―神無月―
カレンダーを見て、不意に呟いた先輩。
「え?」
訳がわからずに問い返してしまうのは、俺。
ここは、先輩の家の、先輩の自室。
もっとくわしく言えば、先輩のベッド。
そこに男二人で寝そべっている。
素肌でだ…
要するに、そういうこと。
ピロートークにしては、意味が分からなさ過ぎる。
「今月…十月は神無月って言うの」
「ああ、あの睦月・如月とかの読み方ですか?」
日本固有の暦。
確かに十月は神無月という。
「今さ、神様がいないんだよ」
「え?」
「今月を神無月っていう意味」
「ああ、確かに神様の無い月って書きますね」
「本当にいないんだよ」
「はぁ」
「十月は日本中の神様が、皆、出雲に集まるんだ。だから、神無月」
「じゃあ、出雲は?」
「神有月って、言うんだ」
「へぇ、物知りっすね」
「興味のあることは、調べないと気がすまない性質なんだよね」
苦笑混じりに呟く先輩。
「綺麗っすよね」
「ん、俺もそう思う」
国語で習う、日本の暦。
「ほとんどさ、聞き流すような話だろうけどさ」
楽しそうに話す先輩に耳を傾ける。
「一月、二月って言うより、響きが綺麗で好きなんだよな」
「俺もっす」
先輩が好きだというものと同じものを、俺も好き。
それが嬉しい。
同じように。同じものを綺麗と感じられるのが嬉しい。
「いいね」
「?」
「俺が綺麗って思ったのが、海堂も綺麗って思ってる。それって、いいね」
嬉しそうに笑う先輩。
俺と同じように感じてくれていた。
それが嬉しくて、俺は先輩の胸に頭をのせた。
「神様、いないんだよ今」
俺の髪を梳きながら、楽しげに笑う先輩。
「皆、出雲にいっちゃってるからね」
「はぁ」
「何かあったらどうする?」
「どうするって?」
よくわからない先輩の言葉。
不思議そうに先輩を見つめる俺に、先輩は本当に楽しそうに悪戯をしかける子供のように笑う。
「神様いないから、助けてくれないでしょ」
「助けてもらうことなんてねぇ」
顔をあげて、先輩を見る俺の頬を先輩は擽るように指を滑らせる。
「先輩は神様なんて信じてるんっすか?」
「いや。でも、いてもいいなとは思うよ」
ムスッとした俺に、先輩は宥めるように頬を撫でる。
「一神教の考え方じゃ嫌いだけどね。日本の神教とかのように、自然の一つ一つが神様でって考え方は嫌いじゃないよ」
「よくわかんないっす」
「救いではなくてさ、ただ、その壮大の自然の中に、神の息吹がある。ただ、そこにあるだけってのは悪くないかなって」
やっぱり先輩の言葉は難しくて、よくわからないけど、時折、思いついたように吹く風とかが、神様の気まぐれとかだったら、それも面白そうだと思った。
「よくわかんないっすけど、面白そうっすね」
素直に思ったことを言えば、先輩の目が面白そうに細められる。
「でも、それだと、やっぱ助けてくれないんじゃないっすか?」
「そうだね〜」
「先輩…」
「俺、無神論者だし」
「言ってることが、矛盾してますけど?」
「いや、無神論者っていうかね、どっちでもいいって感じ?」
クスクスとおかしそうに笑う先輩。
一体、何が面白いんだか…
「自分のしてることとかで、神頼みとかする気ないからさ」
チュッと音をたてて、頬にキスをしてくる。
「自分の力で壁を越えなきゃいけないからね」
「やっぱり、矛盾してるっす」
「でも、一つだけ」
ギュッと俺を抱き締めて、囁く先輩。
「一つだけ、神様に感謝してもいいって思うことがある」
「何っすか?」
「……内緒」
そっと窺うように顔を見れば、茶目っ気たっぷりの顔で答える先輩。
「先輩!」
怒ったようにジタバタする俺を、先輩は容易く押さえつける。
「ねぇ、海堂…」
ベッドに俺を押さえつけて、ニンマリと笑う先輩。
「神様いないうちに、しとこうか?」
「え?」
「神様にはあんま見せれないだろ」
見せたくもないし。
「関係ないでしょ」
「まあ、そうなんだけどね」
苦笑しながら、覆いかぶさってくる先輩。
「そんなの気にするような性格じゃねぇくせに」
呆れたような言葉に困ったように笑う。
「気になるなら、来月はしないでおきましょうか?」
「わぁ、冗談。冗談だよ」
腹立ち紛れに呟けば、慌てたように否定する先輩。
その姿が滑稽で、俺は腹を抱えて笑ってしまった。
「海堂」
拗ねたような先輩の声に、俺は笑いながらキスをする。
「なぁ、アンタ神様がいないから、してぇの?」
「まさか、海堂がココにいるからしたいんだよ」
「なら、いらないこと言わずに、俺が欲しいって言えよ」
はっきりと言い切れば、先輩は固まったように俺を見た後、我に返った途端に吹き出した。
「最高、海堂」
ゲラゲラとベッドに突っ伏してバンバンとシーツを叩いて笑う先輩。
「なっ!」
真っ赤になる俺に、益々、笑う先輩。
「ゴメン、ゴメン」
涙が出るまで笑った先輩は、涙を拭いながら謝ってくる。
「まさか、海堂にそこまではっきりと言われるとは思わなかったよ」
「うあっ」
先輩の言葉に、自分の言った言葉を反芻して、何て恥ずかしいことを言ったんだろうと、思わず赤面してしまう。
「あ、あれは…」
だって、仕方ないじゃないか。先輩が神様なんか引き合いに出すから。
「何で、そんなもんのために…って」
「うん、ゴメン。海堂が欲しいよ」
「うん」
真っ赤になって、半泣きになりながら言う俺を、先輩は優しく抱き締めて囁く。
「海堂がいるだけで、したくなっちゃう」
「うん」
「海堂だから欲しい。何度でもしたい」
「うん」
「海堂を頂戴」
「うん」
髪に一回、額に一回、頬に鼻と順番に唇を落としながら、囁く先輩。
「俺も…」
お返しと、先輩の頬に鼻に額にと唇を押し付ける。
「俺も先輩が欲しい」
耳元で囁けば、自然な流れで先輩に押し倒される。
「海堂に出逢えた、それだけは神様にでも仏でも、何でもいいから、感謝したくなるよ」
熱い吐息とともに吐き出された言葉に、胸が熱くなる。
恋愛は奇跡だと、誰かが言った。
溢れる人の中、出逢い、想い。
そして、同じ想いを返してもらえる。
それは最高の奇跡だと。
「俺も…感謝していい」
あなたに逢わせてくれた奇跡に、最大級の感謝を……
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