天下無敵のBD



6月3日 火曜日
平日の学生は勿論、学校に部活と忙しい。
その上、優秀な生徒は委員会やら生徒会と…普通の学生以上の忙しさを発揮させられていた。
青学テニス部3年の優等生組はそろって、生徒総会というものに出席する必要があった。
レギュラーでコレに出なくていいのは、菊丸と河村だけだろう。
本日、その生徒総会のためにレギュラーの半分がいない部活は…実はまだ一般部員たちしか部活動を行っていなかった。

「え?乾先輩の誕生日を祝ったことはないんですか?」

心底、不思議そうに問いかけるのは、今年は行ったばっかりのルーキーの越前。

「そうにゃんだよ」
「そうなんだよね、色々とあってさ乾だけはパーティーしたことなかったんだよね」
「そういや去年、乾先輩の誕生日を祝ってませんでしたよね」
「そんなことも気付いてなかったのか、バカ」

上から、菊丸・河村・桃城・海堂。
越前に言われて、それぞれが去年・一昨年のことを思い返す。

「一昨年はさ、入学したばっかだろ。そういう話題が出るくらいに仲良くなった頃にはさ、大石と乾の誕生日は終ってたんだよにゃ」
「それに、乾と不二って、近寄りがたかったからね」
「あんま部活にいなかったしにゃ」
「手塚が連れてくるまで、幽霊部員だったしね」
「へぇ、何で幽霊部員なんかしてたんっすか?」

素朴な疑問を投げかけたのは桃城だったが、この話は越前も海堂も興味があるのだろう、何も言わない変わりに、興味深げに先輩二人を見上げている。
2年前、テニス部に入部したものの、上下関係とかの鬱陶しい決まりが好きではない不二と乾は手塚が上級生とテニスしているのをみて、その上で、今の青学の強さを判断した挙句に、これなら二人でどっかのコートで打ち合ってるほうが楽でいいやと結論付けてしまい、ほぼ幽霊部員となっていた。
それを大和に「青学の柱になって下さい」といわれ、俄然やる気が出た手塚に引っ張ってこられ、大和部長とウマがあってから、二人は大人しく…この場合、ウザい上級生にはきっちりと自分たちが優位にたつために手を組んで色々と…それはもう、人には言えないようなことぉしたらしいが、それでも敢えて大人しくといっておこう…真面目に部活に出るようになったのだ。

「……よ、よくは知らにゃい…」

「こういうことは、本人たちの許可を得ないとね」
勿論、そんな過去をベラベラと話す勇気は二人にはなく、誤魔化すように視線を遠くに投げながら、もっともな台詞を口にしてみていた。

『何かあったんだな…』

直感的に悟った3人だったが、たぶんそれをあの2人に口止めされているのだろうことも悟って、その誤魔化しを受け入れる。

「じゃあ、去年は何でっすか?」

それを聞いたのは越前だった。
これについては他の桃城と海堂も既に入学した後のことで、少しくらいは事情を知っているらしく、スッと口を噤む。

「去年はやろうとしたんだ」

何処となく寂しそうに口を開いたのは河村だった。

「乾、来なかったんだ」

去年のことを思い出したのだろう、菊丸が悲しそうに呟く。

「風邪でも引いたんっすか?」
「違う、サボったんだ」

越前の疑問に答えたのは3年の2人ではなく、海堂だった。

「後から手塚や不二に言われて、そう言えばと思ったんだよにゃ」
「何がっすか?」
「乾、その前の年も、その日は休んでたんだ」
「その日って、誕生日っすか?」

越前の声に、菊丸も河村も声なく頷く。

「何で、なんだろうな?」

本当にわからないといった風情で桃城が首を傾げる。

「わかってないんだ」

それに答えたのは海堂。

「あの人は、俺たちが先輩の誕生日を祝いたいんだってわかってないんだ」

零れるような言葉は、何処か寂しそうな響きを持っていた。

「俺たちもね、不二と手塚に聞いたんだ」

乾の両親は決して乾に冷たかったわけではなく、乾のことを想っていたし、今もそれは変わらない。
ただ、彼らの仕事は人の命に係わもので、彼らの私情で動けない人たちだった。

