やきもち
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時は室町後期
戦国時代へと突入を始めた時代でありながら、ここ忍術学園は平和な子供たちの明るい声が響いていた。
「うわぁぁぁぁぁぁん」
…明るい声が響いていたのだが、突如、大きな泣き声が1年は組の教室に響き渡る。
「どうかしたのか?」
泣き声はは組の教室のみならず、学園内を駆け巡り、教科担当の半助が教室に駆け込んでくる。
「え〜ん、土井先生〜」
「しんべヱ、どうしたんだ?」
半助が入ってきた途端、泣き声の主であるしんべヱが半助に駆け寄る。
半助は駆け寄ってきたしんべヱの鼻をティッシュでかんでやり、優しく頭を撫でてやる。
「きり丸が〜」
「きり丸?」
しんべヱの口からきり丸の名前が出てきたので、半助がきり丸を見れば、きり丸は不機嫌そうに心持ち頬を膨らましてそっぽを向いている。
「きり丸に叩かれたのか?」
しんべヱの頭には大きなこぶが一つ出来ていた。
「そうなんです〜、僕、何もしてないのに〜」
「それは本当か、きり丸?」
「何も出来ないから悪いんだろ」
きっときつい表情できり丸を見れば、きり丸も負けじと怒ったような表情で見返してくる。
「しんべヱ、トロいしさ、迷惑ばっかかけてるじゃんか」
「うわぁぁぁぁぁぁ〜ん」
「何かあったら、すぐ泣くし。泣けば何だって許してもらえるって思ってんじゃねぇの」
「きり丸!!」
半助のきつい声がきり丸の口を閉ざす。
「きり丸、言っていいことと悪いことの区別くらいつくだろ」
「……」
「しんべヱは確かにトロいし、ドジも多いけど。いいとこだって一杯あるし、お前だってしんべヱに助けられたことあるだろ」
「危ない目に合わされたほうが多いじゃねぇか」
「きり丸、いい加減にしないか。しんべヱに誤りなさい」
「嫌だね。何で本当のことを言って謝らなきゃいけないんだよ」
「き、きり丸〜、僕のこと嫌いなの〜」
「迷惑ばっかかけるしんべヱなんか嫌いだ」
「ふ、ふぇぇぇぇぇぇぇん〜、土井先生〜」
「あ、よしよし。泣くなしんべヱ、な」
「しんべヱなんて、ずっとそうやって泣いてればいいんだ」
キッとしんべヱと半助と睨みつけて、きり丸が教室を出ようとする。
「きり丸、待ちなさい」
「……」
半助に呼び止められて一瞬、きり丸が立ち止まる。
「せ、先生なんか、そうやっていつだってしんべヱだけの面倒見てたらいいだろ!!俺のことなんか、ほっとけよ!!」
「きり丸!!」
ギュッと強く自分の手を握り締めて、泣きそうになる心を堪えて、叫ぶようにそれだけ言うと、きり丸は走って教室を後にした。
「ったく〜、一体、どうしたんっていうんだ?」
残された半助は呆然と勢いよく締められたドアをただ眺めるしか出来なかった。
「どうしよう〜、きり丸に嫌われちゃったよ〜」
しんべヱはただ半助に縋って泣き続けるばかりで、半助はしんべヱの背中を擦ってあやしていた。
「大丈夫だよ、しんべヱ」
「乱太郎〜」
「土井先生、私がしんべヱを連れて保健室に行きますから、先生はきり丸を探してください」
「乱太郎、きり丸があんなこと言ったわけ、知ってるのか?」
「知ってるわけじゃありませんけど、何となく理由はわかります」
半助からしんべヱを引き剥がしながら、乱太郎は困ったように笑う。
半助の目がその理由を話せと言いたげだったからだ。
「きり丸はやきもちを妬いてるんだと思います」
「やきもち?」
「きり丸、お餅焼いてるの〜?」
「しんべヱ、そのやきもちじゃないよ」
「しんべヱ、少しだけ向こうに行っててくれないか?」
「…?は〜い」
乱太郎の言葉に、しんべヱが素でぼける。
これじゃ話が進まないと判断した半助がしんべヱを追いやる。
「乱太郎、詳しく教えてくれないか?」
「私もきりちゃんから聞いたわけじゃないんですけど、きりちゃん、いっつもしんべえが土井先生に世話して貰ってる時とか、凄くムッとした顔してしんべヱを見てるんです」
