無邪気
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「ハァ〜」

忍術学園内で大きな溜息を吐く音が聞こえる。
この学園内で溜息を吐く人物など限られている。
大体というか、ほぼ1年は組の担任をしている、山田 伝蔵か土井 半助で、この溜息は教科担当の半助だった。

「土井先生、どうかしましたかな?」

今、半助がいるのは同じ1年は組の担当を受けもっている伝蔵と二人に与えられた教師部屋。今でいう職員室のようなとこ。

「いえ…ちょっと…」

そう言いつつ半助の視線は窓の外、学園の庭へと注がれる。

「…ああ、あれですか…」

伝蔵もつられるように庭へと視線を向ければ、そこには6年生の頭上にのってそのまま6年生に連れていかれているきり丸、5年生に声をかけられて連れて行かれる乱太郎などの姿があった。
1年は組は成績が悪い問題児クラスとして有名だが、それ以外にも見目のいい子が揃っているというのでも有名だった。
そのせいか、こうやってよく休み時間の度には組の子供たちは上級生に連れて行かれることが多い。特に乱太郎やきり丸、しんべえなどは連れて行きやすいのですぐに狙われる。
ここで少し補足を…
きり丸・乱太郎・兵太夫のように愛でるための子としんべえ・喜三太のように和むための子と役割もわかれている。
とは言え、危険があるわけでなく、上級生の長屋か教室に連れていかれて、お菓子をもらったり、色んなお話を聞かせてもらって可愛がられているだけだから、問題はそれほどあるわけではないのだが……

「乱太郎は人が良いので、普通に声をかければついていきますし、しんべえは食べ物を与えればいい。きり丸にいたっては、タダとか安いという言葉を言うだけで、ああやって頭に飛び乗ってしまうので……」

あいつらを誘拐するのは容易いことなのだろうと思うと頭が痛くなる半助であった。

「他にも兵太夫に団蔵、三治郎…」

さっき口にした3人にくらべれば、マシだが他にも自分のクラスの子供たちは上級生に連れて行かれる。

「金吾は戸部先生が後ろにいるせいか、連れていかれませんけどね」
「ですが、戸部先生本人が連れていきます」
「困ったものですな〜」
「本当に」

気がつけば二人して溜息を吐くしまつだ。

「だが、土井先生」
「何でしょうか?」
「果てして、その溜息を理由は本当にそのことですかな?」

伝蔵の表情が、少々人の悪い笑みを象る。

「な、何のことでしょうか…」

半助の頬に冷や汗が流れ、声は動揺しているのか、どもりがちになっている。

「いやいや、土井先生もまだまだ若いですな〜」
「や、山田先生…」

まずます焦っているのか、半助の両手がワタワタと宙を彷徨う。

「子供にやきもちをやいてどうすんだい」

おかしそうな伝蔵の言葉に、半助は耳まで真っ赤に染め上げる。

「半助も忍者なんだから、図星指されて真っ赤になっていては、生徒たちにしめしがつかんぞ」

ケラケラと笑いながら話す伝蔵に、半助は益々赤くなって小さくなる。

「父上、お久しぶりです」

そこに障子が開いて、伝蔵の息子山田利吉が顔を覗かせた。

「利吉か」
「はい。ところで、土井先生はどうして小さくなっておられるのですか?心持ち、顔も赤くなってるように思いますが?」
「な、何でもないんだよ、利吉君」
「?そうですか?ところで父上」
「何じゃ?」
「先ほどから乱太郎君を探しているのですが…」
「利吉…父への挨拶もせずに、まずは乱太郎か…」

利吉の質問に伝蔵は呆れたような声を出す。

「半助といい、利吉といい…」
「土井先生ですか?」
「何でもないよ、利吉君。乱太郎なら、先ほど、雷蔵や三郎に誘われて5年生の教室か長屋に行ったよ」
「な、何ですって〜、父上・土井先生、私はこれで失礼します。乱太郎君が彼らに襲われでもしたら大変だ」
「それはないと思うけど…」

と半助が声に出した時には、既に利吉の姿はこの部屋から消えていた。

「利吉もまだまだだのう」

ふぅと呆れたような溜息を吐いて伝蔵が口を開く。

「利吉君もこうしてみると、普通の青年とかわりないですね」
「恋する男は盲目ですからのう」
「ははっ」

何も利吉一人に向けられたわけではない言葉に、半助は苦笑いを漏らしながら頭をかく。

「土井先生はよろしいんですかな?」
「はい?」
「6年生の教室か長屋にいかなくて」
「はぁ、利吉君のような心配はしていませんから」
「そうだのう」
「忍術学園の生徒に連れて行かれる分には構わないんですがね…、あれじゃ簡単にドクタケ忍者にも捕まってしまう…」
「揃いも揃って、簡単に捕まった経歴の持ち主ですからな」

