Fortune〜偶然の奇跡〜 W



レギュラー落ちした
いや、はっきり言ってしまえば、ランキング戦をさぼった
だから、レギュ落ちは当たり前
だってさ、どうしてもアレが欲しかったんだよ。
その日限りの限定発売、どうしても欲しくて前日から並んで買った。
いいと思ったんだよ。
今回のレギュラー最大の目玉は遠征だけ。
全国に関わる大会は次からだし。

…怒られた。
いや、部長や顧問にならわかる。
もっと言ってしまえば、不二や手塚に怒られるのも同じ部活だからわかる。
わかるけど、理由だけはわかりたくない。

なにが
「何で乾なしで遠征にいかなきゃなんないの」
「お前がいなくては、遠征に行く意味がない」
なんだ。

遠征に俺が行くのと行かないので何が変わるっていうんだ。
そんな駄々を散々捏ねてくれた幼馴染二人を何とか遠征に行かせた俺は、久しぶりの一人を満喫しようと…してたんだってのに

「いっぬい〜」

授業が終わって教室を出たところで、背中にかかる体重と元気な声。

「英二、重い」

呻くように乾が声を出す。

「え〜、俺そんなに重くにゃい」
「十分重い」

可愛く反論する菊丸に、乾は嘆息する。
もう慣れたことなので、口で言うほどは嫌がってない。
菊丸も分かってるので、そのままそこから降りようとはしなかった。

「で、どうしたんだ?」
「うん、遊ぶの飽きたからテニスしたいなと思って誘いにきた」
「俺も、遠征中は部活休みだから、体がなまちゃって」

実は菊丸は乾を誘う前に、ちゃっかりと河村のことも誘っていたのである。
なわけで、河村もずっと一緒にいたのだ。

「やるでしょ、乾」

乾の肩に担がれたラケットケースに目を向けて、菊丸は確信犯的な笑みを向ける。

「そうだな、やるかな」
「そうこなっくっちゃ」

その笑みに苦笑混じりに返して、乾達は部室へと向った。

「ここはどこなんだ?」
「何で迷うってわかってて、桃が先頭切んの?」
「バカだからだろ」

その頃、新入生たちはといえば…
テニス部へ向っていたはずが、何故か相撲部の前に行くという失態を…
すなわち、例の如く迷っていた。

「大体さ、道も知らないくせに、何いばってんの?」
「そんなのこいつがバカだからに決まってるからだろ」
「お前ら、人の後をついてくるしかしてないくせに煩いんだよ」
「人の後も何も、桃が勝手に先に行くんだと思うんだけど」
「だから、ほっとけばいいって言ってんだろ」
「今度からは、桃が一人でどっか行っても俺は知らないからね」
「勝手に迷ってりゃいいんだ」
「おめぇら、冷てぇな、冷たぇよ」

余分に歩かされて機嫌の悪い、越前と海堂が文句を言いながら、歩いて行く。

「ついたな」
「…誰もいないんだけど…」
「部活ねぇのかな?」
「それって、凄い労力の無駄使い」
「迷わされた分だけ、ムカツク」
「だよね、それもこれも…」
「…おい?越前?海堂?」
「全部、このバカが悪い」
「待てよ、何でも俺のせいにすんじゃねぇよ」
「何言ってんの?迷子になったのは紛れもなく桃のせいだろ」
「てめぇが勝手に先に行かなきゃいいんだろうが」
「…ひでぇよな、ひでぇよ…ふん、どうせ俺が全部悪いんだよ…」

機嫌の悪い越前と海堂に言い切られて、校庭にのの字を書く桃城。
後の二人は、目の前のテニスコートを眺めて溜息を吐く。

「どったの?」
「新入生か」
「仮入部?」

そんな3人の頭上から声が聞こえて、3人は振り返る。

「あ…」
「そっす」
「…今日は部活動ないんですか?」

目の前に菊丸を抱えた乾。
その乾の背中に菊丸。
横に河村が、ジャージを来てラケットを小脇に抱えて立っていた。
その姿に、海堂が頬を染めて小さな声を出し、越前がお目当ての人物がいないので、興味なさそうに答え、桃城がココに来た目的のために問いかける。

