First Step



蒼風寮の休日は…もとい、休日も騒がしい声で始まる。

「こっの、クソバカ清嶺ー」
「うっせーぞ、チビ」

朝、宝が清嶺を起す時に必ず起こる大騒動。
今日も、それは始まって、他の寮生はその音で目を覚ました。
そんな騒がしい、けれどありふれた休日。
そこに思わぬ客人が現れたのは、お昼前の頃だった。


朝から乾の家では甘い匂いが充満していた。
乾はハマると凝り性になる。
何とも思ってないことに対しては、物臭な性格が出るが、ハマってるものに関しては、それがどれだけ面倒なものであろうとも、何とも思わずにしてしまう。
そんな乾が今ハマっているのは、お菓子作り。
特に洋菓子のほうだ。
おかげで、青学テニス部面々はここ数日、乾が作ったとても美味しい洋菓子の数々をゴチになっていた。
その連日の振る舞いも、流石に部活が休みになってしまえば渡すことも出来ず、乾はそれでも作った数々のお菓子を持って、ある場所へ向おうとしていた。
イチゴタルトのホールに、シュークリーム、チョコムースと綺麗に箱に詰めて紙袋にしまう。
大きな紙袋を片手に玄関を出たところで、人の影を見つけて足を止めた。

「あれ、薫?」
「あっ…」

そこにはつい最近、付き合い始めたばかりの一つ下の後輩である、海堂 薫が立っていた。

「どうしたの?」
「あの…ちょっとわからないとこがあって…」

そう部活の休みとは、試験前の休みのこと。

「いいよ。ただ、これから出かけるからさ」
「あ、俺、また出直して…」
「いい。一緒に行こうか」

鞄を抱えなおして、咄嗟に帰ろうとする海堂の肩を掴んで立ち止まらせる。

「え、でも…」
「大丈夫。今から行くのは従兄のいる所だから」
「なら、余計に俺が行ったら邪魔になるんじゃ…」
「ならないし、丁度、紹介したかったからいいよ」
「紹介って?」
「恋人だって」
「…本気っすか?」
「うん」

海堂は乾の言葉と即答に絶句する。

「でも、俺男だし…」
「それが?」
「それがって、絶対に先輩が変に思われますよ?」
「大丈夫だよ。そういうの偏見ないから、あの一族は」
「でも、俺は先輩が変に思われるのはいやっす」
「優しいね」
「そんなことない」

優しく乾に微笑まれて、海堂が赤くなって俯く。

「俺は、ちゃんと紹介したいんだ。一緒に来てくれるよね」

20cm近く身長差のある海堂に視線を合わせるように乾はしゃがんで、海堂の顔を覗き込んで言った。

「……はい」

そんな風にされたら、海堂も断ることが出来ずに、大人しく乾に手を引かれてついていった。


乾に連れていかれて着いた場所は、蒼陵高校の横の蒼風寮。

「やぁ、久しぶり」
「よぉ、元気そうだなハル」

蒼風寮とは蒼陵高校の横に建っている、とってもリッチな寮である。
それくらいリッチかというと、1.2年の部屋は二人部屋だが、個室タイプの各部屋に、バス・トイレ・洗濯機・机・ベッド・エアコンなどのものが完備されていて、3年の部屋はその個室タイプの部屋にリビングと簡易キッチンまでついてる優れものである。
その蒼風寮の玄関に、やけに顔のいい男が二人とまだあどけない可愛い顔の少年が一人。
うち二人は、遊びにきた乾と海堂。
人見知りの激しい海堂は、怯えたように乾の後ろに控えてる。
もう一人は、その蒼風寮の寮長であり、独裁者の柏木怜一。
乾と怜一は、顔立ちは違う系のいい男だが、れっきとした従兄弟であった。

