「大石って本当、使えないね…」
「不二ぃ!!大石はこれでも、頑張って手塚の抜けた穴を埋めようと一生懸命にゃ!!いくら空回りしてるからって、ひどいにゃ!!」
「英二…」
「凄いっすね、より落としてますよ英二先輩」
「あ、有難う英二。それでも一応、フォローしてくれてるんだよな…」
「英二先輩らしいっつーか、ね、乾せんぱ…グフッ…」
「てめぇは先輩に近づくなと言ってんだろうが!!」
「…取りあえず、俺、帰ってもいいか?」
「「「「「ダメ!!」」」」」
「…やっぱりか…」
清々しい朝
青春学園テニス部部室では、暗黒を纏うもの者二名とそれにより肉体的苦痛を強いられているもの一名に、精神的苦痛を強いられているもの一名。
フォローのつもりが苦痛を増強させているものに、その悪夢のような惨状にオロオロしているもの、無関心なものに、全ての元凶で既にここにいることに嫌気のさしているものが各一名ずつ、清々しい朝には不釣合いな空気の真っ只中にいる。
もう少し詳しく説明すれば、チクチクと皮肉と嫌味の応酬を笑顔で放ち続ける不二に、その攻撃+αの菊丸の邪気のないきつい一言に神経性胃炎を再発させ、胃を押さえながらそれに耐える大石。
そんな大石に助け舟を出したいが、出せずにオロオロしている河村。
全く無関心の越前。
相変わらず小さくなってしまった乾は、既に疲れて家に帰りたそうだ。
そして、その乾を胸元で抱き締めて、近づいてくる桃城を迎撃している海堂に、相も変わらずに乾に飛びつこうとしては撃墜している桃城。
手塚を欠いた青春学園テニス部に緊迫した雰囲気はなく…いや、テニス以外の面では今、現在がまさにその状況といえようが、ともかく、テニスにおいては…全くなく、それ以外の面で頭を悩ませていた。
「不動峰とルドルフまでなら、まだ我慢もしようものの…」
「俺はどっちも我慢ならなかったっす」
「何で、氷帝にまで練習試合を申し込んでるのかな?」
「いや…やはり、氷帝の実力は…」
「大石。今の乾の状況わかってる?」
「わ、わかってる…」
「手塚もいないんだよ」
「あ、ああ」
「なのに、今日、もうすぐしたら彼が来るんだよね」
「…たぶん」
「どうするのさ?」
「いや…その…」
笑顔で開眼という、人の恐怖心を煽るだけの表情で大石に詰め寄る不二を止める者はどこにもいない。
たとえ、河村であろうとも、この状態の不二を止めるのは恐怖でしかなかった。
「俺が帰ればいいんじゃないか?」
「だから、それはダメだって」
「先輩一人に出来るわけないじゃないですか!!」
「いや、一人で大丈夫だから」
「ダメだって、君がいなくなったらもれなく、海堂と桃城が君についていっちゃうんだよ。そうなったら、試合はどうなるの?」
「俺は一人でと…」
「一人にしたら、誰に襲われるかわかんないんじゃないですか!!」
「海堂、それはないから。襲われるなら、実際のこの年の時にそういう目にあってるって」
「それにね、君がいなければどっちにしろ忍足君は君を探しにいなくなるかもしれないでしょ」
「あるかな?」
「ある」
きっぱりと言い切る不二に、乾は渇いた笑みをもらすしかなかった。
今、この緊迫した状況を作っているのは、例に漏れずに小さくなった乾。
それも10歳位の桃城や手塚にうっかり、襲われそうになる年齢だ。
そんな乾を氷帝の忍足に会わせたら…
これ以上、迷惑な奴が増えるのを阻止するためにも、青学レギュラーは小さくなった乾と忍足をどうやって会わせずにすませるかで頭を悩ませていた。
はっきり言えばくだらない悩みだ。
乾が今日の練習を休めばいいだけ。
それが出来ないのがさっきの言い合いにある。
10歳の乾は可愛い。
それはもう女の子に間違えてしまうくらいに。
