Little Boy



初めて母に連れられていったその家は、自分の住むマンションから歩いて15分位のところにあった。
洋風建築の大きな家。
庭も広くて、テニス出来そうだよなとか思ったのを覚えてる。

「このお家には、貞治よりも一つ下の男の子と、四つ下の男の子がいるの。仲良くしてあげてね」

その家のチャイムを押す前に、母さんが俺に向ってそう念を押すから、黙って頷いた。
別に、今日一日の我慢だしな。
そう思って。


「この子が薫で、この子が葉末というの。仲良くしてね」

中に通され、広いリビングに向かい合って、紹介される。

「息子の貞治というの、薫君よりも一つ上なの。お兄ちゃんが出来たと思ってくれる?」

その子たちの母親の影に隠れていた薫と呼ばれた子に母さんが話しかける。

「…うん」

母さんの笑顔に安心したのか、その子がオズオズと母親の陰から出てくる。
俯きがちに俺を見上げてきて

「お兄ちゃん、よろしくね」

と、か細い声で呟く様子は、とても愛らしい。
だから、俺は思わず

「俺も、妹が出来たみたいで嬉しいよ」

と、言ってしまったんだ。

「貞治、薫君は男の子よ」

驚いたような母さんの言葉に、そう言えばと思い出す。
さっき、母さんは男の子がいるって言ってなかったかと……
ふと前を見れば、目に涙を溜めて睨んでくる薫君。

「…大嫌い」
「グッ」

痛烈な言葉とともに襲った腹への衝撃。
手が先にでるタイプなんだな。
殴られた腹を押さえながらも、頭の隅で冷静にデータを取る自分がいた。

「こら、薫。ごめんね、大丈夫?」

バッタバタと泣きながら走っていってしまった薫君を諌めるように、彼の母親が声をかけるが、薫君はそれを無視して走り去る。

「大丈夫よ、この子が間違えたのが悪いんだから」

心配そうに声をかけてくる彼の母親に、母さんが間違ったほうが悪いと笑って話す。
でも、でもな
ピンクの服きて、薫って言うんだって言われたら、普通は女の子だと思うだろ?
その上、恥ずかしそうに母親の足元に隠れて、大きな目を不安そうに見上げてこられたら、内気な女の子なんだと思ったって仕方がなと思うんだけど。
そのまま息子の存在も忘れて談笑してる母親たちに

