あの争奪戦から一日がたった。
疲れ果てた乾・大石をよそに熱戦を繰り広げた5人。
今日もまた悪夢を見ないといけないかと思うと、二人は自然と重い溜息を吐くのだった。
そしてそんなことも知らない元凶の王子様は
例の三人組とつるみながら、部室で着替えている最中だった。
「部長にはあこがれちゃうよなー。レギュラー陣も超格好よかったぜ」
例の如く堀尾が自分のことでもないのに威張りだす。
ハル兄は格好いいけど、他はまだまだだね。
今日も間違いなく、自分の兄に張り付いてくるであろうレギュラーたちをどう撃退しようかと悩む。
「それにしても昨日のリョーマ君、スゴかったよねぇ」
色んな意味で…
「どーも」
自分を手放しに褒めてくる同級生にリョーマは適当に返事を返す。
悪いけど今、それどころじゃないんだよね。
ほんと、ここってお邪魔虫が多くて困るんだからさ。
「リョーマ君て、乾先輩と知り合いなの?」
素朴な疑問を口にしたカチローは、これでもかなりドキドキしながら聞いたのである。
昨日のリョーマとレギュラー四人のバトルは彼らもしっかりと見てるわけで、気にならないわけがない。
「大切な人」
「大切な?」
「そう」
サラリと答えるリョーマにカチローはどう返事していいのかわからず、
「そうなんだ」
自分からふっておきながら、適当な返事しか出来なかった。
「でもよう越前…」
シンとした空気に耐え切れなくなったように堀尾が口を開く。
レギュラーと喧嘩して、2年に睨まれてやばいんじゃないかと心配する。
「あの荒井さんって…」
どう考えても、根っからの体育会系らしく上下関係に厳しそうな先輩を思い出す。
「ん」
不意に視界に入ったものに、堀尾は話すのを止める。
アレッて…
「あーっ、お前、それそれ!!」
リョーマが下敷きにしている荒井のジャージを目にして慌てる堀尾をよそに、
「ああ…ま、いっか」
と、気にすることもなくたちあがる。
「今日の練習は…」
まず最初にランニングと書かれてあるので、彼らはラケットを置いて部室を出ようとするが、開けた所に荒井が入ってこようとしてたところだった。
「ちぃーす」
とだけ挨拶して出て行くリョーマを睨むが、リョーマにしてみれば荒井など目に入ることもなく、リョーマが目指すは、兄に張り付く邪魔者だけであった。
「1年はランニングか?」
「乾先輩」
リョーマが他の三人と一緒にいるのを見つけた乾が声をかける。
「そう」
リョーマは兄に近づきながら、周りに他のレギュラーがいないかを確認する。
「お前ね、もう少し、周りと上手くやってくれないかな?」
その様子にリョーマの考えてることがわかった乾は呆れたような声を出す。
「やだ」
「やだって…」
言い切るリョーマに乾が困ったように笑うと、
「あーっ、乾が浮気してるー」
と、背後から声が聞こえてきたと同時に、飛びつかれた。
「菊丸…」
「かおちゃんに言いつけちゃおうかな〜」
楽しそうに乾の肩越しから顔を覗かせる菊丸に、
「浮気じゃないって」
乾が苦笑しながら否定する。
「菊丸先輩、離れて下さい」
そこに剣呑な表情のリョーマが入り込む。
「こら、リョーマ」
うーっと菊丸を引っ張って引き剥がそうとするリョーマを、乾が止める。
「ほら、集合かかってるからいっといで」
ランニングに行く為に集合し始めてる1年たちの群れを指す。
「あんまり、近づかないでくださいね」
仕方ないので、そちらに行く為に走り出そうとつるが、途中でクルッと振り返って菊丸にそう宣言する。
「生意気だにゃ〜」
そのまま走り去っていったリョーマを見ながら、菊丸が楽しそうに話す。
「俺たちも行くか」
リョーマを見送っていた乾も動き出す。
「出発進行〜」
乾の背に乗ったまま、片手を挙げて菊丸が叫ぶ。
「お前、降りろって…」
その声に苦笑しながら、菊丸をのせたままコートへと向かっていった。
ランニングが終わり、疲れ果てた中で新入生たちが素振りを始める。
その中で、まだ元気なリョーマは持ってきてたラケットがなくてキョロキョロと辺りを見回す。
ま、ないならハル兄にでも借りるからいいけど…
「越前、お前ラケット忘れたのかよ?」
一応、なくなったら困るのも確かなので、探してるところに堀尾に声をかけられる。
「…いや」
持ってきたのは確かなんだけど…
「ラケット持たずに部活に出るたぁいい度胸じゃねーか!」
またか…
ニヤニヤとしながら荒井が近づいてきた。
何やらたくらんでそうな顔で話しかけてきて、友人であろう二年生が埃まみれのラケットを放り投げる。
「どーした相手してくんねぇの?期待の新人くんよ」
…ムカツク!!
