始まりは全て彼の人の言葉
命ある言葉に
零れ落ちた欠片
それは
恋という名の欠片
始まりは桜の下
青学には大きな桜の木があった。
入学したばかりの海堂は偶然それを見つけて、その桜に目を奪われた。
「桜、嫌い?」
そう海堂に声をかけたのは、二年生の乾。
桜を見つめる海堂の瞳がどこか暗い感情を表していたから。
「嫌いっていうか、桜の下には死体が埋まってるって聞いてから…」
嫌いというよりは苦手。
「だから桜は綺麗なんだよ」
「え?」
「桜の花が薄い紅色なのはね、桜がその血を吸ってるからだって言われてる」
乾の言葉に、海堂は嫌悪に眉を顰める。
「血の中に眠るその人の想いを、桜はその花に乗せてるんだよ」
「何っすか、それ?」
「死んだ人の想いを乗せて、桜は短い間、満開の花を開く」
そして
「その人の想いを浄化させて、桜は散るんだよ」
だから
「見ていてあげなきゃ」
彼の人たちの想いを。
「俺の持論だけどね」
そう言って笑った彼の顔が忘れられなくて、これから先、自分は桜が咲く度に今日のことをこの人の微笑と共に思い出すのだろうと思った。
それが最初に零れた欠片
恋の始まりはその年の秋
新人戦で負けてしまった海堂。
何もない自分。あるのは負けたくない気持ちと、その為なら何でもする姿勢。
「強くなりたい?」
当たり前のことをのほほんと聞いてきたのは乾。
「当たり前じゃないっすか」
「じゃあ、海堂。俺の言う通りにしてみる?」
「そしたら強くなれるんっすか?」
「それはお前次第。俺が言えるのは、お前を強くしてくれるかもしれない技を教えることだけ」
「技?」
「バギーホイップショット。これをモノにして、そしてそれをより強く自分らしい技に出来たら、きっと強くなる」
言い切る乾の目をじっと見つめる海堂。
「どうする?」
「やる」
このままでいてもどうすることもできない。
だから、何か強くなる切欠があるなら、それでいい。
ただ…
「いいんっすか?」
「何が?」
「ランキング戦での敵を増やしますよ」
「お前が強くなる分、俺たちも強くなる」
それに…
「海堂が強くなっていくのを見るのは、きっと楽しいと思う」
鮮やかに笑う彼に、トクンと心が鳴った。
これが恋の始まり。
二つ目の欠片が落ちた瞬間。
想いを自覚して、けれど、その想いを伝えることはなく、時は移り二度目の桜の季節。
少しだけ、そうほんの少しだけ、落胆してしまった想い。
レギュラー落ちした彼のその後の行動。
自分の練習をせずに、レギュラーのコーチに徹するあの人。
もうレギュラーに戻る気はないのだろうか?そんな想いが心に募って…呆れて…怒って…それでも、あの人への想いはなくならなかった。
「負けることは終わりじゃない」
彼の人の静かな声が木霊する。
どうしても我慢できなくて、思わずきついことを言ってしまった。
「負けて気付くこともあるよ?」
その言葉は負け惜しみでしかないと、そう思った。
「負けたらそこには何もないじゃないっすか?」
試合に出れずに、ただフェンスの向こうで試合を見ているだけ。
そこに何を見出すことが出来るんだろう。
「試合にも出れないのに…」
「俺が見せてやる」
初めて見た、彼の人の強い意志の籠った瞳。
感情の入った強い声。
「俺を見てろ」
それを証明してやる。
それは有無を言わさぬ強さと、綺麗な微笑みに彩られていた。
三つ目の欠片が零れた……
六月、関東大会に出場する選手を決めるためのランキング戦が行われた。
「証明してやる」
その言葉の通り、あの人はそれを証明してみせた。
レギュラー復帰と、部長に本気を出させるだけの実力。
コーチ役に徹しながら、データを取り、時間を作って人の数倍努力して勝ち取ったレギュラー。
この人の本当の強さを知った気がした。
負けたことで、強さを追い求め手に入れた。
この人を好きになったことを誇りに思える。
「乾先輩」
「海堂?」
そう思ったらこの想いをどうしても伝えたくなった。
「俺、先輩が好きです」
最後の欠片が落ちた瞬間。
そして、全ての欠片があの人に拾われた瞬間。
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