願わくは  一月 年始 願い



「除夜の鐘、ついてみたい」

聞こえているとは思わなかった。
ただの興味で、深い意味はなく、テレビに映し出されたそれに興味を引かれただけ。

「じゃ、行く?近くにつけるとこあるよ?」

小さな呟きだったのに、傍にいた彼は聞いていたらしく、自分のデーターを総動員さえして答えてくれた。
冬休みの前に交わした約束。
両親に先輩と出かけるということで許可を貰った、年明けすぐの除夜の鐘をつきに行くことを。


今年最後の日、俺の家より、先輩の家のほうが近いので、先輩の家で過ごすことにした。

「海堂はいつもは何見てるの?」
「普通に紅白見て…、感じっすけど」

先輩と他愛のない話をして、年の明ける手前から一緒に蕎麦を作る。
先輩と一緒に適当にテレビを見ながら、カウントダウンを待った。

「お、始まったな」

テレビの人たちがカウントダウンを唱える。
画面は数字が大きく表示されている。

「一番最後に海堂に逢えて、最初に海堂に逢える。いいな、それ」

嬉しそうに先輩が呟いて、カウントダウン終了前に唇が重なった。

「あけましておめでとう」

年をまたいでの口吻。

「あけましておめでとうございます」
「今年もよろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

何ともなさそうな先輩。
俺は恥ずかしくて、つい俯きながら返事をしてします。

「蕎麦、食べたら行こうか」
「っす」

先輩は深く突っ込むことをせずに、蕎麦を食べ始める。
俺もホッとして蕎麦に手をつけた。


すぐに食べ終わって、少し休憩してから先輩の家を出た。
先輩は黒のロングコートにブルーグレーのマフラーをコートの中に組ましている。
手も皮の手袋をつけていて、防寒は完璧そうだ。

「寒そうだね」

そんな先輩に対し、俺はと言うと、紺のダッフルコートだけ。

「苦手なんっす。マフラーも手袋も」

マフラーは、首に何かを巻いたりするのが苦手。
マフラーだけじゃなく、ハイネックのセーターとかも、息苦しく感じて着れない。
手袋は、あの毛糸の感触が苦手でする気がなくなる。

「それなら手袋は皮だったら?」
「何か、手に被せるのがあんまり…」
「そう」

少し先輩は考えるような素振りで、自分の手を見つめる。

「じゃあ、こうしよっか」

先輩が自分の手袋を外して、俺の手を取り、俺の手ごと、自分のコートに入れてしまう。

「先輩!」

驚いた俺は、恥ずかしさと、いつ誰に見られるか分からない事実に、慌てて手を出そうとするが、先輩に阻止されてしまう。

「大丈夫だって、ここはまだ人通りも少ないし……」

俺に目線を合わせるように、少し前屈みになる先輩。

「それに、これくらい暗かったら、性別まではっきりしないって」

海堂、まだそんな大きくないし。
確かに、今の俺の身長なら、女の子の高いほうで通るはずだし、先輩が既に中学生らしくないから、高校生のカップルに、下手をすればそれ以上に見られなくもないけど……

「嬉しくないっす」

女に間違われるなんて言われて、嬉しい男がいるはずない。
憮然とした表情で呟くと、先輩が困ったように溜息を吐いた。

「本音を言うとね」

そう呟く先輩。

「寒そうな海堂を見て、本当はもっと違うことをしたかったんだけどね」
「違うことって?」
「うん、今よりもっと怒られそうだからやめたんだよ」
「何がしたかったんっすか?」
「え…っと、除夜の鐘つき終わったらね」

そう言って、先輩は目の前の寺に俺を連れていった。

「ここだよ」
「わぁ…」

門を入って左手側に、鐘があって、既に列が出来ている。

「まず並ぼうか」

そっと背中を押されて、列の最後尾に並ぶ。

「凄いですね」
「ま、でもちゃんと鐘は鳴らせるよ」

先輩と二人、時たま話をしながら、順番を待つ。

「上手く、つけるっすかね?」
「大丈夫じゃないかな」

順番が近づいてきて、不安になって先輩を見ると、安心させてくれるように笑ってくれた。

「行っておいで」

順番が来て、一人で鐘に向う。

「寒っ!」

階段を登り、鐘の前に立つ。
さっきまでは気にならなかった風が寒さを運ぶ。
それでも、何とか無事、鐘をつけて、先輩と交代で下に降りる。

「?やっぱ、さみぃ……」

先輩が鐘をつき終わるのを待ってる間も、風は吹いていて、急に風が出てきたのかと考えなおした。

「待たせたね」

先輩の順番が終わって、先輩が横に並ぶ。

「アレ?」
「何?」

途端に止んだ風に気付いて、俺が声をあげると、先輩が不思議そうに聞いてくる。

「もしかして……」

一つ、思いついたことを考えて先輩を見上げる。

「どうしたの?」

キョトンと俺を見る先輩。
間違いねぇ。
先輩のいる方向は、風が吹いてきた方。
ずっと寒さをそこまで感じなかったのは、鐘をつきにいくまで風が強いことに気付かなかったのは、先輩が風除けになってくれていたから。

「……有難うございます」
「何が?」
「…別に…」

小さな声で言ったお礼の言葉は、先輩の耳に届いていたみたいで、問われたけど、きっと理由を述べてもはぐらかされると思ったから、首を横に振った。

「?お参りしようか…?」
「はい」

先輩は優しいから、深く追求することはせずに、話を変えてくれた。

「あ、五円ない…」
「はい」
「あ、いいっす。十円でするんで」

俺の声を聞いた先輩が、五円玉を出してくれたけど、流石にそれは悪いと思ったので、中に入っていた十円を出す。

「ダメ。十円は遠縁になるっていうから」
「え?」
「五円を入れるのは、ご縁がありますようにっていう願掛け。十円だと遠縁になるから、賽銭箱にいれるのはやめたほうがいいよ」
「そうなんっすか?」
「そうなの。だから、これ使って」
「どもっす」

先輩から大人しく五円を受け取り、放り投げる。

「じゃ、帰ろうか」
「はい」
お参りも終えて、二人で帰路につく。
「先輩、物知りっすね」
「そうでもないよ」

さっきの話を思い出して、先輩に声をかけるが、さらっと返される。

「ねぇ、海堂…」
「はい?」
「ちょっと……」

先輩に腕を引っ張られて、人のいなさそうな寺の裏手に連れていかれた。

「したかったこと、してもいいかな?」
「え?」

そう言うなり、先輩はコートの前を開いて、後ろから俺をすっぽりと包み込んだ。

「せ、先輩!」
「これだと、手も首も暖かいでしょ」

後ろから耳元で呟く先輩に、俺は仕方なく力を抜いた。

「今だけっすよ」

優しい人。
さり気なく、俺を風から守ってくれた。
この人の、こういうさり気ない、周りに気付かせないような優しさが凄く好き。
だから、とっても恥ずかしいし、いつ誰に見られるかわからなくて恐いけど、でも、今は先輩の望むままにいようと思った。


願わくは……
この人の優しさに溺れることなく、強く。
お互いを支えあえるように、これからも一緒にいれるように。
願わくは……

Fin