二月になれば、女子がざわめく。
嫌でもやってくる、女子にとっては決戦の日である、バレンタイン。
落ち着かない……
「海堂?」
フシュ〜と長い溜息を吐き出すと、心配そうに乾先輩が声をかけてくる。
「何か、落ち着かなくて…」
「ああ、アレ。仕方ないよ。うちは手塚とか不二みたいに人気者が揃っているからね」
ざっとフェンスに群がる女子に視線を向けて、苦笑する先輩。
他人事のように言っているけど、乾先輩だってもてる。
それも、部長や不二先輩のようにファンとかでなくて、本気になられることが多い。
乾先輩は一見、あの風貌と性格から敬遠されがちだが、実際に付き合って見れば、穏やかな雰囲気に、さり気なく優しい性格。
しかも、眼鏡を外した素顔は、先輩たちに負けない位に格好良かったりする。
だから、学校内では結構もてる。
「人のこと言えないくせに」
悔し紛れに呟いて、俺は先輩から離れるようにコートに入っていった。
「母さん、お願いがあるんだけど」
バレンタインを目の前にした休日、意を決して母さんに声をかける。
「なぁに?」
おっとりと聞く母さんに、俺は今から頼みたくないことを頼む。
本当は嫌なのに…
それでも、先輩が喜んでくれるかもと思うと、どうしようもなくて、実行しようとする自分。
先輩のせいで、俺は段々、女々しくなってる気がする。
「あのさ…」
こうなったら、絶対に先輩に責任取ってもらうと心に決めて、俺は言いたくなかったその台詞を口にした。
バレンタイン当日
そこは朝から戦場だった。
校門の前にたかる女子の大群。
恐くてどうしようと思ったら、乾先輩に拉致られた。
「先輩!」
「こっち」
連れて行かれたのは、裏の駐車場。
「今日はテニス部員は正門から入ったら地獄を見るよ」
「え?」
「ほとんどが手塚や不二狙いなんだけどさ、手渡し出来ない場合を考えて、同じテニス部員を捕まえるんだよね」
苦笑混じりに教えてくれる先輩。
テニス部レギュラーというだけで、それなりの数を貰えるが、それ以上に、部長などのように断る人が多いと、同じ部員にターゲットが代わるという。
自分とこの部員が預かったのは貰ってくれるだろうと。
「そうじゃなくても、海堂は結構もてるから。狙われるよ」
頭をクシャクシャに撫でて、先に行ってしまう先輩。
なんか、変なことを言ってたような…?
放課後、本日の部活は休み。
朝練の時の騒ぎに辟易した部長が、特別に出した休み。
てっとり早く言えば、部活の後じゃ捕まる可能性が高いので、部活をせずに逃げようということだ。
突然、開いた放課後。
逃げるように学校を後にした俺は、そういえばと思い、先輩の家に向う。
先輩のマンションのエントランス。
先輩の家の番号を押してみたけど、返事は無い。
まだ、帰ってないんだと思ってそこで待っていたら、すぐに先輩がやってきた。
「海堂」
俺を見つけて嬉しそうに駆けつけてくる先輩。
「寒くなかった?」
「そんなに待ってないっす」
エントランスのドアを開けて、中に通してくれる。
「手塚と不二に捕まってさ」
苦笑混じりに、俺より遅く戻ってきたわけを話す。
「どうぞ」
先輩の家について、部屋に通された。
出されたジュースに口をつけて、隣に座る先輩を見上げる。
「何?」
コーヒーを飲んでいた先輩が、俺の視線に気付いて声をかけてくれる。
「あの、俺…先輩に…」
鞄の中に隠しておいた箱を取り出し、先輩に渡す。
「これって、チョコ?」
驚いたような声で聞いてくる先輩に、コクンと頷く。
「もしかして、手作り?」
「何でわかったんですか?」
ちゃんとラッピングしたものを渡していて、先輩はまだそれを開けずに、手の中で弄んでいるだけ。
「ああ、包装がね、何となく店でしているようなものと違う気がしたから」
「スミマセン、綺麗に出来なくて」
「そういう意味じゃないよ」
ゴメンと言って、先輩は俺の頭を撫でる。
「あけて、いい?」
頷く俺を見て、先輩が綺麗にラッピングを外していく。
「へぇ、上手だね」
箱の中にある、トリュフチョコ。
一つ摘んで口に放り込む先輩を、ドキドキしながら見つめてしまう。
「美味しいよ」
一つ食べて、微笑んで声をかけてくれる先輩に、ホッと肩の力を抜いた。
「有難う」
「いえ…」
「俺も、海堂に渡したいものがあるんだけど」
「何っすか?」
「ちょっと、待っててくれる」
そう言って、部屋を出ていく先輩。
見送った後、手持ち無沙汰になった俺は仕方ないので、先輩が置いていった俺のあげたチョコレートを仕舞いなおして、テーブルの上に置いた。
「お待たせ」
しばらくして、戻ってきた先輩。
「それ…」
先輩の手には、どっかのレストランや喫茶店にありそうな、豪華なチョコレートパフェ。
「はい、海堂のために作ったんだよ」
トンと目の前に置かれたソレ。
「海堂、好きでしょ」
先輩に言われ、小さく頷く。
結構、俺は母さんの影響か、甘いものが好き。
「有難うございます」
「どういたしまして」
照れたように笑う先輩に、俺は自然に口元が綻んでいく。
「溶けるから、食べたほうがいいよ」
「頂きます」
先輩に言われ、ちゃんと手を合わせて口をつける。
「美味しいっす」
ほどよい量でかけられたチョコレートソースも普通のパフェより少し多めのチョコアイスも、全て俺の好みで、どっかのレストランで食べるよりも美味しい。
「ごちそうさまでした」
美味しくって、食べきってしまったパフェの容器を少しずらして、キチンと手を合わせる。
「また、作ってくださいよ」
「じゃあ、来年ね」
ベッドに腰をかけて、俺のあげたチョコを摘んでいる先輩に見上げながら声をかければ、笑って返される。
「チョコ以外のパフェなら作ってあげるから、不貞腐れない」
先輩の言葉にプクゥと頬を膨らませば、苦笑交じりの先輩が頭を軽く叩いてくる。
「それより、もっといいもん欲しくない?」
「いいものっすか?」
「うん」
「欲しい」
顔を上に向かせたまま、頷けば、そのまま降りてくる先輩の唇。
唇をくっつけたまま、先輩に持ち上げられて、すっぽりと先輩の胸に抱きこまれる。
「ふ…んんっ…」
深く口内を荒らされる。
与え合う熱と想い。
「もっと…」
「うん、もっと」
「欲しい」
「うん、たくさんあげる」
チョコレートよりも甘い、熔けるような熱いキスを……
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