一日たって、無事テニス部に入部届けを出せたリョーマ。
本日、始めてのクラブ活動。
はっきり言って、今日のリョーマはすこぶる機嫌がよかった。
それもそのはず、今日は大好きな兄が遠征より戻ってくるのだ。
「やっぱりね…」
昨日の桃城との試合についてウンチクたれる堀尾。
乾が戻ってくるのを心待ちにしているリョーマにはそんなもの耳に入るはずもなく、
「越前!聞いてんのか!?」
そう聞いてくる堀尾に、
「全然…」
サラっと返事をする。
悪いけど、今、それどころじゃないんだよね。
延々とウンチクを垂れる堀尾をほって、リョーマは歩き出す。
はっきり言って、入学する前に全部ハル兄から聞いてるって。
ゾロゾロと1年生たちが集まってきた堀尾から離れて行くと、二年の先輩に話しかけられた。
「スゴイ1年ってのはお前か?」
そう聞いてくる荒井に、リョーマは堀尾を指す。
それを素直に信じた荒井は堀尾へと歩んでいく。
まだまだだね
クスッとわからないように笑う。
荒井は堀尾に近づいて、偉そうな口を聞く。
何でこう、ここの二年って…
昨日も思ったことを、もう一度リョーマは呟く。
たかが一般部員のくせに偉そうなんだよね。
レギュラーなのに、全然優しい自分の兄とは大違いだと思う。
それにしても、遅い…
まだ部活が始まる前だけど、まだレギュラーが全然姿を見せてないことにリョーマは不満そうに口を尖らせる。
その時、ザッザッと何人かの人物が歩いてくる音が聞こえる。
それに気づいた荒井が視線を向けると、横をレギュラー陣が歩いていく。
「き 来たぁー!!」
堀尾の声に、リョーマも視線を向ける。
そこには、待ち焦がれた兄の姿があった。
遅いよ…
リョーマのいる場所に背を向けて、新入生たちの数を数えていた乾が振り向く。
おっ、いた。
無事、入部してきた弟の姿を認めて、眼鏡の奥の目が一瞬だけ和む。
まわりに気づかれないようにカバンを担いでる側の手を降ろしたまま振る。
それにしても、あの眼鏡…
折角のいい男が台無しだよ、ハル兄
初めて見る、乾の眼鏡姿にリョーマが苦笑する。
乾は学校以外ではコンタクトにしてることが多いので、リョーマや桜乃が眼鏡姿の乾を見るのは初めてであった。
乾が手を振ったのをちゃんと視界に捕らえていたリョーマは、スッと帽子のツバを持つ。
堂々と手を振ることは出来ないので、そうすることで応えたのだ。
誰にも気づかれずにしたはずの、二人の合図。
偶然、ソレを目撃した人物が一名…
「先輩…?」
乾の前にいた海堂であった。
コートへと向かう途中、乾が立ち止まったのを見て振り返った時だった。
一瞬、隠れてるはずの乾の目が優しそうになった気がした。
そして、乾の左手が小さく動く。
誰かに手を振ってるように……
誰に…?
乾の視線を追うように、海堂も視界を巡らす。
その先にいた、新入生らしい少年。
たぶん、彼がその相手なのだろう。
気づいた少年が、挨拶の変わりに帽子に手をかけた。
誰?
ツキンと小さく痛む心を隠して、海堂は乾を見た。
「俺たちも、打とうか」
大石が新入生たちにも自由にコートを使っていいと言った後、不二の言葉にそれぞれコートに集まる。
乾もそこに行こうとしたところ、海堂と目があう。
見られたかな…
海堂の視線の意味が問いかけなのに気づいたが、それに気づかない振りして話しかける。
悪いな、まだ話せないんだ…
リョーマとの約束のために真実をうちあけれない乾は、不安そうに見つめてくる海堂に罪悪感を感じた。
「…うす」
誤魔化されたことに海堂は気づいたが、乾に言う気はない以上、いくら聞いても答えてくれないことは経験上知っているため、それ以上の追求はしないでおく。
本当は、今すぐにでも問いただしたいけど…
乾に誘われるままに、レギュラーのいるコートに向かう海堂。
途中、さっきの少年に目を向ければ、睨まれていた。
なんだ、あいつ…
思いっきり自分を睨んでくるリョーマに、海堂の視線もきつくなるっていうか、見事に睨み返していた。
「?」
帽子から手を離し、また兄を見るリョーマの目に、彼が誰かと話す姿をみつける。
同じレギュラー服を着た少年。
背はそれなりに高そうで、黒いサラサラの髪…
あれか…
じっと不安そうに兄を見る少年。
話しかける兄がどことなく優しく感じれるのは気のせいではないのだろう。
見つけた…
あれがきっと、海堂先輩。
何、ハル兄を見つめてんだよ
乾と海堂の様子に、不機嫌なリョーマは知らないうちに海堂を睨んでいた。
ふと、海堂と視線がぶつかる。
その後、睨んでくる海堂に、リョーマの目つきも余計にきつくなる。
うわっ、睨んできてるよ、ムカツク!!
