青学は私立だ。
しかもスポーツ校ではない。
となれば、必然的に偏差値は高く。また、学業優先なのも当たり前。
どんなにスポーツやその他のことで良い業績をあげていても、学業がおろそかになってはどうしようもない。
そんなわけで、青学の規則には、追試・補講期間中の部活動禁止などの、厳しい規則がある。
それが例え、全国大会が常連となりつつあるクラブでも例外はなく、また、大会と重なったとしても例外はなかった。
そのために、強豪と呼ばれるまでに育った部では、レギュラー陣の成績については強く目を光らせていた。
そう、この青学テニス部でもそれは同じこと。
というより、今の部長の厳しさのために、他の部よりも厳しかった。
そして、現在のレギュラー及び、レギュラー並の実力の持ち主。
つまり、個性的な九人のうち、確実に追試・補講の対象になるものが三人。
少し、ヤバいものがあるかもってのが一人。
バックが強いおかげで、成績はいいが、その人がいなければ、やはりヤバいかもな者が一人。
要するに、自分の実力だけで余裕なものが、半数以下しかないないのが、現在のテニス部のレギュラーの実情だった。
その上に、厳格な部長のおかげで、より壁が高くなった今回の試験。
部長も含めて、流石にこれは…と思った、優等生組。
全国間近で、レギュラーの半数が出場禁止になってしまう事態だけは避けたかった。
そのため、部活禁止週間となる週の前の土日から、テニス部は部活禁止になり、勉強会が開かれることになった。
土曜の朝、海堂家。
話し合いの結果、会場に選ばれた海堂家。
前の話しでもって、乾の寝起きの悪さは周知のことだろう。
やはり、朝から乾の世話を楽しそうにしていた海堂家のご兄弟は、乾とともにダイニングに入った瞬間から、機嫌が下降した。
「お昼から、皆さんがいらっしゃるので、朝のうちに遊んでもらうと思ってたのに…」
ダイニングと間続きになっているリビング。
そちらを見つめながら葉末が、寂しそうに呟く。
「集合はお昼だったはずっすけど」
海堂もソファに座って、優雅にお茶を啜っている歓迎せざる客を睨みつける。
「お昼からだと、僕らは勉強を教える立場で、自分たちの勉強は出来ないもの。ね、手塚」
優雅にお茶を飲んでいるうちの一人、不二が絶やさない笑顔を貼り付けたまま話す。
「ああ、わからないとこがあったのでな、朝のうちに聞いておこうと思った」
もう一人である手塚が、教科書を持ち上げて説明する。
「「だからって…」」
納得のいく理由なだけに、海堂と葉末は押し黙る。
とはいえ、別にこんな朝早くから来る必要はない。
「別に、もう少し遅くても」
そう思うので、小さく呟いて見ると、隣の乾は苦笑しながら、二人の頭を撫で、手塚は気付かずに、教科書を眺める。
そして、不二が
「休みのたびに、海堂とはーくんが独占してるんだから、たまにはいいじゃないか」
と、開眼した。
「でも、いつもは周助お兄さんと、国光お兄さんが独占してるじゃないですか。たまのお休みくらい、僕と一緒に遊んで欲しいです」
ビクッと開眼した不二に怯えながらも、一人だけ小学生の葉末が言い募る。
「それは違うぞ、葉末」
一生懸命に言い募る葉末の言葉を、手塚が遮る。
「国光お兄さん?」
「一番、乾を独占しているのは海堂だ」
不思議そうに手塚を見つめる葉末に、手塚ははっきりと言い切る。
「お前の兄は、学校でも家でも、乾を独占しているぞ」
「部長…」
「…そうかもです。お兄さんは、平日も休日も貞治お兄さんを独占してます」
「葉末…」
「そうだよね。学校でも、お昼は一緒に食べてるし、部活でも乾は海堂に付きっきり。住んでる家も同じだし…」
「不二先輩…」
海堂を見つめながら、呟く三人に海堂は恐くなって、そっと乾の服の袖を掴む。
「ずるいと思うが?」
「ずるいですよ」
「ずるいなぁ、海堂」