「そうだったか?」
乱太郎に言われて半助も思い出そうとするが、どう思い出してもしんべヱの顔しか思い出せない。
「先生って、いつも大抵しんべヱの世話してるじゃないですか」
「そう言われたらそうだな…」
しんべヱはのんびりした性格で、トロい。
放っておいたら、常に鼻を垂らしているしで、半助は自然としんべヱを見つけたら鼻をかんで耳掃除をしてやって、体重を見てと、しんべヱの世話をやいていることが多かった。
「きり丸は、それが不満なんですよ」
「あのきり丸がな〜」
いつもいつも小生意気な口を聞いて、口を開けば銭やバイトのことばっかり。
一応、これでもきり丸と自分は付き合っているのだから、もう少し甘い会話や雰囲気もと思うのだが、そんなに現実は甘くない。
きり丸にしてみれば、自分は恋人というより都合のいい相手なだけなのかもしれないと思い始めていただけに、乱太郎の言葉は半助には半ば信じられないものだった。
「きり丸はどうやって甘えていいのかわかんないだけで、先生に甘えたいんだと思います」
「乱太郎はよくきり丸のこと見てるんだな〜」
「え?違いますよ。私が利吉さんと一緒にいる時に、きり丸が私が羨ましいみたいなことを言っていたので」
「乱太郎が?」
「はい、好きな人の前で素直になれて羨ましいって」
「そうか…」
「先生、今の話きり丸には内緒ですよ。先生には言わないっていう約束ですから」
「ああ、わかったよ」
口元に人差し指を持っていって小声で話す乱太郎の、半助はニッコリと笑って了承の意を伝える。
「じゃあ先生、きり丸をよろしくお願いします」
「乱太郎もしんべヱをよろしくな。後できり丸を連れていくから」
「先生。きり丸のこと怒らないでやってください」
「う〜んしんべヱをぶったことは悪いことだからな〜」
乱太郎のお願いに、半助は困ったように眉を寄せる。
自分的にも、乱太郎の言う通りだったら怒れないだろうなという気持ちはある。
だからといって、今ここで乱太郎と約束をするわけにはいかない。
ここでは自分は教師できり丸は生徒だからだ。
悪いことをした以上、叱るのが教師としての自分の務めなのだ。
だからと言って、本当にきり丸のことを心配している乱太郎にこれ以上、心配をかけるわけにもいかない。
「怒る前に、ちゃんときり丸と話をするよ。それでいいか乱太郎?」
「はい」
なので、乱太郎を安心させるようにキチンと説明してから、半助はきり丸を探しに教室を出ていった。
教室を飛び出したきり丸が向かったのは、学園の裏の牧場。
ここはあまり生徒に知られてないうえに、牧場と林しかないものだから、あまり人が来ない場所なのできり丸は一人になりたい時や、半助と秘密の逢瀬を楽しむのに来ることが多かった。
牧場の横の林の奥まった場所に隠れるように木に凭れて座り込む。
「ふぇっ…っく…」
教室を出る前から、半助が教室に入ってきたころからずっと泣きそうになっていて、今まで堪えていたものが、ようやく一人になれた安堵からか流れ出す。
小さな嗚咽を漏らしながら、体育座りで膝に両腕を置いてそこに顔を埋める。
本当にしんべヱのことが嫌いなわけでも、あんなこと思ってるわけでもない。
しんべヱはのんびりしてて、優しくて甘えるのも上手だから、いつも気付いたら土井先生の横で先生に面倒見てもらったりしている。
しんべヱもそれが当たり前のように、すぐに先生の傍に駆けていく。
初めは何てことのない風景だったのに…
いつからか、先生が好きだって思うよりも前からしんべヱが先生に甘えるのを見ると、心がズキズキと痛みを訴えるようになった。
訳がわからなくて、自分は病気なんじゃないかと恐くなったけど、そのうち、ズキズキした心はモヤモヤと嫌な感情を連れてきて、気がつけばどうしようもない衝動が襲って、とうとうしんべヱを傷つけてしまった。
「あ、あんなこと…」
言うつもりもなかった。
叩くつもりだってなかった。
