不二君の憂鬱



ここは、青学テニス部の部室。
何やら、数人の生徒が集まって話している様子。
もう少し、様子見に近づいてみましょうか。
どうも中にいるのは、4人ですね。
一年レギュラーの越前君に、二年レギュラーの海堂君、三年レギュラーの菊丸君に不二君の4人で椅子に座って何やら話し込んでますね。
もうちょっと近づいて見ましょう。

「…でさ、大石がさ」
「桃先輩は…」
「乾先輩…」

聞こえた名前から察するに、ダーリン談義に花を咲かせてるようですね。
おやっ、何やら不二君の様子がおかしいですね。
これは、もうちょっと接近して見ましょう。
ということなので、これから先は説明していたら見つかりかねませんので、ここからは通常通りに行きますね。


「皆、まだいいよ。僕んとこに比べたら…」

どうも、それぞれのダーリンに対しての文句を言っていたらしい3人に、ポツリと不二が漏らす。

「何で、タカさんなんて、優しくていいじゃん」

不二の言葉に、反論するのは菊丸で、残りの二人も菊丸の言葉にウンウンと頷いている。

「とても、照れ屋なんだ、河村って」

菊丸の言葉なぞ聞いてない様子で、ハァと不二が盛大な溜息を漏らす。

「それが?タカさんらしくていいじゃん」

それのどこに問題があるのだろうか?
三人が思ったことを、菊丸が代表で代弁する。

「どこが?全然よくないよ」

菊丸の言葉に、ガタッと椅子から立ち上がって、珍しく感情見せて、いつもより大きな声で反論する。

「だってね、だってね…」

やはり、感情が高ぶっているらしく、少々、甲高くなった声が部室に木霊する。

「付き合って結構たつのに、未だに河村のほうから、キスしてくれないんだよ」

一息に言いたいことを言ってしまって、スッキリしたのか、一つ息を吐いて椅子に座りなおす。

「あれ、どうしたの?」

すっきりした顔の不二が、凍り付いている三人を見やる。
三人は、突然の不二の言葉に凍り付いて動けないでいた。

「…まだ、キスしてないの?」

恐る恐る菊丸が核心をつく。
話を聞いた瞬間、三人が思ったのは、まだしてなかったの?だった。

「してるよ?」

その言葉に対して、しれっと不二はさっきと違うことを言う。

「してないって言いませんでした?」

不二に対して反論を吐くのは越前で、海堂は不二が怖いので聞くのをためらっていた。

「僕は、してくれないって言ったんだよ」

丁寧に、言葉の違いがわかるようにゆっくりとした口調で、越前に聞かせる。
それはあたかも、馬鹿な子を相手にしてるような言い方に越前は聞こえて、ムッと口を尖らせる。

「不二のほうからはしてるの?」

越前の機嫌が悪くなったことにも気づかずに興味を持ったことにだけ意識を向けている菊丸が、新たな質問を投げかける。
そんな中、海堂だけはその状況に気づいていて、帰りたくなっていた。

「仕方ないでしょ。してくれないならするしか」

ちょっとだけ拗ねたような口調で答える不二に、

「わかる。それ、すっごいわかる」

と、賛成する菊丸。
海堂は口には出さずに、心の中でだけ「わかんねぇ」と呟いていた。

「大石もね〜、あんまりしてくんないんだよ。いっつも、人目がとか言ってさ〜」

ウンウンと両手を組んで頷きながら話す菊丸に、

(あんたが、人目も憚らずに強請るからだろう)