そして、三人三様に声を揃えられてしまい、海堂は言葉に詰まった。
「…い、いいじゃないっすか。俺と先輩はその…いわゆる、付き合ってるわけっすし。先輩たちや葉末よりも一緒にいる時間が多くたっていいだろ」
だが、このままでは言葉に負けて、乾を取られてしまうと危惧した海堂は、懸命に言葉を絞り出す。
が、手塚は置いて置くとしても、海堂よりは口が立つのが二人。
「親友だって、一緒にいる時間が多くてもいいんじゃない?」
「弟だって、普通は多いですよ」
が、それぞれ乾の大切にしている親友に弟の位置をキープしているため、即座に切り返してくる。
手塚はと言うと、口がたつわけでもないので、黙って不ニの言葉に頷いていた。
そして、口論を始めた、恋人・親友・弟同然の存在たちを見ながら乾は
「どうでもいいから、早く飯にしたい…」
と、深い深い溜め息を吐いた。
海堂家で不毛な争いが繰り広げられている頃、青学の校門前には、残りのレギュラー陣が揃っていた。
「よし、全員揃ったにゃ!」
全員を指差して、菊丸が叫ぶ。
「全員って、まだ半数しかいないじゃないっすか?」
菊丸の声に、越前が周りを見回して呟く。
「え?あ、そっか〜、おチビちゃんは知らないか」
越前の言葉を聞いて、菊丸が納得したように頷く。
「何がっすか?」
訳がわからないという顔で越前は、隣にいる桃城を見る。
「後の面子は現地集合なんだよ」
その越前の問いに、桃城は笑いながら答える。
「現地集合って?」
ますます、分からないという表情になってきた越前に助け舟を出したのは、大石と河村の二人だった。
「手塚と不二と乾に海堂の四人はね、幼馴染なんだ」
「家もね、俺らとはこの青学を挟んで反対の方向にあるから、こういう時は、あっちは現地集合にするんだよ」
「凄い組合わせっすね」
二人の説明に、越前は驚いたように目をパチクリさせる。
「うん、まーね。親同士が友達らしいから、生まれた時から一緒だって言ってたよ」
越前の言葉に河村が苦笑する。
「へぇ、生まれた時からっすか…」
その言葉に、越前が感心したような声を漏らす。
「そうだ、おチビ。いいこと教えてやるよ」
「いいことっすか?」
大石と河村の説明に感心していた越前を見て、何か閃いたのか菊丸が越前に近づく。
「そう。俺たちと乾たちの家が、この青学を挟んで反対方向にあるって、説明聞いただろ」
「っす」
「この区域に学校は二つあって、この青学を挟んで南北にあるから、それぞれ青北・青南って呼ばれてるんだけどさ…」
「青南が俺らの出身の小学校なんだぜ」
「地名も、青春台南と北に分かれるしね」
「へぇ〜」
菊丸の言葉に、桃城と大石が付け足していく。
「でね、簡単に言うとね、南が住宅街でさ…」
「北は、高級住宅街なんだよね」
ここまでくれば、菊丸の言いたいことが他の三人にも理解出来る。
「そうそう、北はお坊ちゃん学校で有名っすしね」
「それって…」
桃城と菊丸の言葉に、越前も話しの意味を理解し始める。
「要するにさ、現地組はいいとこのお坊ちゃまの集まりってこと」
いいもん見れて、食えるぞ。
と、元気よい菊丸の声が響く。
「俺、北側って行ったことなかったんで、凄く興味出たっす」
話を聞いて越前は、さっきよりもかなり機嫌よく歩き始めた。
「越前、こっちは初めてか?」
「凄いよ、外観だけで壮観だから」
ほらと、広い間隔で存在する家々を見て、越前も感心したよう声を出す。
「一軒ずつがこの大きさだろ。おかげで、俺たちが誰かの家にってなるときは、いつも北組の家になるんだよ」
「そうそう。いつも、手塚か不二か海堂の家だもんにゃ」
「どこも広い家っすよね〜。大体、マムシのくせにいいとこ住んで、いいもん食いすぎっす」
菊丸の言葉にウンウン頷きながら、ライバルの家の広さと飯の上手さを思い出す。
変われるものなら、変わって欲しいと思う。
「…乾先輩は?」