「謝ってきます」

とだけ、残して俺も彼の後を追った。
Kaoruとプレートのついたドアの前で立ち止まる。

「ここ、お兄ちゃんの部屋?」
「はい」

一緒についてきた薫君の弟の葉末君に聞いてから、ドアをノックする。

「薫君?」

ノックをしても何の反応もない部屋。
仕方がないので、ソッとドアをあけると、あっさりと開いた。

「お邪魔します」

一応、挨拶だけはして、中に入る。

「でかい部屋」

自分の部屋よりもかなり広い部屋を見回す。

「あそこは?」
「和室です。お兄さんはいつもあの部屋で寝てるんです」

フローリングの部屋の中、何故かふすまがあり、隣の葉末君に問うと、そんな答えが返ってきた。

「じゃあ、あそこかな」

よく見れば、閉め切れなかったのか、隙間が開いていて、そこからそっと顔を覗かす。

「薫君?」

和室の部屋にはダブルサイズの布団が敷いてあって、掛け布団の真ん中が膨れていた。

「入るよ」

返事がないのを承知で、そう声だけかけて、寝室になってるこの部屋に上がりこむ。

「間違えてごめんね」

頭まですっぽりと布団を被ってる薫君の頭らしきところを、布団の上から撫でる。

「あんまり可愛いからさ…」
「…ない」
「え?何?」
「可愛いなんて、言われたことない」

可愛くないと言われることなら、いつもだけど。

「何で?こんなに可愛いのに」

ちょこんと布団から頭を出して、不安そうに見上げてくる表情は可愛いという言葉以外にあうものなんてないのに。

「俺は、こんな可愛い弟が出来て嬉しいんだけど」

それも、同じ顔したのが二人も。
俺の横にちょこんと座ってる葉末君と薫君の頭を撫でながら話す。

「僕もお兄さんが増えて、嬉しいです」

ニッコリと笑いながら、素直に甘えてくるのは葉末君で

「俺も…お兄ちゃんが出来て…嬉しい…」

照れて紅くなりながら、俺の袖をギュッと掴んで呟くのが薫君。
同じ顔してても、やっぱり違うんだなと二人を見ながらデータを取ってたりしてたのは、今も内緒のこと。


数年後
一日だけと思ってたそれは、月に数回ほど続けられるようになった。
母親二人がどこかにでかけるたびに、俺は彼らの家で彼らの相手をする。
いつの間にか、それが当たり前になって、弟のように可愛がってたその薫君を、いつの間にか、違う感情で見つめるようになった。
そして、相手も同じ感情を返してくれるようになり、二人の関係が変わった頃、俺は母親同士が出かけるとき以外でも、その家を訪れるようになっていた。
ま、平たく言えば、彼の家庭教師をしに行くようになったのだ。
現在、小6の薫は、来年、青学を受験すると言い出したのが、つい先日のこと。
理由は至って簡単。

「あそこ、テニス強いし、それに…お兄ちゃんがいるから…」

何とも可愛い言葉だ。
青学は俺や薫の家からなら、歩いて通える距離にあるし、俺も通ってることもあり、彼の両親はそれをあっさりと承諾した。
そして現在、そこに通ってる、これでも学年トップの成績を誇る俺が、彼の家庭教師をすることになったのだ。
で、今日も可愛い恋人の部屋で勉強を見る。

「薫、そろそろ休憩にする?」

短期集中型の薫は、一回、集中力が切れてしまうと、しばらくは身に入らない。
適度に休憩をとって、短い時間の間に詰めさせたほうが効果的だった。
事細かに観察しては、集中力が途切れそうになるのを見計らって、休憩させる。
今もまた、徐々に切れ始めたように見えたので、休憩をすすめる。

「うん」

薫はホッとしたように息を吐いて、穂摘さんが持ってきてくれたジュースに口をつける。

「お兄ちゃん」

ソファにゆったりと座りなおして、同じように持ってきてもらったコーヒーを口に運んでいると、薫に声をかけられる。

「何?」
「俺、青学入れるかな?」

不安そうに見上げてくる瞳は、半端じゃないくらい可愛い。

「大丈夫だよ、俺が保証する」

チュッと音をたてて目元に口吻すると、照れたように微笑む。

「薫は、青学に入ったらテニス部に入るんだよね?」

実は俺もテニス部に入部してるのだが、今はまだ、その事実を話していない。
やはり男としては格好いいとこを見せたいわけで、1年のうちは試合に出れないから、この子が入学してくる頃にはレギュラーの座を奪いとりたいと、密かに練習してたりしてるわけで。

「うん。お兄ちゃんもテニスしたらいいのに…」

テニス大好きな薫はこうして、ことあるごとに俺にテニスを勧めてくる。
本当はしてるし、テニス部員なんだけどとは、まだ心の中だけの言葉。

「薫はテニスしてる人のほうが好き?」

意地悪な言い方だとは自覚してるけど、そうことあるごとにそう言われたら、少しだけ疑いたくなるってのが男心で……
勿論、自分が大好きなものを好きな人にも好きになって欲しいというだけの理由なのもわかってはいるんだけど、どうせなら

