再会  Family Game 1



一通のエアメールが届いていた。
クラブ終了後、想い人の練習を手伝ってから帰ってきた乾が、自分の部屋のポストをあけた。
手紙を取り出し、エレベーターに乗りながら封をあける。
‘日本に帰る。同じ中学に行く予定’
手紙にはその一文だけ。

「…らしいな」

生意気な二つ下の少年を思い出し、乾が苦笑する。
帰ってくるのか…
最後に逢ったのっていつだっけ?
部屋につき鍵を探しながら、記憶を辿っていく。
そういや、中学に入る前に一度だけ、あっちにいったな。
鍵を差込、中に入る。
卒業祝いにと、祖父さんに貰った航空券。
それを使って、アメリカまで一人でいった。
離れ離れになった家族に会いに……

「結構たつな」

自分しか住んでない部屋。
おかえりと自分を待っててくれた人がいたのは、もう昔のこと。
ここに人はいないけれど、でも……
チカチカと点滅する電話のランプに、知らず顔が綻ぶ。
留守電の存在に、それを聞くために指を触れる。

『お兄ちゃん、お帰りなさい。…あのね、話したいことがあるの…また、電話していいかな?』

溺愛する妹からの電話に、乾は受話器を取り、番号を押していく。

「もしもし、桜乃」
『お兄ちゃん、お帰りなさい』

電話の向こうから聞こえる愛らしい声。

「ただいま」

乾の声も自然と優しいものに変わる。

「話たいことって何?」
『あのね、中学校受かったの』
「そっか、おめでとう」
『春からは、同じ学校に通えるんだね』

嬉しそうに話す 桜乃に、妹の受けた学校が自分の通う青学であったのを思い出す。

「そうだね。リョーマも来るみたいだよ」

久しぶりに兄弟3人揃うらしいことを 桜乃に告げる。

『本当?リョーマ君も戻ってくるの?』

乾の告げた言葉に、 桜乃が嬉しそうに聞いてくる。

「さっき、手紙が届いてたよ」

手紙に書かれた文章を 桜乃にも教えてあげる乾。

『春が来るのが楽しみだね、お兄ちゃん』

昔のように三人揃う日を思い描いて、 桜乃が楽しそうに話す。

「そうだね。俺も楽しみだよ」

二年ぶりに逢う弟に思いを馳せ、乾も 桜乃の言葉に頷く。


数週間後
あの後、もう一回届いたエアメールを見て、乾は空港に来ていた。
時計を確認して、そろそろだなとあたりを見回す。
ぞろぞろと飛行機を降りてきたらしい人の群れの中、以上に騒がしい人物を見つけた、

「相変わらずだな…」

見覚えのあるその人に向かって歩き始めると、向こうも乾に気づいたらしく手を振ってくる。

「元気そうじゃねぇか」
「おじさんこそ、相変わらずお元気そうで」

気軽に肩を叩いてくる、越前南次郎に乾は苦笑を見せる。

「ただいま、ハル兄」

その南次郎の横、さっきまで彼の相手をさせられていたリョーマが乾の手を握ってくる。

「お帰り、リョーマ」

握られた手と反対の手で、乾はリョーマの頭を軽く撫でる。

「桜乃も来たがってたんだけどね、どうしても外せない用事があってね」

リョーマの手から、彼の荷物を受け取り肩にかける。

「残念がってたよ」

電話で日時を知らせた時の妹の残念そうな声を思い出す。
この双子の兄妹が会うのは、それぞれの家に引き取られてから初めてになる。
お互い、名前以外は何も知らない状態だった。
乾に聞く、話以外では……

「桜乃ちゃんか、可愛くなってんだろうな」

彼らの話を聞いていた、南次郎がしみじみと呟く。
親友の忘れ形見の一人、 桜乃にはもう何年もあっていない。
彼女の母親も可愛い人だったから、さぞかし彼女も可愛くなっているだろう。

