恋愛遊戯



近頃、先輩は本を読むのに夢中で、少しも構ってくれない。
前なら、クラブの休みの時の週末は、必ず先輩に誘われて泊まりにいったりするのに、今回は全然誘いなし。
それどころか、クラブ終わったら、さっさと帰るし……
俺と本のどっちが大切なんだよ!!
って、恥ずいし、今のあの人なら「本」とかいいそうだから、聞いてないけど……


夜の自主練を済ませた後、一度家に戻ってから、親に一言告げて家を出る。
自転車に跨って、勢いよく漕ぎ出す。
スピードを出した状態の自転車なら、海堂の家から乾の家までは5分ほどでつく。
見慣れたマンションのエントランスにつき、いつもならならすはずのインターホンを無視して、ポケットから取り出した乾の家の合鍵を差し込む。
乾が必ず、起きてる時間は海堂はこの合鍵は使わずに呼び出すが、今日に限っては乾が本に夢中になっているので、鳴らしても仕方ないと思って合鍵を使用する。
そのまま迷うことなくエレベーターに乗り込み、最上階を押す。
途中、誰かが乗り降りすることもなく、目的の階に辿りつく。
乾の家の前に立ち、ドアノブに手をかける。
案外抜けているというか、不用心な乾は鍵をかけないままでいることが多い。
今回はそのようで、ドアはあっさりと開いた。

「…お邪魔します」

小さく呟いて、家の中に入る。
案外しっかり者の海堂は、キチンと鍵をかけるのを忘れなかった。
リビングを覗いて乾がいないことを確かめてから、乾の部屋に向かう。
そっとドアをあけて、顔だけ出して覗き込むと、乾はベッドに座って壁に背中をくっつけて読書をしていた。

「…乾先輩」

集中してる乾に気づいてもらえるように、いつもより大きめの声を出す。

「ん?あぁ、海堂か」

流石に気づいた乾が、視線だけを海堂へと向ける。

「お邪魔してます」
「いらっしゃい」

海堂の挨拶を簡単に返して、乾の視線は手の中の本へと戻ってしまう。
いつもはうるさいくらいに構ってくるくせに…
乾のそんな様子に、海堂が口を尖らせる。
が、乾は少しもそんな海堂の様子に気づくことはなく、本に没頭している。
海堂はスタスタと乾の部屋の中に入って行き、乾と同じようにベッドに座る。
しばらく横でジッと乾を見つめてみるが、乾は全然気づく気配がなかったので、海堂は乾の左手を取る。

「…?」

乾が自分の手に視線を送れば、海堂が乾の手を自分の口元に持っていっているところで、

「…って…」

乾の見てる前で、海堂は乾の左手に噛み付いた。

「何するかな?」

一番初めだけ、強めに噛んだ後、そのまま歯を立てずにガシガシと乾の手を噛みまくる海堂に、乾は苦笑する。

「構ってほしいの?」

苦笑したまま問いかければ、手を噛んだままの海堂がチラッと視線だけを乾に向けて頷く。

「ん〜、もうちょっと待っててくれる?」

少し考えた後、やっぱり小説の続きが気になるのか、困ったように声をかける。

「左手は好きにしてていいから」

一度、海堂の口から手を出して、海堂を抱き寄せる。
自分の胸の中に海堂を収めて、海堂に左手を差し出し、また小説に没頭する。
乾の腕の中に収められた海堂は、差し出された左手を取って、遊ぶ
乾の親指と小指をグルグル回したり、大きな手を口元に持っていってキスしたり噛んだりしていたが、それも飽きたのか左手は掴んだまま、乾の胸に後頭部を預けて、キョロキョロと辺りを見回す。
相変わらず、汚ねぇ部屋…
案外、ものぐさで片付けは苦手な乾の部屋は、綺麗好きな海堂の部屋と違って散らかっている。
何で、こう片付けたがらないかな…
本や雑誌、ノートと床の上に散らばっているものを眺めていると、海堂はあるものの存在に気づく。
それは、乾の向こうのベッドの下に落ちてあり、それを取るなら乾から離れてそこに行かなくてはならないはずなのだが、延々と無視して本を読み続ける乾にもムカつくし、こっから離れるのも嫌なので、いつもならしないであろう行動に海堂は出た。

「?…コラ」

乾と本の間の乾の右手を無理やり、自分の体ごと動かしてそこへと近づこうとする海堂に、乾が非難の声をあげる。

「何がしたいんだよ?」

文句を言ってる割に、乾は海堂のしたいようにさせていて、既に乾も海堂もベッドの上に倒れていた。
本を海堂の体で遮られているので、どうしようもない乾は、そのまま海堂を右腕にのせたまま見ていた。
海堂は体を懸命に伸ばして、ベッドの下にある物に手を伸ばす。

「ん〜」

少々、体に痛みが走るような格好になったのも気にせずに、微かに触れたそれを手にする。

「…っし」

ようやく取れたソレを持ち上げて、見やすい位置に移動する。

「…アルバム?」

ズルズルと後ろに戻ってきて、乾の右腕に乗ったまま、うつ伏せに寝転んでアルバムを捲っていく海堂に問う。

「そんなの、見たかったの?」
「ウス」

嬉々としてそれを捲っていく海堂を見ながら、乾が呆れたように口を開く。

「それを取る為に、俺は読書の邪魔をされたわけ?」
「…別に、邪魔したわけじゃないっす。単に、最短距離で取ろうとしたらそうなっただけで…」

チラッと乾を見て、モゴモゴと口を開く海堂。

「最短距離でいかなくっても…」
「動くの面倒だったんです」

流石に、離れがたかったのだとは言えずに適当なことを言ってしまう海堂だったが、乾には気づかれてるらしく、さっきからニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている。

