青春学園中等部には校舎を中央に置いた東西南北の4つの寮がある。
その中の一つ、東に造られた「東雲寮」は青春学園テニス部専用の寮であり、本来ならば、入寮は自主性によるこの学園でも、テニス部に在籍するもののみ、全寮制になっていた。
4月、入学式が始まる前に、彼らテニス部に入部予定の新入生たちはこの東雲寮にやってきた。
新入生たちが、良識の人・大石と、外見だけは優しい不二に案内されている間、乾は部室で手塚と話していた。
「あの部屋を一人で使っているのって、俺だけじゃないと思うんだけど…」
「もう一人は三年だろうが、お前は新入生をいきなり最上級生と同室にさせるつもりか」
乾の言葉に呆れたような声を返す手塚。
乾にしてみれば、自分じゃなければ誰でもいいよという気分。
一年の秋、手塚が副部長になってから、同室だった手塚が一人部屋に移り、それ以来、二人部屋を一人で悠々自適に使っていた。
勿論、手塚が抜けた後、三年にも一人で使っているものがいるので、そちらと同室という話もでたのだが、乾の生活習慣が夜型で徹夜も多いため、手塚以外の誰も乾と同室になりたがらなかった。
それに、寝ている間に、変な実験されるのも嫌だし、データを取られるのも遠慮したかったからでもある。
あまりにも個性の強い後輩たちを持ってしまった、一つ上の上級生たちははっきり言って、現、二年の彼らよりも立場が弱かった。
手塚が副部長をしているあたりからも、そこら辺は窺えるだろうが。
そういう訳なので、三年からしてみれば、命令できる立場なはずが、逆に命令されそうな後輩たちと、同室になど誰もなりたくなかったのだ。
そういう理由で、乾は半年ほど、一人でその部屋を使っていた。
だが、今年の新入生の数の都合で、乾の部屋に新入生の一人がくることに決まった。
一年の部屋は四人部屋である。
今年の一年の数を、その数で割ると、困ったことに丁度、一人だけあぶれるのだった。
そのため、その一人をどうしようかと話し合っていたとき、菊丸の提案で、現在、二年で唯一、二人部屋を一人で使っている乾の部屋に入れようということに決まった。
そのため、乾は朝から機嫌が悪く、ずっとこうやって親友である手塚に愚痴っていたのだ。
「折角の、一人暮らしが…」
ハァと大袈裟に溜息を吐く乾を一瞥して、
「何なら、変わってやろうか?」
現在、手塚は副部長のため一人部屋にいる。
「部屋だけなら変わって欲しいけどね」
一人部屋は魅力的だけど、副部長なんてそんな面倒な役職にはつきたくない乾だった。
「なら、諦めろ」
「わかってますよ」
「そろそろ、時間だ」
バックを持って、手塚が部室を出る。
「お前が行かなければ、同室の者は中に入れないだろう」
「へいへい」
面倒臭そうに返事して、のろのろと手塚の後に続いた。
「じゃあ、部屋の説明を始めるね」
その頃、寮のミーティングルームでは、不二と大石が新入生たちに寮の規則を説明していた。
「部屋は、一階に四人部屋、二階に個室タイプの二人部屋、三階には二階の部屋にリビングとミニキッチンがついた二人部屋と、一人部屋があるんだ」
寮の地図と、部屋の見取り図をホワイトボードに張って説明をする大石。
「で、一年が一階に、二年が二階、三年とレギュラーが三階の部屋を割り当てられる」
「一人部屋は、部長と副部長のみになっているから」
ふむふむと真面目に説明を聞く新入生の中には、一年後にはレギュラーになる桃城・海堂の顔もある。
皆、早くあの三階の部屋に行く為にも、頑張ってレギュラーになろうと燃えていた。
「じゃあ、これが部屋割りね。同じ部屋同士で集まって鍵、取りにきてくれる?」
不二が紙を回す。
新入生たちが部屋割りの紙を見て、
「荒井って誰だ?」
「桃城ってどいつ?」
などと、自分の同室の人間を探し始め、部屋の中は一気に騒がしくなった。
そんな中、一人だけ紙面を黙って見つめているものがいた。
「…あの」
ザワザワと四人一組になっていく新入生の中で、一人だけ全く動かなかった生徒が不二と大石の元に歩み寄る。
「うん?」
その少年が誰とも組まずに先輩たちの元に行ったので、好奇心旺盛な一年たちは話すのを止めて、成り行きを見る。
「…俺…」
言いにくそうに口を開く少年に、不二がピンときて
「あっ、君が海堂 薫君?」
と訊ねた。
「はい、そうっすけど」
何で知ってんですか?