「違う。テニスしてる人が好きなんじゃなくて、お兄ちゃんにテニス好きになって欲しかっただけ…」

好きな人に、自分の好きなものを理解して欲しかったから。

「テニスしてなくても、お兄ちゃんが一番好き」

やっぱり、そう本人の口から言ってもらいたいもんデショ。
ギュッと両手で俺の服の袖を掴んで、一生懸命見上げてくる姿には思わず襲いたくなってしまう。

「薫、俺も薫が一番好きだよ」

薫の頬にそっと手を添えると、薫も俺の意図を理解したのかそっと目を閉じる。
待ちわびてる唇に自分の唇を重ね合わせた。


「近頃、乾付き合い悪いよな〜」

薫が青学受験を控えたある日、部活終了後、例の如く菊丸が俺に飛びついてくる。

「そっか?」

薫の受験が近づいてきて、俺は暇がある限り、薫につきっきりになっていたので自覚はあるが、適当に誤魔化しておく。
が、

「そうだよ、いくら僕らが誘っても用事があるからって…」

どうにも誤魔化すのが難しい不二までが近づいてきて、やっかいなことになった。

「たまには、俺らとも遊んでよ」
「だからね、明日の日曜はあけといてね?」

約束だよと
背中に菊丸、右腕に不二と絡まれて、

「明日は…」

薫の合格祈願に行くと約束してたから、どうにか断ろうと周りを見るが、大石と河村は両手を顔の前にあわせてどうにも出来ないと謝っている。
ま、確かにあいつらじゃこうなった二人は止められないよな。
だから俺は、親友であり、俺以外で確実にこの二人を止められる手塚を見たわけなんだが……

「何だ?都合が悪いのか?」

どうやら、既にこの二人と協定を組んでいたらしく、助けてくれそうにはなかった。

「何かあるのか?」

薫のことは誰にも話してないので、親友である手塚ですら知らない。
どうも俺が隠し事をしてるのが手塚には不満ならしく、俺が誤魔化すことを知っていてそんなことを聞いてくる。

「いや、別に何もないよ」

こうなったらもう、俺一人ではどうしようもなく

「じゃあ、決まりな」

嬉しそうにはしゃぐ三人を尻目に、どうやって薫の機嫌を取ろうかと考えていた。
その日、家に帰って着替えてから、家を出る。
向うは、愛しい恋人の家。
明日の約束が果たせなくなってしまった謝罪と、その分を埋め合わせるために、泊まりに行く。
本当は、何もしないで一緒に寝るのは、理性が持ちそうになくて嫌だから、最近は泊まらないようにしてたのだけど。

「…ゴメンな」

薫の部屋に通され、明日、一緒に行けなくなったことを報告する。

「ううん、お兄ちゃんも忙しいから、仕方ないよ」

泣きそうな顔を一生懸命隠そうとして、気丈に振舞う。

「明日の分も一緒にいたいから、泊まってもいい?」

健気な薫がとても愛しくて、ギュッと抱きしめて囁くと

「ほんと?」

とても嬉しそうに顔をあげてくるから、今日はやっぱり理性をフル活動させないとと思った。

「お風呂も一緒に入ろうね」

お母さんに知らせてくる。
と元気よく走っていった薫を見送りながら、俺、今日もつかなと深い溜息を吐いた。


次の日、見事に寝不足な俺。
理由は簡単、据え膳がそれはもう美味しそうに、自分にくっついて寝ていたからだ。
離れようとしても、きっちりと抱きついてくる腕は案外強くて、無理やり、引き剥がそうとしたら、嫌々と駄々を捏ねられて……
はっきり言って拷問だった。
そんなこんなで寝不足の体を引きずって、待ち合わせに遅れないように出ようとするのだが……