観賞用としてはこれほど愛でるに相応しいのもないだろう。
そういうわけで、海堂・桃城は別にしても、他のレギュラー…特に不二・菊丸・越前としてもこの乾は傍に置いておきたいわけだ。
そんなわけで、乾を青学テニス部に置いておいたまま、忍足に乾を気付かせない術はないかということで頭を悩ませていた。
乾にしてみれば、何とも傍迷惑な話であった。
ガラリと場所をいれかえて、こちらは青学に向かう途中の氷帝テニス部員。
全員でいけば大人数なので、本日は準・正レギュラーに引退したばっかの元正レギュラーの3年だけだった。
「楽しみやな〜」
浮かれ気分で、今にも踊り出しそうな忍足に、それを見て、心底嫌そうに歩いている跡部。
「おい、長太郎」
「はい?何ですか跡部さん」
「何ですかじゃねぇだろ。何を考えて青学と練習試合なんか組むんだ」
「え?ダメですか〜?」
「ダメに決まってんだろう。みてみろ、あのバカを!!」
現在の部長はどうやら鳳らしい。
まあ後の日吉や樺地ではどうあっても部長に向かいのだから、不思議ではないといえば不思議ではないが。
「忍足さん嬉しいそうですよね〜」
「恥ずかしくないのかお前は!!」
「恥ずかしいんですか?」
「跡部、ちょたにそんなもの期待しても無駄だぜ」
「穴戸、てめぇは恥ずかしくねぇのかよ」
「今更、何を言っても無駄だろうが。それによ、前の試合、あんなんで勝ったとは思ってねぇんだ」
「そうですよね、穴戸さん。今度も是非、乾さんと海堂君と試合したいですよね」
「おうよ。で、今度こそぜってぇ勝つ!!」
ボンボンなのかボケてるだけなのか、ちっとも跡部の怒ってる理由に気付かない鳳に、恥ずかしさよりも再戦に賭ける穴戸。
「向日、お前は…」
「あー、もう、侑士ってば、俺がいるのに〜」
「日吉…」
「ふん、下克上だ!!」
「慈郎は…」
「グー」
「樺地、お前は恥ずかしいよな」
「っす」
「流石は樺地」
向日は忍足が乾にしか視線を向けてないことに腹を立てているから、全く忍足の行動には目もくれずに、日吉は頭の中は下克上で一杯だし、慈郎は相変わらずに立ったままでも寝るという器用な芸当をお披露目しており、跡部は心底、帰りたくなっていた。
ある意味、青学以上の個性の集団氷帝に青学はどういった手段で乾を守るのか!?
「取りあえず、乾はこれ着てvv」
戻って青学テニス部部室。
ニコヤカな声と笑顔で不二が取り出したものは、この青学の女子の制服だった。
「断る。何で俺がそれを着なければいけないんだ」
「そんなの忍足君にバレないようにするために決まってるじゃない」
「それがどうして女装になるんだ」
「だって忍足君は、この頃の乾の姿を知っているでしょ」
「それはそうだけど…」
「だから、この制服を着て、カツラを被って、うちの部の一年マネージャーってことにしておけば、忍足君だって乾の小さい頃に似てるなー位にしか思わないよ」
「そんなことはないと思うぞ」
「そこら辺は僕に任せて貰ったら、適当に誤魔化したげるけど」
「その前に、俺がいなくなれば…」
「それはダメ」
不二の両手にある女子の制服とカツラで、延々と二人で言い合いを続ける不二と乾。
他のレギュラー陣は部内で一番口がたつであろう二人の言い合いに口を挟めないでいた。
「いいから着替えてよ。英二・桃・海堂、手伝って」
「オッケー」
「任せて下さい」
「てめぇは先輩に触んじゃねぇよ」
「桃先輩の代わりに、俺が乾先輩に触ってあげますよ」
「嫌だー」
いつもならレギュラー1の長身を誇る乾でも、今ではレギュラー1の小ささを誇っているために、容易く捕まって着替えさせられた。
「名前どうしようっか」
「乾じゃまずいよね〜」
「貞治だから…」
「貞子は嫌だぞ、絶対に!!」