「まあ、ね」
「で、その後ろに引っ付いてる誰だ?」
「この子ね、俺の恋人」
「初めまして、海堂薫です」

乾が後ろにいる海堂の手を引くと、海堂がおずおずと乾の横に並び、丁寧に挨拶する。

「へぇ、ハルに恋人ね〜」
「可愛いだろ、奪るなよ」
「安心しろ、俺にそういう趣味はない」

マジマジと自分を見つめてくる怜一に、海堂は居心地悪そうに身を捩る。

「怜一、あんまり見るな。怯えてるだろ」
「あっ、違っ…スミマセン」
「いや、礼儀正しい子だな」
「そうだろ」
「惚気んな」
「いいじゃないか」

始終顔の筋肉が緩みっぱなしの従弟に呆れたように溜息を吐く怜一。
あの表情の少ない、冷めた従弟とは思えない変貌ぶりだ。

「部屋、来るだろ?」
「うん、邪魔する」

玄関で簡単に話しだけして、怜一は乾と海堂を自分の部屋に連れていった。

「お邪魔します」

蒼風寮は二人一組の個室タイプの部屋なわけで、怜一の部屋にも同室の人物はいる。

「いらっしゃい、コーヒー飲むだろ」

怜一の同室である奥野は、既に乾とも面識があり、怜一から既に聞いていたのか、4人分のコーヒーを淹れていた。

「貰います」
「有難うございます」

2年ながらに寮長を務めているので、怜一の部屋はリビングのついてる3年部屋だ。
3人はソファに座り、奥野が淹れたコーヒーを待っている。

「たまには淹れてもらうのもいいな」
「俺なんか、いっつも淹れてもらってるぜ」
「怜一はそうだろな」
「どういう意味だよ」
「そのまんまだろ」
「奥野〜」

奥野からコーヒーを貰い、一口つけた後の乾たちの会話。
口がまわる連中ばっかりが揃ってるせいで、独裁者と言われる怜一でも勝ちきることは出来そうにない。
しかも乾は怜一にとっては弟のように可愛がっていた存在なので、他の誰に言われても平気なことでも気にしてしまうこともある。

「そうそう、差し入れ」

ふと思い出したように乾が紙袋を怜一に手渡す。

「何だ?」
「俺、今はソレに凝ってんの」
「へぇ、美味そうじゃん」

がさごそと紙袋の中身を開けていけば、中には美味しそうな洋菓子の数々。

「作るのはいいけど、一人じゃ食べ切れないからね」
「で、ここに来たってか」
「そういうこと」
「んじゃ、藤縞も呼んでくるかな」
「藤縞って?」

紙袋を奥野に渡して、怜一が立ち上がる。

「清嶺の同室。可愛いぞ」
「へぇ、怜一が気に入ってるなんて、凄いな」
「そっか、俺よりも清嶺のほうがべったりだぞ」
「マジ?」
「マジマジ」
「そりゃ、凄い。俺も付いてこっと」
「あっ…」

楽しそうに話しながら、一緒に出て行こうとする乾。
咄嗟に海堂が乾の服の端を掴む。

「ああ、薫もおいで」
「っす」
「じゃあ俺は準備しておくから」
「おう、よろしく」

奥野を残して三人は2階の一室に向った。

「今は静かだな〜」

214号室の部屋の前。
怜一が暢気に呟く。

「お〜い、藤縞いるか?」

トントンとドアをノックして声をかければ、中から

「ちょっと待って〜」

と、元気な声がする。

「何?柏木先輩」
「よ〜、藤縞。ケーキ食わない?」
「え?ケーキ!食う!」
「……」
「……」
「あれ?先輩、この人たち誰?」

怜一の前で嬉しそうにはしゃぐ宝が、怜一の後ろで凍りついている乾と海堂に気付き、首を傾げる。

「ああ、俺の従弟とその恋人」
「ええっ、従弟とその恋人って!?」

怜一の紹介に宝が驚いたような声を出す。

「藤縞と清嶺の関係とそんな大差ないだろ?」
「何で?俺と清嶺は友達だよ」
「ただの友達が一緒に寝たり、チューしたりしないだろ」
「うっ、でもそれは、清嶺が勝手に…」

怜一につっこまれて、宝がウウッと消沈する。

「でもさせてるのは藤縞だろ。だから、性別なんか気にすんな」
「別にそれはいいけど…」
「あっ、ああ、大丈夫だって。ハルは基本的にはノーマルだから、有朋みたいなことはしないって」
「じゃ、いいや。よろしくね」
「…あ、ああ、よろしく」
「……っす」
「どうしたの?」
「怜一…」

目の前でコロコロと表情の変わる、やけに可愛いバンビ顔の少年を見て、乾が怜一に声をかける。

「こんな姿でも、男だ。それにこれでも高校生だ」
「そっか、まあ、うちも不二みたいなのがいるからな」
「っす」
「改めて、怜一と清嶺の従弟の乾 貞治です。で、こっちが恋人の海堂 薫」
「初めまして」
「初めまして、俺、藤縞 宝っていうの」

ニッコリ笑って言う姿は、本当に俺らより年下か?
と、乾と海堂に思わせるほどのものであった。

「よし、部屋に戻るか」
「怜一、清嶺は?」
「いいよ、あんな奴」
「いいよね、清嶺は」
「なー」
「怜一、藤縞さん…」
「さんは付けなくていいよ」
「いや、でも俺らのほうが年下だしな」
「そうっすね」
「ええ〜っ!!俺より下なの?そんなデカイのに」
「いや、デカイのは関係ないし」
「う〜、でもさ、清嶺と変わんないよね?」
「たぶん」
「あ〜、なんか言ったかチビ」
「ウゲッ」
「やぁ」
「あ〜、なんだ、ハルじゃねぇか」
「相変わらずでもなさそうだね」
「そうか?」
「ああ、清嶺が亜也子さん以外の人に抱きついてるの初めて見たよ」
「チビは触り心地いいかんな」
「へぇ」
「俺のだからな」
「別にとらないよ。俺も恋人いるし」
「ハルにか?それも珍しいな」
「そう?この子だけどね、海堂 薫っていうの」
「初めまして」
「ふ〜ん」