「薫、そんな顔しないでくれる?」

玄関先、縋りつくような瞳で見つめられたら、後の不二の報復が怖かろうと、このままここにいてもいいかと思ってしまう。

「離れたくなくなるだろ?」
「じゃ、いてよ…」

よしよしと宥めるように頭を撫でると、腕を掴まれて、動けなくなってしまう。

「俺もいたいけど、そうするとな…」

不二の開眼だけは避けたいんだよな。

「今日、終わったら、また来るから」
「ほんと?」
「本当」
「じゃ、また泊まってくれる?」
「……うん」

もう一日、この拷問を受けるのは辛いが、薫の機嫌を損ねるわけにはいかないから、仕方なく承諾する。
後で覚えてろよ、あの三人。
今から逢う、部活の友人たちにきっちりとこの落とし前をつけるのだけは忘れずに、俺は待ち合わせ場所へ向った。


「また徹夜したのか?」

待ち合わせ場所には、既に皆揃っていて、俺の顔を見るなり手塚の一言。

「まあ、そんなところだ」

まさか、好きな子と一緒に寝てて、手が出せなくて寝れなかったとは言えずに、適当に誤魔化す。
俺の徹夜癖は既に周知の事実だから、誰も疑わないだろう。

「で、どこ行くんだ?」
「んとね、スケートだよん」

スケート…よりにもよって滑りに行くなんて、縁起の悪い。

「何?乾は嫌?」

人の思考を読んだかのようなタイミングで不二が聞いてくる。

「いや、そんなことないぞ」
「そう?」
「あぁ」

全てを見透かしたかのような視線で見つめてくる不二に信じさせるには正面から向き合うしかないから、いつも通りを装う。

「ま、いいや。いこ」

しばらくじっと見つめられていたが、これ以上、詮索しても仕方がないと思ったのか、諦めた不二が俺の腕を取って歩き出す。

「あ、不二、いいな〜」

俺の腕を組んで歩き始めた不二を見た菊丸が、いつものように背中に飛び乗ろうとしたのを察して

「往来ではやめてくれ」

と、先に牽制すれば

「仕方ないにゃ〜」

と言って、俺の左腕に絡まってきた。
おかげで俺は、スケート場までの間、両腕に菊丸と不二をつけて歩くはめになってしまった。
これが薫と葉末君だったら嬉しいんだけどな…

「何か言った?」

とか考えてたら、開眼した不二と目があう。

「いや、何も…」

何で人の思考が読めるんだ?
とか思いながらも、乾いた笑みを漏らす。
悪いが俺は、大切なものは懐深くしまいこむタイプなんだ。
だから、疑われてるのはわかってるけど、この件に関してだけはあの子がうちに入ってくるまではしらばっくれるつもりだ。
スケート場について…
はっきり言って疲れた……
両腕に張り付いていた二人は、スケート場でも延々と張り付いたままで…
実はまだ、この時点では片思いの二人。延々と、大石と河村の話を聞かされる羽目になり、いい加減、鬱陶しくなってきたので

「大石、河村!!」

二人でほのぼのと話してる二人を呼んで、大石に菊丸・河村に不二を渡して逃げ出した。

「…手塚…」

滑れなかったのか…?
スケート靴にも履き替えずに、ベンチに座ってる手塚を見つけて声をかける。

「滑らないのか?」

教えてやろうか?

「そうか?なら、頼む」

一人で滑るつもりは毛頭なかったらしく、これはどう考えても俺が来るのを待ってたんだとわかる。

「おい」

リンクに入ったら、手塚は思いっきり人の腕を掴んでくる。
それじゃ滑りにくいって。

「手塚、両手出して」

一番、教えやすい態勢に変えて、俺は後ろ向きに滑る。

「お前、運動神経はいいんだから、すぐ滑れるって」

言葉通り、少ししてコツを掴んできた手塚が滑れるようになったのを見て、俺が手を離す。

「乾!!」

そして、俺が前を向こうした瞬間…

「…!!」

何故か、前のめりにこけそうになった手塚を咄嗟に支える。
普通、後ろにこけるだろ?