「乾先輩…」
リョーマがラケットを探し始めた頃から、視線を向けていた乾に海堂が声をかける。
「うん?」
「そんなにあいつが気になるんすか?」
乾がずっと誰を見てるか気づいていた海堂が訊ねる。
「いや、何かまた絡まれてるからさ」
部室の前の様子を見ながら答える。
「どうする、止めるか?」
リョーマの実力からいっても、あれぐらいのハンデじゃものともしないのは分かりきっているので心配はしてないけど。
下手に俺が出るのもな…
それに
「そんな嫌そうな顔、しないで欲しいんだけど」
横で嫌そうな顔で見る海堂に困ったように口を開く。
「もうすぐ部長たちも帰ってくるし…」
止めたほうがいいんでないと菊丸は言うけど、はっきり言って、お前ら三人のその表情って…
(((思いっきり、やられろ)))
って、書いてるよ。
「…うーん」
「海堂、菊丸、不二…」
悩んでるふりしてるけど、心は決まってんだろ?
諦めの声でもって、三人を呼ぶ。
「…大事なラケットも3本とも出てくるかもな!!」
コートに入り際に荒井が言った言葉。
「わざとか…」
リョーマの持ってるラケットの本数を知ってる辺り、隠したことが分かる。
「セコイまねを…」
「先輩」
不穏な空気を纏わりつかせブツブツと呟いてると、海堂に声をかけられる。
「助けるんですか?」
「いや、俺が助ける必要もないでしょ」
リョーマは強いからね。
と、乾が海堂に告げる。
「そうっすか」
どことなく不機嫌そうな声。
「もしかして、妬いてる?」
口をへの字に結ぶ海堂の耳元で囁く。
「心配しなくても、俺の恋人はお前だけだよ」
バンダナをしてない海堂の髪を撫でて囁く。
海堂は答える代わりに、乾のジャージを掴んだ。
何やってんだよ、ソコ!!
荒井の言葉に乾と同じように犯人だと気づいたリョーマがスタスタとコートに入る。
「いーよ、やろうか」
ざっと立って、相手を睨む瞬間見えた二人。
何、耳元で囁いてるわけ?
髪撫でてるし、しかも、ハル兄の服掴むなっての!!
視界の端に移る、兄とその恋人のイチャつきにリョーマの目がするどくなる。
睨んでるのは間違いなく荒井に向かってだが、感情はあっちの二人に向かっていた。
ほんと、最悪…
悪いけど、今の俺、超絶不機嫌だし、手加減出来そうにないからね。
その頃、まだ部活に出てきてない部長・副部長が何をしているかと言うと、
教室の一角で、ランクング戦の表を作成中であった。
そこには顧問の竜崎もおり、部長の手塚が表を作成してる中で、竜崎と大石が会話する。
「そういえば、竜崎先生はお目当ての選手がいるんでしょ?例えば1年に…」
昨日の騒動は既に竜崎の耳にも入ってるだろうことを考慮に入れて問うてみる。
あの新入生の話をすると、手塚の機嫌が悪くなるのは目に見えているが、乾との関係も気になる。
たぶん、憶測だが竜崎先生なら、二人の関係を知ってると、大石はそう思っていた。
「あたしの考えはともかく…」
大石の聞きたいことも気づいてるだろう竜崎が大石に向かいながら、手塚に聞こえるように話す。
誰が入れるか
この時、手塚は竜崎と大石の話を聞きながら、自分が部長でよかったと思っていた。
わざわざ、あの少年を乾に近づけさせる必要などない。
「そう言えば、入部早々からやらかしたらしいね?」
手塚の様子を眺めながら、竜崎が思い出したように呟く。
「そうなんですよ。レギュラーたちと乾を取り合って…」
昨日の様子を大石が話す。
「あの子は、乾がいるからって理由だけで、ここに来たからね」
10年近く離れてなければならなかった兄を想って。
「やはり、乾と関係があるんですか?」
「まあね。詳しいことは本人たちに聞きな」
大石が話題の核心に触れたいことは気づいていたが、竜崎はわざとそれを無視する。