「えぇ。身内が言うのもなんですが、滅茶苦茶可愛いですよ」

前に二人で取った写真を取り出し、南次郎に見せる。

「おお、こりゃ可愛いねー。おい、リョーマも見て見ろよ」

格好いい兄と可愛い妹の2ショット写真をニヤッと笑いながらリョーマに渡そうとする。

「…見たくないね」

が、そっけなくあしらわれてしまう。

「リョーマ?」

プンと横を向いてしまった弟に、乾が声をかけるが、返事はない。
それを南次郎が楽しそうに眺める。

「お前、 桜乃ちゃんに妬いてんだろう」

ニヤニヤと笑いながらリョーマに言う。

「大好きなお兄ちゃんを 桜乃ちゃんに独り占めされてたもんな」

楽しそうに話す南次郎に、リョーマは何も言わず機嫌を低下させていく。
否定しないところを見ると、事実だったようだ。

「俺は 桜乃も大切だけど、リョーマも大切だよ」

大切な弟と妹。
望むのは彼らの幸せだけ。
その為なら、自分を殺すことも厭わなかった。

「逢いたかったよ」

優しい笑みをリョーマに向ける。

「これからは、一緒に入れるんだよね」

ギュッと手を握ってくるリョーマの手を握り返し、

「そうだよ。俺とリョーマと桜乃、皆一緒にいれるんだよ」

失ってしまった過去のように……
幸せだったあの日に、もう一度、戻れるように……


乾貞治・越前リョーマ・竜崎桜乃は実の兄弟であった。
知っているのは本人たち以外には、それぞれを引き取っていった家の者だけである。
彼らの両親は、乾が小学校に入学する前に事故でなくなった。
そして、乾は父の実家に引き取られ、リョーマは父とは無二の親友であった越前南次郎に、桜乃は父の先生であった竜崎スミレの息子夫婦が子供に恵まれなかったために、息子夫婦のたっての希望により竜崎の家に引き取られた。
乾の祖父は日本でも有数の会社を持つグループの会長で、彼は乾を自分の跡取りとする為に引き取った。
乾は弟と妹に自由に逢うために、彼の信頼を得て、跡を継がなくてはならない日までの自由を勝ち取った。
そして、彼から与えられたマンションで一人で暮らしているのだ。
自分の弟妹がいつでも遊びに来れるように。


リョーマが日本に戻ってきて、しばらくたったある日。
桜乃は電車の中で出逢った男の子に、柿の木坂テニスガーデンの場所を聞かれる。

「南口を出て、真っ直ぐいけばすぐわかると思います」

紅くなりながら答えたそれに、

「南口ね…、ありがと」

その少年は南口に向かって歩き出す。
その時、ラケットケースに刺繍された名前が見える。

(リョーマくんか…)

まだ逢えない、兄と同じ名前に心臓が一つ跳ねる。
まさか、こんなとこで逢えるわけないよね。
思いついた事に首を振って否定し、祖母が来るのを待つ。
遅れてやってきた祖母に、自分が間違ったことを教えたのだと知り、あの少年を探す桜乃。
見つけた少年から聞いたのは、

「5分遅刻。失格」

という事実。
お詫びに買おうとしたジュースを逆に奢ってもらう羽目になり、途方に暮れてる桜乃と少年の前に電車であった高校生が来る。
成り行きで、試合をすることになった少年と高校生について練習用のコートについていく。

「越前だよ」

試合の掛け声に名前が必要なために、少年が自分の名前を教える。
越前リョーマ…
兄の乾に聞かされた、双子の兄の今の名前。
全く同じ名前の少年…
目の前にいる少年が自分の双子の兄である事実に、桜乃が固まる。
自分とは全く違う少年。
それが自分と双子なんて、信じられない。
目の前で広げられる、リョーマのプレイに唖然とした表情で見ていると

「会場におらんと思ったら、こんあ所にいた。こまった王子様だ…」

彼女の祖母、竜崎スミレが入ってきた。
やってきた彼女から、リョーマの経歴を聞かされる。
運動音痴の自分とは全く違う少年に、ただ驚くばかりだった。
これから決勝に出るはずの高校生に圧倒的な強さで勝ったところで、試合をしてることがばれて全員で逃げ出す。
逃げ切れたところで、竜崎・桜乃・リョーマの三人が一息つく。
高校生たちとは途中ではぐれたようだ。
ベンチに座って、ハァと溜息をついて背を凭れさせる。