「頼むから、俺の前でこけないでくれよ」

益々、縁起悪くなるだろう…

「何だ?何かこけると問題あるのか?」

手塚も今のは驚いたらしく、俺にしがみついたままで聞いてくる。

「いや…、目の前でこけられたら心配するだろう」
「そうだな、それはすまなかった」
「それより、そろそろ離れないか?」
「…何故だ?」
「いや…」

最もなセリフを吐いてみると、あっさりと納得する手塚。
いい加減、離れてくれないと周りの目が…
と思って、一応、ふってみるが周りの目なんか見えてない手塚。
全然わかってないとわかる返事に、俺は後どれだけ、このお姉さま方の黄色い声援を浴び続ければ自由になれるのだろうかと思い悩む。
本当に、疲れた……
その後も結局、不二と菊丸に捕まってしまい、より一層、嫌な注目を集めてしまった。
こんなことなら、コンタクトにしなければよかった。
そう思わずにはいられない俺だった。
グッタリ疲れた俺の両横には、不二と手塚。背中に菊丸。
最後まで離れなかった三人の相手をしながら、帰路へと向う。
途中、薫と約束していた神社の前を通りかかる。

「俺、ちょっとここに用があるから…」

土産にお守りでも買って帰ろうと、こいつらと別れようとしたら

「いいよ、寄っても」

と、一緒に来てくれるらしい。
ほんと、優しい友達だよ、お前ら…(苦)
どうしようもないので、この格好のまま神社に向う。

「お守り買うの?」
「誰かのプレゼント?」
「親戚にあげるんだよ」
「ふ〜ん、親戚ね」
「あ〜、恋愛成就もあるにゃ〜、乾、買って〜」

俺がお守りを買ってる間に、眺めていた菊丸がそれを見つけて声をあげる。

「何で俺が…、いや、買ってやろう。不二もどうだ?」

言いかけた言葉を飲み込んで、不二と菊丸の分のお守りを購入する。
とっとと上手くいって、俺を解放してくれ。
というのが、この時の俺の本音だった。

「やったー」
「有難う」
「どういう風の吹き回しだ?」
「俺は友達思いなの」
「そうなのか?俺は初めて知ったぞ」
「失礼な奴だな」
「俺は事実を言ったまでだ」
「もう、お前の世話はしないぞ…ん…?」

手塚のマジなボケの相手をしてるとき、微かに視界を掠めた存在。
あれは…?
はっきり見てなかったので確証はないけど、薫だったと思う。

「どうしたの?」

既に周りを見渡しても薫の姿はなく、見間違いだったのかと思う。
不二に心配そうに覗き込まれたから

「知ってる人かなと思っただけだよ」

心配かけないように笑って、事実を話す。

「でも、人違いだったみたいだ」
「そう」
「そう。はい」

何だか、物足りなさそうな不二の言いたいことは理解してるつもりだけど、わざわざ誰かまで教える必要はこの場合ないと思うので、買ったばかりのお守りを渡して、話を逸らす。