と心の中でツッコンでいたのは海堂だった。

「絶対にね、大石からよりも俺からチュ〜するほうが多い」

力説する菊丸に、

「それでも、してくれるだけいいよ」

と哀愁を漂わせている不二。

「別にキスくらいしてくれなくてもいいじゃないですか」

さっきから黙って聞いていた越前が。そんな二人を馬鹿にしたように口を開く。
どうもさっきの不二の言い方を根に持っているらしい。

「そういう越前はどうなのさ?桃からキスしてくれてるの?」

越前の言い方が気に入らなかったらしく、機嫌の悪そうな声で菊丸が問う。

「俺は別にキスして欲しくないっすから」

それにそっけない返事をかえす。
と、

「越前の場合は、相手が桃だから雰囲気も何も無視して、自分の欲望のまま突っ走られて、全然そんな気分でもないとこでされそうになって、殴ってそうだよね」

ニッコリと笑いながら、見てきたかのように言う不二に越前は言葉に詰まる。
どうやら図星らしい。

「しかも、越前がそういう気分になってる時に限って。桃ってば気づかずにムードの欠片もないようなことをしてたりしてそうだよね」

笑顔のまま続けていく不二の台詞に、越前の頬が朱に染まる。
これは完全に、図星らしい。

「そりゃぁね、相手がそれだけムードも気分も考えないような相手だと、キスもしたくなくなるかもね」

どうも怒ってるらしい不二は、越前を完膚なきまでに叩きのめしていた。
越前は不二の台詞に、完全にそっぽを向いてしまっていた。

(越前も、不二先輩に口で勝とうと思うなよ…)

拗ねたようにあさってのほうを向く越前に、多少の同情をしてみる海堂だった。
が、海堂の同情も長くは続かなかった。
それは、

「海堂はどうよ?」

と菊丸に聞かれたからだった。
いつかは来るだろうと予測はしていたのだか、出来れば遠慮したいと思っていたのも事実だった。

「乾にキスして欲しいって思わない?」

更に菊丸に聞かれ、海堂はなんと答えようか困ってしまう。
だって…

「俺は…別に…」

そんなこと、一度も思ったことがないのが本音だった。

「でしょ、海堂先輩だってそうだよね」

海堂の言葉に、拗ねてた越前が味方発見とばかりに海堂に近づく。

「海堂も、キスして欲しくないの?」

不二が海堂の様子を窺いながら問いかけてくる。

「そういうわけじゃ…」

キスしたいとか、したくないとか言う前の問題だし。
海堂は困ったように俯きながら、言葉を濁す。

「じゃあ、どういうわけ?」

興味津々と言った感じで菊丸が身を乗り出して聞いてくる。

「……」

言えるわけない。
そんなこと思う間もないくらい、キスされてるなんて……
まして…
自分がキスしたいと思うと、いい感じで彼の唇が降りてくるなんて……

「海堂?」

恥ずかしそうに押し黙る海堂に、不二が声をかける。

「……」

それにも答えずに、海堂はただ時が過ぎるのを待った。
愛しい人が助けに来てくれるのを祈りながら……


「何だ、えらく静かだな」

どれくらい時がたったのだろうか、海堂にとっては地獄のような時間だった。
それを打ち破ったのは、海堂が待ち焦がれていた、乾だった。
部室に入ってきた乾はといえば、えらくシンとした中で俯いている海堂と、その海堂のまわりで何かを待っている不二・菊丸・越前の姿をみつけ、
また何かやってたなということに気づいた。

「どうした、海堂?」
「先輩」

迷いもなく自分に向かってくる乾に、海堂は嬉しそうに声を漏らす。

「こいつらに苛められてたの?」

海堂の横に来て、ポンポンと優しく頭を叩きながら問う。

「ひどいな、乾」
「苛めたりしないにゃ〜」

乾の言葉に、不二と菊丸が反論する。

「じゃあ、何でこんなに困ってんだ?」

海堂に聞かず、二人に聞く乾。
その間に、海堂を抱き上げて、海堂が座っていた椅子に座ってから、ひざの上に海堂を乗せる。

「キスして欲しいか、欲しくないかって話をしてただけだよ」

不二が簡単に説明をするが、乾は納得がいかないらしく、更なる説明を求める。
それに不二が答えて、今までの事を話す。

「なるほどな」

話を聞き終えて、乾が納得したように言葉を漏らすと、

「どうするよ。かおちゃん、乾とキスしたくないって」

からかうように菊丸が乾に聞く。

「ちがっ…」

その言葉に反応したのは海堂で、泣きそうな顔で乾を見上げる。
キスしたくないんじゃなくて、そんなこと思う暇もないだけなのに……
菊丸のあんまりな言葉に、海堂は泣きそうな気分になる。
誤解しないで…
決してキスしたくないんじゃないから
乾に誤解してほしくなくて、乾の服の袖を掴んでじっと見つめる。
それにわかったよという代わりに、海堂のつむじにチュッとキスをして菊丸に向き直る。