「誕生日は一人だったんだよ」

よくわからない…
海堂の言葉には、確かにそんな感情が隠れてて、それはそこにいる全員が思った感情だった。

「子供の頃って、誕生日になったらさ家族で祝ってくれたじゃん」

大好物なものばかりが食卓に並んで、大きなケーキがどんと置かれ、欲しかったものを買ってもらって…
始終笑顔でいられる日だった。

「乾は、それを知らないんだよ」

誕生日の日も、そうでない日も、親はいない。
いつ帰ってこれるかわからない親を待って、幼い子供を一人で家に置いていけないということで、預けられていた手塚や不二の家で他の家族の団欒を見せ付けられる日々。
手塚や不二の誕生日には、家族が友達が一杯、それぞれの家に集まってパーティーを開く。
乾は幼馴染のパーティーには必ず呼ばれていたし、大抵、親が帰ってくるまで来ない日は泊まりで、どちらかの家にいたので、それを見ていた。

「乾の誕生日には、手塚の家や不二の家でおばさんたちがパーティーを開いてくれてたらしいにゃ」
「それでも、先輩は一人だと感じていたんだ」

幼い子供にとって、家族が一番。
それを目の当たりに見ながら、自分にはそれが与えられることがなかった日々。
特別な日に、特別な人がいない。

「決して両親の愛情を疑ったことはない。そうあの人は言ってた」

けれど、それでもその哀しみは癒せなかったのだろう。
そう語った時の、何処かやりきれない瞳が海堂の心に浮かび上がる。

「乾先輩にとって、誕生日は自分が一人なんだと、思い知らされる日なんだ」

成長して、一人で何でも出来るようになった乾は、その日以来、どちらの家にもいくことをやめ、ほとんどの時を一人でいなければならない自分の家で過ごすようになった。
人の家で、その家族の暖かさを見せ付けられるより、一人でいるほうが心は楽だったから。

「それから乾は、誕生日になると行方をくらますらしいよ」

6月3日
その日に乾を見かけることはない。
何とかしようと不二も手塚も頑張ったが、どうあっても乾を繋ぎとめることは出来なかった。

「去年、不二と手塚に聞いてさ、今年は意地でも乾を祝ってやるんだにゃ」

乾に、一人じゃないって教えてやるんだ。
そう誓った1年前の乾の誕生日。

「それはわかりましたけど、今日、いますよね?」

話を聞き終えた越前が、朝練を思い出す。
確かにその時に乾は部活に出ていた。
言われて見れば、どことなく不機嫌だったのかいつもよりも雰囲気が尖っていた気がしないでもないが……

「無理やり、連れてきた」

そう言ったのは海堂だった。

「どうやったんっすか?」
「昨日、俺の家に引っ張っていって、そのまま泊めた」

乾と海堂は恋人同士。
両方の家には既に公認になっている。
乾は海堂に弱いし、海堂の家族にも弱い。

「乾の唯一の弱みにつけこんでやったにゃ」

楽しそうに笑う菊丸。
どうやら、この件には海堂のみならず、菊丸たちも関与しているらしい。

「行き帰りは、逃げられねぇように、部長と不二先輩がついててくれたしな」
「後はこっからが正念場にゃ」
「今、乾は生徒総会に出席してる。たぶん、逃げるとしたらその後」
「生徒総会終ったら、意地でも部活に連れてくるにゃ!!」
「何か面白そうっすね」

わくわくとした気分で桃城が乗り出す。

「ここさえ上手くいけば、後は何とかなる」
「で、俺たちは何をしたらいいんっすか?」

燃える菊丸・河村・海堂の3人に越前の冷静な声がかけられる。

「乾を捕まえるそれだけにゃ」
「…俺が話すよ」

意気込みすぎの菊丸に苦笑して、河村が不二から言われた指令を読み上げていった。


ところかわって、生徒総会の会場。
ピリピリとした空気をまとっている3人に、1人胃をキリキリ言わせてる少年。
この場の雰囲気をわかっているのかいないのか…その両方のせいであろう、いつも以上に煩いその他の生徒たち。