さも興味なさそうに一瞥するだけの清嶺。

「お前、それじゃ薫君に失礼だろ」
「あ〜、別にハルが選らんだんなら、間違いねぇよ」
「へ?」
「ま、そういうことだから、薫君は気にしないように」
「はぁ」

よくわからない怜一と清嶺の言葉に、海堂は乾を見る。

「認められたんだよ」

乾はクスッと笑って、海堂の頭を撫でた。

「うっわ〜、美味そう」

怜一の部屋に戻ってきた途端、テーブルの上に並べられたお菓子を見て、宝が嬉しそうに叫んで座る。

「ハルか?」
「そう、今ハマッててね」
「美味しいっすよ」
「え?え?ハル君が作ったの?」
「ハルでいいよ」
「そう、こいつ料理上手なんだぜ」
「必然性の問題だよ」
「凄いな〜、清嶺なんかよりも、偉いじゃん」
「そりゃ。ね」
「おいチビ、何がいいたいんだよ」
「いひゃい、いひゃい」

宝の言葉に清嶺が後ろから、宝の頬をギュウッと引っ張る。
真剣に痛いらしく、宝は半泣きで清嶺の手を掴んで止めさせようとする。

「清嶺、事実なんだから諦めろって」

初めて見る従兄の様子に苦笑しながら、乾が止める。

「チッ」

素直に離して、乾の作ったタルトに手を伸ばす清嶺。

「はい、宝も…でいいのかな?」
「おう。それでいいよ。あ、サンキュ」

痛そうに頬を擦る宝に一個、タルトを取って渡す。

「はい、薫」

その後、もう一つとって、海堂にも渡した。

「どもっす」

ペコッと小さくお辞儀して、タルトを口に含む海堂。
その向かいでは、

「うわ、すっげー美味い」
「チビ、大人しく食え」

と、宝と清嶺が騒ぎながら食べていた。

「一番年下の薫が、一番食べ方綺麗ってのもどうかと思うぞ」

その様子に呆れたような乾の一声。

「え?そんなひどい?」
「まあ、楽しそうでいいけど」
「なら、いいや」

ケロっとした顔で、宝が食べに戻る。

「ここも本当に面白いな」
「っすね」

皆で談笑しながら、お菓子を食べている途中、乾が海堂に話しかける。
海堂も、その様子をみて相槌をうつ。

「でも…」
「うちも負けてないね」
「っす」
「さて、そろそろ帰るよ」
「え?もう?」
「うん。この後、薫の勉強見る約束だしね」
「そっか、気をつけてな」
「また、おいでよ?ね」
「うん、また邪魔するよ」
「薫君もね、約束」
「は、はい」

宝に小指を出されて、咄嗟に海堂も小指を出す。

「指きりげんまん…」

寮の玄関の前、宝の大きな声が響く。
海堂は真っ赤になって、早く指きりが終わることを願った。

「じゃあね〜」
「またな」
「バイバイ」

玄関まで見送ってくれた4人に手を振りながら、乾と海堂は帰路についた。

「変わった人たちっすね」
「だろ」
「それにしても、あの人…」
「ああ、凄かったな。清嶺が気に入ったのも分かる気がする」
「先輩は?」
「え?」
「先輩も、あの人のこと…」
「気に入ったけど、小動物に対してる気分だよね」
「…そっすね」
「そう。だから、薫は不安にならない」
「はい」

安心させるように笑う乾に、海堂も笑みを零す。

「ところで、薫」
「はい?」
「今日は泊まっていく?」
「……お邪魔でなければ」
「全然、邪魔じゃないよ」
「じゃあ、お願いします」

そうして、初々しい恋人たちは、夜の帳の中に消えていった。


余談
「なぁ、清嶺」
「んあ、チビ」
「タルト美味しかったね〜」
「ああ、ハルが作るもんだし、間違いねぇよ」
「また、逢いたいね」
「ああ?何だチビ、やけに気に入ってるじゃねぇか?」
「うんだってさ、ハル君も薫君もいい人だもん」
「へぇ」
「あ、清嶺、住所教えて?」
「ああ?」
「今度、逢いにくの」
「なら、俺が連れてってやるよ」
「嫌、俺一人で行く」
「何でだよ?」
「だってさ、清嶺いると遊んでもらえないもん」
「せってー、教えねぇ」
「じゃあ、柏木先輩に教えてもらうからいいもん」
「ふざけんな、チビ」

完全に餌付けされてしまっていた宝と、やけに乾たちを気に入ってしまったことが気に食わない清嶺だった。
そして、夜も冒頭のように更けていくのであった。

Fin