「海堂は、そうは言ってないみたいだけど」

乾の言葉に海堂は嬉しそうに目を細める。
何も言わなくてもわかってくれる、それが凄く嬉しくて……
キスしたいなって、思った……

「じゃあ、どういう意味だよ」

あっさりと否定する乾にムッとしたように聞く菊丸。
それは確実に乾に投げかけたものだったのが、乾はそれには全く無視して、海堂を一瞬見た後、クスッと微笑って海堂に軽く触れるだけのキスをした。
また…
何で、この人は俺の気持ちがわかるんだろう。
海堂は乾にだけ見えるようにフワリと微笑んで、

「…こういう意味ッス」

と、乾の胸に顔を埋めて呟いた。

「思う必要がないってことね」

海堂の言葉を正確に理解した不二が、わかりやすいように付け加える。

「いいな〜」

不二の台詞に、海堂の言いたかったことを理解した菊丸がぼやく。

「確かに、羨ましいよね」

それに不二も賛同する。

「ねえ、乾。どうしたら、キスしてくれると思う?」

とりあえず、ハニーを満足させてる度・No.1であろう乾に聞いてみる不二。

「ラケットでも持たせてみたらどうだ?」

バーニングモードならいけるんじゃないかと返答すると、

「ムードもへったくれもないじゃない」

と、秀麗な眉を寄せた顔で不二が反論する。

「そう言われてもな〜。河村のアレは天然だし…」

流石に乾でも、人の性格までは直せない。

「じゃあ、大石は?」

困っている乾に菊丸が問う。

「お前が、もうちょっとTPOを考えれば済む話だろう」

さっきとは打って変わって、あっさりと答える乾。

「え〜、TPOって何〜?」

菊丸の言葉に、その場に脱力する乾・不二・海堂の三人。
菊丸と同じようにわかっていないらしく、答えを待っている越前がいた。

「大石に聞け」

菊丸の言葉に疲れ果てたように、乾がそっけなく返す。

「え〜、何だよそれ」

とブーたれる菊丸を無視して、不二と乾は会話を再開させる。

「…じゃあさ、乾がしてよ」

しばらく二人で河村にキスさせる方法を考えていたが、どうもいい考えが浮かばずにいたら、いきなり不二がそんなことを言い出した。

「「「「はあ?」」」」

不二の突然な台詞に、その場にいた四人がいっせいに素っ頓狂な声をあげる。
特に海堂などは、乾の首にしがみついて乾を守るようにしながらであった。
思考がついていかなくても、体はきっちりと反応しているらしい。

「何をどうしたら、そんな展開になるんだ?」

必死になってしがみついてくる海堂を宥めながら、冷静になった頭で計算しながら問うてみる。

「河村がしてくれないなら、してくれそうな乾に頼もうかなって」

よくわからない理論(?)でもって話す不二に、乾が訝しげな顔をするが、不二がチラリと目線を動かせたことで不二の思惑に気づく。

「本当に俺でいいのか?」

ニヤッと意地の悪い笑みを顔に張り付かせて、乾が問う。

「「「えっ」」」

残りの三人が驚愕に目を見開いて乾を見る。
何かいいたげなというか、既に口が動き始めている三人を制するかのように、乾と不二がしぃっと人差し指を口元に持っていき、牽制する。
そして、乾が愛用のノートの一番後ろを一枚破る。

(外に河村がいるの)