「時間だね」

ピリピリした空気を纏っているうちの1人、不二が時計を見て呟く。
小さな呟きであったにも係わらず、その冷たい声はこの部屋中に届き、ざわついていた部屋はシンとした静寂に包まれる。

「今から生徒総会を始めるが、本日の総会は1時間で終らせる」

同じくピリピリした空気に威圧感までもをたした手塚が、マイクに向かって声を出す。

「私語は確実に慎んで、言いたいことは的確かつ、簡潔に」

中学3年生とは思えない人を圧倒する空気をまとう手塚の声に、誰もが圧倒される。

「こちらの決定への不平も勿論、それだけ理に適ったものを完璧に言える場合のみ、許可する。以上だ」
「そんな無茶な」
「かったるいものを、そんな真剣に出来るかー」

本日の手塚・不二・乾の機嫌は最高潮に悪い。
それが空気となって現れているにも係わらず、そんな空気を読めないバカは確実にいる。

「かったるいからこそ、早く終らせるんじゃないかな?」

そのバカに向かって、乾の冷たい声がかけられた。
3人の空気はさっきよりも重く冷たい。

「悪いことは言わないから、今日のあの3人には逆らわないほうがいいよ」

胃を押さえ込んだ大石がひっそりと声をかける。

「…丑の刻参りって、一回やってみたかったんだよね」

ボソリと不二の声が響き渡る。

「総会終了後、グラウンド100週だ」

手塚の有無を言わさぬ声が突き刺さって

「面白い、データーがあるんだけど、ここで話してもいいかな?」

乾の感情の籠らない声が、そのバカに止めを刺した。
3人の逆鱗に触れたそのバカは既に再起不能で真っ青になっていて、それ以外の、この場にいる者たちは恐怖に慄いていた。

「生徒総会を始める」

手塚の声に非難するものなど、もう誰もいなくなり、生徒総会は静かに素早く進行がすすめられていった。
この生徒総会の中、テキパキと進行をすすめる手塚・不二・乾の3人。
けれど、この3人に総会の内容など少しも入っているわけはなく、手塚と不二は全神経を乾に、乾はイライラとこの後のことを考えていた。
乾は誕生日を祝われるのを嫌っている。
ここまできてもそれは諦められずに、今もまだ逃げ出すことしか考えていない。
昨日からずっと乾は逃げ出す隙を窺っていたが、ことごとく邪魔をされた。
授業の合間の10分休みに何故か、終った時には既に手塚がいて、遅刻になるのをわかっていて乾のクラスの担当の教師が来るまで帰らない。
乾は自分一人で教室から出ることすら適わなかったのだ。
乾自身、祝って貰えること自体は有難いと思っている。
そこまで子供でもないのだから、幼い頃のような羨望に似た嫉妬もない。
ただ、どうしても祝ってもらったら、その後、一人っきりの家に帰るのが辛くなるのだ。
楽しい時間の後に必ず待っている、孤独。
乾にはそれが耐えられなかった。

「…それでは、生徒総会を終了します」

黙々と進行された生徒総会は過去最速の速さで終了した。
議長の声が響く。
その声と同時に、乾が動き始めた。
乾の動作は速かった。
終る直前に、全てをカバンの中に詰め込んで、終了の声と同時に動き出した。
ワンテンポと遅れた手塚と不二と大石に追いつかれることなく、乾はその部屋のドアを開けて…立ち止まらずにはいられなかった。

「…部活は?」
「不二先輩が、先輩ならきっと、この廊下の窓から飛び出して裏門から帰るだろうって」

乾の問いに対して、正確ではないもの、それでもキチンとした答えなのだろう返事を返したのは、本来なら部活中の海堂だった。

「でも、もしものことも考えて、向こうのドアに菊丸先輩が…」

言われて乾が後ろを振り向くと、楽しそうに菊丸が手を振っている。
そして、この会話に間にすぐ後ろに手塚と不二が揃っていた。

「で、あっちの窓側には河村先輩と桃城と越前が待機してます」
「…レギュラー全員で待ってたのか…」

ハァと深い溜息が乾の口から漏れる。

「今日の練習はダブルスの練習を予定している」
「関東大会で海堂とダブルスを組むことにした乾には、いてもらわなくちゃ海堂が困るんだよね」
「それに、俺たちもダブルスの練習相手がいなくなるから、乾に逃げられちゃ困るんだにゃ」
「悪いな、乾」

