夏模様  八月 花火 寂淋



夏休みの間も、部活はあったから、先輩とは毎日のように顔を合わせていられた。
けど、世間が盆に入れば、部活もそれにあわせるように休みに入った。
一週間、短いようで、長い休み。
初めて好きな人が出来た、夏。
数日で逢えない寂しさに根をあげた。

「もしもし…」

震える手を叱咤して、受話器を手にとる。
かけたことはないが、いつも押すふりだけをする指に馴染んだ番号。
淀むことなく押していって、繋がる回線。

「はい」

数コールの後、電話の向こうから聞こえた声に、心が跳ねる。

「乾、先輩…?」

焦がれた声に、声が震える。

「…海堂?」
「そうっす」

数日ぶりに聞けた声が嬉しくて、次の言葉が出ずにつまる。

「珍しいね、海堂からかけてくるなんて」

そんな俺の心情に気付いてくれたのか、先輩から声をかけてくれる。

「…電話って、緊張する…し…」

声だけじゃ足りなくなる。
最後まで言わずに、語尾を濁して答える。
煩いくらいにバクバク言う心臓。
このままじゃ、破裂しそうだから、俺は早く用件を伝えようと構えた。
話しかけてきてくれる先輩の声を聞きながら、話すタイミングを待つ。

「………」

一瞬、途切れた間。
今しかない。
そう思って

「…花火、観に行かないっすか?」
「…花火、観に行かないか?」

と聞いた俺の声に、綺麗に先輩の声が被る。

「「え?」」

驚いた声まで、同時。

「ふ…ふくっ…」
「くくっ…」

面白い位に被る声に、二人同時に笑い始める。

「…一緒のこと、考えてたんだな」

一頻り笑った後、先輩が笑いを納めて呟く。

「みたいっすね」

俺も、まだ笑いが残る口元を残したまま答える。

「じゃあ…」
「はい」

一緒に花火を観に行く約束を取り付けて、俺は電話を切った。


花火が始まる一時間程前。
待ち合わせは、自主練に使っている公園。
母親に、先輩と花火を観に行くのだと告げた途端、浴衣を着せられた。
何だか、凄く楽しみにしてるって、全身で訴えているようで嫌だと思ったけど、母親にそれが通用するはずもなく。

「花火といったら、浴衣でしょ」

と、よくわからない理論で、無理やり着させられた。
その浴衣を着て、俺は公園で先輩を待っていた。
付き合いだして知ったけど、先輩は時間にルーズで、大抵、遅刻してくるか、やけに早く来てるかだ。
今日は遅刻みたいで、公園に先輩の姿はない。
遅刻の時は、ほとんどが集中しすぎて、時間の感覚がなくなったせいだから、いつ来るか全くわからない。
仕方ないと、半ば諦めたように入口が見えるベンチに腰掛ける。
今回はどれぐらいだろうかと考えていると、公園の入口の向こうに長身の影が映る。

「あっ」

見間違えるはずのない姿に、立ち上がり、走りにくい草履で走る。

「ごめん。遅くなった」

姿と声が捉えられる距離にきた途端、先輩の姿に立ち止まる。

「海堂?…浴衣似合うな」

目の前で、自分を見下ろす先輩は眼鏡を掛けてない上に、浴衣姿で端正な顔立ちに高い上背が格好よさを引き立てていた。

「…せ、先輩こそ、凄く似合ってますよ」

言われた言葉の恥ずかしさと、目の前の先輩の格好よさに、赤くなった頬を隠すように俯いて呟いた。

「有難う」

お礼の言葉と同時に髪を軽く掻き混ぜられる。

「何となく、海堂が浴衣着てくる気がして、着たんだけど、正解だったな」

花火が打ち上げられる川原へと向う途中で、先輩が笑いかけながら、話してきた。

「凄いっすね」

データなんだか、勘なんだかは知らないけど、そんなことまでわかってしまう先輩が凄くて、ただ感心したように声を出すと、先輩は

「凄くないよ。ただ、海堂のお母さんはそういうの好きそうだなって思っただけ」

と、苦笑混じりに説明してくれた。
それでも、

「でも、先輩。母さんにあったのって数えるくらいしかないじゃないっすか」

と、言ってみれば、

「海堂のお母さんだからね。俺だって、気に入られるように努力してるんだよ」

だから、性格くらいは把握してるってことらしい。
そう思ってくれるのは嬉しい、けど、俺は先輩の両親に逢ったことがない。それを思うと…

「ほら、もうすぐ始まるよ」

俺の不満がそのまま顔に出てたのか、先輩は苦笑混じりに、話を逸らすように上を指差す。
ドォーン
丁度、視線をつられるように上げた瞬間、大きな音とともに、夕闇に拡がる大輪の華。

「すっげ…」

不満の何もかもが、一瞬にして吹き飛ぶ壮大な空のアートに、俺は言葉を失って見つめていた。
華開くもの、滝のように流れるものと、たくさんの種類の花火が次々と打ち上げられていく。

「……?」

食い入るように、花火を見つめる俺の手に、触れるものに、視線を下げる。

「……!」

視線の先の自分の指先に、先輩の指が絡められていて、ばっと先輩を見上げる。

「先輩」
「誰も見てないよ」

小声で嗜めるように口を開く俺に、先輩も小声で返してくる。

「そういう問題じゃねぇだろ」

自分たちの周りには、たくさんの人。
確かに、皆、花火に夢中で、俺たちのことなんて見てないだろうけど、いつ、何らかの理由で見られるかわからない。
そう思って、指を離そうとしたら。一層、強く握り返された。

「…花火に、嫉妬した」

呟くように囁かれた低い声。
目の前に被さるように近づいた、顔。
困ったように笑う先輩の表情。
ああ、この人でも、こんな子供じみたことを思うんだ。
そう思ってしまったら、目の前の人がとても愛しくて、周りの人がこっちを向いてないのを確認して、俺は先輩に笑ってみせて、目を閉じた。


夜空で華咲く、大輪の華。
光咲く、その下で交わしたキスは、かけがえのない、夏の想い出となった。

Fin