夏休みの間も、部活はあったから、先輩とは毎日のように顔を合わせていられた。
けど、世間が盆に入れば、部活もそれにあわせるように休みに入った。
一週間、短いようで、長い休み。
初めて好きな人が出来た、夏。
数日で逢えない寂しさに根をあげた。
「もしもし…」
震える手を叱咤して、受話器を手にとる。
かけたことはないが、いつも押すふりだけをする指に馴染んだ番号。
淀むことなく押していって、繋がる回線。
「はい」
数コールの後、電話の向こうから聞こえた声に、心が跳ねる。
「乾、先輩…?」
焦がれた声に、声が震える。
「…海堂?」
「そうっす」
数日ぶりに聞けた声が嬉しくて、次の言葉が出ずにつまる。
「珍しいね、海堂からかけてくるなんて」
そんな俺の心情に気付いてくれたのか、先輩から声をかけてくれる。
「…電話って、緊張する…し…」
声だけじゃ足りなくなる。
最後まで言わずに、語尾を濁して答える。
煩いくらいにバクバク言う心臓。
このままじゃ、破裂しそうだから、俺は早く用件を伝えようと構えた。
話しかけてきてくれる先輩の声を聞きながら、話すタイミングを待つ。
「………」
一瞬、途切れた間。
今しかない。
そう思って
「…花火、観に行かないっすか?」
「…花火、観に行かないか?」
と聞いた俺の声に、綺麗に先輩の声が被る。
「「え?」」
驚いた声まで、同時。
「ふ…ふくっ…」
「くくっ…」
面白い位に被る声に、二人同時に笑い始める。
「…一緒のこと、考えてたんだな」
一頻り笑った後、先輩が笑いを納めて呟く。
「みたいっすね」
俺も、まだ笑いが残る口元を残したまま答える。
「じゃあ…」
「はい」
一緒に花火を観に行く約束を取り付けて、俺は電話を切った。
花火が始まる一時間程前。
待ち合わせは、自主練に使っている公園。
母親に、先輩と花火を観に行くのだと告げた途端、浴衣を着せられた。
何だか、凄く楽しみにしてるって、全身で訴えているようで嫌だと思ったけど、母親にそれが通用するはずもなく。
「花火といったら、浴衣でしょ」
と、よくわからない理論で、無理やり着させられた。
その浴衣を着て、俺は公園で先輩を待っていた。
付き合いだして知ったけど、先輩は時間にルーズで、大抵、遅刻してくるか、やけに早く来てるかだ。
今日は遅刻みたいで、公園に先輩の姿はない。
遅刻の時は、ほとんどが集中しすぎて、時間の感覚がなくなったせいだから、いつ来るか全くわからない。
仕方ないと、半ば諦めたように入口が見えるベンチに腰掛ける。
今回はどれぐらいだろうかと考えていると、公園の入口の向こうに長身の影が映る。
「あっ」
見間違えるはずのない姿に、立ち上がり、走りにくい草履で走る。
「ごめん。遅くなった」
姿と声が捉えられる距離にきた途端、先輩の姿に立ち止まる。
「海堂?…浴衣似合うな」
目の前で、自分を見下ろす先輩は眼鏡を掛けてない上に、浴衣姿で端正な顔立ちに高い上背が格好よさを引き立てていた。
「…せ、先輩こそ、凄く似合ってますよ」
言われた言葉の恥ずかしさと、目の前の先輩の格好よさに、赤くなった頬を隠すように俯いて呟いた。
「有難う」
お礼の言葉と同時に髪を軽く掻き混ぜられる。
「何となく、海堂が浴衣着てくる気がして、着たんだけど、正解だったな」
花火が打ち上げられる川原へと向う途中で、先輩が笑いかけながら、話してきた。
「凄いっすね」
データなんだか、勘なんだかは知らないけど、そんなことまでわかってしまう先輩が凄くて、ただ感心したように声を出すと、先輩は
「凄くないよ。ただ、海堂のお母さんはそういうの好きそうだなって思っただけ」
と、苦笑混じりに説明してくれた。
それでも、
「でも、先輩。母さんにあったのって数えるくらいしかないじゃないっすか」
と、言ってみれば、
「海堂のお母さんだからね。俺だって、気に入られるように努力してるんだよ」
だから、性格くらいは把握してるってことらしい。
そう思ってくれるのは嬉しい、けど、俺は先輩の両親に逢ったことがない。それを思うと…
「ほら、もうすぐ始まるよ」
俺の不満がそのまま顔に出てたのか、先輩は苦笑混じりに、話を逸らすように上を指差す。
ドォーン
丁度、視線をつられるように上げた瞬間、大きな音とともに、夕闇に拡がる大輪の華。
「すっげ…」
不満の何もかもが、一瞬にして吹き飛ぶ壮大な空のアートに、俺は言葉を失って見つめていた。
華開くもの、滝のように流れるものと、たくさんの種類の花火が次々と打ち上げられていく。
「……?」
食い入るように、花火を見つめる俺の手に、触れるものに、視線を下げる。
「……!」
視線の先の自分の指先に、先輩の指が絡められていて、ばっと先輩を見上げる。
「先輩」
「誰も見てないよ」
小声で嗜めるように口を開く俺に、先輩も小声で返してくる。
「そういう問題じゃねぇだろ」
自分たちの周りには、たくさんの人。
確かに、皆、花火に夢中で、俺たちのことなんて見てないだろうけど、いつ、何らかの理由で見られるかわからない。
そう思って、指を離そうとしたら。一層、強く握り返された。
「…花火に、嫉妬した」
呟くように囁かれた低い声。
目の前に被さるように近づいた、顔。
困ったように笑う先輩の表情。
ああ、この人でも、こんな子供じみたことを思うんだ。
そう思ってしまったら、目の前の人がとても愛しくて、周りの人がこっちを向いてないのを確認して、俺は先輩に笑ってみせて、目を閉じた。
夜空で華咲く、大輪の華。
光咲く、その下で交わしたキスは、かけがえのない、夏の想い出となった。
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