「そんな安易なネーミングじゃ、バレるしね」
「苗字から全て、別人にしたほうがいいよね」
うっとりと乾を見つめてどっかにいってしまった桃城を放置して進められる会話。
興味なさげな越前は、一人でベンチに座っている乾の隣に座る。
「先輩、そこら辺の女子より可愛いんじゃないんっすか?」
「そんなことはないだろ。竜崎先生のお孫さんや、その友達のお前の親衛隊をしてる子のほうが可愛いよ」
「それのほうがないっすよ」
「決まり!!」
「え?」
「不二?」
「どうしたんだ突然」
「乾、君は今日は越前の双子の妹の越前リョーコちゃん」
「「「「「はぁ?」」」」」
乾と越前が話しているのを見つけた不二が手をポンと叩いて、ビシッと言い切る。
が、その突然の決定に、残りのメンバーは唖然とするばかりだった。
「ほら、そうやってさ二人で並んでるのってさ、お雛様みたいじゃない?」
「そういえば、可愛いにゃ〜」
不二の言葉に、ホワンと2人を眺める菊丸。
「わかる大石?」
「タカさんこそわかる?」
「「わからないよね…」」
まともな大石と河村は、わからないと首を振る。
「どうせなら兄妹より、恋人のほうが」
「ふざけんな!!それなら、別に俺の妹とかでも…」
「それはダメ。侑士には薫に妹がいないことくらいはバレてるよ」
「じゃあ、不二先輩、俺は?」
「桃じゃ海堂がブチ切れるから、却下」
「でもさ、それじゃおチビの妹でも、変わらないんじゃ?」
菊丸の素朴な疑問に、コクコクと大きく首を上下に振る海堂と桃城。
だが、不二は笑みを深くして
「大丈夫。海堂は可愛いのとか綺麗な物好きだから」
と、取り合わない。
「どういうことっすか?」
言われた本人にしてみれば、乾と越前が双子の役なんて不満なのだ。
それを不二に勝手に決められて、不機嫌そうに不二に対峙する。
「ほら、海堂。よく見てよ」
そう言って、不二が指し示すのはベンチに座ったままの越前と乾。
「一対のお人形さんみたいで、愛でたくならない」
「……」
言われるままに、二人をジッと見つめる海堂。
元々、海堂は越前を気に入っている。
乾と越前が兄弟のように仲が良くて、二人で仲良くしてるのは気に入らないが、どうやら越前は乾一人の時は乾を兄として慕っているが、自分も入った場合はどうやら両親として慕ってくれている。
その上、海堂は小さくて可愛いものがとても好きだ。
ポケモンなんて、ついつい毎週火・木とビデオに録画までして見てしまうほどだ。
そんな海堂にとって、自分より小さくて猫科な越前は生意気なとこを差し引いても愛でる分には文句がない。
そんな越前と大好きで大好きで仕方ない乾。
それも小さくて可愛いものが大好きな海堂の好みにピッタリの小さくて可愛い乾。
そろって座ってる姿は確かに不二の言う通りに愛でたくなってしまうもので…
「仕方ないっす。今日はそれで我慢してあげます」
「海堂、顔が言葉を裏切ってるよ…」
「俺にはいつもの機嫌の悪そうな表情にしか見えないっすよ」
「あれは、かなり機嫌いいぞ」
「流石っすね」
不二に了承の意を伝えた海堂に、乾の呆れたような突っ込みとが入っていた。
「海堂の了解も得たことだし。今日の乾は越前の妹のリョーコちゃんに決定」
「名前が安直すぎない?」
「俺の了解はなしなのか…」
「越前のお父さんからして、安直でもおかしくないじゃん」
「そっか」
「それ複雑っす」
「で、越前兄妹はうちの大事なマスコット的存在だから、他校の連中には触れさせてなるものか!!って設定でよろしくね」
周りの突っ込みを無視して、どんどんと勝手に話を作り上げていく不二。
当事者の乾や越前の声は無言で抹消されていた。
「勿論っす、不二先輩。乾先輩…もとい、リョーコちゃんには俺の命に代えても指一本触れさせません」
