Milky Wayで囁いて  七月 七夕 心の強さ



雨は嫌い。
それでも、少しだけ好きになった。
でも、こんな日に降る雨は……
やっぱり、嫌いだ!


テストも終わり、学校はささやかな休みをくれる。
いわゆる、教師の採点期間だ。
教師は、揃ってテストの採点に勤しむため、学校にくることを生徒は禁止されてしまい、自動的に部活もお休み。
それに、不貞腐れていた俺に声をかけてきたのが、一つ上の乾先輩。
同じテニス部の先輩でレギュラー。
そして…
つい一月前から、恋人と呼ぶようになった人。

「テスト終わったら、泊まりにおいで」
「……ッス」

言われた言葉を深読みして、凄く赤くなった顔を隠すように俯いて、それでも、嫌でないソレもお泊りも、嬉しいお誘いでしかないので、しっかりと頷いた。
そして今に至る。

「浮かない顔してる」

先輩の腕から抜け出して、先輩の部屋の窓から外を眺める俺に、先輩が声をかける。

「外、何かある?」

ベッドに体を投げ出して俺を見る先輩。

「別に…何も…」

ちらっと先輩のほうを向いて、言い終えると同時に外に視線を戻す。

「何もないなら、何でそんなに熱心に外ばかり見てるんだ?」

だけど先輩は、全然、俺の言葉を信じてないみたいで、さらに嫌な聞き方をしてくる。

「…雨、降ってるから…」

ボソボソと聞き取りにくそうな声で話すと、

「え?」

先輩が聞き取れなかったからか、意味がわからなかったからかはわからないけど、聞き返してくる。

「雨…やまないかなって…」
「あぁ、テニス出来ないもんな」

俺の言葉に、先輩はようやく合点がいったかのように頷く。

「そうじゃなくて…」

テニスが出来ないことも確かに、雨が嫌いな原因だけど、今、それを望むのは全く違う理由。
きっと、この人は今日が何の日かもわかってないだろうから、俺の考えてることなんて、全然わかんないだろうけど。

「じゃあ、何?」

やっぱ、わかってない……
先輩の言葉に、少し寂しさが募る。
ほんの…本当にほんの少しだけだけど、期待していたのに。
もしかしたら、今日が七夕だってわかってて誘ってくれたのだろうかと……
そんな期待、持つだけ無駄なのに……

「……七夕……」

諦めににた溜息とともに、ポツリとその言葉だけを零す。

「うん?確かに、今日は七夕だけど、それで何で雨が止んで欲しいわけ?」

今日が七夕だって、わかってたらしい。
けど、その分からないって顔に、無性に腹が立って

「雨降ったら、逢えねぇだろ。年に一回しか逢えないのに、可哀相じゃねぇか」

と、先輩に向って怒鳴りつけた。

「は?」

俺が睨みつける先輩の顔は、呆けたような間抜け顔で、それがますます、俺の怒りを煽っていった。

「んだよ、あんたにとっちゃ、空想の人物の恋愛なんてどうでもいいって言うのかよ」

付き合いだして、一ヶ月。
少しずつ、少しずつ、先輩のことがわかるように、けれど、余計にわからなくなっていきはじめた頃。
可哀相な伝説の恋人たちに、自分たちを重ね合わせていた。
七夕に興味もなさそうな先輩に、自分のことも興味を失われているんじゃないかと、漠然と不安に思っていたみたいだ。

「何、言ってるんだ?逢ってるから、雨が降ってるんだろう?」

何だか、泣きそうになる心を堪えて、叫んだ後、呆れたように話す先輩の言葉に、今度は俺が呆気に取られる。

「何スか、それ?」

お互い、何やら七夕についての解釈にズレがあるようで、一瞬、二人で見詰め合う。

「とりあえず、こっちおいで」

しばし呆然と見詰め合う、俺たち。
先に正気に戻ったのは先輩で、俺は手招きされるままに先輩の前に向う。

「海堂は、雨が降ったら、彦星と織姫が逢えないと思って、雨が止んで欲しいって思ってた?」

後ろから抱き締められて、そのまま先輩の足の間に座らされる。

「ッス」

先輩の胸に体を預けて、俺は素直に頷く。

「俺は、テレビか本か……何で見たかは覚えてないけど、七夕の日に雨が降るのは、織姫と彦星が二人の逢瀬を誰にも邪魔されたくなくて、自分たちの姿を隠すために雨を降らせるんだって……」

