朝の部活中、始まる前のとある時間からずっとソワソワして落ち着きのない部員が一名。
テニス大好き、部活大好き、練習大好きっ子な海堂薫君だった。
あれ?その部活大好きっ子が練習に身も入らずに、挙動不審にウロウロしている、どうしてだろう?
「海堂、校庭10周」
「……」
少しも練習に集中せずに、フェンスの外ばかりを気にする海堂に、手塚の命令が下ったけど、集中力の高い海堂はその全てをフェンスの向こう、部室へと向けてるために聞いていない。
「かおちゃん、どうしたんだろうね?」
今にもフェンスに張り付きそうな海堂に気付いたレギュラーたちが、ザワザワと輪を作っていく。
こうなってしまえば、レギュラーの朝錬は中止もいいとこだろう。
「珍しいよね、海堂が部活に集中しないなんて…」
誰よりも練習の虫で、努力家な海堂。
その彼が練習を放棄している、そのことに心配してしまうレギュラー陣。
「俺、海堂と話して見るよ」
「あ、大石、俺も行く」
気が気でない大石が無理やりついていった菊丸と一緒に、海堂に近づく。
「何で、皆、そんなに海堂の心配するのかな?」
「さあな」
海堂の様子を心配する大石・河村・菊丸に心底不思議そうな不二と手塚が傍観を決め込んでいた。
「海堂、どうかしたのか?」
「……」
大石が海堂の後ろで、声をかける。
が、あの手塚の声すら届いてない海堂に、勿論、大石の声など届くはずもなく、海堂はジーッと穴が開くのではないかと思うほどに、部室を見つめていた。
「部室ばっか見てるけど、かおちゃん忘れ物でもしたの?」
「……」
菊丸も声をかけるが、やっぱり海堂の耳には届かない。
「かおちゃん!!」
ただ、菊丸は無視されたりするのが大嫌いな末っ子なので、そんなことされたら、すぐに不機嫌になってしまう。
そう、現に今も…
「うわっ」
気を悪くした菊丸は、海堂に飛び乗り後ろからヘッドロックをかける。
「名前読んでるんだから、返事する」
「え?はっ…スミマセン」
「英二、海堂も謝ってるし、そこら辺で…」
グイグイと締め付けながら、怒る菊丸に、海堂は慌てて謝罪する。
大石が宥めて、何とか菊丸は海堂の背中から降りていった。
「海堂、どうかしたのか?」
今の海堂の視界には、ちゃんと大石と菊丸の姿が写っている。
それを確認して、大石はもう一度、問いかけ直した。
「え、あ……副部長…あの…」
「何だい?」
「その…今日、乾先輩どうしたんっすか?」
「乾?」
「そういや、乾来てにゃいね」
「ああ、そうだな。いつもの寝坊じゃないのかな?」
「そうだにゃ、休みだったら手塚に連絡入ってるだろうし」
「乾に用があるのか?」
「い、いえ、何でもないっす。有難うございました」
ペコッと一礼して、海堂はそそくさとその場を離れた。
「時間だね」
「全員集合」
不二が時計を見て手塚に進言する。
それに頷いて、手塚が召集をかけ、練習にならなかった朝錬は幕を閉じた。
時は流れ、昼休み…
「あの…」
勇気を出して、乾のクラスに向った海堂。
緊張するのに頑張って、乾のクラスメイトに声をかける。
「乾先輩、いますか?」
「乾、乾なら今日は学校に来てないけど」
「そうですか…」
「乾なら今日は休みだ」
「!?……部長!!」
乾のクラスメイトの言葉にシュンと俯いてしまった海堂の背後から、聞き覚えの声が降りかかる。
海堂が慌てて振り返ると、そこには手塚が立っていた。
「よう、手塚。今日のノートか?」
「ああ、悪いな」
「部長、乾先輩どうしたんっすか?」
「さあな、詳しいことは聞いてない」
「そっすか…」
手塚からも詳しいことを知るコトができずに、海堂は項垂れる。
「失礼しました」
こうしていても乾のことを知ることを出来なさそうで、海堂は手塚に一礼してその場を去る。
その後、海堂が向ったのは自分のクラスではなく、乾の家にだった。
こっそりと裏門から出ていって、乾の家に走る海堂。
ほんの一握りの人以外には秘密にしているが、海堂と乾は付き合っている。
所謂、恋人同士というわけだ。
それを知っているのは、乾の親友の手塚と不二だけ。
だから、朝錬の時、手塚と不二は海堂の様子のおかしさに何とも思ってなかったのだ。
海堂が乾の家についても、チャイムを鳴らすが人が出てくる様子はない。