「その前に、てめぇが触るんじゃねぇ」
堂々と宣言して乾に近づこうとする桃城に、容赦ない海堂の鉄拳が入る。
「今のうちなら、どんだけ触ってもいいけど、氷帝が来たら海堂はあんまり乾に近づいたダメだよ」
「どうしてっすか」
「海堂は乾の恋人だからね。リョーコちゃんに近づいてたら忍足君にバレちゃうよ」
「いいんじゃないか、ある程度なら一緒にいても」
「乾先輩!!」
「侑はこの頃の俺を知ってるから、いくら変装したって、俺に似てる女の子だとは思うだろ…」
「なるほどね。確かに乾に似てる女の子を、乾の顔がモロ好みな海堂がそっけなくしてるのは逆にあやしいか」
「越前にしてる程度のことなら、したほうが逆に怪しまれないと思うぞ」
「じゃあ海堂。越前や弟君を相手にしてる程度のことなら許してあげる」
「っす」
嬉しそうに頷く海堂に、乾は苦笑を隠せなかった。
「これでいつ氷帝が来てもバッチリにゃ」
グッと拳を握って、演説するかのように言い切る菊丸に、心から不安を隠しきれない大石と河村がいたことも事実だった。
「ついたで〜、ハル〜」
「遠い所、わざわざ来てくれて有難う」
「いえ、こちらこそお呼び頂いて有難うございます」
「氷帝は鳳君が部長になったんだね」
「はい」
「引退したのに悪かったね」
「いいんじゃねぇの、体なまっちまうしな」
ハハハハハ…
と渇いた笑みを漏らしながら会話をするのは、青学の良心の大石と河村。
それと鳳と穴戸だけだった。
忍足は青学についた途端に、走って乾を探しに行ってしまったし、慈郎は寝ているし、向日は忍足を追いかけて行き、後の3人は我関せずでいた。
「ハル〜、ハルはどこや〜」
「……スミマセン」
「い、いや…」
「悪ぃな」
「気にしてないよ」
簡単な練習試合の打ち合わせをしようというところに、忍足の大きな声が聞こえて、鳳と穴戸は恥ずかしそうに赤くなりながら、謝罪を口にする。
「てめ〜、忍足。恥ずかしい真似はやめろと言ってるだろうーが」
「本当にすみません」
「いや、本当に気にしてないから」
そして、それに我慢聞かずに堪忍袋の緒を切ってしまった跡部に益々、鳳は恥ずかしくなってしまった。
「景ちゃん、聞いてや。ハルが何処にもおらんねん」
「気になるんなら、叫ぶ前に聞きゃいいだろうが」
「そやな、なあ、ハル何処におんの?なぁ」
「いい加減にしろ、他校の部員、怯えさすんじゃねぇよ」
「なぁってば、それとも何か、俺には言われんっちゅーのか?」
「てめぇ、人の話はちゃんと聞きやがれ」
「本当に何て言っていいのか…」
乾がいないことで取り乱している忍足は、跡部の言葉で傍にいた一般部員の襟を掴んで揺する。
それを見た鳳は、恥ずかしさに縮まってしまっていた。
「早く決めて、さっさと始めて、終らせましょう」
「そうだな、それがいいよな」
「なぁ、忍足じゃねぇけどよ、乾どうしたんだ?」
「あ、乾ね…」
「ハルがなんやてー!!」
「うっせーよ、忍足」
「もう侑士、何で乾ばっか気にすんだよ」
「もういいから、お前ら全員大人しくしやがれ」
「跡部、お前も落ちつけって」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「気にしないで鳳君。うちも変わらないから」
忍足とは違う理由で乾のことが気になった穴戸が、目の前の河村に乾のことをたずねる。
その乾という言葉を聞きつけて忍足が、間に入ってきたことによって、向日・跡部も混ざってきて、その場は軽い混雑に陥った。
「乾なら、今日は休みだよ」
それまで、端のベンチの前にたかっていた河村・大石以外のレギュラー陣。
その中から、用意が終って、ようやく不二がやってきた。
「どういうことや?」