「珍しいね。体、動かすの好きな海堂が」

わざと意地悪く聞いてくる乾に、

「うっさいすよ」

さっきまで無視されてたお返しとばかりに、冷たく返してアルバムへと意識を集中させる海堂。

「…右手、返してくれないのかな…」

右腕を下敷きにしながらアルバムを見る海堂に声をかけるが、無視されてしまう。

「仕方ないな」

右手を使うのは諦めて、自由になった左手に本を持ち帰る。
うつ伏せに寝転がっている海堂とは逆に、仰向けに寝転がった状態で、乾も読書に戻る。
しばらく無言で、ページを捲る音だけが部屋を支配する。
乾のアルバムを眺めている海堂は、どこか嬉しそうだ。

…可愛い

赤ちゃんの時から、最近までの写真を眺める。
やっぱり、顔のいいのは生まれた時からで、まだ眼鏡をかけてない頃や、今ほど分厚くないレンズの頃の乾ははっきりいって可愛い。
自分の知らない乾がそこにいて、海堂はその写真を一枚・一枚、真剣に見つめていた。

……ムカツク……

始めは嬉しそうに見つめていた海堂の顔が、徐々に不機嫌になっていく。
最後のほうには、既に不機嫌を通りこして、怒っていた。
理不尽な怒りは理解していたが、海堂はそれでもこの怒りをどうにかしたくて、アルバムの前にある枕を手に持って起き上がる。
ベッドに座りなおし、隣で読書に没頭している乾の顔にめがけて、その枕を振り下ろす。

「…わっ」

ボスンと音がして、乾の顔にヒットした枕を、何度も海堂は投げつける。
ムカツク・ムカツク…
ボスボスと何度も乾にそれをあてると、パシッと受け止められる。

「海堂…」

低い声が、海堂の耳を打つ。

「いい加減にしろよ」

少々、怒ったような声に、海堂の体が竦む。

「今度は、一体何が不満なんだ?」

海堂の手から枕を奪い、海堂に向かい合うように座る。

「う〜」

言いたくないのか、不満そうに口を尖らせる海堂に、乾が溜息を吐く。

「薫、言いなさい」

乾にしては珍しく、強い口調で話す。

「だって…」

ビクッと怯えたように、首を竦ませて、口を開く。

「先輩のアルバム、どこ見ても部長と菊丸先輩と不二先輩がいる…」

2ページ目くらいからは、乾の横に大抵手塚が、乾が小学校に入った後辺りからは、手塚と一緒に菊丸、不二の姿が頻繁に写っている。
自分の知らない乾のことを知ってるこの人たちに嫉妬したのだ。
俺と先輩が一緒に写ってる写真は少ないのに…
何でこの人たちは…
改めて、1年の差というものを見せ付けられた気がして、海堂は見てるうちに辛くなってきていたのだ。

「そりゃ、手塚は幼馴染だし。菊丸と不二は、小学校からの付き合いだからいてもおかしくないでしょ」
「俺は、全然写ってないのに…」
「妬いてる?」
「違う。悔しいだけっす」
「悔しい?何が?」

俯いて呟く海堂に、乾が訊ねる。

「部長たちは、俺の知らない先輩を一杯知ってるのが悔しいんです」

それに

「俺と先輩の写真がほとんどなくって、一緒の思い出ってないのかなって…」

ボソボソと自分の心情を吐露する海堂。

「じゃあ、写真撮ろうか?」
「えっ?」
「ほら、そこにデジカメあるから」

テーブルの上に置かれてるデジカメを手にする。

「海堂は、自分の知らない俺っていうけどさ、海堂しか知らない俺ってのもたぶんあると思うよ」

俺、基本的に人に甘えたりしないし…
時折、戯れのように甘えてくる乾。
それは、自分にしかさせないのだと言ってもらってるようで、海堂の目頭が熱くなる。

「ほら、海堂撮るよ」

泣きそうになる海堂の手を取って、引き寄せる。
デジカメを自分たちに向け、大体、いつも写す状態から推測して綺麗に撮れそうな位置でボタンを押す。

「ほら、海堂」

写したと、海堂の手元にデジカメを持っていき、今写したばっかりの写真を見せる。
そこには、いつもよりもレンズの薄い目の見える眼鏡をかけて笑ってる乾と、泣きそうな顔の海堂が写っていた。

「こんなのヤだ」

泣きそうになってる自分の姿が恥ずかしくて、それを消そうとこころ見るがやり方がわからずに、ゴソゴソしてる内に乾に奪われる。

「なら、海堂も笑って」

また、さっきの位置にデジカメをあげる乾。
今度は、海堂も乾に寄りながらぎこちない笑顔を浮かべる。
そのまま、何枚か写真を撮るうちに、二人の体が徐々に近づいていく。
乾の手はそのままシャッターを切っていく中で、二人は見つめあい、顔を近づけていく。

「本ばっか見てると、別れますよ」
「肝に銘じておきます」

重なる直前、釘をさされて反省する乾。
満足したように笑って、海堂が目を伏せる。

「ごめんな」

そっと優しく乾の唇が、海堂の唇に重なる。
その瞬間も、綺麗に乾の手の中のデジカメに納まった。


後日、この日の写真の現像の為、乾が高画質なプリンターを購入したとかしないとか……

Fin