

「先生!?」
「布団だって大きくないんだから、引っ付いて寝ないとはみ出るだろ」
「…はーい」

半助に諭すように言われて大人しくなったきり丸は、そのまま半助にくっついて眠った。

「…というわけでして…」
「それはわかったが、それが何故、いつもになるのだ?」

半助の説明を聞いた伝蔵が訊ねる。

「それは…」
「勿体ないじゃないですか」

少し言いづらそうに言葉を濁す半助に変わって、きり丸が口を開く。

「勿体ない?」
「布団代」
「きり丸…」
「一緒に寝てみたら、そんなに暑くもなかったし、布団が一組で済むならそっちのほうがお金使わずにすんでいいじゃないですか」
「半助…」
「面目ない」
「きり丸に負けてどうすんじゃい」
「こいつ、お金を使うことになると、聞かないもので」
「いいじゃないですか〜布団代だってバカにならないんですよ〜」
「あれ?でも、前に私が泊まった時は布団あったよね?」

きり丸と半助の話を聞いていた乱太郎が不意に声をあげる。

「そういえば、私も布団で寝た気がするんだがね〜」
「山田先生や乱太郎が寝た布団は隣のおばちゃんに借りた布団です」
「半助ー」
「わ〜、スミマセン」
「じゃあ、土井先生の家には…」
「布団は先生のしかないよ」
「近頃は知らない間に食器も減ってきて…」
「ははは…」
「きりちゃん、土井先生の知らない間に売ったの?」
「だって、沢山あっても無駄じゃん。最低限のものだけで充分だって」
「どケチもここまでくると立派なもんだね」
「そういう問題かー」

半助ときり丸の話ですっかり納得してしまったは組の生徒に対し、未だに一人で怒っている伝蔵。

「半助、次の休みにはキチンときり丸の分も布団も買うんだぞ、いいな」
「はい」
「え〜、ダメだよ。勿体ないですよ〜」
「教師と生徒が一つの布団で寝てるほうが問題だ」
「何でですか?無駄遣いしないほうが大事じゃないですかー」
「これは無駄遣いとは言わんわい」
「1コの布団で足りるんですから、無駄遣いですよ〜」
「違うと言ってるだろうが」
「違いません〜」
「きりちゃん…」
「山田先生…」

こうして、二人の口論は果てしなく続いた。
結果、忍たま長屋を掃除することは出来ず、は組の生徒たちは半助の部屋でもう一泊することになった。
そして、半助に腕枕してもらうのを誰にするかで揉めて、全員で寝不足になったのはまたの話。

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Fin