「有難う」
「どういたしまして」

丁寧にお礼を述べてくる不二に、俺も菊丸を担いだまま頭をさげる。

「菊丸も不二も、上手くいくよ」

俺が保証するって。
不二と菊丸の頭を掻き混ぜながらそう言ってやると、二人は

「にゃ〜、折角セットした髪が〜」
「もう、ひどいよ乾」

と、文句をいいながら嬉しそうに笑った。
分かれ道で一人、また一人と別れていく。
俺は、明日の用意を取りに一度、家に帰ってから、薫の家に戻った。

「薫?」

薫の部屋に入ると電気が消えていて、とても静かだった。

「もう寝たの?」

寝るにはどう考えても早い時間。
俺は疑問を持ちながら、そっと中に入る。
電気をつけて、中を見回すがそこに薫はいない。

「ん?」

微かな音が聞こえて、俺は耳を澄ます。

「…ック…フ…ゥ…」

泣き声らしいそれに、俺は薫の寝室に入る。

「薫、泣いてるの?」

中には布団に身を投げ出して泣いてる薫の姿。
驚いて急いで近づくと、

「…ヤだよ…」

ギュッと俺にしがみついて、泣き続ける。

「お兄ちゃん…、他の人のとこにいかないで…」

強くしがみついて、したったらずな声で哀願してくる薫に、やはり、神社で見たのが薫なのだと理解できた。

「バカだな、俺が薫以外の奴のところになんか行くわけないだろ」

不二や菊丸を見て、勝手に勘違いしたらしい薫の頭を優しく撫でてやる。

「薫、神社にいただろう?」
「…うん…お兄ちゃん見つけたけど、綺麗な人に囲まれてて…」
「話しかけれなかった?」
「うん」
「話しかけてくれたらよかったのに」

そしたら、薫を俺の恋人だって、自慢できたのにな
ポンポンと軽く背中をあやすように叩くと、ホッとしたのか薫が顔をあげて微笑んでくれた。

「あいつらは、ただの友達だよ」

悪友とかいう言葉がしっくりきそうな…とは心の中でだけで留めておく。
わざわざ、この純粋培養の可愛い恋人にいらない言葉を教える必要はないからだ。

「薫が青学に入ったら、きちんと紹介するからな」

そりゃもうきっちりと、悪い虫がつかないように、先輩も後輩も関係なくね。

「だから、そんな哀しそうな顔するなよな」

柔らかな頬に唇を押し付けて囁くと、くすぐったいのか目を細める。

「お兄ちゃん、大好き」

嬉しそうにはにかんで、薫も俺の頬にキスをくれる。

「俺も薫が大好きだよ」

薫を抱きなおして、俺はその可愛い唇にキスをした。


そして、桜舞う4月

「乾、楽しそう」
「何か、いいことあった?」

部室でジャージに着替えているところに、不二と菊丸に声をかけられる。

「いいことか、そうだな」

無事、青学に合格した薫。
今日は、仮入部一日目。
今頃、コート前で整列させられてるだろう可愛い恋人が、自分を見てどういう反応を見せてくれるかと思うと、心底、楽しくて仕方がない。

「お前ら、あんまり引っ付くなよ」

心配性な恋人が不安にならないように釘を差しておく。

「え〜、何で〜」
「何でも」
「誰かいい人でも出来た?」
「そんなところだ」
「え、誰?誰よ?」
「もうすぐすればわかる」

引っ付いて誰、誰?と煩い菊丸を引き剥がして、部室を出る。

「おお〜、壮観だにゃ〜」

コート前、入ったばかりの新入生が並んでいる。
その前には、大石と河村。
手塚は生徒会の用事で遅れている。

「今年は何人残るかな?」
「さあな」

圧巻な人数に、楽しそうに話しながら、ゆっくりとした歩調で歩く。

「菊丸・不二・乾、遅いぞ」

それぞれ委員会やクラスの用事で遅く来た俺たちに気づいた部長が、呼ぶ。

「スイマセン」

上下関係には厳しい運動部。
三人で顔をあわせて笑ってから

「行くか」

部長の顔を立てるために、俺たちは走り出した。

「こいつらが、二年レギュラーの不二・乾・菊丸だ」

きっちりと予定通りレギュラーの座を勝ち取った俺。
すと視線を動かすと、呆然とした顔で俺を見つめる恋人。
その間抜けな姿があまりにも可愛いので、クスリと笑って、片目を瞑ってみせると、薫はボッと顔を紅くして俯いた。