そう言いたげな少年の顔に、不二はクスクスと笑みを零す。
「君の名前が載ってないんでしょ?」
「そうです」
渡された紙に、海堂の名前は載ってなかった。
そのため、困惑した海堂は先輩たちに事情を聞きにいったのだ。
もしかしたら、忘れられているのかと……
だが、そうではないような不二の言い方に、何だろうと不思議に思う。
「君はね、事情があって三階の部屋に入ってもらうことになっているんだ」
「え?」
不二が種明かしをするように口を開く。
その口から話された事実に、当事者の海堂のみならず、新入生全員が驚いた、
「実はね…」
大石が、何故、海堂だけが三階の部屋になったのかを、詳しく説明する。
因みに、何故、海堂だったのかと言うと、入部届けを箱の中に入れて、それを乾が一枚引く。
その結果、引かれた入部届けが海堂のだったというだけのことだ。
「まあ、公平なくじ引きな結果なわけだし、狭いながらも同学年の気を使う必要のない子たちと同じ部屋で生活するか、広いけれど、先輩に気を使って生活するかの違いだけだから、どっちもどっちでしょ」
不二の言葉に、新入生たちは一様に頷く。
確かに、あの部屋は魅惑的だが、全く知らない先輩…それもレギュラーの一人と同じ部屋で生活するのは、かなり気を使う。
それならいっそ、狭いながらも同じ学年の友人と騒いで過ごすほうがマシだ。
「…反対ないみたいだね」
自分でなくてよかったと顔に出している一年を見て、ニッコリと笑う。
俺の意見は聞いてくれないんっすね……
既に決定事項として語られた事実に、当事者だけが困っていた。
ま、同学年であろうと、先輩であろうと、人見知りの激しい自分にとっては気を使うのは事実だから、どっちでも構わねぇけど、個室タイプの部屋なのでこっちのほうが楽かもだし……
そう、海堂はいいほうに考えることにした。
「終わった?」
一年たちが鍵を受け取り始めようと不二と大石の元に行こうとしたとき、軽いノックに続いて、長身のレギュラージャージを身につけた、青年が入ってくる。
「丁度いい時間だよ、乾」
底の見えない厚いメガネをかけ、脇にノートを挟んだ青年が大石と不二の隣に来る。
その後ろから、続いてきたのは
「手塚さんだ!!」
新入生たちにとっては雲の上のような存在の、手塚だった。
手塚の登場に一気にどよめく部屋に、手塚以外の三人が苦笑する。
「大人気じゃないか、手塚」
「笑ってあげたら、喜ぶよ?」
この状況を面白がる不二・乾に
「二人とも、手塚を怒らせるなよ」
大石が嗜める。
「…静かにしないか」
低い威圧感のある声が響く。
手塚の発した声に、新入生たちは一様にシンと静まり返る。
「鶴の一声ってやつ」
乾がそれを見て、そう表現した。
「大石、乾の同室の者はどこだ?」
静かになった部屋を見回して、手塚が大石に向き直る。
ここにこの二人がきたのは、乾の同室になる海堂を迎えにきたためだった。
「ああ、彼だよ」
不二の隣で固まっている少年をさす。
「海堂君、あっちの背の高いほうが、君と同室になる乾だよ」
「よろしくな、海堂君…、海堂でいいかな?」
不二が海堂の背中を押して、海堂が自然と一歩前に出る。
自然と向かいあう形になった乾と海堂。
乾が口元を緩めて、手を差し出す。
「あっ…はい。俺は、何でも…、こちらこそよろしくお願いします!!」
差し出された手が見えてなかったのか、あまりに大人びた乾に緊張したのか、物凄い勢いで頭を下げる海堂に、不二・乾の口から忍び笑いが漏れる。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。別に取って食うわけじゃないし」
口元を手で覆って、乾が話す。
「えっ?取って…食う…?」
乾の言葉の意味がわからなかった海堂はキョトンとした顔で乾を見つめている。
((これは、面白いかもしれない…))
海堂の様子を探っていた不二と乾はさらに面白そうに口元を歪めた。
((可哀そうに…))
乾と不二の考えに気づいた手塚と大石は、この少年に振りかかるであろうものに同情を禁じえずにいられなかった。
「じゃ海堂君、後は乾に聞いてね。他の一年たちは、部屋に荷物を置いたら、またここに戻ってきてね」
「はい」
ニコニコ笑顔で説明する不二に新入生たちが元気よく返事を返して、それぞれの部屋へと荷物を持って去っていく。
「見事に騙されてるな」
優しそうな先輩にうっとりしている新入生たちを見て、乾が呟く。
「え?」
最後、乾と同室になった海堂だけが残ったこの部屋、海堂は乾の言葉に不思議そうに乾を見る。
「ここにいる連中を見た目で判断したらひどい目みるから、よく覚えとくといい」
まだ幼さの残る海堂の頭に手を置いて、不二を見る。
「特に、レギュラー陣の個性の強さと言ったら…」
「君に言われたくないけど?」
さっきとは同じ笑顔なはずなのに、どこか冷たさを感じさせる不二の笑顔と声。
言われた乾は何ともないが、横にいた海堂はそれだけで凍りついている。
「うち一番の策士が何を言ってるんだい」
「策士ぶりで言えば、不二に勝てる者などいないよ」
冷たい声に、おどけた口調で返す乾。
どんどんと二人の間に冷気が立ち込めていくのに、
「二人とも、新入生の前でいきなり本性出さないでくれよ…」
頭を抱える大石。
「いい加減にしろ」
唯一、止められる手塚が二人の間に割って入る。
「せめて、新入生たちが慣れるまでは気をつけないか」
「手塚、それも違うと思う」
どこかずれた手塚の物言いに、大石は疲れたような声で突っ込んでみた。
「乾、早く海堂君を部屋に連れて帰ってあげたらどうだい?」
彼もいい加減、疲れているだろうし。
三人の傍で、凍り続けている海堂を哀れに思った大石が、乾に声をかける。
「そうだな。行こうか、海堂」
「…っ、はい…って、持ちます!!」
海堂の荷物を持って、さっさと部屋を出る乾のあとを、正気に戻った海堂が急いで追いかけていった。
「上手くいきそうじゃない」
「全くだ」
そんな二人の様子を眺めながら、未来の青学ナンバー1と2が口を開いた。
「…俺、片付けは苦手でな」
かなり散らかってると思うけど、我慢してくれ。
「……」
今日から住む部屋のドアを、今日から同居人になった乾が開く。
その目の前の惨状に凍りつく海堂。
我慢してくれだと……
綺麗好きな海堂の中の何かが音をたてる。
「…先輩、掃除機どこですか?」
「…へ?…あそこだけど…?」
さっと部屋の隅に放置してある掃除機をさす。
バタン
「えっ、おい、海堂?」
「俺がいいって言うまで、入ってくんな」
大きな音がして部屋のドアが閉められる。
乾がドアを叩きながら、中の海堂を呼ぶときついお達しが飛んできた。
目、据わってたな…
こっちを向いた海堂の目を不意に思い出す。
どうやら、部屋が汚いのは我慢が出来ない性格なんだと、新たな同居人のページにデータを記入していく。
とうとう、最後には敬語まで消えてくれちゃってさ。
部屋のドアに凭れかかって、クックッと面白そうに喉を震わせる。
「…楽しくなりそうだな」
海堂に逢うまでの憂鬱な気分はどこへいったのか、厚いレンズに遮られた眼鏡の奥の瞳は楽しそうに細められていた。
「あれっー、乾じゃん。何してんのさ?」
「鍵なくした?」
隣の部屋から出てきた、菊丸と河村が乾に気づいて声をかける。
「いや、追い出されただけ」
「追い出されたって?」
不思議そうに聞く河村に対し、ピンと来たらしい菊丸が
「わかった、同室になる子っしょ?」
「当たり」
心持ち口を緩めて話す乾に、二人は珍しいものを見た気分になっていた。
「乾、その子のこと気に入った?」
「どうだろうね」
ワクワクとした気分で訊ねてくる菊丸に、乾は曖昧な返事を返す。
まだ、決め付けるにはデータが足りない。
印象は悪くないし、取り敢えず、追い出してやろうという気もなくなった。
ただ、それでも今のところはだが…
バン!!