ただ、しんべヱが土井先生に世話をやいてもらうのが当たり前のようにしているのを見たら、どうしようもなく苛立って、気がついたら手が出てた。
しんべヱの泣き声で正気に戻って、謝ろうと思ったけど、声が嗄れたように出なくて、そうしたら土井先生が入ってきて…
当たり前のように先生に縋りつくしんべヱと当たり前のようにしんべヱの頭を撫でる先生を見たら、また苛立ちが募ってきて、先生がきつい声を出すのも、怒るのも腹が立って、哀しくなって、泣きそうになる自分を叱咤して、教室を出た。
「先生…土井先生…」
先生は教師だから、誰か一人を特別扱いするなんて出来ない。
だから、自分を一人を特別扱いして欲しいなんて言うつもりはなかったし、皆が同じように扱われているのだから我侭言っちゃだめだってのもわかっていた。
しんべヱが特別扱いされてるわけじゃないこともわかってる。
ただ、しんべヱはどうしてもああいう性格でああいう体格だから、どうしても他の生徒に比べたら劣ってしまう。
だから、先生もついしんべヱを気にしちゃうんだ。
わかってる、わかってる。けど…
「せ、先生の…恋人…っは、俺…なのに〜」
本当はしんべヱみたいに、先生の傍にいたい。
先生に素直に甘えてみたい。
そんなこと簡単に出来ないのは知ってるんだけど。
そんな風に俺が思ってるって、先生は全然気付いてくれないしさ。
「…せ、先生のバカ〜」
忍者だし、先生なんだから、少しくらい気付いてくれたってよさそうなのにさ〜
「ほぉ…誰がバカだって〜」
「ふえぇぇぇ?」
泣きながら言った言葉に、頭上から低い声が返ってくる。
驚いて見上げれば、そこには半助が困ったような笑みを浮かべて立っていた。
「泣いてたのか?」
「なっ…泣いてない…」
半助に言われて、グイッと涙を拭う。
「きり丸。ごめんな」
グイグイと涙を袖で拭おうとするきり丸の腕を取って、半助はそっと指で涙を拭ってやる。
「先生…」
その指の優しさに誘われるようにきり丸の瞳から涙が溢れてくる。
「泣くな、お前に泣かれるとどうしていいかわからなくなる」
「そ、そんらこと…言ったっれ〜」
「あー、もう、舌がもつれてるじゃないか」
エグエグと泣きながら、きり丸は半助にしがみつく。
「気付いてやれなくてごめんな」
「ふぇ…せ、先生〜」
縋りついてくるきり丸を半助は優しく抱きとめる。
半助に抱き締められたきり丸は、そのまま半助の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。
きり丸が泣き止むまで、半助はきり丸の背中を擦り続けた。
「せ、先生…」
「ん?泣き止んだか?」
真っ赤に泣きはらした目で見上げてくるきり丸の眦に残る涙をそっと唇で吸ってやる。
「ん、ごめんなさい…」
「きり丸?」
その半助の優しい仕草に頬を紅潮させて、きり丸が俯く。
「俺、酷いこといった…」
「…そうだな」
ギュッと半助の服を掴んで、小さな声で呟くきり丸の頭を半助は優しく撫でる。
「しんべヱには後でちゃんと謝らないとな」
「はい」
「でもな、きり丸」
小さく頷くきり丸を可愛いなぁと思うと、自然と半助の頬が緩む。
「しんべヱには悪いが、私は嬉しい」
こそっときり丸の耳元に口を寄せて、囁く。
「どうして?」
「きり丸はしんべヱにやきもちを妬いたのだろう?」
半助の言葉にきり丸は恥ずかしそうに目を伏せて、小さく頷く。
「教師としては、きり丸のしたことは叱らなければいけない」
けどな…
「恋人としては、やきもちを妬いてくれてるということは、私のことを好きだと言ってもらってるようなものだから嬉しい」
本当はこんなこと、言ってはいけないのかもしれないけどな。
そう苦笑混じりに言われて、きり丸もようやく笑顔を見せる。
「私は教師だから、学園にいる間はどうしても、お前も他の子供たちと同じように扱わないといけない」
「わかってます」
「でもな、いつも私が想っているのはきり丸、お前だけだよ」
「せ、先生…」
チュウっときり丸の額に唇をくっつける。
