Side:リョーマ
本当は、離れたくなかった
どんなに厳しい家だったのだとしても、がんじがらめに束縛されるような家だったのだとしても、
それでも、一緒にいれるだけでよかったのに……
越前の家に引き取られてから、母さんの仕事の都合で、アメリカで過ごした。
その間、妹に会うことはなかったけど、二つ上の兄は思いついたように遊びに来てくれていた。
俺はこの兄が大好きだった。
誰よりも優しくて、格好いいハル兄。
ずっと一緒にいたかった。他の家の兄弟と同じように暮らしたかった。
ただそれだけを願っていた。
だから、日本に帰れると知って嬉しかった。
兄と一緒に暮らすことは出来なくても、たった1年だけしか一緒に通うことは出来なくても、それでも、毎日会うことが出来るから、親父に言われるままに、彼の母校を受けた。
兄や妹に比べたら、そんなに成績は良くないけど、それでも必死に勉強した。
同じ学校に通いたい、ただそれだけのために。
それだけ頑張って、合格した中学に通える日を心待ちにしていた。
……なのに……
「…ムカツク」
「何?リョーマ君?」
三人揃って再会した日、バーサンが奢ってくれるっていうからついてきたら、バーサンとハル兄はクラブの話をしている。
それ自体はいい。
ただ、
「でも、リョーマが入部してきたら、海堂が焼きもち焼くんじゃないかい?」
また…
二人のというか、ハル兄の口から何度もでてくる海堂って名前。
他の人の話とする時と違って、この人の話の時はどこなく声が優しくなってる。
そう、俺や桜乃と話すときみたいに。
「やきもちって…」
バーサンの言葉に、ハル兄が苦笑する。
「間違ってないだろ?あれだけ懐かれておいて」
「懐かれてますか?」
「よく言うね、乾も。あの海堂を、あれだけ手懐けといて」
ハル兄の言葉にバーサンはケラケラと笑う。
誰なんだよ、その海堂って人。
俺がアメリカにいたときから、よく出るその名前に俺は頭にきていた。
ハル兄はあんまり自分の話をしなかった。
電話でも大体が俺の話を聞いてくれることのほうが多くて、ハル兄の友達の話なんかほとんど出てこなかった。
それが、ある時から、ある人物の名前だけが頻繁に出てくるようになった。
その名前が、海堂…。ハル兄の一つ下の同じテニス部の後輩らしい。
ハル兄とどういう関係なのかは、聞きたくもないので聞いてないが、かなりハル兄はその後輩を気に入ってるみたいで、いつも電話で聞かされるその人物がどういう人物なのだろうと気になっていた。
まあ、どういう人物であれ、ハル兄に近づく人間には容赦しないけどね。
折角、これからはいつでも逢えるっていう非常に嬉しい状況だというのに、その海堂って人に邪魔されたくないしね。
待ってて下さいよ、海堂先輩。
思いっきり、あんたの邪魔してあげますからね。
「楽しみだね」
「えっ?…リョーマ君?」
おろおろと心配そうに俺を見てくる桜乃の向かいで、俺は一人ほくそ笑んだ。
青学に入学して、仮入部に行こうとしたら、何だか猿見たいな眉の繋がった奴に話しかけられた。
悪いけど、今それどころじゃないんだよ。
俺は、海堂先輩探しで忙しいんだって…
そう思っても、目の前の猿は偉そうにここのテニス部についてしゃべってる。
はっきり言って鬱陶しいので、ほっておくことにした。
そういや、テニス部ってどこだ?
ちゃんとハル兄に聞いとけばよかった。
しょうがないから、そこらにいた上級生らしい頭を逆立ててる先輩に声をかける。
「ああテニス部?あっちあっち」
その人に教えてもらった道を歩くが、テニスコートは見当たらず、仕方ないので近くにあった相撲部の人に聞いてみる。
「え?テニス部は反対側だよ!!」
なんて奴だ。嘘を教えるなんて、後できっちり報復してやる。
後ろで喚いている堀尾を無視して、テニスコートに向かう。
ようやくついたら、今度は仮入部は明日からと言われた。
それも、レギュラーが不在だからだ。
そう言われれば、ハル兄に言われてたような気がするな。
ハル兄の家に泊まりにいって、一日中一緒にいれるもんだから、浮かれてて聞いてなかったような気がする。
まっ、いいけどね。
さて、無駄な時間をくってしまったが、入部出来なくては用がないので、さっさと帰ろうとすると、コート内の先輩が話しかけてきた。
「2年の林と池田だ」
…だって、何だ海堂先輩じゃないのか。
そういやそうだよな。
確か、ハル兄の話だと、あの人もレギュラーって……
ちょっと待て…
ってことは、あの二人、今、一緒にいるってこと?