「すいませんっした」
勢いよくドアが開いて、乾を追い出した後輩が出てきた。
「ちょ、海堂」
出てきた途端、土下座をして謝る海堂に乾と一緒にいた河村、菊丸の三人が驚く。
「俺、先輩追い出したりして」
「いいよ、あれは俺が悪かったんだし」
「いえ、どんな理由であれ、先輩を追い出した上に、思いっきり命令までした俺が悪いんですから、殴るなりなんなりしてもらって結構です」
強い瞳を隠すようにキュッと目を瞑って顔をあげる海堂。
さて、どうしようか…
ふむ…、こうして見ると中々、可愛いじゃないか。
意志の強そうな瞳が印象的だったけど、こうしてそれが隠れるとまだ残る幼さが目立つ。
これは…
「乾、まさか殴ったりしないよね?」
乾がジッと海堂を観察しているのが心配になった河村が声をかける。
気に入った人間には甘いし、優しいくせに、気に入らない人間には容赦がない、この乾という男は、それを河村は知っているので気になったのだろう。
「わかった、じゃ、遠慮なく…」
乾がしゃがみこみ、手を海堂に伸ばす。
「乾!!」
慌てた二人が止めに入ろうとするが、
「…っ」
乾の思わぬ行動に呆然と突っ立ってしまう。
「なっ…、何…?」
そして、された海堂も大きな瞳を見開いて、手で口元を覆って、乾をボーッと見つめている。
「何って、キスだけど?」
そんな中、一人普通な乾がシレッと答える。
そう、乾は海堂の頬に触れ、触れるだけのキスをきっちりと唇にしたのだった。
「そうっすけど…、いや、そうじゃなくて…」
突然の出来事に、しどろもどろになりながら手をバタつかせて話す海堂。
顔はもう、どうしようもないくらい真っ赤に染まっている。
「…やっぱ、可愛いな」
「えっ、そ、その…あのう…」
海堂の様子を見ていた乾がとうとう堪えきれずに吹き出す。
海堂の肩に頭を置いて、声を出して腹を抱えて笑う乾に、海堂はどうしていいのかわからずに後ろの二人を見上げるが、その二人は、珍しい乾の姿に凍り付いていて、海堂は自分の肩に頭を乗せて笑い続けている人に声をかけた。
俺、そんなに笑われるようなことしたかな?
しかも、キスされて、可愛いって言われて……
どっちも初めての海堂の頭は完全に混乱をきたしていた。
だからこそ、男にキスされたという事実ではなく、笑われているという事実に重点が置かれてるのかもしれないのだが。
「いや、ごめん。海堂の反応があんまりにも可愛いからさ」
喉を震わせながら謝る乾に、
「そんなこと言われても、嬉しくないっす」
まだ笑ってるし。
ムスッとした表情で海堂が答えた。
「そうか?そりゃ悪かったな」
ようやく笑いを収めた乾が海堂の頭をポンポンと叩く。
「さてと、こんなとこで話ししててもなんだし、部屋に入ろうか」
じゃあなと菊丸、河村に手を振って、へたり込んでいる海堂を抱き上げて、部屋に入っていった。
「俺、乾があんなに笑うの初めて見たにゃ」
「俺も、よっぽど気に入ったんだね」
取り残された二人は、顔を見合わせて、これからの彼らに片や心配を、もう片方は楽しみを見つけていた。
「凄い、手塚がいた頃に戻ったようだな」
一歩部屋に入ると、そこは別世界。
さっきまでのゴチャゴチャした部屋とは違い、綺麗に片付けられた部屋に、乾が感嘆の声をあげる。
「…手塚さん、ここにいたんですか?」
「そう、副部長になるまではね」
副部長になると自動的に一人部屋に変わるから。
「それ以来、一人で使ってたからさ」
掃除だけは嫌いな乾の部屋は、見事に散らかっていた。
「君の部屋はこっちね」
初めから備え付けられてあるもの以外は何もない部屋に通される。
「片付けたら出といで」
一言、そう言って乾は海堂の部屋を出る。
一人になった海堂は床に正座して、一息つく。
今日から、ここで暮らすんだな。
今まで、色んなことがあって、ようやく海堂はここにいることを実感できた。
それほど多くない荷物を、テキパキと要領よく片付けていく。
「乾先輩か…」
ちょっと変わっているけど、いい人みたいで、彼となら何とかやっていけそうな予感に安心する。
元来、人見知りが激しくて、不器用な海堂は人付き合いが苦手だった。
そんな彼が寮生活を始めることになったのだから、彼の家族はかなり心配していた。
そして、本人も……
「はぁ〜」
片づけを終えて、ベッドに体を投げ出して盛大な溜息を吐く。
自分が回りに合わせられないタイプだということも、誤解されやすいということも理解している海堂は、不安と緊張の連続だった。
ようやく一人になって落ち着く。
「可愛い…?」
初めて言われたソレを思い出す。
やっぱりかなり変かもしれない。
無愛想でいつも人を睨んでいるような自分を可愛いなんて言う人がいるなんて思いもよらなかった。
しかも……
「!!」
俺、キスされてなかったか?