ドクタケの就職試験の時のことを思い出し、深い溜息を吐く担任二人だった。


「山田先生〜」

半ば諦めたような気持ちでお茶を啜る伝蔵と半助の部屋の障子が大きな音を立てて開かれる。

「何だ、きり丸?」

大きな大変そうな声とともに入ってきたのは6年生に連れていかれたきり丸だった。

「もう、そんな暢気にお茶を飲んでる場合じゃないっすよ〜」

両足をジタバタさせてきり丸は伝蔵の服を掴む。

「6年生が何かしたのか?」
「違いますよ〜、何かやったのは利吉さんです」
「はぁ?利吉が?」
「利吉君は5年生の教室に行ったと思うんだが?」

どういうことだきり丸と声に出さずとも視線は二人ともそう問いかけていた。

「俺もよくわかんないんっすけど、乱太郎を二度と上級生が連れていかないよにするために、5年生の有志と利吉さんで勝負を始めたらしくて、それが…」
「6年の教室まで飛び火してきたということか?」

きり丸の言葉を半助が受け継ぐと、きり丸はコクンと頷く。

「で、今は5.6年の有志と利吉さんとで勝負してるんですよ〜」

止めてくださいよ、山田先生〜と泣きついてくるきり丸をよしよしと宥め、伝蔵が立ち上がる。

「ところできり丸にしては珍しいな」
「何がっすか?」
「そんな見ものなことが起ったら、いつもだったら席を売ってるだろ?」
「それだったら、もう全部売り切れました」

半助の言葉に嬉しそうに小銭を掲げるきり丸に伝蔵の拳骨が飛ぶ。

「さて、私は利吉たちを止めてきますので、きり丸の説教は土井先生に任せますぞ」
「は、はい」

それだけ言うと飛び出していった伝蔵。
部屋には半助ときり丸だけが残された。

「乱太郎は…」
「利吉さんを止めてるよ」
「危ないな…」
「大丈夫だよ、利吉さんも先輩たちもちゃんと乱太郎が危なくないようにの配慮はしてるし」

どこなく言葉に棘のあるきり丸に半助はおや?という表情を見せる。

「どうした?」
「何が?」
「不機嫌だろ?」
「別に」
「思いっきり不機嫌じゃないか」

取り付く暇もないとばかりにそっけない返事しか返さないきり丸。
半助は何か怒らすようなことをしたかと思案する。

「先生はさ」
「ん?私がどうした?」
「…利吉さんみたいにはなんないの?」
「は?利吉君みたいにってどういうことだ?」

利吉君といえば、フリーの売れっ子の忍者で…

「私に教師を辞めて、フリーの忍者にでもなれということか?」
「ちが〜う!!もう、こんな時だけ鈍いんですから〜」

半助の言葉にプク〜っと頬を膨らませるきり丸。

「じゃあ、どういう意味だ?」
「…先生は俺が心配じゃないの?」
「……?」

いきなり話が変わったきり丸を不思議そうに見つめながらも、半助は話を整理する。
利吉君みたいにならないの…先生は俺が心配じゃないの?
乱太郎君が襲われたら大変だ
利吉さんと5.6年の有志が勝負を…
利吉君が勝負をしてるのは、乱太郎のことが心配だからで…

「何だ、心配して欲しかったのか?」
「べっつに〜、たださ…」

図星を指されて恥ずかしいのかもごもごと口籠りながらも、じっと半助を睨む。

「う〜ん、利吉君のような心配はしないな〜」
「何でだよ〜」

益々プクッて膨らむ頬に半助は可愛いなぁとか思いながらつい、つついてしまう。

「もう、何すんだよ」

ペシっと半助の手を叩き落とすきり丸は半助の言葉のせいもあってかなり不機嫌だ。

「悪い、ついな」
「もういいよ、帰る」
「まあ、待てって」

立ち上がり部屋を出ようとするきり丸を捕まえて、半助は自分の膝の上にきり丸を乗せる。

「そう拗ねるな」

半助はきり丸を自分を向かい合うように座らせ、きり丸の小さな額にコツンと自分の額を当てる。

「5年や6年はお前たちを弟のように可愛がっているだけだろ。だから、そういう意味では心配なんかしてないさ」

優しく至近距離で笑いかけてやれば、きり丸の表情がホヤンとしたものに変わる。

「どちらかと言えば、連れていかれかたを心配しているけどな」
「連れていかれかた?」
「ああ、お前はタダとか…」
「タダ!!」

半助の言葉を遮ってきり丸が嬉しそうににやけながら半助に飛びつこうとする。
咄嗟に半助が顔を逸らしたために正面衝突は避けられたが至近距離で胸に飛びつかれて咳き込む。

