「たまにはさ…」
そう言い置いて、乾が海堂に休みの日に家族と一緒にいるように言ったのは、ほんの数日前のこと。
「…はい」
その言葉に対して、不満がありますとわかる声で答えて、苦笑されたのも記憶に新しかった。
確かに、ここ最近は、部が休みの時は、前日からあの人の家に泊まりに行って、ろくに家にいなかった。
はっきりいえば、中学生らしくない生活であることも気づいているけど、それでも、二人でいたっかった。
先輩が、自分の家のことを心配してくれているからだとわかってるから頷いたけど、ほんとは物凄く嫌だった。
出来る限り一緒にいたかったし、あの人のぬくもりに包まれていたかった。
二人でいる時にしか出来ないことを、一杯・一杯して、二人でいる幸せをかみ締めていたかった。
けれど、乾先輩が家族団らんだとかいうのに憧れていたことも何となく知っていたから、彼がどういう気持ちで言い出したのかがわかったから、素直に言うことを聞いた。
そして、今に至る……
「帰ってきたの?」
部活の後、疲れて帰ってきた息子に向かっての、母の最初の一声がこれであった。
まるで、帰ってきたのが悪かったみたいな母親の言い方に、海堂は少々ムッとする。
「てっきり、乾君の家に泊まると思ってたわ」
ケンカでもしたの?と母親に言われ、俺だって泊まりたかったんだよ!!とは流石に言い出せず、
「してねぇよ」
とそっけなく返して、家の中に入る。
「じゃあ、乾君用事でもあるの?」
「…知らねぇ。今日は、たまには家にいてやれって言われただけ」
乾をかなり気に入っている海堂の母は、息子と仲が悪くなってしまったんじゃないかと心配する。
それに気づいた海堂は、うんざりと帰ってきた理由を説明する。
「あら、あら、そんなこと気にしなくてもいいのに」
やっぱり、乾君っていい子よねぇとのんきに言ってくる母親に、海堂はこんなの相手にするために泊めてもらえなかったのかと泣きたくなってきた。
「家のことを気にしてくれるなら、乾君がうちに泊まりにくればいいのに…」
「あれ?兄さん、帰ってきたんですか?」
母親の相手をするのも疲れてきた海堂が部屋へと帰ろうとすると、階段をおりてきた海堂の弟・葉末が驚いたように海堂に声をかける。
またか…
「あぁ」
内心呟いて、簡単に返事を返す。
「乾さんとケンカでもしたんですか?」
全くどいつもこいつも…
怒鳴りたいのを堪えながら、
「してねぇ」
とだけ、返した。
「乾君がね、気を使ってくれたのよね」
仲良く話をしている兄弟に割って入る母親の台詞に、葉末が
「乾さんもくればよかったのに…」
と呟く。
そこへ…
「薫?乾君のとこじゃなかったのか?」
中々、戻ってこない奥さんの様子を見に来た海堂の父親が、海堂を見て声をかける。
こいつら…
「どうした?ケンカでもしたのか?」
一体、人を何だと思ってるんだ……
家族全員に同じ言葉をかけられて、海堂はフルフルと震える拳を握りしめた。
「それが…」
母親が父親に、海堂が帰ってきた説明する。
すると…
「それなら、乾君もくればよかったんじゃないか」
と、海堂の父親は言った。
どうしてこう、うちの家族は乾先輩が好きかな……?