思い出した行為に唇に触れる。
ほんの一瞬の接触だったけど、確かにその感触は残っていて……
「どうしよう」
火がついたように紅くなる顔を持て余しながら、どうしていいのかわからずに戸惑う。
俺、ファーストキスだったんだよな。
それが男となんて…
別に女の子に興味があるわけでもなく、今はテニスしか見えてないわけだけど、それでも少しはショックかな…?
ただ、気持ち悪いとかは思わなかったけど。
「片付いた?」
唇に触れた、乾の唇の感触を思い出しているところに、ドアをノックする音ともに乾が顔を出す。
「あっ…、わぁ…っ」
何だか、イケナイ現場を見られた子供のように思い切り驚いてしまった海堂は、勢いよくベッドから落ちてしまう。
「お前、何やってんの?」
「スンマセン」
あきれたような声とともに差し出された手に、謝りながら捕まると、何の抵抗もなく起される。
「コーヒー淹れたから、おいで」
そのまま手を引っ張ってリビングに連れていかれる海堂。
顔はやっぱり朱に染まっていた。
「海堂は、カフェオレのほうがいいかな?」
「はい」
ソファに座らされて、聞かれたことに答えていく。
その間、乾はミニキッチンの前で、コーヒーをカップに注いでいる。
手伝ったほうがいいのだろうと立とうとしたら、
「疲れてるだろう」
これ持って、大人しくしてなさい。
と、どこから出されたのか、くまのプーさんのぬいぐるみを渡された。
仕方ないので、それを抱きしめて顎をのっけて、乾のほうを見る。
慣れた手際で、コーヒーを淹れる姿はかなり様になっていて、
格好いいな…
とても一つ上には見えないよな。
と、感心したように見つめていた、
「はい、海堂」
ミルクたっぷりのカフェオレを手渡して、乾は海堂の横に腰を降ろす。
「有難うございます」
抱きしめていたぬいぐるみを横において、それを受け取る。
「熱いから、気をつけてな」
「はい」
フーフーと息を吹きかけて冷まし、一口飲んでみる。
「…美味い」
体に染みる暖かさと喉を満たす味に満足そうな声を出す。
「そっか、有難う」
その呟きを耳にした乾が優しい笑みを見せ、海堂の頭をクシャリと撫でる。
「…いえ、こちらこそ」
トクンと一つ鳴る心を不思議に思いながらも、乾につられるようにはにかむように笑った。
おっ、これは…
緊張のせいか、本来のものかずっと笑ってなかった海堂の笑みを始めて見た乾。
かなり可愛いかも
海堂の幼い笑顔に、跳ねる心臓を不可解に思いながらその笑顔を受け止めた。
どこか予感めいた感情を持て余しながら、二人の同居生活は幕をあけた。
一緒に生活を始めると、徐々にお互いのことを知り始めていく機会が増えていく。
海堂は、練習熱心な真面目な部員で、クラブでも決して手を抜くことはなく、またそれなりの実力を持っているので、桃城とともに注目を浴びた。
また、その桃城との仲の悪さも注目を浴びていた。
その度に、二人は校庭を走らされて、
「相変わらずだね」
海堂はいつも乾に苦笑されながら、手当てを受けていた。
「だって、あいつが…」
それに海堂はボソボソと反論するが、
「海堂は少し、我慢することも覚えないとね」
そう言われて、頭を優しく撫でられてしまうから、何も言えなくなっていた。
「乾、夕食の時間だ」
トントンとノックの音がして、ドアが開く。
隣の部屋の手塚が乾と海堂を誘いにきたのだ。
乾は何かに集中すると時間を忘れるクセがある。
そのため、ご飯を食いっぱぐれることもしばしばあったために、手塚はこうして毎日、乾を誘いに来ていたのだ。
そして、習慣になったそれは、海堂がここに来てからも続けられていた。
「わかった」
手当てをしてもらって、乾と手塚とともに食堂へと向かう。
乾と同室になって、海堂は手塚と接する機会が多くて、他の一年たちに羨ましがられていた。
乾と手塚の半歩後ろを歩きながら、二人を見つめる。
彼らが親友と言われる仲であることを知ったのは、寮にきたその日のうちだった。
当たり前のように乾の部屋にやってきてくつろぐ手塚を見たときは、心底驚いたけど、こうやって二人で話しているのを見ると、空気が違い、お互いに飾ることなく付き合ってることが海堂にも簡単に理解できた。
「お〜い、乾・手塚こっち〜」
そして、彼ら二年レギュラーたちがかなり仲がいいことも知った。