後ろに揃ってしまった、手塚・不二・菊丸・大石の4人が逃げれないようにと逃げ道を塞いでいく。

「先輩、部活行きましょ」

止めのように海堂が乾の手を掴んで部室へと動き出す。

「わかったよ、部活は出るよ」

それでもまだ諦めきれないのか、乾は不機嫌そうに言い置いて、海堂に従った。
部活終了後も乾は大人しくしていた。
いや、正確にはするしかなかったと言える。
乾の傍には海堂がぺったりと張り付いていたからだ。
現在、乾と海堂はダブルスを組んでいる。
そのおかげで、2人はコートに入るのも休憩も同じサイクルで動けるために、乾は海堂を傍から離す瞬間を作ることが出来なかったのだ。
そして、今も海堂は横にいる。
現在、部活終了後の部室。
今、海堂は急いで制服に着替えている。
その代り、不二が乾を見張っていた。

「終わりました」
「じゃあ、交代」

違う意味で不二に勝てない乾。まあ、不二に勝てる人間がいるなら見てみたい気もするが…
それとは全く別にやっぱり海堂には勝てない乾は、そのまま今度は海堂に見張られながら制服に着替えるしか出来なかった。

「全員着替えたね」

乾を見張っていたために、最後に着替え終えた不二が部室を見渡す。
乾はガッチリと海堂に手を繋がれて、菊丸を背中に乗せられていた。

「じゃあ、行くよ」

そういう不二の声とともに、部室に残っていたレギュラー陣は揃って部室を後にした。


「…海堂、もしかして…」

全員で帰る途中、てっきり自分の家に連れていかれるのだと思い込んでいた乾は、途中から道が違うことに気付いて隣の海堂を見下ろす。

「今日は俺の家でするんで…」

乾が気付いたのは乾と海堂の家の分かれ道になる所。
乾の家のある道ではなく、揃って海堂の家にある道を通る。

「そんなのダメだ」

海堂の言葉に驚いたように乾が声をあげる。

「何がっすか?」
「迷惑じゃないか」

乾の答えに海堂は不満そうに口を尖らせる。

「先輩、全然わかってねぇ」

それだけを呟くと、海堂は乾の手を強く握ってドンドンと足早に歩き始める。
それを可笑しそうに見つめながらも、残りのレギュラー陣も後を追っていった。

「ただいま」
「お邪魔します」
「おかえり、薫。皆さん、よくいらしてくれたわ」

海堂の家の前で、少し渋っていた乾を無理やり引き摺って家に入る。
玄関では海堂の母の穂摘が笑顔で迎えてくれる。

「さぁさ、入って入って」

グイグイと乾の背中を押して、リビングまで連れていく穂摘。
全員の手にこっそりと菊丸からあるものが渡されているのも、乾は気付かない。

「さ、乾君があけてね」

リビングに通じるドアの前で立たされる。
この家の住人の穂摘も海堂もその後ろに立って、手を後ろかに隠して動こうとはしない。

「でも、俺は…」

この家の人じゃないから…
そう紡ごうとした口は、けれども海堂の声に遮られた。

「先輩が開けてください」
「海堂」
「ほら、早く」
「…はい」

穂摘と海堂に急かされ、乾は仕方なさそうにドアを開ける。

『誕生日、おめでとう』

パーン!!
乾がドアを開けた瞬間、リビングの中と外から綺麗にハモられた声が乾の耳に入る。
それとともに、クラッカーの始める音が家の中に響く。

「…葉末君に、飛沫さんまで…」

