DEAD or ALIVE  眠ラナイ空



あの日
死んだ俺を生き返らせたのは
残酷な神だった…


母は、妹だけを愛していた。
息子の俺と弟の存在などないかのように…
それには、深い理由があるのだから、彼女を憎むのは筋違いだとわかっていた。
けれども、あの日…
俺と薫莉(カオリ)は同じ漢字で、読み方の違う双子の兄妹だった。
家はそれなりに裕福で、銀行を経営しているため、俺は跡継ぎの為に幼い頃から、祖父の元に連れていかれたため、母は俺に対する愛情も全てを、妹に注いだ。
そのこと自体は、母に罪はない。
彼女は弱かった。貴族の令嬢だった彼女には、父や祖父が自分から息子を奪っていくことに耐えられなかった。
憎むなら、彼女ではなく、父や祖父を憎むほうが筋だったから。
けれど、彼らもまた真剣だったことを知っている。
少しずつ、下降を見せる経済。
彼らは家を守るために、必死で、家を振り返る余裕すらなかった。
だから、気づかなかった。
病に冒された娘の体も、狂い始めた妻の精神にも…


あの日のことは、今でも鮮明に思い出せる。
祖父と父に連れられていった、病院の一室。
真っ白な部屋、真っ白なシーツにカーテン。
全てが白いこの部屋の中央。
真っ白なベッドに横たわる、肌の白い自分そっくりな少女と、既に息をしていない少女を抱きしめる女性。
祖父の家で暮らしていた俺と弟にとって、母と妹の存在は、どこか現実味を帯びてなく。
目の前の光景も、どこか夢のような気持ちで見ていた。
泣き崩れる女性を抱きかかえる父。
その女性が顔を上げ、父を見た後、視線を動かす。

「カオリ」

揺れる視線が、俺の前で止まる。
俺を見た彼女の顔に笑みが浮かび、彼女の口が開いて…
彼女が口にしたのは、妹の名前。
一文字違いの、同じ字の妹の名。

「何を言ってるんだ?あの子は、カオルだぞ」

父が理解させるようにゆっくりと母に話しかける。

「カオリ、カオリ…生きていたのね…」

父の腕の中から抜け出す母。
彼女が俺を抱きしめる。

「母さん…」

まだ、成長期前の体に声。
その中途半端さが、母の精神を狂わせた。

「そうよね、あなたが死ぬはずないもの…。母さんを置いて、死んだりするはずないわよね」
「…違う…」

俺を抱きしめ、喜ぶ母。

「カオリは死んだんだよ」

父が母を俺から引き剥がして、現実を見せるように妹の亡骸の前に向う。

「何を言っているの?カオリはそこにいるでしょ?」

俺を指して話す母に

「じゃあ、この子は誰なんだ?」

父は、妹を指して問いかける。

「この子は…」

母の声に耳を塞ぎたくなった。
頭を駆け巡る、警報音。
言うな!!聞くな!!
色んな言葉が脳の中を縦横無尽に走りまわる。

「…カオルでしょう?」

なのに、無情にも母の声ははっきりと耳に入った。
響くように痛む頭。
足元から崩れ落ちるような感覚。
その体の異変に、自分が母の言葉にショックを受けているのを感じるのに、頭の中は綺麗なくらいにクリアで、その言葉を冷静に受け止めていた。


そして、海堂 薫は死に、海堂 薫莉が生き返った…


男女の違いなどはっきり出ない年だったことが、災い…幸いして、俺は薫莉として母とともに暮らすことになった。
何が起こって、自分が男だとバレるかわからない。
そういうことを危惧して、家族は俺を外に出すことはしなかった。
家に閉じ込められ、母の望みどおりに、妹を演じ続ける生活。
祖父は、母が壊れたときに体裁を恐れ、父は母の心を思いやって、この生活に何も言わなかった。
男としてのプライドや、跡継ぎとしてのプライド。
そんなものは、もうどうでもよく
何年も薫莉であり続けた今、俺に残ったのは、薫としてのプライド。
自分ではないものを自分だと偽って生き続けることへの疲れ。
崩壊を始める自我。
俺は、薫なのか、薫莉なのか…
自分一人がもがいてもどうしようもならない現実に疲弊しきって、諦めも混じり、ただ、母の望む人形のように生きてきた日。
漆黒に覆われた、神を見た。


この国を束ねてると言われる、四龍。
四龍とは、青家・朱家・白家・玄家の四つの家から成り立つ、一族の総称で、各家に当主が存在し、それぞれが自分の家に与えられた使命を遂行しているらしい。
その一族のパーティーに父と祖父も呼ばれたらしく、そのパーティーの趣旨の都合で、俺もそこに行かなくてはならなくなった。
趣旨とは、現在の四家の当主の花嫁・花婿候補、すなわち、体のいい見合いらしい。