うわ…最悪…
後で、バーサンに連絡先聞いて電話しよ。
俺の目の黒い内は絶対に仲良くなんてさせないからね。
俺がどうやって邪魔してやろうかと考えているうちに、堀尾たちが2年の先輩の話を聞いてゲームをする事に決めたらしく、籠に入ったボールを手にしている。
それを見ている2年の先輩たち。はっきりいって、
「…やな感じ」
もう、あんなにニヤニヤしていたら何か企んでるってすぐにわかるっての。
ハル兄位とまで行かなくても、それなりに表情には気をつけるべきだと思うんだけどね。
俺たちよりも先に来ていた二人が一球も当たらずに終わって、堀尾の番になる。
「テニス暦2年…」
ラケットを掲げて宣言する堀尾に、心の中でバーカと声援を送ってやる。
どう考えても当たんないっての、ソレ。
きっちりと外した上に、ぼったくられそうになる三人。
やめときゃよかったのにさ。
「ところで、そこのチビ…」
下らないと思っているところに、先輩の一人から声をかけられた。
これはもう、後でハル兄に報復の仕方を聞いておかないとだな。
因みに、きっちりと人をバカにしたことはハル兄にも言っとくからね。
まっ、そこまでバカにした以上、先に前払いは貰っとこうか。
「別にいいけど…」
コートに入り、缶めがけてサーブを決める。
一球、一万円ね…
さて、いくら貰おうかな?
顔の横スレスレに缶が飛ぶように打てば、焦った顔の先輩たち。
ここらでやめとくか。
十分、前払いを頂いたので、コートを出ようとした。
そうしたら、今度はさっきの嘘を教えた先輩だった。
「桃、お前…」
2年の先輩の内の一人が話しかけているのを聞いて、彼も2年であるということが判明した。
ったく、テニス部の2年ていうのは、ろくなんがいないね。
人のいない間に、大事な兄に手を出す奴に、平気で嘘を教える奴・挙句には後輩をカモにする奴ら……
どう料理するかな?
早く帰って来てくださいね、海堂先輩。
心の中でそう呟いて、俺は目の前の先輩と試合を始めた。
Side:桜乃
覚えているのは、哀しい感情。
突然、自分の前から消えてった人たち
初めて知った、失う苦しみでした……
竜崎の家の人たちはとてもいい人たちで、母も父も私は大好きだった。
中でも、お父さんの恩師だったおばあちゃんは、本当に優しくて、私を本当の孫同然に可愛がってくれた。
それでも、寂しい感情はなくならなかった。
死んでしまった両親と変わらない愛情をくれる、新しい両親。
でも、大切な兄たちはいない。
それが、心にあいた穴を埋めてはくれなかった。
それでも、私は双子の兄に比べれば幸せだったのだと思う。
引き取られた先の家の事情で、アメリカに行ってしまった兄。
日本にいる私と違って、お兄ちゃんに会えるのは年に数回。
それに比べて私は、月に何回は会えたし、会いたいときに会うことができた。
その上、お兄ちゃんが青学に入学して、おばあちゃんが顧問をしているテニス部に入ったおかげで、おばあちゃんからもお兄ちゃんの話を聞くことができたから、ずっと寂しさは減ったもの。
それでも、一緒にいたいと思う気持ちは消えなくて、お兄ちゃんのいる青学に入学することにした。
目の前で、凄いプレーを見せてくれた少年が、双子の兄だとお兄ちゃんに紹介された日。
おばあちゃんに夕食をご馳走になっている時だった。
お兄ちゃんとおばあちゃんはクラブの話をしていて、部員さんの話をしていた。
「…ムカツク」
突然、向かいに座っていたリョーマ君が呟いた。
何だろ、私何かしたのかな?
