「何でこんな目に…」
今、乾がいるのは海堂の家。
今の乾は小学校入学時の頃の姿。
目の前では瞳をキラキラと輝かしてしゃがみこんで乾を見つめる二対の瞳。
「まあ、可愛いわ〜」
「乾さん、可愛いです」
今にも抱きつきそうな勢いで、うっとりと呟くのは海堂の母と弟の穂摘と葉末。
そう、ここは海堂の家。
「あの…ここまだ玄関ですし…」
うろたえる乾。
ここは海堂の家の玄関。
海堂に拉致された乾は、この海堂の家の玄関前で穂摘さんと葉末にバレてしまい、それからもうかれこれ十分位はこの状態だったのだ。
「まあ、そうね。どうぞ、上がって」
「…お邪魔します」
諦めた乾は大人しく穂摘の後をついていく。
「今の乾さんは僕より小さいですね」
トコトコと歩く乾を見下ろしながら、葉末が嬉しそうに話す。
「何だか、弟が出来たみたいで嬉しいです」
「俺もいつもは葉末君のことそういう風に思っていたよ…」
渇いた笑みを浮かべながら答える乾だった。
「今日は泊まっていくでしょう、乾君」
嬉しそうに訊ねる穂摘。
「いえ…お邪魔ですし…」
「何を言ってんっすか。うちは先輩が泊まっても誰も邪魔だなんて思わないっす」
「そうですよ乾さん。うちの家族は乾さんが泊まるのは大歓迎です」
「そうよ、それにね乾君。その姿でおうちに一人じゃ大変でしょう」
「そ、それは…でも…」
はっきり言えば、乾は帰りたかった。
この家族から逃げ出したかった。
乾がこういう姿になったのは、今回が初めてではない。
乾自身も前に経験があるのでさほど驚きはなく、慣れたものだった。
海堂もその時は一緒に乾の家に泊まっていたから、知っている。
今回も乾が小さくなって驚くよりも、またあの可愛い乾が見れる喜びで一杯だったくらいだ。
だが、今回は海堂は乾の家に泊まれない。
というよりは、今回は海堂の家に乾が泊まりにくるという話しだったのだ。
それを楽しみにしていたのは、海堂の家族。
海堂を乾の家に泊めれて、尚且つ、海堂の家に断りの連絡を入れるという言い訳ができずに、結局、海堂の家に来てしまったのだ。
とは言え、乾は本当はそれが無理なのは百も承知だったので、海堂一人に帰ってもらうつもりだったのだ。
今回のお泊りは完全にお流れ。
海堂も家に帰って、どうしても外せない用事が出来たという理由なら海堂の家族も納得するだろうと思っていたからだ。
だが、それを許さないのが海堂。
この乾、一人残して帰ることなんか出来るわけもなく。
勿論、離れたいなんか思うわけもなく。
嫌がる乾を無理やり、家まで連れてきたのだ。
そういうわけで、乾は帰りたかった。
決してバレたくないから嫌だというわけではない。
いや、それもあるが、それ以上に今のこの状況。
親子三人にキラキラした瞳で見られているこの状況を恐れてのことだった。
一体、俺はこれからどんな目にあうんだ?
それが乾を帰りたいと思わせる原因だった。
これが青学のレギュラー陣などだったら、ふざけるなの一言ですむ。
その後、無理やりされようが、暴れるなり、後日報復するなり出来る。
だが…
だけど、海堂と海堂の家族にそれは出来ない。
海堂は乾にしてみれば可愛い恋人。
その恋人の家族。
自分にとっても大切な人だ。
自分たちの禁忌な関係を知ったうえで、俺の存在を歓迎してくれている。
こんないい人たち、海堂の家族というのもあって、やはり嫌われたくはないから無茶はい
えないし、出来ない。
だから、帰りたい。
このままじゃ、嫌な注文を受けるのは間違いない。
けれど、この人たちに嫌とは言えず、嫌々ながらも俺はそれをする。
それが嫌だから、乾は家に帰りたいのだ。
だが、そんなに海堂の家族は甘くない。
「うちは全然、遠慮なんかしなくていいから、泊まってね」
「……はい」
こんなに可愛い乾を返すつもりなど毛頭なく、穂摘の有無を言わさぬ笑顔の前に乾はこれから起るであろう悪夢を受け入れるしかなかった。
その悪夢は、乾の入浴後に姿を見せた。
入浴の時も葉末と海堂による風呂の入れあい合戦があったが、乾の執り成しにより三人で入ることになった。
入ってからも、兄弟でどっちが乾の頭や体を洗うかで揉めた。
その入浴だけでも、乾は二人の執り成しなどで疲れ果てていた。
「さっさと寝よう」
こうなったらこれ以上、何かが起きる前にさっさと海堂の部屋に篭ろうと海堂を誘って部屋に戻ろうとした乾だったが、この家の人たちはどこまで乾に甘くなかった。
「乾君、それじゃ寝にくいと思うのね」
悪夢の始まりは海堂の母親・穂摘の一言だった。
今の乾の格好はこの家で一番低い葉末のシャツを借りているだけ。
いくら葉末がこの家では一番小さいと言っても、今の姿の乾よりはかなり大きい。
どうあっても、サイズが会わないのは仕方ないだろう。
「それでね、まだ葉末や薫が小さい頃の福があったと思ったから探したのよ」
フフッとうれ嬉しそうに笑う穂摘に嫌な予感が拭えない乾。
「俺はこれでも十分ですが…」
咄嗟にここは断るに限ると思った乾が下手に断りの謝辞を述べようとするが、穂摘の笑顔はそれを許さない。
「探したらね、いいのがあったのよ」
ジャーンと楽しげに出された服。
見た瞬間、目を輝かせる海堂家族…父に息子二人全員だ、と青ざめる乾に誇らしげな母親。
「可愛いでしょう。きっとね、乾君なら似合うと思うの」
「ぜってぇ、似合う」
「流石、ママ。いいものを見つけてきたね」
「うわ、これ可愛いです…」
「あの…その、俺は…」
今、乾の目の前にある着ろと言われているのは、可愛いモーモーパジャマ。
いくら今の乾の姿が子供でも、乾自身に代わりはない。
本人にしてみれば、十五にもなってこんな姿を晒したくはないという思いがある。
だが、この家族にそんな気持ちは通じない。
「嫌なの?」
悲しそうに瞳を潤ます、穂摘。
「似合いますよ」
「サイズのあう服のほうがいいよ」
乾を説得しようとする葉末と飛沫。
そして…
「先輩、諦めてください」
ガシっと乾を掴んで服をはぎ取っていく海堂。
「うわー!!」
この姿では到底適わない乾は、海堂一家の思惑のままにモーモーパジャマを着せられる羽目になった。
「可愛いわー」
「似合いますー」
「ママ、写真どこだったかな?」
「先輩、反則過ぎッス」
モーモーパジャマに身を包み、ふて腐れる乾。
海堂一家は瞳を輝かせてパシャパシャと写真を撮り続ける。
それはもう、乾一人の写真に始まって、それぞれのツーショットに兄弟と乾に両親と乾。
挙句は家族全員でと買ったばかりのデジカメのメモリー全てを使い果たしても飽きることはなく、その都度、一回パソコンに保存しては削除して撮りなおしということまでやっていた。
「帰りたい…」
悲しむ乾を他所に、写真撮影は深夜にまで及んだのだった。
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