「ゴホッ…き…げほっ…り丸…」
「わ〜、先生大丈夫?」
「大丈夫?じゃない」
「っで〜」

ゴツンと一発頭に拳骨を食らったきり丸は頭を両手で押さえて、半助の膝の上でうずくまる。

「ったく、そこが心配だと言ってるんだ」
「そこ?」
「そうだ、お前を連れ去ることなんか簡単だということだ」

もう一度、タダとか言ってまた飛びつかれては困るので、半助はその言葉を言わずに言いたいことを伝える。

「忍術学園の生徒相手のうちはいいが、敵に捕まったりしたらどうするんだ」
「む〜」

半助の言葉に一度は直った機嫌がまた悪くなって、頬をこれ以上ないくらいに膨らましてぶーたれるきり丸。

「きり丸?」
「先生のバカ」

プイと横を向いて、半助の膝の上から立ち上がる。

「もう先生なんて知らない」
「きり丸」

とっとと部屋を出ようとするきり丸を何とか捕まえて、抱き締める。

「何で、こんな時に言わなくてもいいじゃんかよ」
「悪かった」
「知らないやい」

困ったように謝る半助を見ないように横を向くきり丸。

「きり丸、機嫌直してくれよ」
「ふん」
「きり丸〜」
「二人のときは先生面しないって言った」
「だから、悪かったって〜」

トホトホ困った半助は泣きそうな声を出して謝る。

「…利吉さんのほうがよかった」
「そう言うなって。心配はしなかったけどな、私だって…」

その後の言葉は言いづらいのか、口籠ってしまう。

「私だって、何?」

興味を引かれたきり丸が半助の顔を覗きこむ。

「私だって、お前が連れていかれるのを見ていい気はしない」

気まずそうに視線をきり丸から逸らせて呟く。
「それって、先生もやきもち妬いたの?」
「そうなるな」
「何だ、それならそうと早く言ってよ〜」

後ろ向きに抱き締められていたきり丸は、半助の言葉を聞いた途端、クルリと半助に向かい合うように向きを変えて半助に抱きついた。

「情けないだろ…」
「先生が情けないのなんか今更じゃん」

ゴンッ!!

「一言多い」
「ったぁ〜」

ニッと八重歯を出して笑って言うきり丸に半助の容赦のない拳骨が入る。
恋人であろうが、教師と生徒であろうがきり丸が一言多いのは変わらなかった。

「俺ね、先生」
「何だ?」
「俺、確かにタダとか言われたり、小銭巻かれると付いていっちゃうけど…」
「わかってるなら、少しは努力してくれ」

きり丸の台詞に半助は苦笑する。

「でもね、こうやって自分から何もないのに抱きついたりするのは先生にだけだよ」
「きり丸…」
「先生が嫌なら、俺いかないよ」
「有難うきり丸。でも、無理だろ」

可愛いことを言ってくれる恋人に半助は優しく笑いかけてやって、チュッと頬に接吻する。

「…先生がどうしても嫌なら頑張ってみる」

健気に言葉を紡いではくれるが、やはり自信がないのかどうしても声が小さく弱々しいものになる。

「頑張れるなら、頑張ってみろ。でもな、きり丸」

きり丸が付いていかないように頑張るということは半助には止める理由がなかった。
それはやきもちの問題ではなく、自分の心配が一つ減るという意味でだ。

「上級生はお前に色んなことを教えてくれるだろ?」
「うん、習ってない術のこととかも教えてくれるんだ」
「それなら私がそれを止めることは出来ないな」
「先生?」
「確かにやきもちは妬いてしまうけど、上級生と一緒に話すことはとてもきり丸のためになる。それを私に止めることは出来ない」
「いいの?」
「ああ。先輩たちから色んなことを教わってきなさい」
「やったぜ」

嬉しそうに両手を挙げるきり丸に半助も微笑みを浮かべる。

「じゃあさ、先生」
「ん?」
「先輩たちと遊んだ後は、先生のやきもちが直るように先生のとこに行ってやるよ」

仕方ないからさ〜
とか言いながらも、照れたように笑うきり丸に、半助も胸が暖かくなってくる。

「待ってるよ」

可愛い恋人の可愛い言葉に、半助も正直に自分の気持ちを打ち明けた。

「先生、利吉さんたちがどうなったか見に行こう」

半助の気持ちを確認出来て安心したのかきり丸が思い出したように5.6年VS利吉の様子を見に行きたがる。

「そうだな、怪我してないか心配だしな」
「結局、乱太郎はどうすんのかな?」
「さあな。でも、乱太郎の決めたことなら利吉君も何も言わないさ」
「利吉さんももっと大人にならないとだね」
「何言ってるんだか。さっきは利吉君のほうがいいとか言ってたくせに」

知ったかぶりして口を開くきり丸に、半助は意地の悪い笑みを見せる。

「やだな〜、あれは言葉の綾ですよ〜、土井先生が一番に決まってるじゃないですか〜」
「まったく…」
「それより、早く…」
「はいはい」

誤魔化すように半助の手を握って走り出すきり丸。
半助は仕方なさそうに笑って、きり丸のペースに合わせて手を繋いだまま、走り出した。


無邪気な子供に振り回されるのは大人の役目なのかもしれない。

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Fin