そう思って、問いかけて見ても、返事はなくて、リョーマ君は一人で何か考えてるようだった。
その間も、おばあちゃんとお兄ちゃんの話は進んでいって。
あっ…
「私も、その人の名前なら知ってるよ」
おばあちゃんが海堂って言ったから、つい口をついて出てしまった言葉に、お兄ちゃんは困ったような顔をした。
「桜乃ちゃん?」
「よく、お兄ちゃんがお話してくれるの」
ある時から、お話をする度に出てくる名前。
とっても優しい声で話すから、その人のことがとっても大切なんだなってわかるから。
お兄ちゃんがその人の話をするのが大好きだった。
「何だい、乾も気に入ってるんじゃないかい」
楽しそうに笑うおばあちゃんに、お兄ちゃんは困ったなと頭を掻く。
そんなお兄ちゃんの様子を見ていると、
「楽しみだね」
向かいに座っていた、リョーマ君がクスッと笑って囁いた。
お兄ちゃん。リョーマ君は一体、どうしたんでしょうか?
「桜乃!!」
久しぶりに、初めてリョーマ君と会ったときの夢を見て、クラス離れちゃったなと思っていたら、朋ちゃんに名前を呼ばれた。
朋ちゃんの好みの人に出会ったらしくて、見に行こうと誘ってくれているけど、私は女子テニス部に入部届けを出しに行くという用事があったので断ろうとしたけど、連れて行かれてしまいました。
「桜乃も、少しは男の子に興味持たないと」
そう朋ちゃんに言われてしまうけど、今はお兄ちゃんとリョーマ君と同じ学校に通えるということが嬉しくて、それ以上のことはあんまり興味がない。
それに…
お兄ちゃん以上の人なんていないし……
お兄ちゃんより、頭がよくて、優しくて、スポーツも出来てカッコいい人じゃないと。
リョーマ君にも言われているし…
「桜乃。ハル兄以上の奴以外なんかに声かけられたって、無視するんだぞ」
って。
その後、お兄ちゃんに
「俺以上のって…、たくさんいるでしょ?」
って言われて、
「「そんなことない!!」」
と、思わずリョーマ君と二人で叫んじゃったのは、入学する少し前のことだった。
「本当にかっこよかったんだから〜」
さっきあったという人のことを、一生懸命にしゃべる朋ちゃん。
「ねえ…朋ちゃん…」
早く入部届けをもって行きたいことを伝えたけど、朋ちゃんはその人のことで一杯らしくて、その人が来たらしい方向に連れて行かれると、そこはテニスコートで、
「キャー、桜乃っ。いたいた!!」
コート内の一人を指す朋ちゃんの指の先にいる人に目を向ける。
「リョ、リョーマ君!?」
その先にいたのが、とてもよく見知った人物だったので驚いて大きな声を出してしまう。
その声に気づいたらしいリョーマ君と隣にいるテニス部の人らしい先輩が私のほうを振り向いた。
よくわからないけど、何だか危ない感じがする……
お兄ちゃんは、遠征行ってて、学校にはいないのに、問題を起こしそうな雰囲気に困ってしまう。
お兄ちゃん、どうしたらいいの?
テニスウェアに着替える双子の兄をハラハラしながら見ていると、
「さ 桜乃、知り合いなの!?」
そう、朋ちゃんに聞かれる。
どうしよう…
いくら朋ちゃんでも本当のことは言えないし。
初めて三人であった日に、私たちの関係は内緒にしとくように言われた。
私やお兄ちゃんは、別にバレても構わないんだけど、リョーマ君は何か考えてることがあるみたいで…(内容は怖くて聞けないけど、お兄ちゃんは何となく予想がついてたみたい)
それに、テニス部の顧問がおばちゃんだから、あんまり公にするのもどうかと思うので、リョーマ君の言葉にとりあえず頷いたから。
「う、うん、まあ…」
言葉を濁して返事をするけど、もう朋ちゃんはリョーマ君に夢中みたいで全然聞いてくれてなかったみたい。
まあ、そっちのほうがいいんだけど。
リョーマ君のプレーに朋ちゃんは、余計にリョーマ君を気に入ったみたいで、試合が終わった後も、話しかけに行く。
「はじめまして…」
朋ちゃんが、リョーマ君に自己紹介をする。
私の名前を出すことで、会話のきっかけをとでも朋ちゃんは思ったのだろうけど、リョーマ君は
「さくの…、…って誰?」
って、そっけない返事を返した。
いくら内緒にするからって、それはないよね。
お兄ちゃん、いくらなんでもこれはひどいよね?
遠征に行ってるお兄ちゃんが早く帰ってくることを願いながら、私たちの学校生活は幕をあけた。
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