「へ?」
「乾先輩の家にはお邪魔しないんっすか?」
菊丸の口から出てきた名前の中に、乾の名前がないことに気づいた越前が疑問を投げかける。
「乾はね…」
「ついた」
その疑問に、大石が答えようとしたとき、桃城が大声をあげる。
「え?ここって…」
越前以外の面々が立ち止まった家の前、越前は呆然とその家を見上げる。
目の前に広がる大きな家。
軽く自分の家の倍はありそうな…
菊丸が迷いもなくチャイムを押す。
カチリという音とともに玄関が開く。
スピーカーかからは
「鍵開けたから」
と、よく見知った人の声が聞こえる。
「何で、海堂先輩の家なのに、乾先輩が出るんっすか?」
表札に書かれた名前は確かに海堂。
けれど、出てきた声は二つ上の先輩のもの。
「乾は海堂の家に住んでるから」
そんな越前の疑問に、サラッと菊丸が答える。
「え?」
初めて聞いた事実に驚いている越前を置いて、答えた菊丸は既に海堂家の玄関に向っている。
「乾の両親が仕事の都合で海外赴任しているんだよ」
行こう。
立ち止まっている越前の背中を軽く押しながら、大石が説明してくれる。
それに、越前は納得したように頷いて、大石と連れ立って海堂家の門をくぐった。
「お邪魔しま〜す」
「いらっしゃい」
玄関を開けてくれたのは、インターホンに出た乾でもなければ、海堂でもなく、上品そうな女性。
海堂の実母・穂摘だ。
「こんにちは、穂摘さん」
乾たちが海堂の母のことを穂摘さんと名前で呼んでいるせいで、他のレギュラーたちもそう呼ぶようになっていた。
因みに、不二母・手塚母についても同様である。
「皆、リビングにいるわよ」
おっとりとした物言いに、慣れた越前以外のレギュラーはお邪魔しますと次々に言いながら、中に入る。
越前は、本当に海堂先輩の母親?と真剣に困惑しながらも、桃城に引っ張られて中に入っていく。
「だから、ハル兄は俺のだって言ってんだろうが!」
「いくら、かおでもその言葉は聞き捨てならないよ」
「うわっ」
リビングのドアを開けると、そこは戦場だった。
「不二に海堂…」
ソファの真ん中に乾が座り、その両隣に不二と海堂が乾の腕を組んで、口論をしていて、乾の膝の上には葉末が向き合う形で座って、しっかりと乾に抱きついていて、手塚は後ろから乾に張り付いていた。
「相変わらず、凄いにゃ〜」
「感心してないで、助けろ」
被害の及ばないように、ドアの前から動かずに観戦している菊丸に、乾が疲れたような声を出す。
実際に疲れているのだろう。
朝起きてから今まで、乾はずっとこの口論を聞かされていたのだ。
疲れてないわけがない。
「勉強どころじゃないっすね」
「そうだな」
「どうしようか?」
巻き込まれたくはないという思いが強いのか、はたまた、勉強したくないという思いが強いのか、越前の言葉に、残りの四人も頷いて、そそくさと逃げる用意をする。
「逃げるな」
雰囲気からして、それに気づいた乾が制止の声をかける。
「手塚、不二、薫に葉末。いい加減にしないと…」
ピタリと止まった足を見て満足気に笑うと、次に乾は、張り付いている四人に向って低い声を出す。
「乾…」
「……」
「先輩…」
「…貞治お兄さん」
乾の声の質に怒りを汲み取って、四人が乾を見やる。
「今からでも、親のとこにでも行くか…」
「ダメだよ」
「嫌です」
「行くな」
「置いてかないでください」
溜息とともに吐き出された言葉に、四人は一斉に声を荒げる。
「ごめん、乾」
「悪かった」
「すいませんっした」
「もう、しませんから…」
それぞれ、乾の前で居住まいを正せて、しおらしく謝る。
「よく出来ました」
大人しくなった幼馴染たちに、乾は柔らかい微笑を披露した。
暖かい陽射しの下での、ありふれた日常。
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