こうやって、当たり前のように来てないメンバーの分の席も確保している彼ら。
今まで自分が体験したことのない生活は海堂に新鮮な感動を与えた。
それに、
「海堂、何してんの?」
早く座れって。
たぶんこの人たちの中心にいる乾がこうやって、自分に構ってくるのがほんの少しの優越感をもたらしていた。
奇跡に近い確率で、この人の同室になれた。
その偶然に感謝を込めて……
今日も自然と彼を目で追う。
一緒に暮らして気づいたけど、海堂の練習熱心は何も部活においてだけではない。
朝と夜に行われる自主練。
俺が寝てる間と、部活後の後片付けの後に行っているので、俺に気づかれてると思ってないらしいが、そんなものは見ればわかる。
自主練自体は問題ない。
強くなりたい気持ちは理解できるし、練習もせずに強い奴を妬む馬鹿な連中よりもよっぽど好感を持てる。
ただ…
「過度の運動は、毒なだけだぞ」
教室の窓から、コートの近くで熱心に練習している同居人を見つめる。
ここ最近、取り続けたデータを見る限り、どう考えてもオーバーワークでしかないそれにどうしたものかと思う。
このままじゃ、強くなる前に壊れてしまうのは目に見えてるから。
止めなくてはいけない。
きっと気の強いあの後輩は、体全体で嫌がりながら反論できずに人を睨みつけるんだろうと予測できる。
「やれやれ…」
ほんと、手のかかる後輩だな。
溜息混じりに呟いて、乾は教室を後にした。
乾が寮に戻って一時間が経過して、ようやく海堂が戻ってくる。
「お疲れ」
「…っす」
いつも通りに挨拶して、いつ話を切り出そうかと考える。
その間に海堂は着替えを終えて、リビングにやってくる。
「どうかしました?」
ヒョコッと乾の前に来て、顔を覗き込む海堂。
「うん…あのな…」
きっかけが自分から来てくれたので、このまま切り出そうと言いよどむ。
「はい?」
いつもはっきり言う乾が言いよどむから、海堂は何を言われるのかと身構える。
「海堂さ、自主練してるだろう」
「そうっすけど」
知ってたんですか?
そう言いたげな声に、苦笑する。
「あれな、悪いことは言わないから、止めたほうがいい」
あれは君の体にはよくないから。
乾の言葉に見る見るうちに表情が変わっていく海堂。
「どうして?」
どうして、そんなこと言うの?
俺は、誰よりも強くなりたくて、早くレギュラーになりたくて……
早くあなたに近づきたくて、認めてもらいたくて、頑張ってるのに。
「何で、あんたにそんなこと言われなくちゃ、いけないんだよ」
誰よりも認めてもらいたかったのに。
頑張れよって、言われたかったのに……
悔しくて、哀しくて、自然と涙が零れた。
「海堂、話を聞けって」
涙を零しながら叫ぶ海堂に焦りながらも、乾が海堂に手を伸ばす。
バシッ!!
乾の伸ばした手が、海堂の髪に触れる直前、海堂の手に叩き落される。
「何を聞けって言うんだよ。俺がどんな気持ちで頑張ってるかもしらないくせに」
もう何を言っているのかも、海堂本人は理解していない。
ただ、乾に否定された事実だけが重くのしかかって……
「違う、海堂。俺が言いたいのは…」
「あんたの話しなんか、聞きたくねぇ!!」
乾の声に被さるように叫んで、部屋を出て行く。
「海堂!!」
慌てた乾が後を追いかけようと部屋を出る。
「どうかしたのか?」
隣の部屋の騒ぎを聞きつけた手塚に声をかけられて、足を止める乾。
「喧嘩したの?」
もう片方の隣の部屋からも、不二と河村が心配そうに顔を出す。
「いや、俺が一方的に怒らせただけ」
駆け下りていった、今はもう誰もいない螺旋階段を見つめながら、苦笑交じりに呟く。
「乾は、もう少し考えてしゃべったほうがいいよ」
思ったことをそのまま口にしてしまうことあるから。
「そうだな」
不二の忠告に全くだと頷く。
「夕食はとっといてやるから、門限までには見つけて来い」
「サンキュ、手塚」
溜息交じりの手塚の言葉を受け取って、乾は海堂を探すために階段を下りていった。
「ちゃんと、誤解はといてあげるんだよ」
「わかってるって」
廊下から自分に向かって声をかける不二に手を振って答える。
あの子がいそうな場所なんか、一つしかない。
そう確信して、乾は寮を出て学校へと向かった。
やっぱりね。
テニスコートの真ん中に立って、空を見上げている海堂。
頭冷やしてるつもりかねぇ?