「レギュラー陣が遠征で留守にしてるからね」
「仮入部は明日からね」

桃城の言葉に乾と河村が答える。
その間に、乾から降りた菊丸は既にコートに入っていた。

「乾、早く〜」
「わかった」

コートでブンブンとラケットを振って叫ぶ菊丸に乾が苦笑しながら、コートに向う。
河村も少し苦笑を見せて、後に続こうとした。

「ゴメンネ、折角来てくれたのに」
「あの、俺たちも見せてもらっていいっすか?」
「うん?いいけど、遊びだよ?」
「構わないっす」
「そう。じゃあ、おいで」

桃城に声をかけられ、快諾した河村はフェンスのドアを開けて、三人を中に招き入れる。

「やるじゃん、桃」
「まな、感謝しろよ海堂」
「……」
「聞いてねぇよ」
「既に意識は愛しい人へって?」

河村の横に並んで前の二人のラリーを見る。
人懐っこい性格の桃城は、こういうときに本領を発揮する。

「あの…先輩方って、部活説明会出てましたよね?」
「ああ、うん。見てたの?」
「はい。で、後の方はいないんっすか?」
「後の三人はね、レギュラーだから遠征に行ってるよ」
「レギュラーなんっすか?」
「そうだよ」

自分の意中の人の居場所を聞くために桃城が河村に話しかける。
それを聞いた越前が、小さな声で偉い桃と呟いた。
海堂は話など全く耳に入ってないのか、一言も声を出さずに目の前のラリーを…もとい、乾を真剣に見つめていた。

「手塚と不二は、一年の頃からレギュラーで、大石は今回からレギュラーになったんだよ」
「凄いんっすね」
「うん、凄いよ…色んな意味でも…」
「え?」

困ったように笑いを必死に堪える河村に、桃城が不思議そうにする。

「タカさん、何笑ってんの?」
「あ、英二」
「交代だよん」
「うん」
「で、何ウケてんの?」
「あ、ちょっとね、この前のランキング戦思い出して」
「ああ、ランキング戦より、その後のあの二人だろ」
「うん」

菊丸も面白そうに話し始める。
それに頷いて、河村が菊丸に変わってコートに入る。

「何かあったんっすか?」
「あった。あったにゃ。あっちのさ、眼鏡の乾って言うんだけどさ〜」

菊丸の乾という名前に、海堂がそちらに耳を立てる。

「乾も元々レギュラーだったんだけどさ」
「そうなんっすか?」
「そう、あれでも強いんだにゃ」
「いえ、そうは…」
「でさ、乾ってば前回のランキング戦サボッたんだよね」
「サボったんっすか?」
「そう、何だかね。よく知らないんだけど、どうしても欲しいものがあったらしくて、ランキング戦の日に限定発売だったんだってさ」
「へぇ」
「で、終わってからさ、不二と手塚がさ、乾がいかないなら、遠征にいかないって駄々捏ねてさ、拗ねちゃって大変だったんだよな」

ケラケラと笑いながら話す菊丸に、三人の表情は微妙なもの。

「英二、初めて逢った一年にいらんことを吹き込むなよ」
「乾、もう交代」
「そ」
「そういや、結局、手塚と不二は大人しく行ったの?」
「…んなわけないだろ」
「それじゃ、帰ってきたら、乾の家に真っ先に行きそうだにゃ」
「来る」
「え?既に宣告済み」
「約束させられたぞ。それも泊まり」
「へぇ、そりゃ災難」
「全くだ」

楽しそうに話して、菊丸がコートに向う。

「君ら、名前は?」

ラリーを始めた二人を横目に、乾が新入生たちにノートを片手に訊ねる。

「あ、桃城っす。よろしく」
「越前っす」
「か、海堂です。よろしくお願いします」

桃城は普通に、越前は興味なさそうに、海堂はガバッと勢いよく頭を下げた。

「俺は乾 貞治。よろしく」

スッと口元に笑みをひいて、乾も自己紹介をする。

「うん、君、海堂君。顔赤いけど、大丈夫?」
「は、はい」
「熱あるのかな?」
「えっ?」

乾の笑みに顔を真っ赤にした海堂を乾が見つける。
心配そうに海堂の目の前に来て、海堂の目線にあわせるようにしゃがみこむ。
そのまま、コツンと海堂の額に自分の額をくっつけた。