こういうことは、本人の口から聞くのが一番いいことを知ってるからだ。
「おやおや、面白そうなことしてるじゃないか」
窓の外に目を向けて、コート内で行われてる様子を眺める。
竜崎の声に、手塚・大石も窓に向かう。
その二人を横目に見ながら、
やれやれ、とんだ1年になりそうだね。
ひっそりと溜息を吐いていた。
話は戻って、テニスコート
試合を始めた両名。
荒井の打った球を返しはするが、ヒョロヒョロとネットやフェンスに当たるだけで、全然コートに入らない返球にいい気になる荒井をよそに、リョーマはマイペースだった。
「まともに打ったって、ムダだろうな」
近くで観戦してる乾が呟く。
そんなことリョーマも気づいてるってことは百も承知の上で。
「うーん、あんなガットじゃまずスピンはかからないよね」
「気づいてるとは思うけどね」
不二の説明に、乾が呟く。
「ふ〜ん、よく知ってるんだね」
面白そうに不二が口を開く。
「そうでもないよ」
それに動じることなく返答する乾に
「そう?」
含み笑いで不二が答えた。
「ふーん、なるほどね」
レギュラー陣の会話の合間、荒井が勝ったと思ってる中で、リョーマが呟く。
「てめぇに勝機はねぇだろうが!!」
いい様にサーブを打つ荒井。
自信満々で打った荒井のサーブにリョーマは、体全体を回転させてスピンをかけて、打ち返した。
そしてその後は、リョーマが損じることもなく、荒井の球を全て見事に打ち返していった。
「弘法は筆を選ばずってやつ…かな」
と天才に言わしめていた。
既にあのラケットをコントロール出来ているリョーマはそれを見せ付けるように、荒井のポケットから落ちたボールにスマッシュを決める。
完全に撃沈した荒井を見て
「バカバカしい」
海堂が一言、呟いた。
「2年の恥、さらしやがって!」
元々、仲良くもない相手なので、海堂の言葉は冷たい。
しかも、あの1年調子に乗らせただけじゃねぇか。
乾に遠慮なくひっついてくるリョーマを調子付かせるだけになった結果に機嫌は悪くなるばかりだった。
このままここにいたら、誰かに八つ当たりしそうなので頭を冷やしに出る。
「いいの、海堂ほっといて?」
あれ、かなり機嫌悪いよ?
そう言う不二に、乾は「わかってるよ」と答える。
「でもな…」
今行くと、間違いなくリョーマがやってくるし、そうなるともう、昨日の二の舞は目に見えてるから…
今はココに残って、海堂のほうは夜にでも機嫌をとっておこうと考える。
それよりも今は…
「最後までやってもらいますよ、先輩」
既に戦意喪失している荒井にそう言うリョーマに乾が苦笑を見せる。
預けた先が悪かったのやら、すっかり好戦的な子になって…
このままでは荒井が可哀そう過ぎるので、乾が助けを出す。
「もう、そのへんでいいだろう」
決着はついてるんだからな。
そうリョーマに向かって話す。
「乾先輩が、そういうなら…」
不満そうだけど、大好きな兄がそういうならとコートを出る。
本当に乾が相手だと、反応が違うよな
その様子を見ていた不二・菊丸・手塚の三人が心の中で呟いた。
「どう思う、手塚!?」
校舎の中から観戦していた大石が横の手塚に問う。
「規律を乱す奴は許さん…、全員、走らせておけ」
はっきりしない親友との関係に苛つきながら答える。
「え?レギュラー達も?」
「あいつらもだ」
そう答えてから、
「ただし、乾は別だ。用がある」
と、背中を向けたまま語って、その場を去っていった。
あの新入生と一緒に乾を走らせたりしたら、それこそあの新入生の思うつぼだろう。
大人な風貌に反して、かなり子供っぽい性格の部長であった。
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