揃って乾を連れてきてないことに不平を漏らす家族に、頭を抱えたくなる。
俺の学校の先輩であって、あんたらの友達でも何でもないだろうと言いたくなった海堂だったが、そんなことを言おうもんならどうなることかわからないので、声には出さないでおく。
3対1のこの状況で自分が勝てるわけないのは、見ればわかる。
しかも自分と違って、この母と弟は口がたつから困りものだ。
どうあっても自分に勝ち目はないことくらい、わかっている。
「薫、今からでも乾君呼んだら?」
これ以上、ここにいても疲れるだけだと判断した海堂が、自分の部屋へ戻ろうとした時、海堂の母親が海堂に声をかける。
「そうしましょう、お兄さん」
「いい考えだな」
と、葉末、父親と賛成する。
「先輩にも、都合ってもんがあんだろ」
何で、この人たちのために先輩を呼ばなきゃならないんだ。
「電話して聞いてみたら?」
海堂の言葉に臆すことなく、母親が次の言葉をかける。
「しねぇ」
誰があんたたちのためにするかっての。
家にあの人連れてきたら、独り占め出来ないだろう。
母親の言葉を、あっさり却下して、とっとと部屋に戻る。
部屋に入った海堂を見送って、階下にいる三人が顔を見合わせて笑う。
そして、そのまま居間へと三人揃って入っていった。
部屋に戻った海堂は今日の分の宿題に手をつけ始めた。
自分の家族のあれではないが、後で乾に電話をしようと思ってのことだった。
先に終わらせておけば、好きなだけ話せるから。
黙々と集中して宿題を片付けていく。
ようやく、終わらせることが出来て、ふしゅ〜ぅと息を吐く。
ソファの背もたれで背中を伸ばして、体の筋肉をほぐしていると、下のほうから賑やかな笑い声が聞こえてきた。
「…んだ?」
いつも以上に賑やかな様子に、訝しむ海堂。
そう言えば、家の呼び鈴がなってた気がすると思い直す。
「客か…」
賑やかな様子に思い至って、喉が渇いたので何か飲みに行こうと立ち上がる。
少しだけ、誰が来ているのかも気になるし……
階段を下りて、居間に近づくと、徐々に中の声がはっきりと聞き取れてくる。
「乾君、夕飯なんだけど…」
乾君…
中から聞こえた母の言葉に、足を止める。
何でここで、乾先輩の名前が出てくるんだ?
そう考える海堂の疑問に答えるかのように、中から
「お手伝いしますよ」
と、物凄く聞き覚えのある声が聞こえてきた。
嘘…だろ、何で…?
それ以上、何も考えられずに、居間までの短い距離を走って、勢いよくドアをあける。
「やあ」
凄い音をさせて入ってきた海堂に、乾はいつもと変わらぬ表情で声をかける。
「先輩…?」
居間には、ソファに座り、膝に葉末をのせて、向かいに座っている父のチェスの相手をしながら、夕食の準備に取り掛かろうとエプロンをつける母親と会話している乾がいた。
「うん?」
「何で、うちにいるんすか?」
どうにか声をだして問う。
「呼ばれたから…だけど?」
それに乾は不思議そうな顔で返す。
「呼ばれたって、誰に?」
「穂摘さんに」
後、葉末くんもかな。
軽く返してくる乾の声を聞きながら、海堂は段々と腹がたってきた。
「何で?母さんらが電話すんだよ」
低く唸るように声を出すと、
「だって、薫が電話してくれないんだもの」
拗ねたような母親の声が返ってきた。
「だからって、俺に無断で電話するか?」
それに…
「大体、何で母さんたちが先輩の番号知ってんだよ!!」
海堂がいつもより大きめな声で怒鳴る。
「「「教えてもらってるから」」」
それにこたえた様子もなく、三人は自分の携帯を取り出して、綺麗にハモってみせる。
間にいる乾は、海堂家のやり取りを黙って見つめている。
ここは下手に入らないほうが無難だと悟ったからだ。
「…葉末…」
これ以上、話してもしょうがいないと思った海堂は、乾の膝の上に座っている葉末をそこからおろし、乾をたたせる。
「海堂?」
何をするんだと、黙って事の成り行きを見守っている家族を無視して、乾の手を引っ張って部屋へと連れて行く。
「おい、海堂」
有無を言わさずに引っ張っていく海堂に声をかけるが、無視されて、乾は仕方なく後ろで唖然としている海堂の家族に