「風邪引いてね、海堂の家で大人しく寝てるよ」
「何で海堂の家なんだ?」
「乾の家、誰もいないからね。大人しく寝かせるためにも、海堂の家に預けてきたの」
「はぁ流石やな。ハルの性格わかっとるな」
不二の言葉に、あっさりと納得する忍足を見て、他の氷帝レギュラーもそんなものかと納得してみる。
「でも、薫ちゃんは来とるんやな〜……ん?」
そう言って、ベンチの前に固まっているレギュラー陣を見る忍足。
そこに何かを見つけたのか、そのまま固まる。
「来てもらわないと試合出来ないからね、だからこそ、乾を海堂の家に預けてきたんじゃない…って聞いてる?」
「不二、落ち着いて」
「あ、あれは…!?ハル〜」
わざわざ忍足の疑問を口にしたというのに、返事もせずに一点を見つめる忍足に、ゆっくりと不二が開眼する。
咄嗟に、不二を落ち着かせようと河村が不二の肩に触れるが、忍足は自分が今、かなりまずい状況にいるのにも気がつかずに、そのままベンチに向かって突進していく。
「うわ、こっち来たよ。桃」
「まっかせて下さい」
「海堂先輩、黙ってて下さいね」
「わかってる」
「帰りたいな…」
ベンチ組は黙って事の成り行きを見守っていたが、忍足が突進してきたことに気付いて、急遽、態勢を整える。
越前と女装している乾はベンチに座り。
桃は2人の前で、迎撃態勢を取り、海堂はベンチ横のフェンスに凭れかかり知らないふりを決めこみ、菊丸は乾の後ろに立ち、桃城が失敗した場合は、そのまま乾を抱き上げる役目を担っている。
「ハル〜!!」
「おっとー」
猪突猛進という言葉がピッタリに飛び込んできた忍足を何とか桃城が、受け止める。
「な、何すんねんな」
「何って、いきなりリョーコちゃんに向かって飛び込んできたから、守っただけっすよ」
「リョーコちゃん、この乾にそっくりな子はリョーコちゃん言うんか?」
桃城の後ろの女装乾を見ながら、忍足は早口に捲し立てる。
「人の妹を、あんなデカい先輩にそっくりなんて言わないで貰えます」
「妹?」
「じゃっじゃんじゃーん、この子は、越前の双子の妹で、うちのマネージャーでマスコット的存在の越前 リョーコちゃん。手を出したら、うちの部員が黙っていないにゃ」
「俺の妹に触らないで下さいね」
そう言って、ギュッと横の乾を抱き締める越前に、成り行きを見守っていた海堂が殺気を漂わせる。
「我慢してね、海堂」
「後で、覚えてろよ。越前…」
突進していった忍足を追ってきた、氷帝レギュラーに不二・大石・河村。
海堂の殺気に気付いた不二が小さく耳打ちする。
「はぁ、それにしてもハルににて、かわええな〜」
「!?」
ベンチの前に座り込んだ忍足は、そのまま乾の顔を覗き込もうとする。
咄嗟に乾は横を向いて、越前の肩に顔を埋める。
「リョーコちゃんは人見知りするから、そんな近くに寄らないでね」
上手いことフォローするように不二がそっと乾と忍足の間に入って、牽制する。
「忍足、周りに迷惑かけんな」
「何やねん、そんなことしとらんわ」
「してんだろうが」
通常の自分の行動はたなにあげて、忍足の暴走っぷりにすっかりとキれている跡部が忍足を蹴倒す。
「まあまあ、とりあえず、いい加減始めないかな?」
氷帝が来てからかれこれもうかなりの時間がたっているのにもかかわらず、試合が始まる感じはしない状況に、胃を押さえながら何とか大石が口を挟む。
「そうですね」
「それにしても残念だよな、乾がいないなんてよう」
「とう待て、穴戸。今、なんか聞き捨てならんことを聞いたんやけど」
「あ?お前と一緒にすんじゃねぇよ、忍足」
「忍足先輩落ち着いて。穴戸さんは乾さん、海堂君のペアとダブルスが出来なくて残念って言ったんですよ」
「そ、そうか、そら悪かったは」