離れた場所で睨みあっている海堂とリョーマに気づいた乾。
あいつら…
まだ、一言も話してもないのに既に険悪な雰囲気に、乾は深い溜息をついた。
頼むから、仲良くしてくれよ…
「海堂」
取り敢えず、睨みあいを止めさせようと乾が海堂を呼ぶ。
「お前の番…」
乾へと向き直った海堂に、コート指す。
大石があげた球をカゴに返していく練習がまわってきたらしい。
「はい」
ふっきるようにリョーマから視線を戻して、コートに向かう。
ふと目にした乾が、リョーマに向かって苦笑しているのが海堂には見えた。
誰なんだよあいつ
海堂の怒りは頂点に達して、大石の上げたボールをかなりの勢いでカゴに戻していた。
大石のロブに他の四人がカゴに戻している中、リョーマはひっそりと彼らの後ろにきていた。
さっきまでにらみ合っていた海堂も、苦笑していた乾も今は練習に集中している。
大石のロブが大きく上がりすぎた。
そのボールはコートを飛び越え、リョーマの前で下降し始める。
チャンス!!
悪いけど、俺はさっさとハル兄の傍に行きたいんだよね。
邪魔者を排除しないいけないし…
ボールに視点を定めて、ラケットを握る。
軽くジャンプしてカゴめがけてスマッシュを打てば、ボールは綺麗な軌跡を描いてカゴに収まる。
周りが驚いたようにシンと静まりかえってる中、
「あんがい簡単だね」
ラケットを首の後ろに持っていったリョーマが呟く。
「へぇ…」
大石が感心したように呟いた。
「やっぱテメーだったのか!!」
我に返った荒井がリョーマに掴みかかる。
グイッと服を掴まれたリョーマは平然としていた。
荒井…、後で殴る…
リョーマ程ではないにしろ、乾も大概ブラコンのシスコンである。
流石に、可愛い弟が目の前で苛め(?)られていたら、助けにいかなくてはと一歩踏み出そうかと思ったが
手塚に任すか…
リョーマの視線の先、コートの入り口のところに立っている、もう一人のレギュラー
この青学テニス部のエースにて、部長の手塚が立っていた。
「コート内で何をもめている」
颯爽とコートへと入ってくる手塚に、部員の気分も引き締まる。
ツカツカと荒井とリョーマの近くにやってきて
「騒ぎを起こした罰だ…」
((((出るな…、手塚(部長)お得意のアレ…))))
レギュラー四人が心の中で呟いた時、
「そこの二人 グラウンド10周!」
手塚の声が響いた。
「えっ、ちょっと…」
その声に反論するように口を開く荒井。
(((バカかあいつ…)))
人の良い大石以外がそう思った所に、
「20周だ!!」
手塚の手厳しい言葉が飛ぶ。
それに従い、スタスタとコートを出るリョーマ。
可哀そうに、後でファンタでも奢ってやるからな。
かなりの兄バカである…
それを見つめる乾の傍に手塚が近づく。
「あれは、誰だ?」
リョーマへ視線を向けて訊ねる手塚に
「桃が言ってた、新入生だろ?」
と、たぶん手塚が望む答えとは違うことをわかってながら答える。
「乾…」
「ん?」
手塚の言いたいことなど手に取るようにわかるのだが、如何せんこれだけは言うわけにはいかなかった。
「もういい…」
乾がソレについて触れる気がないことが手塚にも伝わったようで、手塚はそれ以上の追及を止める。
「お前のことだから、信用はしてるが…」
「サンキュ、手塚」
手塚の言葉に、乾が口の端を上げる。
自分を信じてくれる、親友と恋人の存在を嬉しく思いながら。弟へと目を遣ると…
そんなに睨まなくても…
ふぅ、とんだトラブルメーカーになりそうだ…
今度は手塚に睨み始めた弟に苦笑を隠せない乾であった。
そして、睨みつけているリョーマといえば
…っ、海堂先輩だけじゃなかったわけ…
乾の横をさっさと陣取る手塚に怒りを爆発させていた。
部長に、海堂先輩…
ふん、相手に不足なしだね
挑むように、海堂と手塚を見て鼻で笑う。
悪いけど、ハル兄は俺のだよ…と
「「…っ」」
あいつ…
走ってるリョーマが自分たちのほうを向いて笑ってるのに気づいた手塚と海堂。
今、俺を見て笑ったな…
「乾!!」
「乾先輩!!」
好戦的なリョーマに負けじと、手塚、海堂の両名が乾を呼ぶ。
「おいっ!!」
驚く乾を無視して、手塚は乾の左手に、海堂は乾の右手に抱きつく。
ふん、そんなところにいてるお前じゃ、こんなこと出来ないだろ!!