リビングの中には、海堂の弟の葉末と父の飛沫が待っていた。

「先輩」

呆然と立ち尽くす乾を海堂が背を押して促す。
それに続いて廊下にいたレギュラー陣が次々と中に入ってくる。

「はい、これ持ってね」
「有難うございます」

穂摘に手渡されたジュースを片手に、皆が乾を見る。

「ではでは、乾の誕生日パーティーを始めるにゃ」
「乾杯の音頭は、煩いので手塚に」

全員にグラスが行き渡ったのを見て、菊丸と不二が一歩前に出て仕切る。
不二に言われ、手塚が軽く咳払いをする。

「何年ぶりかに祝える乾の誕生日に…」

それは嫌味か
そう問いたくなるような、手塚の素直な感想に乾が眉を寄せる。

「乾、誕生日おめでとう。乾杯」
「おめでとう」

皆でグラスをカツンとあてて、一口飲めば後は無礼講。
海堂の母の料理の腕前は海堂のお重の弁当箱を見てるレギュラー陣には熟知済みで、皆、美味しそうにテーブルに並べられた料理の数々を平らげていく。

「桃、少しは遠慮しろよ」
「うめぇな、うめぇよ。ずりぃよなマムシは、毎日、こんなうえめぇもん食ってんだぜ」
「海堂のお宅でマムシは酷いだろ」
「海堂先輩、家交換しません?」
「断る」
「機嫌悪そうだね」
「少しは嬉しそうにしたらどうだ」
「煩い」

不機嫌そうにソファに座って、海堂に渡された料理を黙々と食べ続ける乾に、幼馴染の手塚と不二が近づく。

「何が不満なの?そんなに沢山のプレゼントも貰って」
「わざわざ家を提供してくれたうえに、これだけの物を作って下さった海堂と、海堂の御家族に失礼だとは思わないのか」
「煩い」

同じ言葉しか呟かない乾に肩を竦めて、不二と手塚がテーブルのほうに向う。

「海堂、頼んだよ」
「っす」
「わからせてやってくれ」
「はい」

途中で、入れ違いで乾の元に食べ物を持って歩いてきた海堂にこっそりと話しかけて、2人は無礼講と化し始めたレギュラー陣の監督に戻った。

「先輩」
「ん」

海堂が乾の隣に座って、新しい皿を渡す。
乾は黙ってそれを貰って、また黙々と食べ続ける。

「そんなに誕生日嫌いですか?」
「別に」
「先輩って、大きな子供ですよね」

図体だけがでかくなったガキ

「余計なお世話だよ」

乾自身もさっきから、子供じみた我侭のようだと感じているのか、バツが悪そうに呟く。

「先輩、先輩は俺とずっと一緒にいてくれるっって言いましたよね」
「言ったね」
「俺たちどうせ、籍なんかいれれないし、結婚式だって、俺はウエディングドレスなんて着たくねぇからするつもりないし」
「結婚してくれないの?」
「先輩がドレス着るっていうなら、式挙げてもいいっすけど」
「遠慮します」
「だから、もう今も結婚してるようなもんだと…」
「そうかな?」
「そうだよ」
「先輩は俺に誓ったし、俺も先輩に誓ったんだから、そうだろ」
「そうだね」

海堂の言葉に相槌を打ちながら、乾は一体海堂が何を言いたいのかを推し量りかねていた。

「だから、あげます」
「海堂?」
「俺と、俺の家族。先輩に」
「え?」
「家族と過ごす誕生日」
「海堂!?」
「母さんも父さんも、先輩のこと俺や葉末と同じように自分の子供のように見てるし、葉末だって先輩のこと新しいお兄ちゃんが出来たって喜んでた」