いくら暖かくなってきたといっても、夜にランニング一枚じゃ寒いだろうに。
頭が冷える前に、体が冷えるな。
そう判断して、乾は足音を忍ばせて海堂に近づく。
「そのままじゃ、風邪引くよ」
自分が着ていた上着を海堂にかけ、後ろから抱きすくめる。
「こんなに冷えて」
冷たくかじかんだ手を握りしめ、体温を分ける。
「さっきは悪かった」
乾の腕の中で、凍り付いている海堂に謝る。
絶対に、この誤解だけは解く必要があったから。
「止めさせようとしたんじゃないんだ」
練習をすることを悪いなどと言うつもりはない。
ただ…
「やりすぎるなと言いたかったんだ」
お前の体が心配だから。
「過剰な運動は、体に大きな負担を与える」
わかっていながら、体を壊すような真似はさせられなかった。
「…先輩…」
ゆっくりと心に染み渡る乾の言葉に、一度は収まった涙がまた溢れそうになる。
「誤解させるような言い方で、悪かった」
泣かせるつもりじゃなかったんだよ。
「そんな…、俺こそ勝手に誤解して」
真剣に自分のことを心配してくれた人に、自分がした仕打ちはとてもひどいものなのに、この人は、俺を責めようともせずに、逆に悪かったって言ってくる。
「すみませんした」
本当にこの人にはかなわない。
心の広さとか、懐の深さとか、きっとこの人にかなう人なんていないんじゃないだろうか。
「いいよ、これからは無理しないよな?」
「はい」
心配をかけたくないから、海堂は素直に頷いた。
「じゃ、帰ろうか」
手塚や不二や河村が、きっと食堂で俺たちの帰りを待ってるだろうから。
海堂の体を離して、手を重ねて二人の部屋へと帰路につく。
玄関先で待っていた菊丸に抱きつかれ、他の二年レギュラーたちから心配したと声をかけられ、恐縮しながらも嬉しそうにはにかみ、
「あーっ、かおちゃんって笑ったら可愛い」
と、夕食の間中、海堂は菊丸に抱きつかれていた。
夕食も終わり、無理やり菊丸を引き剥がして部屋に戻った乾と海堂。
「海堂、お湯入ってるから、ゆっくりとつかってきなさい」
さっきまで外にいたために冷えている海堂の体を心配して、海堂を浴室へ押し込める。
「ちゃんと、体の芯までぬくもるんだぞ」
パジャマとバスタオルを手渡す。
「風呂は、心身ともに疲れを癒してくれるから」
「…っす」
言われるままに、海堂はお風呂に入った。
「ちゃんと温まったみたいだね」
ホクホクとあったかそうな湯気を立てて出てきた海堂を手招きする。
「キチンと髪拭かないと風邪引くでしょ」
ソファの前に海堂を座らせ、自分はその真後ろのソファに座って、海堂の肩にかかっているタオルを掴んで髪を拭き始める。
水分を綺麗にふき取って、さっと手で髪を整える。
「よっと…」
「わっ…」
タオルをテーブルの上にポンと置くと、ムッとした感じで海堂に睨まれる乾だが、笑ってそれを誤魔化して、海堂の両脇に手を差し入れて、ひょいと持ち上げて隣に座らせる。
「なっ、何すんですか?」
横に座らせると、今度は海堂の足を持ち上げて、自分の足の上に置く。
驚いた海堂が声をあげると、
「マッサージ」
お前、むちゃくちゃ筋肉張ってるからな。
と、端的な答えが返ってくる。
「俺、上手いから任せろよ」
安心させるように笑って、海堂の足に触れる。
何も言わなくなった海堂を一瞥して、乾がマッサージを始める。
ふくらはぎのあたりを丹念に揉み解し、丁寧な手つきで上へと上がってくる。
「……」
ふくらはぎから太股へと伸びた手が優しく撫でるように動く。
「やっ…」
真っ赤な顔をしながら手で口元を覆って黙っていた海堂が、乾の手が内股の付け根を強く指で押し上げた途端、小さな声を漏らす。
「え?」
「あっ、な…何でもないっす」
驚いたように顔をあげた乾と視線がかみ合ったような気がして、咄嗟に視線を逸らせる。
自分でもやけに甘い声をあげてしまった事実に頬が赤くなっていく海堂。
「可愛い声出して…」
面白そうに顔を海堂に近づける。
「…感じた?」
そっと海堂の頬に手を添えて、こっちを向かせて視線を絡める。
「〜〜〜〜〜っ」
正面から顔を覗き込まれて、海堂の羞恥が強まる。
「恥ずかしい?」
絡めとられた視線を外すことも出来なくて、言われた言葉に尚、羞恥は募るばかり。
スッと空気が震える。
乾の手が彼の顔に伸び、いつも素顔を隠している眼鏡を外す。
きっと熱くなっているだろう額に、乾の額がつけられる。
「ねぇ、どうせなら…」
吐息が触れるほどの距離で、乾が囁く。
その声はいつもよりも、どこか低く、そして甘く……
「もっと、気持ちいいことしようか?」
遮るもののない瞳と、その声に否定することなどなく、海堂の頭が小さく動いた。
上下に揺れたそれは、肯定の合図。
「ふっ…ん…」
額が離れたと同時に唇が重なる。
乾の舌が海堂の唇をなぞる。
その感触に薄く開いた唇の合間から、乾の舌が口内に忍び込んできた。
怯えるように隠れる舌を誘いだして、絡める。
初めて教えられる深い口吻に、海堂の腕が縋るように乾の首にまわる。
「は…っあ…」
思う様に乾に口内を犯されて、離される。
酸素不足に陥っていた海堂は、大きく息を吸い込む。
乾にされたキスに、力を失った体をソファに預けて、焦点の定まらない瞳で乾を見上げる。
「いい顔するねぇ」
ゾクゾクしてくるよ。
濡れた唇を隠すことなく見せ付けて、潤んだ瞳で見つめてくる海堂の姿に口角を上げる。
「もっと、いい顔見せてくれよ」
「はぁっ…ん…」
海堂の耳元で囁いて、柔らかな耳に噛み付く。
やんわりと噛んで、なぞるように舌を這わせる。
それに反応したように、吐息に近い声が海堂の口から漏れる。
「んっ…ふ…」
フッと耳に息を吹きかけて、舌を差し込む。
ビクッと海堂の体が震える。
右手を口元に持っていき、曲げた人差し指の関節を噛んで、堪えるようにフイッと顔を右に背ける。
「…ここ、弱いんだ」
楽しそうな瞳が海堂を捕らえる。
「だめだよ」
海堂の右手を掴み、口から離す。
「ここはどうなんだろうね?」
クスクスと笑いながら、服の中に手を忍ばせる。
「あっ…ぁ…」
胸の飾りを引掻くように爪でつつく。
そのまま指の腹で押しつぶすように捏ねると、海堂の口から意味の成さない声が断続的に漏れる。
「ここも、いいんだ」
口元に笑みを敷いたまま、呟いた乾が顔をそこに近づける。
「やあっ…あ…あぁ…」
指で弄ってないほうを口に含み、舌で押しつぶす。
つついたり、押したりを繰り返しながら、時折、歯をたてずに噛み付く。
乾の舌が動くたび、海堂の口から嬌声が漏れる。
海堂が舌で遊ばれている感覚に意識を集中している間に、乾の手が下肢へ伸びる。
「んあっ…や…ぁ…」
スルッと熱を持ち始めたソコをハーフパンツの上から撫で上げる。
顕著な反応を返した海堂を見てほくそ笑み、乾は慣れた手つきで海堂の下肢から服を剥ぎ取っていく。
海堂自身をじかに触れる。
「やっ…な…っでぇ…」
純粋培養の中で育てられたせいか、性の知識が全くない海堂にとって、男女間のセックスはおろか、男同士のなんて知るはずもなく、乾にもたらされる感覚と自分の身に起こっている事態に戸惑い、涙が溢れる。
「海堂?」
ポロポロと泣き始める海堂をあやすように髪を梳く。
「…何で、そんなとこ…触る…すか?」
どうして、そんなとこ触られて気持ちいいの?