とばかりに、思わず立ち止まってしまったリョーマに笑って見せる。
「手塚、海堂…」
部長がこんなんで、部活にならない状況に大石の胃が痛む。
「いいな〜」
「僕たちも混ぜてvv」
乾の背中に飛び乗る菊丸。
空いてる場所が前しかないので、前から抱きつく不二。
「部活しないか…?」
半ば、諦めたように前後左右にレギュラーたちをぶら下げた乾が口を開く。
何で、うちのレギュラー陣は、乾を中心に動くかな…
既に乾ファンクラブと化した現、レギュラー半分を見て重い溜息を吐く大石。
部室いって、胃薬取ってこよう…
痛む胃を押さえながら、コートに出ようとする。
「…乾先輩を離せ!!」
ふるふると拳を震わせて、立ち止まったリョーマが凄い勢いで走ってくる。
ハル兄をと言わなかっただけ、大したものである。
「リョーマ…」
「「「「リョーマ?」」」」
駆けてくる弟を唖然と見つめながら、ボソリと乾がリョーマの名を口にする。
それも、まだ苗字ならよかったのだが、見事に名前で。
流石の乾もこの状況に、動揺しているのだろうか?
乾の言葉を聞きとがめた四人が乾の顔を見つめる。
「いや…」
自分の失言に気づいた乾が言葉を濁す。
「乾、知り合い?」
「名前で呼んじゃう程の仲なの?」
「珍しいな、お前が名前を呼ぶなんて…」
「俺だって、たまにしか呼んでもらえないのに…」
口々に、言いたいことを言ってくるメンバーにどうしようかと考えてたところにリョーマが到着する。
「乾先輩から、離れてください」
「「「「いや!!」」」」
目の前にきたリョーマに四人が言い切る。
「絶対にどかす」
カチンときたリョーマが無理やり、四人を引き剥がそうとする。
が、一番小さいリョーマに引き剥がす程の力もなく…
「ムーッ…」
どんなに頑張っても離れない四人に、顔を膨らます。
「お前らな…、後輩にそこまで意地にならなくてもいいでしょ」
流石に可哀そうになってきた乾が、前後左右の4人を引き剥がす。
右の海堂に関しては、そのままにしておいたらしいが…
取り敢えず、3年たちが乾から離れると
ポスッとリョーマが乾に抱きつく。
「お前も、ランニングの途中だろ」
苦笑しながら、リョーマの頭を優しく叩く。
「「「「!!」」」」
「だって…」
スリスリと乾に擦り寄るリョーマ。
自分たちとの時とは、偉く態度が違う。
「俺だって、もっと傍にいたい」
ダメと可愛い顔でおねだりしてくる弟に乾の表情も優しくなる。
「はいはい…、王子様の仰せのままに」
「「「「乾(先輩)!!」」」」
苦笑しながらもリョーマの望みをかなえる乾に、非難の声をあげる4人。
「乾と、そのチビ、どういう関係だよ〜」
「やけに乾に懐いてるけど…、浮気相手?」
「見損なったぞ…」
「先輩…」
「違うって…」
勝手に浮気してることにされてしまい、うろたえる乾。
逆にリョーマは、これを機に、このまま邪魔者を排除しようと……
乾の周りで騒ぐ4人に、勝ち誇ったような顔を見せて、
「この人は、俺のなんだから触らないでくださいね」
と、部員全員に聞こえるように宣言した。
「ふざけんな」
「それは聞き捨てならないな…」
「乾は俺たちのにゃ〜」
「貴様…、50周に増やされたいのか」
リョーマの言葉に、怒る四人。
「はははは…、また問題児が…」
副部長は乾いた笑いを漏らしながら、本気でクラブ辞めようかなと考えたらしい。
俺が辞めたい…
目の前で言い争う5人を見て、真剣にそう思った乾であった。
まだ、5人の乾争奪戦は始まりの合図を告げたばかり
まだまだ、彼らの争いは終わりそうになかった。
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