乾が何よりも望んでいながら手に入ることはなかったもの。
自分にはそれが当たり前すぎて、それが手に入らない人がいるなんて知らなかったもの。

「結婚したら、結婚相手の家族も自分の家族になるんでしょ」

乾が自分の家にくる度に、時折見せる、羨望の眼差し。
家族の団欒を邪魔しないようにと、帰ろうとする先輩に何度も伝えたかった。

「俺ん家にしたら、先輩はとっくにうちの家族に換算されてるんですよ」

言ってもきっと、先輩にはわからないから言わなかった。
けれど、先輩の誕生日に便乗して言ってもいいだろう。

「先輩がずっと欲しがってたものです」

家族と友達と一緒に過ごすバースディ

「先輩の誕生日は、ずっと家族や友達と過ごしてもらいます」

だから、今日も先輩はココに泊まるんですよ。
そう言い置いて、海堂は乾の手の中の空になったお皿やコップを持って立ち上がる。

「だから、拗ねてないで楽しんでください」

子供の頃に返ったつもりで。
あの頃、望んでも得られなかったものを…
食器を流しに運ぶ海堂を見つめる。

「参ったなー」

メガネの奥がじんわりと熱くなっているのを感じて、そっとメガネを外して目頭を押さえる。

「俺って、鈍いのな」

自分に関することとなると手塚並に鈍いよと、常々、不二に言われていたことを思い出して、ようやく納得する。
片意地張って、感情隠して、大丈夫って嘘ついても、あっさりと見破ってくれる。

「すっと、そうやって周りを跳ね除けてたのは俺だったんだ」

海堂に言われて、見えた真実。
海堂の言葉はきっと、子供の頃の不二や手塚の言葉。
不二の家族も、手塚の家族も、きっと俺のことを手塚や不二と同じように家族と思ってくれていたのだろう。
自分のことだけで精一杯で何も見えてなかった。

「悪いことしたな」

他人だからと遠慮して、なるべく何でも一人で出来るようになって、自分の家に戻ったけど、本当は子供染みた我侭いったり、泣いたり喚いたりして、親に会いたいって懇願してもよかったのかもしれない。
勿論、度が過ぎれば迷惑なものだけど。

「王様ゲームするにゃー」
「乾も、するだろ」
「乾さん、一緒に王様ゲームしましょ」
「乾くんもいらっしゃいな」
「主役が一人でいてどうすんの?」
「先輩、早く来ないと変な命令されますよー」
「でも先輩が王様になっても、汁はなしっすよ」

流さずに留まってくれたことにホッとして、乾がメガネをかける。
騒いでいた中心の菊丸が、沢山の棒を片手にソファに座る乾に飛びつく。
それに続いて、各々したいことをしてた連中が揃ってソファに集まる。

「先輩」

乾の言葉を待っているのであろう、黙って乾を見つめる面々。
乾を促すように、戻ってきて乾の隣に座った海堂が声をかける。

「…面白そうだな」
「でしょでしょ」
「よっしゃ、いくぜー」
「フフっ、そんなにはしゃいで、どうなっても知らないよ」
「不二だけは、親にしちゃいけない」
「それを言ったら部長だって、何か走らせそうじゃないですか」
「越前、走りたいのか?」
「でも、乾も危険は危険だよね」
「ママ、色々と着せてみたい服があったのー」
「チェスの相手は出来るかね」
「お父さん、お母さんも王様ゲームの趣旨と少し外れているような気がします」

今日、初めて乾が楽しそうに笑ったのを見て、皆嬉しそうに王様ゲームの準備をしながら、中々、失礼なことや恐ろしい台詞を吐き続ける。

「ねぇ、海堂」
「はい?」

そんな風景を見ながら、不意に乾が隣の海堂に話しかける。

「俺って、愛されてるんだねー」
「何言ってんっすか」

おちゃらけたような乾に、海堂が可笑しそうに呟く。
その言葉が、照れ隠しだと海堂にはわかったからだ。

「有難う、最高のプレゼントだよ」

穏やかに笑って、乾が海堂に伝える。
その言葉に、海堂が嬉しそうに微笑む。
滅多に見せない、その母親譲りの柔らかい微笑みに

「もう一つ貰ったな」
「何がっすか?」
「最高のプレゼント」

乾の心に、言い知れない幸せが広がった。


高価な物をあげることが、愛情の基準じゃない
お金で買えない、大切なものだから
俺に出来る、最高のものを
アナタが心からの望みを叶えよう


愛情に餓えたアナタに
ありったけの愛情を


Present for you

Fin