「面白いこと、してたみたいだね」

声とともに、三人の上に陰が出来る。

「お兄ちゃん」
「やあ」

軽く手をあげて、乾が挨拶をする。

「遅いじゃないか」

現在の教え子である乾を見て、竜崎が笑う。

「用事があったんで」

それに乾も苦笑で返す。

「おばあちゃん、お兄ちゃんが来ること知ってたの?」

二人の会話に桜乃が訊ねれば、

「知ってるも何も、私が呼んだんだよ」

あっさりと竜崎に返される。

「久しぶりの兄弟再開に、是非とも立会いたくてね」

人の良い笑みを浮かべながら、竜崎が話す。
そんな三人の会話を聞いていたリョーマが

「兄弟って?」

予想がつきながらも、確かめるように口を開く。

「そういや、まだ紹介してなかったね」

リョーマの言葉に竜崎が今、思い出したと声を出す。

「まだだったんですか?」
「暇がなくてね」

乾に問いに竜崎が答える。

「折角だから、乾が紹介したらどうだい?」

そのまま面白そうに竜崎が言えば、乾が軽く肩を竦める。

「桜乃、隣に座ってるのが、お前の双子の兄のリョーマだよ」

乾が優しい口調で、桜乃に教える。
いつもクラブの中で聞く淡々とした感情のない声とのギャップに、竜崎は声を殺して笑う。
その事に乾は気づいていたが、敢えて気づかない振りして、そのまま話を続ける。

「で、リョーマ。この子がお前の双子の妹の桜乃」

変わらぬ優しい声で、リョーマに伝える乾。

「お互い、逢うのは久しぶりだから戸惑うことも多いだろうけど、4月からは同じ学校にも通うことだし、仲良くしような」

優しく、弟妹の頭を撫でる兄に、二人は

「うん。よろしくね、リョーマ君」
「よろしく」

と、互いの顔を見合って、挨拶をした。

「さて、じゃあそろそろ行くかね」

よいしょと竜崎が立ち上がる。
それにつられて、桜乃とリョーマも立ち上がった。

「おばあちゃん、どこに行くの?」

さっさと歩いていく祖母の背中に声をかける桜乃。

「ん?兄弟の再会と、桜乃ちゃんとリョーマの入学のお祝いにだよ」

振り返って笑う竜崎。

「晩御飯、ご馳走してくれるんだって」

笑って乾が桜乃に教える。

「本当?ヤッター」

嬉しそうにはしゃぐ桜乃を、乾は優しい顔で見守る。

「お兄ちゃん、行こう」

乾の手を握って歩き出す桜乃。

「うん。ほら、リョーマも」

立ち止まっているリョーマに桜乃に繋がれてないほうの手を差し出す。

「…仕方ないね」

生意気な口を聞いて、リョーマも乾の手を握る。
乾を真ん中に兄弟三人、仲良く手を繋いで歩いてくる姿を見守る竜崎の瞳もいつも以上に優しかった。


そして、4月
無事、入学を果たした、双子の弟妹。
仮入部の際に、桃城と対決した弟のことを、乾は遠征から帰ってきて聞かされる。

「越前リョーマ?」

もうやらかしたか…
友人から聞かされた弟の名に、フゥと気づかれないように溜息を吐く。

「聞いたことあるか?」

そう聞かれて、

「いや…」

曖昧な答えを返した。
迎えに行ったあの日、リョーマに兄弟であることは隠しておくと約束したから。
まあ、わざわざ言うほどのことでもないと思うし、そっちのほうが面白いからね。
楽しくなりそうな、中学最後の生活に、知らず笑みが浮かぶ。

「乾先輩?」

隣にいた海堂が不思議そうに声をかける。
どうやら笑ったのを見られていたらしい。

「どうかしました?」

心配そうに訊ねてくる、今ではもう手離せなくなった大切な恋人に、何でもないよと笑ってみせる。

「そうっすか?」

信用してくれない恋人に苦笑して、

「いや、面白くなりそうだと思ってな」

仕方なく正直な気持ちを述べてる。
本当は、海堂には言ったほうがいいんだけど、口止めされてるために自分たちの関係は秘密のまま。
どうやら、自分に恋人がいることが不満ならしい弟にどうやって納得させようかと思案する。
離れていた期間が長かったせいか、かなりのブラコンに成長してくれたリョーマ。
出来れば、二人とも海堂と仲良くしてくれると嬉しいんだけど……
今まで以上に騒がしくなりそうな未来に、乾は楽しそうに笑った。

Fin