「私が好きなのはきり丸だけだ」
「先生、俺、俺も先生が好き」
一生懸命に言葉を紡ぐきり丸が可愛くて、半助は軽くきり丸の唇に口付ける。
「先生vv」
唇にキスして貰えて、きり丸は嬉しそうにホニャっと笑う。
「先生、大好き」
ギュウッと半助に抱きついて、嬉しそうに顔をすり寄せる。
「私もきり丸が大好きだよ」
そんなきり丸の可愛い仕草に、すっかりやられた半助は頬を緩ませたまま、もう一度、きり丸にキスをした。
「皆、心配してるし、そろそろ戻るぞ」
コホンと一つ咳払いをして、表情を引き締めて、きり丸を抱きつけたまま立ち上がる。
「は〜い」
「戻ったら、しんべヱには謝るんだぞ」
きり丸を下ろし、埃や草を払ってやりながら、教師の顔で言う。
「わかってますよ〜」
プクっと心持ち顔を膨らませて呟くきり丸に、半助は可笑しそうに笑う。
「先生」
「どうした?」
半助が差し出してを握って、きり丸が半助を見上げ声をかける。
「また、してくださいね」
そっと自分の唇を手を握っていないほうの指で触れながら、呟く。
「……今度のテストでいい点取ったらな」
きり丸の言葉に少し考えた素振りを見せた半助は、楽しそうにそうのたまう。
勿論、その言葉にきり丸が不満の声をあげないわけはなくて…
「え〜、何でそうなるんですか〜?」
「少しは頑張って貰わないと、こっちも休み返上で補習をする羽目になるからな」
「だからって〜、職権乱用ですよ〜」
「ほぉ、中々難しい言葉を知ってるじゃないか」
ブーブー文句を垂れるきり丸を半助は笑いながら軽くかわしていく。
「いいもん…」
どんなに文句を言っても取り合ってくれない半助に痺れを切らしたきり丸がポツッと呟く。
「きり丸?」
「先生がそんなこと言うんだったら、俺、三郎先輩や仙蔵先輩に教えてもらうもん」
「そうだな、上級生に教えてもらうのはいいことだからな」
「三郎先輩や仙蔵先輩は勉強教えてくれるお礼にチュウして欲しいって言ってくるから、断ってたけど…」
「何ぃ!?あいつら、そんなこと言ってくるのかー?」
「うん」
「ダメだぞ、きり丸」
きり丸の肩を掴んで言い聞かせる半助に、きり丸は舌を出してあっかんべーを見せる。
「先生があんなこと言うなら、俺、ちゅうして先輩たちに勉強教えてもらうもん」
プンっとそっぽを向くきり丸に、半助はキリキリと胃が痛むのを感じた。
「悪かった。さっきの言葉は取り消すから」
「先生なんて、知らない」
謝る半助にそっけなく言い放ってきり丸は、スタスタと林を抜けていった。
「きり丸ー」
情けない声を出して、慌てて後を追ってくる半助に、きり丸は半助に分からないように笑みを零す。
「先生」
林を抜けたところで立ち止まり、くるりと後ろを振り返るきり丸。
ようやく立ち止まってこっちを見てくれたことに、半助は安堵の息を漏らす。
「こんなこと言うの、俺だけですよね?」
上目遣いに不安そうに見上げてくるきり丸の表情にクラクラしながらも、半助はきり丸に言われたことの意味を考える。
「……ああ、当たり前だろ」
そして、その言葉がさっききり丸を起こらせた、テストの点がよかったらキスしてやると言ったことに対してのことだとわかって、優しく微笑んでやる。
「こんなこと、言うのもするのもお前だけだ」
最後にと、周りに誰もいないのを確認してから、もう一度だけ唇を軽く触れ合わせる。
「仕方ないから、許してあげますよ」
「…有難う」
半助の言葉を聞いて、幸せそうに笑いながのきり丸の言葉に、半助は呆れたような笑みを浮かべる。
「先生、早く戻ろう。しんべヱに謝らないと」
「そうだな、もうすぐ授業も始まるしな」
手を繋いで早く早くとせかすきり丸。
半助はその姿を微笑ましく思いながら、握った手をそのままに歩き始めた。
きり丸が与えてくれた小さな、けれどもとても大事な幸せを噛締めながら。
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