「ねぇ、乾。あの子?」

きっちりとそれを見ていたらしい不二が耳打ちをしてくる。

「にゃににゃに?」

気になった菊丸が、逆側から俺の腕を引っ張って仲間に入ろうとする。

「後で、ちゃんと紹介するって」

それに苦笑で返して、練習を始めた他のレギュラーたちに習って、俺もコートに向った。

「10分休憩」

練習がひと段落して、部長の声が空に響く。

「乾」
「ねぇ、早く〜」
「何だ?」
「わかった」

終わったとたんに、まとわりついてきた三人を適当にいなして、1年たちが集まって座ってる場所に向う。

「薫」

軽く手をあげて、呼びかけると、気づいた薫がパタパタと走ってくる。

「お兄ちゃん」
「驚いた?」
「うん」

バンダナの上から軽く頭を叩くと、嬉しそうに目を細める。

「ごめんな、黙ってて」

いいとこ見せたかったからさ。

「ううん。驚いたけど、嬉しかった」
「そう?」

素直に嬉しいと言ってくれる薫にホッとする。

「うん。今度、一緒にテニスしようね」
「あぁ、薫の望むままに」

薫の手を引いて、てぐすね引いて待ってる奴らの元に向う。

「お兄ちゃん、強いんだね」
「そんなことないよ」
「でも、二年でレギュラーでしょ」
「うん。でも、上には上がいるからね」

目の前の壁、後に青学ナンバー1・ナンバー2と言われる二人に目を向ける。

「乾、早く」
「休憩終わるじゃにゃいか〜」

俺の視線に気づいた不二が急かす。

「はいはい」

その言葉に、さっきよりも少しだけ歩くスピードを速める。

「君は、確か海堂だったよね?」

俺が薫を連れていくと、大石がさっきの自己紹介で名前を覚えていたのだろう。
ちょっと驚いたような顔で声をかける。
よく見れば、横の河村もどこか複雑そうな表情をしてる。

「どったの、大石?」
「タカさんも?」
「いや、別に…」
((さっきと全然、違うんだけど…))

複雑そうな表情のわけはきっと、薫の表情だろう。
半端じゃないくらい人見知りの激しい薫は、初めてあった人間の前じゃ無茶苦茶、人を睨みつけてるような顔になる。
俺としては、変な虫がつかなくてすむので、それほど気にしてないんだが。
一応、フォローはしておかないと

「この子、人一倍、人見知りが激しいんだよ」

既にレギュラーばっかのとこに連れてこられて緊張してるのか、俺の後ろに隠れてしまった恋人の背をそっと押す。
不安そうに見上げてくる瞳に、大丈夫だよと目で訴えて、おずおずと横に並ぶ薫の手を握る。

「薫、挨拶」
「…海堂 薫っす。よろしくお願いします」

礼儀正しくおじぎをして話す薫に、好感を抱いてくれたようで

「おっ、可愛いにゃ〜」
「ふむ」
「へぇ〜」

中々、いい反応であった。

「で、乾の恋人なの?」

サラッと本題に入る不二に、同級生のメンバーのみならず、周りの先輩レギュラー陣も、離れたとこにいる一般部員たちも耳を澄ます。
この返事次第で、このテニス部での薫の立場が変わるからだ。
何故かは知らないが、俺と不二と手塚は同級生のみならず、先輩方にも怖がれていた。
いくらなんでも、そう簡単に先輩相手に何かしたりはしないのに、ねぇ?
とは、不二の言葉だ。
まあ、そういう理由で、薫が俺にとってのどういう存在かによって、この子の扱いが変わるのは目に見えてる。

「大事な恋人だから、手は出すなよ」

薫のこめかみに唇を寄せて、部員全員に聞こえる声で話す。
一瞬にして静かになった部活。
最後の言葉に込めた空気に、揃って気づいてくれたらしくて有難い。
これで薫に変な虫がつくことはないだろう。
大事な大事な、閉じ込めておきたいくらいに大事な恋人。
閉じ込めることが出来ない以上は、変な虫がつかないように努力するのは当たり前のことだろう?


その後、誰も薫に手を出すことはなく、平和な学校生活を送る。
俺がレギュラーを外れても、舞い戻ってきても、そして
一緒にダブルスを組むようになっても
可愛い恋人は、いつも俺の隣にいる。
それはきっと、これからも変わらない日常だ

Fin