俺、おかしいんじゃ…
全く知識がないために、乾に触られ感じてしまう自分がどこかおかしいのではと不安な海堂。
そのことに気づいた乾が苦笑する。
「海堂、おかしくないんだよ」
ここを触られたら誰だってこうなるから。
「だからさ、素直に俺の与えるものだけに従っていればいい」
言い聞かすように、それでいて決して有無を言わさぬ口調で囁いて、先ほどの続きを始める。
「感じるままに声あげて」
「あ…あぁっ……」
乾の手が緩やかに動き始める。
耳元で命令すると、海堂が言われるままに声をあげる。
指を括れに合わせるように這わして、ゆっくりと海堂の精神がついていけるペースで追い上げる。
乾の言葉に従うように、与えられる快楽に身も心も任せて、素直に甘い声をあげ続ける海堂。
「ひっ…ああぁっ…ぁ…」
先端を指の腹で強く擦られて、悲鳴に似た声があがる。
さっきまでとは違う強い快感に、残っていた理性が霧散する。
「海堂、気持ちいいだろ?」
「ん…い…」
「もっと、気持ちよくしてやるよ」
内股の付け根に強く唇を押し当てて、所有の痕をつける。
チリッとした痛みに、海堂の眉が寄るが、すぐに乾の次の行為に流される。
「っああ…あ・やあっぁ…」
紅い花弁を散らしたあと、海堂を口に含む。
一度、根元まで深く銜えて、筋を辿るように歯をたてる。
先端を舌でつつくと、透明な雫がポロポロと出てくる。
ひっきりなしに、流されるままに泣き続ける海堂を満足そうに眺めながら、最後を望み始めた海堂のために、導いてやった。
「ど?よかったでしょ」
海堂が吐き出したものを全て飲み込んで、顔をあげる。
「今のが、イくって言うんだよ」
荒い息を吐いて、ボケッと放心状態で見つめてくる海堂に優しく笑いかけて、乾が教える。
「イく…?」
「そう」
「何か…よくわかんないけど…すっげ、気持ちよかった」
まだ性に対しての知識が人並み以下なうえに、いかされたばかりで思考の定まらない状態なために素直に思ったことを口にする。
「そう、じゃあまたしてあげるよ」
海堂の様子に微笑みながら、柔らかい髪に指を絡める。
「…ウス」
「でさ、続きしていいかな?」
本当は、ここで止めとくつもりだったけど、海堂の様子を見ていたら我慢が出来なくなってきた乾。
俺も、まだまだ若いな〜なんて、ジジくさいセリフを吐きながら海堂の耳元で囁く。
「続き?」
それが何を意味するかわからない海堂は、不思議そうに、でも少し興味がありそうな声を出す。
「うん。ちょっと痛いかもしれないけど、さっきよりも気持ちいいよ」
「痛いんすか?」
痛いと聞かされて、少し逃げ腰になる海堂。
「でも、なるべく痛くないようにするからさ。ダメ?」
宥めるように、頬にキスを繰り返しながら問う。
「…ダメ…じゃない」
擽ったそうに身を捩りながら、海堂が答える。
それを聞いて、乾が海堂を抱き上げ、自分の部屋に連れていった。
ゆっくりと意識が覚醒する。
うっすらと開いた視線が捉えたのは見覚えのある、どこか違和感のある天井。
いつも見ているものとは、逆の気がする…
ぼんやりとそんなことを思いながら、ゆっくりと体を横に向ける。
「…っ!!」
ズキッと腰に響く痛みに顔を顰める。
向いた先に見えるのはいつもなら自分の机なのに、何故か今見えるのは人の背中。
その向こうに見えるのは壁で、どうやら自分の部屋とは正反対の配置の部屋…
「部屋??」
思わず、飛び起き、また腰に響いた痛みに、そのまま前のめりになる。
「海堂?」
そんな様子の海堂に、隣で寝ていた乾が声をかける。
「あっ…」
乾の声で、昨夜、自分と乾が何をしたかを思い出した海堂。
顔がすごく熱くなっていく。
そうだ、俺、昨日この人と……
流石に疎い海堂でも、最後までされては、あれがどう言うものなのか、理解できる。
あれが俗に言う、セックスなのだと。
「大丈夫か?」
目を擦りながら、心配そうに海堂の顔を覗き込む。
「う…あ、はい…」
乾に覗き込まれて、顔が赤くなる。
昨日の今日で、どうしてこの人はこんなに平然としているんだろうか。
「無理、するなよ」
この行為が相手にどれだけの負担をかけるか、知っている乾が海堂を気遣うが、どこか鈍いらしい彼は海堂の体ばかりを気遣って、全然、海堂の精神面を気遣ってなかった。
「…ッス」
乾に心配そうに見つめられて、どんどん恥ずかしさが募っていく海堂。
とうとう耐え切れずに、バッとシーツを被り、顔を隠してしまう。
「海堂?」
突然、隠れだした海堂の真意がわからずに、乾が不思議そうに問う。