優しく、俺を抱き締めながら、先輩の低音の心地いい声が耳を打つ。

「それを聞いてから、俺は七夕に雨が降るのが当たり前だと思ってたんだよ」

きちんと誤解のないように説明してくれる先輩の言葉に、胸が温かくなる。
決して、この人は冷たいわけでもなく、どうでもいいと思っているわけじゃないとわかって嬉しかった。

「なら、雨が止むわけないっすね」

嬉しくて、つい零れた笑みのまま、顔だけを先輩に向けて話せば、額に先輩の唇が降りてきた。

「きっとね、次に逢えるまでの一年間の充電をしてるんだよ」
「一年か…」

優しく笑って話してくれる先輩の言葉に、ふと呟く。
一年…年に一回だけの逢瀬。
そんなの……

「よく平気っすよね」

俺だったら、きっと辛くて仕方ない。
そう思って言ったら

「平気なはずはないよ。でもね、世の中にはきっと、どうあっても抗えないものってのがあって……」
「そんなことない」

苦笑混じりに呟かれた言葉に、俺は強く否定する。
先輩から離れて、真正面で向き直り、きっぱりと言い切る。

「強く願えば、想いは叶う」

先輩のいつもは隠れている眼鏡の奥の瞳から視線を逸らさずに見つめる。

「どんなに、目の前の壁が高くても…」

抗えないほどの強い力が、自分の前に立ち塞がっても……

「俺は諦めたりしねぇ」

壁が高いなら、それを越えられるだけのものを……
立ち塞がる力が強いなら、更なる強さを……

「テニスもあんたも……俺は、絶対に離さない!」

年に一回なんて言う馬鹿がいたらぶん殴ってやる。

「相手が、神と呼ばれる絶対の存在なのに…?」
「そんなの関係ねぇ。相手がどんなのであろうと、俺は俺の道を行くだけだ」

絶対に、邪魔なんかさせねぇ。
はっきりと先輩に向って言い切ると、先輩が吹き出す。
ゲラゲラと涙を流して大笑いする先輩に、俺は唖然と立ち尽くす。
そんなに変なことを言ったのだろうか?
そう心配になってしまうけど、俺はどうすることも出来ずに先輩を見る。

「ゴメン、ゴメン」

一頻り笑ってすっきりしたのか、先輩が手の甲で涙を拭いながら謝ってくる。

「好きだよ、海堂」

目の前に立つ俺の腰に腕を回して、先輩が抱きついてくる。

「お前のそんな強いところが、堪らなく好きなんだ」

ベッドに座ったままの先輩は、俺のお腹に頬をつけて、はっきりと言う。

「俺も、何があってもお前だけは離さないよ」
「先輩…」
「お前と二人でいれるなら、俺は強くなれる」
「俺もっす」

誰よりも大切なあなたと二人なら、きっとどんな困難な壁にも立ち向かえるから。
約束の印に、口吻を……

「…天上で抗えなかった二人に見せつけてやろうか」

触れるだけの、想いを交わす口吻を繰り返す合間に囁かれた言葉。
俺はそれに、微かに笑って頷いた。

「…そっすね」

なあ、見てるか。
あんたたちは年一回でも、永遠に逢えないよりはマシだと思って、我慢してるんだろうけど、俺たちはそんなんじゃ我慢出来ねぇよ。
あんたらにだって理解出来るだろ?
どんな力にだって、負けない想いがあることを……


今宵、地上の恋人たちは、
天上の恋人たちに、大切なことを教える。


もし、願いが叶うなら…
望むは一つ
永久の時を、ともに道を歩めるように…

Fin