埋まらない隙間  九月 選挙 焦がれる心



夏休みが明けると、部活は三年生が引退し、二年生が中心になった。
新しい部長に手塚先輩、副部長に大石先輩。
現・二年レギュラーは仲良しだから、皆、先輩たちの補佐をして忙しそうだ。
乾先輩も、部長と親友というのもあるし、先輩のデータはとても正確だから、よく部長たちと一緒にメニュー作りや、部のことで話しあっていた。
それだけでも、あまり先輩と話せなくなって寂しかったのに、今月に入り、生徒会総選挙も始まって、余計に先輩と話せなくなった。
生徒会は会長だけを、選挙で決める。
他の役員は、先生の推薦と、生徒会長の希望により決定される。
別に乾先輩が生徒会長に立候補したとか、推薦されたというわけではない。
ただ、先輩の親友でうちの部長の手塚先輩が推薦されてしまっただけ。
だけなのに、先輩は部長の応援や面倒を見るので忙しいのだ。

「ごめん、もう少しだから」

全然、構ってくれなくて、寂しかったから、約束も取り付けてないけど、無理やり、どうしても逢いたかったから、先輩の家に押しかけた。

「わかってるっす」

離れていた分を補おうと、先輩にしがみつけば、優しく抱きとめてくれる。

「でも、無理だけはしないでください」
「うん」

微かに笑って頷く先輩。
けど、自分は既に知ってしまっているから、先輩が気を許した人のためには平気で無茶をしてしまうことを。
だから、先輩の肯定の返事を安心して聞けない自分がいた。


その日以来、先輩が部活に来なくなった。
理由は簡単。
生徒会選挙の準備が佳境に入ってきて、忙しいから。
そういう理由なのに、何故か、部長は毎日、練習に出てる。
わかっている、その理由も。
部長になったばかりの手塚先輩が休むわけにいかないから、だから、手塚先輩の代わりに乾先輩が連日、準備に奔走しているのだ。
わかっている、わかっている。
それでも、納得出来ない自分がいる。
先輩に逢えない寂しさと、先輩だって練習しなくちゃいけないのに出来ないこと。
それに、たぶん、この感情は嫉妬だ。
先輩が自分の練習時間を犠牲にしてまで、部長のために頑張っているのが嫌なのだ。
どうしようもなく我儘な感情だとわかっていても、この感情を抑えることが出来ない。

「乾、先輩…」
「やぁ」

部活が終わって、自主練もし終えて、部室に戻ってきたら、乾先輩が座っていた。

「どうして?」
「うん、海堂に逢いたくなって」

先輩は今日も部活を休んで選挙の準備をしていたはず。
だから、わからないという顔をしていたであろう俺に、先輩は苦笑混じりに答えてくれた。

「もっと、我慢できると思ってたんだけどね」

そう言って、先輩は俺を抱き締める。

「ずっと、逢いたかったんだ」
「俺も、逢いたかった…」

椅子に座って、膝の上に俺を座らせた先輩は、感触を楽しむように俺の頬に指を滑らせる。

「先輩、ずっと部活もこないから…」
「うん、ゴメン」
「学年違うから、逢えないし…」
「うん」
「忙しそうだから、電話も出来ない…」
「してくれたらよかったのに」
「でも、迷惑になる…」
「ならないよ、海堂からの電話なら」

ボソボソと文句を言う俺に、先輩は嫌な顔をせずに付き合ってくれる。
その間も、先輩は唇や指で俺に触れてくる。
それがとても心地よくて、俺も自然と体の力を抜いて、先輩に凭れる。

「選挙が終わったら、暇になるから」

ゴメンと、謝る代わりに、唇にキスを一つ。

「もう少し、待ってて」
「はい」

そう言われたら、俺はもうこう返すしかなかった。
たとえ、本音はそれを拒んでいたとしてもだ。


今日は部活は休みになって、その時間に、生徒会選挙の演説会がある。
皆、講堂に集められて、立候補者の演説と応援演説を聞かないとならない。
こんなことしてる間にも、練習をしたいと思う。
けど、応援演説には乾先輩が出ると思うから、久しぶりに聞ける声を楽しみにもしていた。
なのに…

「不二 周助」

部長の応援演説に出たのは何故か不二先輩。
どうして?
ずっと部活も休んで頑張ってたのは乾先輩なのに……
何でだよ。
何でか、俺が悔しくなって、まだ演説は終わってないのに講堂を抜け出した。

「海堂」
「え?先輩?」

校舎へと向う途中、声をかけられた。
それは乾先輩で、俺はびっくりして先輩を見つめてしまう。

「何やってんっすか?」
「海堂こそ」
「俺は…」
「ねぇ、海堂」
「はい」
「このまま、帰っちゃおうか?」

どこか悪戯な笑みを浮かべて、耳元で囁く先輩。

「鞄、取ってきて、裏門から抜け出そうか?」
「はい…」

先輩の甘い誘惑に負けて、俺は教室で鞄を取って、先輩と一緒に裏門から、先輩の家に向った。

「先輩…」

久しぶりにきた先輩の家。
二人でベッドに直行してしまう位には、シテなかったみたいで、今はすることもして二人でベッドに寝転がってコロコロしてる。

「う〜ん?」
「何で、不二先輩だったんっすか?」
「何が?」
「今日の応援演説…」
「ああ、あれね。俺さ、ああやって表にでて何かすんのって好きじゃないんだよね」
「そうなんっすか?」
「うん、裏方作業のほうが好きっていうかさ…」

今日の腑に落ちなかった、あの演説の理由を聞けば、返ってきたのは普通の答えで、あんなに悔しかった自分が恥ずかしくなった。

「表に出るよりさ、裏で手を引いてるほうが得意っていうか…」
「先輩、それじゃ悪役みたいっす」
「確かに」

クスクスと二人で笑って、戯れのように口吻を繰り返す。

「俺、不二先輩が出て…」
「うん…」
「先輩があんなに、部活も休んで頑張ってるのに…」
「悔しかった?」
「うん。見えないとこでばっか先輩にさせてって…」
「バカだな、あいつらはそんなひどい連中じゃないよ」
「知ってるけど…」
「うん。海堂は俺のために怒ってくれたんだよね」

先輩の俺にだけ聞かせてくれる優しい声の音に、涙が零れそうになった。


長かった選挙は終わり、部長は無事というか、本人はそんな乗り気ではなかったであろうか、やっぱり当選して、テニス部部長兼生徒会長に任命された。
そして…

「ったく、あいつ絶対に友達少ないんだ」

やっとで部活に顔を出すようになった乾先輩は、生徒会長の権限によって、生徒会役員に任命された。
先輩だけでなく、不二先輩もだ。
そのことに、二人とも不満があるみたいで、未だに文句を言っている。

「テニス部で固めたら問題だろうにな」
「本当に嫌いなんですね」
「うん、副部長の座だって、不二と計画して大石に押し付けたのに」

どうやら二人とも裏で手を引くほうが性にあってるらしい。

「時間…」
「ん?」
「ちゃんと俺との時間は残してくださいね」
「勿論、何よりも海堂との時間を優先するよ」

この時間の中でわかったのは、先輩がいないとどうしようもなく、寂しさを感じてしまう自分の存在。
時間の許す限り、傍にいたいのだと気付いた気持ち。
出来ることは手伝うから、傍にいさせてください。

Fin