「その点については、乾も残念がってたよ。ね、海堂」
「っす」
穴戸の言葉にキれた忍足は鳳に任せ、不二と海堂が乾の変わりに同意を見せる。
その後ろでリョーコちゃんになった乾が小さく頷いていた。
「じゃあ、始めよ…」
「乾!!乾は無事かー!?」
落ち着いたろこで、大石がもう一度声をかけようとしたが、フェンスの向こうからの声に遮られる。
「手塚にゃあ!?」
「な、何で部長がいるんっすか?」
「おい、手塚は九州に行ったんじゃないのか?」
「そのはずだけど…」
全員が声のするほうを振り向けば、手塚がどんどんと近づいてきていた。
「マズイって」
「先輩逃げましょう」
「桃・海堂。壁になってあげて」
「っす」
「はい」
「薫、後でね」
「すぐに行きます」
「おチビ、乾を頼むにゃ」
「まかせてください」
咄嗟に不二が海堂と桃城を乾を隠す壁にする。
全員が小さな声で、言い合って、珍しいチームワークで乾を逃がそうとする。
「手塚、何でここにおるんや!!」
手塚の乾を関してのライバルとも言える、忍足が手塚の姿を認めて牙をむく。
「貴様が来ると聞いたから、慌てて戻ってきたんだ」
「…誰が?」
手塚の言葉に反応したのは不二で、海堂と桃城が不自然な立ち方・行動をしているのを隠すようにその前にたって、ひっそりと開眼しながら聞き返す。
「大石だ」
「へぇ〜そう」
「大石、逃げたほうがいいよ」
「タカさん」
手塚の答えに、暗雲を撒き散らし始めた不二に気づいて、河村がそっと大石を逃がそうとする。
「大石、君って本当に使えないね」
だが、時既に遅しというか、不二は大石の後ろに立っていた。
「ふ、不二…」
「不二、落ち着いて」
「不二、大石だって悪気があってやったわけじゃないんだよー」
「俺は、部長代理として毎日、部活のことを手塚に連絡する必要が…」
今にも呪い殺しそうな不二に河村と菊丸が間に入る。
「まさか、手塚が戻ってくるなんて…」
大石にしてみれば、部長代理としての責務を果たしただけで、まさか、肩の治療のために九州まで行った手塚が、こんなことで戻ってくるとは思わなかったのだ。
「大石は、手塚のような非常識さは持ってないんだから、仕方ないにゃ」
「君、手塚とは3年の付き合いでしょ。いい加減、手塚のあの傍迷惑でこっちの機嫌だけを悪化させてくれそうな、あの無神経で乾しか見えてない性格くらい見抜けないの」
「不二、それは手塚が…」
可哀相だと河村が言いかけたが
「忍足、貴様、乾をどこにやった」
「どこにもやっとらへんわ」
忍足と乾のことで、本人がいないにも関らずに言い合ってる手塚を見て、河村は口をつぐんだ。
「俺が悪かったよ、不二」
「大石、大丈夫ニャ?保健室行くにゃ」
一日、不二に汗顔され続け、不二の暗雲を一人でずっと浴び続けていた大石の胃はもう限界らしく、大石は菊丸に連れられて保健室に行った。
「今日は、出来なさそうですね」
「ごめんね、わざわざ来てもらったのに」
「いや、こっちこそあのバカが悪かったな」
そして、コートのど真ん中で言い合いを続けている忍足と手塚に、今日はもう試合を出来る状態じゃないと判断した各レギュラーは試合を諦め、残った不二と河村が氷帝レギュラーを見送った。
桃城と海堂は逃げ出した越前と乾を喧嘩しながら追って、既にいなかった。
「さ、今日はもう部活も終りだから」
「お疲れ様」
『お疲れっした』
そして、一般部員たちも帰らせて、2人も海堂たちの後を追っていった。
「ハルはお前のもんちゃうで、手塚」
「貴様ものでは、もっとないわ」
最後に残された手塚と忍足は、既に誰もいなくて暗くなっているのにも気付かずにいつまでも言い合いを続けていた。
いつ終ったのか、誰も知らないらしい…
|