何で、わかんないんだよ…
「どうしたんだ?」
心底わからなさそうな乾の声に、海堂が諦めたようにそっと目元までシーツを下げる。
「海堂、俺何かした?」
目だけでも出してくれた海堂に、ホッとした様子で乾が聞く。
「…何も…」
先輩は何もしてない。
ただ、単に俺が恥ずかしいだけで…
「じゃあ、どうして隠れるんだ?」
海堂の顔の横に手をついて、上から覗き込む。
正面に乾の素顔があって、海堂の頬が赤くなる。
「…反則だ…」
いきなり、素顔で見下ろすなんて…
同じ部屋でも、そう滅多に見れない乾の素顔は、半端じゃないくらい美形で、しかもどうやら海堂の好みの顔立ちらしく、海堂は乾の素顔が好きだった。
そんな乾が困ったような表情で自分を覗き込んでくれば、海堂はもう誤魔化すことも出来ない。
「……恥ずかしい……」
視線をすっと逸らして、ポツッと呟く。
「へ?」
思わず間抜けな声を出して聞き返す乾に
「恥ずかしいんだよ」
キッと睨みながら叫ぶと、また海堂はシーツを頭まで被ってしまう。
「あ?ああ、そっか、ゴメン」
ギュッとシーツを握り締める海堂の両手に手を重ねて、ゆっくりとはがしていく。
「俺が悪かった。だからさ、隠れてないで出てきてよ」
そっとシーツを下ろし、海堂の額に口吻る。
「…先輩…」
そのまま頬や鼻筋、唇とキスの雨を降らせる乾に声をかける。
「ん?」
「どうして、こんなこと…」
これは愛し合っている男女がする行為で、自分と先輩がそういう関係なわけではないし、自分たちは男同士だ。
決して、自分たちがするような行為ではなかったはず。
「したかったから」
けれど、乾はサラッとそれだけ呟く。
でも、その答えは海堂には不満な答えで、ムッと口を尖らせる。
「不満そうだね」
それに気づいた乾が苦笑いを浮かべる。
「好きだからだって、そう言えば、満足?」
乾の言葉に、少し考えてから、海堂は首を横に振る。
「でしょ。俺はね、海堂のこと好きだよ」
それは本当。
自分でも信じられないくらいに、心を許している。
「でもね、それがどういった感情から起因するかはわからないんだ」
友達に持つ感情ではない。
後輩を可愛がるというのとも違う。
だからといって、恋愛感情かと問われても、どこか違う気がする。
「今のとこ、わかってるのは、俺にとって海堂は特別な存在だってことだけ」
俺の言いたいことわかる?
不安そうに訊ねると、海堂も同じ気持ちだったのか、コクンと頷く。
「思うんだけど、わざわざはっきりしてない気持ちに、無理やり、名前をつけなくてもいいんじゃないかって」
感情ってのは、考えてわかるもんじゃないから。
無理やり、導き出した答えなんてものは、きっと後から、ひずみが出てくるから。
「海堂も俺と同じ気持ちなら、焦らずにいかないか?」
海堂のサラッとした髪を梳きながら、優しい笑みを浮かべる。
「ゆっくりと、俺たちのスピードで、この想いの答えを出せばいい」
まわりが何て言っても気にせずに
「名前のない関係でもいいじゃないか」
それが、今の自分たちにあってるなら。
「だからさ、ゆっくりといこうよ」
まだ、時間はたっぷりあるんだしさ。
二年間、一緒にいればきっとこの想いの正体もわかると思うからさ。
「それからでも遅くないんじゃないかな?」
自分たちの関係に名前をつけるのは。
「それじゃ、ダメかな?」
「ダメ…じゃ、ない…」
乾の言葉に、海堂が小さく頷いて微笑む。
どう思ってるのかと聞かれても困るのは一緒だから。
全てが初めてのことだらけの自分には、まだそこまで感情が追いついてこないから。
そう言ってくれる、この人の言葉は正直ありがたい。
「俺も好きですよ」
まだ、恋と呼ぶには幼い想いだけど……
この人が誰よりも大事で、特別なのは真実だから。
きちんと伝えておこうと思った。
「有難う」
ふわりと花が綻ぶような笑みを零す海堂に、乾も優しく微笑む。
まだ幼い、この後輩の純粋で無垢な心をずっと見守っていくのが、自分だったらいいなと、乾は思う。
何でも出来て、格好いいくせに、どこか子供染みたとこのあるこの人の傍にいれるのがずっと自分だったらいいのに、そう海堂が思う。
少しだけ特別になった二人
それでも、まだ未発達な二人の恋心
二人の未熟な恋はまだ始まったばかり
奥に隠れた真実に二人が気づくのは、まだもう少し先のこと……
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