「俺が言ったって、結婚できねぇだろ」

あの日から、薫莉として生きてきてとはいえ、男には違いない。
徐々に成長していく体は、そろそろ薫莉でいることにも限界がある。
もし、この四人の中の誰かと結婚することになったとしても、男とバレたらおしまいだろう。

「わかっている。だが、どうしても断れなかったんだ」

相手は、国を支配しているとも言える存在。
断れば、その時点でうちの会社が危ないらしい。

「…見初められなければ問題ないことだからな」

あまり目立つなと、注意を受ける。

「わかってるよ」

言われなくたって、誰が同じ男の嫁になどなりたいものか。
隅のほうにでも隠れとくさ。


パーティー会場は、一流ホテルの最上階。
流石としか言いようのない、世界がそこにはあった。
父と祖父は、せっせと挨拶にいそしんでいた。
することもなかった俺は、暇つぶしと久しぶりに母から解放された喜びに、会場を出て行った。


会場の横。
ひっそりと佇む、扉。
惹かれてドアを開けると、そこは屋上庭園だった。

「すっげ〜な」

微細な作りの庭園に、感嘆の声をあげ、しばしドアの前で見つめてしまう。
けど、これだけでは勿体ないので、もっと堪能しようと足を1歩、踏み入れる。
中央辺りまで、景色を眺めながら歩いていって、立ち止まる。

「…」

庭園の中央には噴水があり、その噴水の縁に男が一人、座っていた。
ティーシャツにジーパンという、ラフないでたちで、真っ直ぐに空を見つめている。
何かを見極めるように、空を見る瞳に、目が奪われる。
あの瞳に映るものが何なのか、先に見えるものが何なのか、凄く知りたいと思った。
目の前の彼の存在に、ひどく心を奪われて、俺は声を出すこともできず、父親が探しに来るまで見惚れていた。

「薫」

ドアに辺りで自分を呼ぶ声が聞こえた。
その声に我に返り、俺は踵を返した。

「何をしていたんだ?」
「散歩…」
「失礼」
「ああ、これは失礼を」
「いいえ」

ドアの前にいた父に問われ、当たり障りのない答えを返す。
そのまま父と中に戻ろうと、ドアを開けたところで、一人の女性に出会った。
真っ白のチャイナドレスに身を包んだ、色素の薄い髪の女性。
柔らかい笑みに、雰囲気。
俺たちとすれ違いに庭園に行った彼女。
彼女の歩む先にいたのは…
…チクリ
そこまで考えて、胸が痛みを訴える。
俺は、それを誤魔化すように、頭を軽く振って、会場に入っていった。


「あ…」

しばらくして、会場が静まり返る。

「きたぞ。ご当主たちだ」

会場内の全員の視線が重厚なドアに注がれる。
ゆっくりと開かれたドア。
会場に入ってくる、四つの色。
まず、リーダー格にある青家の当主。
青のチャイナ服に身を包んだ、威圧感のある青年。

「あれが、青家の当主。手塚 国光様」

隣にいる父が、一人ずつ名前を教えてくれる。
次に、朱家の当主が入ってくる。
紅のチャイナ服に身を包む、小さな生意気そうな少年。

「朱家の当主、越前 リョーマ様」

続いて、白家。
この人が、俺が小さな声をあげてしまった原因。
白のチャイナドレスに身を包んだ、さっき庭園ですれ違った女性。

「白家の当主、不二 由美子様」

そして、最後に玄家の当主。
黒のチャイナ服に身を包んだ、背の高い、表情の見えない眼鏡をかけた青年。

「で、あの方が玄家の当主、乾 貞治様だ」

彼らが、会場の中央にくる。
渡された、グラスをそれぞれが持つ。

「本日は…」

形ばかりと言える言葉を綴るのは、青の当主。
彼の声で、乾杯の音頭はとられ、緊張感に包まれていた会場は乾杯の音ともに騒がしくなった。
父と祖父は、そそくさと当主たちに挨拶に向う。
興味のない俺は、父たちとは離れ、端のほうに行く。
ガラス張りの壁に背中を預けて、見るともなしに、当主たちび群がるそれなりに地位のあるはずの人間を見つめる。
四人の当主は、周りで頭をさげる、どこぞの社長などよりも、若い。
それほど、自分とかわらないであろう子供に頭を下げる、大人。
なんて、滑稽な風景だろうか。
見てるだけでうんざりしてくる、馬鹿馬鹿しい茶番に。俺は視線を窓の外に向ける。
百万ドルの夜景などと言われるだけあって、最上階のこの場所から見る夜景は絶景だった。
だが、それも人工の光によるものでしかない。
空を見上げても、自然の光は、全てこの人工の光に隠れてしまう。
そんなものが、本当に百万ドルもするのだろうか?
煌く星たちが、満点に望める空をこそ、百万ドルと名づけるにふさわしいのではないか?