「スミマセン」
と、頭を下げて、海堂についていく。
引っ張られた状態のまま、海堂の部屋に連れて行かれた乾は、海堂の部屋のソファに座る。
すると、海堂は乾の膝の両脇に膝をついて向かい合う形で、乾の膝に座る。
「いつから、来てたんスか?」
腰にまわってくる乾の手を感じながら、海堂が訊ねる。
「うん。20分くらい前かな」
海堂の額に自分の額をくっつけて答える。
「俺、知らなかったんスけど…」
不貞腐れたように言うと
「…みたいだね。俺も知らなかったよ」
さっきの居間での様子を思い出したのか、クスッと笑われた。
「母さんと葉末がむちゃ言ったんでしょう?」
きっとこの人のことだから、やんわりと悪いと言って断ったに違いない。
うちに来る気があるなら、初めからそうしてるに違いないから…
そうしなかったのは、家族の団欒に他人が入るものじゃないとか思ってるからだろう。
それでも、うちにいるということは……
来るっていうまで離さなかったのだろう。
乾が諦めるまで粘ったに違いない。
「スミマセンでした」
無茶苦茶なことをする家族の代わりに、海堂が謝る。
「別に、誘われたのは嬉しかったからいいよ」
それに乾は、気にしてないという風な答えをくれる。
「俺も、海堂に逢いたかったし」
頬にキスされながら囁かれた言葉に、海堂が紅くなる。
「……俺も」
照れて視線を背けながら、呟く海堂に乾の顔に笑みが浮かぶ。
「薫」
優しく耳元で名前を呼ばれて、海堂の視線がチラリと乾を見る。
視線に入った乾の微笑に目を奪われる。
そのまま見惚れていると、すっと乾の手が海堂の目を覆う。
スーッと瞼に触れた手のひらが下がるのと同じに、海堂の瞼が閉じられる。
乾が動くのを、海堂は空気で感じ取る。
唇を少し開いて待つと、乾の唇が重ねあわされる。
触れ合うような口吻を何度か繰り返した後、一度、見つめあってから、再び、今度は深く重ねあわされる。
絡め取るように貪って、息が苦しくなってきた頃、ようやく二人の唇が離れる。
ハァと深く息を吐いて、余韻を楽しむように抱き合うと
トントン
海堂の部屋のドアをノックする音が聞こえる。
「お兄さん、乾さん、晩御飯できましたよ」
ドアからちょこんと顔だけだして、葉末があらわれる。
ノックの音が聞こえた時点で立ち上がった海堂は、間一髪、抱き合ってるところを弟に見られることはなかったが、さっきまでの行為のせいで顔を真っ赤にしているのは、正面にいる葉末に見られていた。
「お兄さん、顔赤いですけど、風邪ですか?」
何も知らない葉末は、兄の顔色に、心配そうに尋ねてくる。
「…んでもねぇ」
葉末に指摘され、より紅くなった海堂は、搾り出すように声を出し、思いっきり俯く。
そうすると、今度はソファに座って自分の表情をみて楽しんでいる乾と目が合う。
「そうですか?」
まだ、どこか心配そうに声をかけてくる葉末に大丈夫と答えないとと思うのだけど、乾とあってしまった目が逸らせずに、戸惑ってしまう。
「大丈夫だよ。軽い運動をしてたせいだから」
声を出さない海堂の代わりに、乾が答える。
「すぐに降りるから、葉末君は先に降りててくれるかな?」
一回クスッと笑ったと、海堂から視線を外し、葉末のほうに振り向く。
「わかりました。すぐ来てくださいね」
素直に返事をして、ドアをしめようとする葉末に、ニコッと笑って手を振ると、葉末は嬉しそうに手を振り返してきた。
パタンと可愛い音がしてドアがしまり、葉末がパタパタと階段をおりていった音を聞いて、乾が立ち上がる。
「…最悪…」
真っ赤な顔を手で押さえて、上目遣いに見上げて呟く海堂に
「続きは後でな」
と、面白そうに耳元で乾は囁いた。
「…やっぱ、最悪…」
悔しそうに呟きながら、それでも海堂は嬉しそうに目を細めて笑った。
この後、夕食を食べにおりた乾が、海堂の家族につかまりしばらく離してくれずに、海堂がご機嫌ななめになって、続きがパーになってしまったのは、言うべくもないことだろう……
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