「先輩、どっかに用事で出かけてんのかな」
ドア越しに家の中の様子を窺ってみるが、どうも人がいる気配がなく、海堂は仕方なく学校に戻った。
時間は無理やり経過で、放課後
来ても乾がいないのだと思うと、気が滅入ってしょうがない海堂。
テニスが好きで、強くなりたくて来ているのだから、乾がいようがいまいが関係はないはずなのだが、乾のことを好きだと自覚して以来は、どこかで乾に逢いにきてるというのがあったのかもしれない。
気を引き締めて、レギュラージャージに着替えて部活にでるものの、乾がいないために、何だか不機嫌だ。
そのおかげで、放課後の部活はレギュラー陣よりも、一般部員のほうが練習できそうにない。恐くて……
朝は、乾がこなくてソワソワしていたが、放課後は乾がこないことを知っているので、心配なのも相まって、機嫌の悪さはいつ以上だった。
そのせいか、今日の部活で海堂に話しかけようとする、無謀な部員は一般部員の中にはいなかった。
そう、一般部員の中にはだ……
「朝だけじゃあきたらずに、放課後まで部活中止させる気か」
「んだと…」
場の空気が読めないのか、それとも海堂が相手なら相手の機嫌はお構いましなのか、桃城が海堂に突っかかる。
「桃先輩も、本気で機嫌悪そうな海堂先輩に喧嘩売るなんて、まだまだだね」
そんな二年レギュラーを見た越前は、呆れたような溜息を吐いて、彼らの射程範囲から離れたところに非難していた。
「桃も海堂も、部活前に喧嘩するのはどうかと思うよ」
一発触発…もう数秒で殴りあいに発展しそうだった二人の間に立ったのは、珍しいこともあるなと周りが思うような相手、不二だった。
いつもなら喧嘩を止めに入るのは大石・河村・乾の三人。
手塚は止めるのではなく、いつもの校庭○周を叫ぶだけだし、菊丸と不二は傍観に回ってしまう。
その不二が珍しくも止めに入ったのだ、周りの部員は興味深そうにそこに目を向ける。
「桃も、もう少し人の機嫌の良し悪しを考えて動いたほうがいいんじゃないかな?」
「スンマセン」
「海堂も…」
「不二先輩!!」
「何?」
海堂に向き直り、注意しようとしたところを、海堂に声をかけられる。
「不二先輩は、乾先輩が何で休んだか知ってますか?」
「乾?うん、病院でしょう」
「病院って、具合悪いんっすか?熱あるんですか?」
「わわっ、海堂。落ち着いて…」
不二の言葉に驚いて、思わず不二の両肩を掴んで揺さぶる海堂。
不二も驚いて(表情に変化はないが…)海堂を何とか落ち着かせる。
「あっ、す…すいません…俺…」
不二に言われ、自分のしていることに気付いた海堂がシュンとなる。
「いいよ、乾が心配なんだね」
「っす。で、先輩は…」
「乾ね…」
そこまで言って、言いよどむ不二。
「な、何か悪いんっすか?」
「うん…悪いっていうかね…」
少し目を伏せて、歯切れ悪く話す不二に、海堂の不安は駆られる。
「ど、どこの病院っすか?」
これ以上、不二と話すよりも乾のいる病院に行ったほうが早いと思った海堂は、不二に詰め寄る。
「行っても無駄だよ」
「え?」
「行っても、乾とは会えないよ」
「どういうことっすか?」
不二の言葉に、海堂の背中に冷や汗が伝う。
嫌な予感を感じながら、海堂はギュッと拳を握り締めて不二に訊ねる。
「……面会謝絶だから……」
「なっ!?そんな…昨日は全然、元気だったじゃないですか」
いくら何でも、昨日は普通にいた乾が今日になって、面会謝絶になるほどの病気になるとは思えない。
そう思った海堂は、不二の言葉が嘘だと思うようにしようとしたが、どうにも声が震えている。
「昨日…そうだね、昨日は確かに元気だったよ…」
「ま、まさか、事故とかっすか?」
「事故…、そうだね、アレを事故といえないこともないかな…」
わざと含みを持って話す不二に、海堂がイライラしてくる。
「じゃあ、何々っすか」
「汁をね、作ってたらしんだよね…」
「汁っすか?」
汁と言えば、コーチ役をしてる乾が面白がって作ってる、あの不味い、野菜汁やペナル茶などの数々のことを指しているのだろうことは海堂にもわかった。
「それが、面会謝絶とどう関係があるんっすか?」
ただ、それと今の話の関連性が海堂にはわからなかった。
「そのね、材料に問題あったらしくて……」