「……?」

外を見続けていると、背中に視線を感じる気がした。
窓にうつる会場を探ろうと、窓を見ると

「…!!」

不意に、目があった気がした…
そんなことはあるはずないと、思い込むように頭を振る。
あれは…
偶然だ。
そうでなければ、玄の当主と目があうなんてありえない。
それも、窓ガラスを挟んでなど…
一度、驚いて外した視線をガラスに戻す。

「…やっぱな」

そこには、こちらのことなど、何も興味もなさそうな玄の当主の姿。
ほっと、息をついて、腹も減ったしと料理を取りにいった俺は、視線を外した直後に彼がこちらを見ていたことに気がつかなかった。


目があったと。
それが真実だと知ったのは、あのパーティーより数日後のこと。
薫莉として暮らす中、あの日、見た瞳が忘れられなくて、あの瞳に映る先を自分も見て見たいと思った。
そうすれば、この苦痛から逃れることが出来るかもしれない。
そう思ったからだ。

「海堂 薫莉さん?」

目の前には、妖艶な笑みを称える人。
すぐ横に、不安そうな母と弟。
向かいに父と祖父が、気まずそうな顔をしている。

「そうですけど、あなたは?」

何か、嫌な予感を感じながら、答える。

「これは失礼。僕は、観月と申します」

観月と名乗った男性。
どこかで見たような…

「四龍の一つ、玄家の当主・貞治様の秘書をしています」

ああ、あのパーティーで見たのか。
あのパーティーには彼ら当主の秘書もいたのだから、おかしなことはない。
ようやく思い当たったことに安堵の息を吐きながら、どうしてそんな人がここにという疑問が持ち上がる。

「私に何か?」

目の前の人は、不躾な視線を隠すことなく、観察するように自分を見る。
その視線に苛立ちながらも、こういう嫌なものはさっさと済ませてしまいたいので、話をすすめる。

「我が当主が、あなたを欲しておいでです」
「は?」
「我が当主の妻となるために、あなたを迎えに参りました」

……
な、何だって?

「頭の回転の悪い姫ですね」

観月の言うことが信じれなくて、返事も出来ずにいると、刺々しい声が降ってくる。

「あなたには、貞治様の妻となっていただきますので」

俺の返事も聞かずに、その観月は、そのまま父と祖父のほうに向き直り、話を進める。

「ちょ、ちょっと」

焦ったように声を出せば、煩そうな顔で向き直られる。

「…私の意志は?」
「おや、仮にも四龍の一つの当主の妻になれるという光栄な話しに、不満があるのですか?」
「……」

ある。
観月の皮肉まみれの言葉に、声が詰まったが、不満なら山ほどあった。
ただ、言えないだけで。
ここで、自分は男だから、大いに不満だとは言えない。
好きとか嫌いとかいう感情以前の問題なので、好きな人と結婚したいとか適当な否定を返すことも出来なかった。

「まあ、どちらにしろ、あなたに選択の余地はないですから」

んふっと微笑みを浮かべるそれは、何か含みがあって

「どうして?」

彼の傍で気まずそうにしてる父と祖父の様子から、何となく事情は飲み込めたけど、声が出た。
男とバレたら、どうしようもないのに、それでもここにこの人とを連れてくるくらいなのだから、事情は一つ。

「あなたの祖父様の会社…」

やっぱり…
観月の話しは、簡単だった。
経営不振に陥ったうちの銀行は、このまま行けば潰れてしまう。
そこに、玄家からの申し出。
俺が嫁入りする変わりに、借金を肩代わりしてやると…
要するに、体のいい政略結婚だと。

「どうします?」

選択肢は二つ。
家を救うために、玄家の当主の妻となるか、家族ともども路頭に迷うか…

「俺は…」


でけぇ会社。
二つに一つの選択。
俺が選んだ答えは、一度見ただけの奴の妻になること。
別に家のためとかじゃない。
ただ、あの家から出れるなら、何だってよかった。
俺を見ない母に、会社のことしか見ない父と祖父。
唯一、気がかりなのは弟の存在だけだけど、それ以外の奴なんか、既に見限っている。
今、俺がいるのは、その玄家の会社のビル。
つい最近、完成したばかりの新社屋の最上階。
社長室の中のソファに座り、旦那になる当主を待っている。
結婚なんか、する気はない。
結婚式ギリギリまで、バレないように欺いて、逃げる準備をする。
用意が出来たら、真実を暴露して、俺は自由になる。
薫莉としてではなく、薫として生きる場所を求めて…


カチャリとドアが開く。

「お待たせしました」

俺をここに連れてきた、観月が顔を出す。
そして、その後ろから黒のチャイナ服に身を包んだ青年が現れる。
あの日、父から玄家の当主と教えられた青年。
全てを見通し、進めることが出来る頭脳を持つ
漆黒の神が…

Fin