その破られた紙に、不二がペンを走らせた。
それを覗き込んで、三人は二人の思惑に気づく。
それでも、やはり面白くない海堂は、ムゥっと膨れた顔をしていた。

「乾なら、河村を忘れさせてくれるでしょ」

艶の入った声を出す不二は、じっと部室のドアを窺っていて、乾のほうなど一つも見てなかった。
そして乾も、

「愚問だな」

いつもより低めの声で囁きながらも、海堂の髪を優しく梳きながら、耳に唇を落として、海堂の機嫌をとっていた。

「不二…」
「乾…」

全く、互いに興味を持たぬままに声だけは、キスの直前を醸し出してる二人に、流石と賞賛をおくりなくなった菊丸、越前の二人は、

(この二人だけは、敵にまわすまい)

と、新たな誓いをたてていた。
そして…
バンッ!!

「不二!!」

勢いよくドアが開いて、河村が走ってくる。

「河村…」

まるで河村がいるなんて知らなかったように、戸惑った声で名前を呼ぶ不二に、中にいたメンツは

(凄い、演技力)

と思っていた。

「不二、俺…」

不二の前に来た河村がガシッと不二の両肩を掴む。

「好きだよ、不二」

そう告げて、皆の見てる前で河村はキスをした…らしかった。

「「……っ」」

キスをしたはずの二人は、微かなに呻いて口を押さえる。
キスする際に聞こえた、カチンという音と、二人の様子から推測されるに…
勢いあまって、ぶつかったらしい。

「河村、勢いつけすぎ」

二人の様子を見ながら、乾が溜息を吐く。
折角、協力してやったのだからせめて、上手くやって欲しい。
それに…
どこから出したのかデジカメを見て、もう一度、溜息を吐く。
ったく、後で不二に売ろうと思ってたのにな…
撮るには撮れたが、これでは役にたたなそうだという溜息だった。

「大石、俺もチュ〜vv」

河村とともに入ってきた大石に菊丸が飛びつく。

「ここはちょっと…」

困ったように言葉につまる大石だった。

「越前vv」

そして、大石と同じく入ってきていた桃城が越前に近づく。
勿論、下心つきで

「いや」

だが、桃城の願いむなしく越前はそれだけ言うと、部室を出て行った。

「待てよ、越前」

出て行く越前を必死に追いかける桃城。

「英二、俺たちも行こうか」

逃げるように大石も外に出る。

「え〜」

不満の声をあげて、菊丸も後に続いた。

「俺たちも行こうか」

不二の表情を観察していた乾が、海堂を膝からおろす。
あれじゃ、役に立ちそうだ。
そう結論づけ、これ以上、ここにいる必要はないと判断したらしい。

「河村、さっきのは冗談だから」

一応、先ほどのことに弁解はして海堂を連れて乾も外に出る。
そして、中に残された二人は…

「ごめんね、河村」

ジンジンと痛む口を押さえながら不二が謝罪する。

「こっちこそ、痛かったでしょう」
「痛かったけど、河村からキスしようとしてくれて嬉しいいよ」

河村の言葉に、不二が微笑む。
いつもと違った優しい微笑み。
河村にだけ見せる、素の不二の微笑みだった。

「ごめんね。俺、気が弱くて」
「僕のほうこそ、君をだまして」
「いいんだよ、そこまで不二を追い詰めたのは俺だし…」

不二の言葉に精一杯の優しさで返す河村に、不二は嬉しそうに笑う。

「好きだよ、河村」

河村に抱きついて、不二が言う。

「だからさ、たまにでいいから…」

河村の顔を覗き込んで、綺麗に笑う不二に、河村は見惚れる。

「河村からキスしてよ」

そんな不二の言葉に、河村は真っ赤になりながらも、うんと頷いた。


「…もう、嫌ですから…」

部室の外に出た後、乾の斜め後ろで海堂がポツリと呟く。
乾は止まって、後ろを振り向く。

「いくら芝居だって、あんなのは…」

あなたと他の人となんて…

「ごめん」

一歩前に出て、海堂を抱きしめる。

「もうしないよ」
「約束ですよ」

乾の腰に腕をまわして、ギュッとしがみつく。

「約束な」

そう言って、約束の証にキスをした。

Fin