「う…ん…、熱はないみたいだな」
「……」
「?海堂??」
「俺…も…ダメ…本望…」
「お、おい、海堂!」
「薫!」
「海堂」

フラッと海堂の身体が揺らぐ。
バタンと倒れ込んできた海堂を乾が支える。
急いで越前と桃城が近づく。

「気を失ってるね」
「わっ」
「保健室に連れていってるから、あの二人に伝えといてくれる?」
「わかりまし」

ヒョイと軽々と海堂を横抱きに抱き上げた乾が、保健室へと消えていく。

「おーお、軽々と抱き上げたぜ」
「薫、知ったらきっと憤死するね」
「知らないのも勿体ねぇぞ」
「教えた時、どういう顔するか見ものだね」
「だな」

そして、残された二人は人の悪い笑顔を浮かべた。

「え…っと…」

保健室に寝せて、しばらくしてから、海堂が目を覚ました。
覚ました途端、目の前に乾がいて、海堂がピキーンと固まる。
その様子を見て、乾が困ったように呟いたのが、上記の台詞である。

「海堂、大丈夫か?」
「…あっ…あ、はい」

目の前で手を振られて、ようやく海堂が正気に戻る。

「そっか、ならいいんだが」
「あ、あの…」
「ん?」
「すみません」
「気にしてないよ」

シュンと俯いて謝る海堂の頭を軽く撫でる。
その乾の仕草に、海堂の頬が赤くなる。

「乾〜、どう?」
「ん〜、もう大丈夫そうかな?」
「は、はい」
「じゃあ、帰ろうっか」
「あ、有難うございました」
「どういたしまして」
「お疲れさまっす」
「ん、じゃあ、後はよろしく」

上級生たちが帰った後の保健室。

「凄かったぜ〜」
「本当、薫ってば、気失ってて勿体なかった」
「え?何が?」
「ここまで、乾先輩が運んできたんだけどさ」
「軽々と薫のこと、お姫様抱っこだよ」
「えっ!!」
「わっ、薫」
「海堂、しっかり」

越前と桃城の言葉に、うっかりそのシーンを想像してしまい、また意識を遠のかせかけた海堂だった。

「乾が、いないからつまんなかったよ」
「やはり、乾もいないとな」
「はいはい」

ところ変わって、乾の家。
遠征が終わった不二と手塚がやってきていた。

「乾〜、飲み物足りないよ」
「わかった買ってくる」

絡み酒のような不二から逃げるように、乾は財布を持って家を出る。

「酒は入ってないはずなんだが…」

呟きながら、近くのコンビニに向う。
途中にある公園を突き抜けたほうが近道なので、乾は公園に入ろうとしたところで足を止める。

「あれ?海堂」

ふと止めた視線の先、そこにはラケットを振る海堂。

「海堂」
「え?あ…乾先輩」
「あ、覚えててくれたんだ」
「あ、はい…」

ラケットを振る手が止まったのを見て、乾が声をかける。
驚いたように肩を揺らした海堂。
驚いたように大きな目を見開いていた。

「練習?偉いね」
「いえ、偉くなんか…」
「そう?」
「そうっす」
「でも、練習は大変だろ?」
「いえ、それで強くなれるんなら、俺は何でもします」

キッと強く睨みつけるような眼差し。
不覚にも、乾はその瞳に意識を奪われる。

「海堂は強くなりたい?」
「勿論っす」

強く、強く前を見据える瞳。
揺ぎ無い意志。
自分にはないもの…

「強くなるには、ただ闇雲に練習すればいいってもんじゃない」
「……」

興味が出た。
学校で見た時とは、全く違う雰囲気を纏わりつかせる少年に。

「君さえ協力してくれたら、俺は君を強くすることが出来ると思うよ」

そう、まだデータが足りない。
この少年のプレイスタイルも癖も、身体能力も…

「何したらいいっすか?」
「君のことを教えて」
「え?」
「君のテニスを、君自身を」

興味があるのは、テニスの腕前でなく、この子自身。

「テニス部に入るだろ?」
「はい」
「今はそれでいいよ。後は、俺がするから」

不覚にも魅入られた瞳の強さ。
心の内に湧いた興味。
その真実は、まだ奥底に眠っている。

「じゃあね、海堂」
「…よろしくお願いします」
「うん、また明日」
「っす」

退屈していた日常に紛れ込んできた、興味深い少年。

「面白くなりそうだ」

その言葉は、闇に紛れて誰の耳にも届くことはなかく、乾の胸の内に秘められたまま。
乾が真実に気付くのは、まだもう少し先のこと。

Fin