不二の言葉に、自然と海堂の喉が鳴る。
「どうやら、化学変化を起して、中毒を起しちゃったみたいんだよね……」
「っ…そんな…だから…あんな…変なの作るのやめたほうがって言ったのに…」
「海堂」
「かおちゃん」
「海堂、どうしたんだ」
「大丈夫、どっか痛いの」
ポロ、ポロ…と大きく見開かれた瞳から涙が零れる。
驚いたレギュラー陣が、不二と海堂の周りに集まる。
「ふっ…ぅ…な…っで…中毒…おこ…っような…汁、作るんだよ…」
次から次へと溢れる涙を拭おうとせず、いや、その前に気付いてもなさそうだが…ともかく、泣き続ける海堂。
「何?何があったの?」
「不二、海堂に何を言ったんだ?」
「海堂、落ち着け」
慌てるのは不二以外のレギュラー陣で、珍しい光景にプチパニックになりながらも、海堂を宥めようとする。
「…何してるんだ、お前ら?」
海堂と不二を囲んで慌てるレギュラー陣たちに、ここにはいないはずの人物の声が聞こえる。
「乾!?」
「今日、休みじゃなかったの?」
「用事は済んだのか?」
「ああ、ようやく解放されたんで、寄ってみたんだけど…、何で海堂が泣いてるんだ?」
前半は、普通にいつもの声で、後半はどことなく冷たい声で乾が話す。
「せん…ぱい…?」
「どうした、海堂。誰に泣かされた?」
「先輩、先輩…だ…大丈夫…っすか…」
泣きながら乾に抱きついて、途切れ途切れに話す。
「何のことだ?」
「ふ…不二先輩が……、せんぱっ…いが……」
ひっくひっくと喉を詰まらせながらも一生懸命にさっきの不二との会話を伝える海堂。
「…要するに、不二が今日、俺が休んだのは、汁作りに失敗して中毒起して入院したからだって言ったんだな」
「っす。俺…俺…面会謝絶って聞いて……先輩、死んだらどうしよって……」
「バカだな、海堂。俺がそんなミスするわけないだろう」
「そうそう、乾のことだから、それくらいちゃんと調べ上げたうえで、作ってるよ」
乾の胸に顔を埋めて、泣きながら話す海堂の髪を乾が優しく撫で付ける。
「不二、元はと言えばお前が原因だろ」
「海堂があんまりにも、乾のことばっか気にしてるからさ、楽しくてさ…」
「ふ〜じ〜」
「ははは、ごめんね」
「ごめんですむか!!」
「よかった…先輩が無事で…」
「海堂」
「今日はさ、僕が変わりに手塚に怒られてあげるからさ、乾は海堂連れて帰りなよ」
「不二!!お前は勝手に…」
不二の提案に手塚が口を挟む。
「いいじゃないか、こんな状態の海堂に部活させても、役に立たないだろうし、乾は元々、休みなんだからさ」
「……30周だ」
「わかったよ。じゃあ、今日のお詫びに走ってくるから」
そう言って、走りにグラウンドに向う不二。
「これ以上、部活を中断されても迷惑だ、連れて帰れ。他の部員は全員、練習再開」
手塚も乾に声をかけて、部員に練習の再開を告げて、自分も練習に戻っていった。
「お言葉に甘えて、今日は帰ろうか」
優しく海堂に声をかけたら、少し考えた後、海堂はコクンと小さく頷いた。
海堂本人も、このままいても練習にならないとわかったので、素直に乾と一緒に乾の家に向った。
乾に手を繋いでもらって、着いた乾の家。
促されるままに、乾の部屋に向った。
「ゴメンな、不二が変なこといって」
「ううん、もういいんです。それより、先輩は何で今日、休んだんっすか?」
乾の部屋のベッドの上に座って、後ろに座って抱き寄せてくれる乾の胸に凭れながら、海堂は今日一日の疑問を口にする。
「ああ、親がね久しぶりに休みになったんで、連れ出されてたんだよ」
乾の親は多忙で、ほとんど休みがないし、家にも戻ってこない。
そのせいで、乾の両親が休みの時は、乾は学校を休んで親との時間を持つようになった。
「手塚と不二は知ってるから、あんま気にしてなかったんだけど、ごめんな」
「いえ、何でもなかったんなら…」
「うちの親って、突発的に休みが入るからさ、いきなりなことが多いんだよ」
海堂の髪に唇を寄せて囁く。
「でも、今度からちゃんとメール入れるよ」
「はい」
乾の言葉に、嬉しそうに頷く海堂。
その顔が可愛くて、乾は今日初めての口吻を、海堂に施した。
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