Immature Heart 5



青学テニス部は、全寮制ゆえに朝は早くから、夕方は下校時刻ギリギリまで練習できるために、部員たちの疲れを癒すという目的のため、日曜の練習は基本的にない。
そんな彼らの休日の朝の過ごし方を、少し覗いてみよう。
練習がなければ、基本的に皆、朝寝坊だ。
だが、休日・平日関係なしの部員もいる。
そのうちの一人、二年の海堂 薫は、日課になっている自主練習のために、いつもと同じ時間に起きる。
今日も、彼は目覚ましがなると同時に起き、中々、手離しがたい温もりから離れて、いつものランニングとハーフパンツに袖を通す。

「…休みの日くらい、ゆっくりしたら?」

キュッとバンダナを結んだところで、さっきまで自分が寝ていたベッドから声がかけられる。
正確には、同じベッドで寝ていた一つ上の先輩、乾にである。

「おはようございます」
「体を休ませるのも、大事な仕事だよ」

昨日は無理してるしね〜

「あっ、あれはあんたが…」

乾の独白に近い呟きに、海堂の頬が朱に染まる。

「うん、そう。だからさ、心配なのよ」

まだ寝ぼけているのだろうか、どこかボケッとした感じで話す乾。普段の淡々とした口調はどこへいったのだろうかというほどの変わりよう。
海堂は、こんな乾を見るのが好きだった。
自分だけが知ってる寝起きの乾の姿。
同じ部屋の自分だけの特権。

「…いつもより、軽めにしときます」

瞼が下がり始めた乾に溜息交じりに呟いて、部屋を出ようとする。

「うん、無理せずに頑張れよ」

海堂の背中に、そんな言葉を投げかけて、パタンというドアの閉まる音とともに、乾の意識も霧散した。

「無茶すんなって、誰のせいだよ…」

乾と同室になって、一年以上たった。
ある日を境目に、微妙になった俺たちの位置は今も変わらないまま。
ただの先輩・後輩というには、戻れないところまで来てしまって。
恋人と呼ぶには、何かが足りない。
恋人のような真似事をしている、先輩と後輩。
変な関係だ。
けれど、あの日、彼が初めて自分を抱いた日。
彼が告げた言葉。

「ゆっくりと、自分たちのスピードで…」

答えをだせばいいと、そう言ってくれた。
だから、これでいいんだと思ってる。
周りはやっぱり、変なのとか言ってくるけど、あの人はそんなことお構いなしに

「悪いか?俺たちが、それでいいと言ってるんだから、いいだろうが」

と、言い負かしてくれる。
本当にこんな曖昧な関係でいいのかなとは思うときもあるけど、まだ離れるには時間があるから、もう少しだけ、こんなぬるま湯に浸かったような関係でいても、罰は当たらないだろうから、このままで…

「また、寝てるし…」

約束通り、いつもより少しだけ軽めにした海堂。
部屋に戻り、汗を流すためにシャワーを浴びて、着替えた後、自分が寝ていた乾の部屋を覗き込む。
夜更かし大好き、夜型人間の乾は、休みの日はきっちりと昼近くまで寝ている。
ああやって、海堂が練習に行くときにだけ、少し起きるだけで。

「ったく、それでいつ練習してるんだよ」

自分の倍以上の練習をしている場面を、海堂はまだ見たことはない。
同じ部屋にいるのに、彼が出かけるときがわからないのだ。
要するに、彼は自分が寝てて、絶対に起きそうにない時間に起きて、練習にいって、知らない間に帰ってきているのだろう。

「どうせなら、一緒に練習したいのに」

乾のベッドの端に座って、気持ちよさそうに寝ている乾の頬をつつく。

「あんたの前で、無茶なんか出来ねぇよ」

心配そうな顔で、声で、止められたら、言うことを聞くしか出来ねぇだろ。

「だからさ…」

あんたが俺の二倍以上の練習をしてることについては、やっぱり悔しいから、早く追いつきたいから我侭は言うだろうけど、それでも、あんたが本気で心配して言う言葉は、ちゃんと聞くから。

「隠さないでくださいよ」

考えていたら、ムカついてきたらしく、乾の頬を突付いていた指をどけ、頬をギュムっと抓る。

「…いひゃい…」

その痛みに目を覚ました乾が、うっすらと目をあける。

「変なの」

満足そうに笑って、手を離して、チュッと乾の唇にキスを施した。

「寝起きを襲うと、我慢利かなくなるから止めなさいって」

そのまま乾の頬や額にもキスをしていく。

「ったく、少しは大人しくしろって」

擽ったそうに、目を細めながら、乾が海堂の腕を掴む。
グイッと海堂の腕を引っ張ると、簡単に崩れ落ちる肢体。

「俺は、まだ眠いんだって」

そのまま態勢を変えて、海堂を自分の下に引き入れる。

「俺は、眠くないっすよ」

海堂の胸に顔をつけて、また眠り始めた乾に苦情を言うが、乾はさっさと夢の世界に旅立った後で、

「ほんと、仕方ねぇやつ」

乾に枕にされた海堂は、諦めたように笑って、目を瞑った。

「…朝飯、食いっぱぐれたじゃないっすか…」
「だから、悪かったって言ってるだろう…」

ソファに座り、クッションに頭を埋めながら、ミニキッチンでせっせと料理をする乾を睨む。
睨まれている乾は、海堂と自分の分の朝食を作りながら、本日、何度目かの謝罪の言葉を口にした。

「あんたが寝るのは、勝手だけど、俺まで巻き込まないくださいよ」
「…でも、勝手に寝たのは海堂だし…」
「何か、言いましたか?」

こっそりと呟く乾に、海堂がギロっと睨みつける。

「いや、何も言ってないけど」

すっと海堂から視線を逸らせて、乾が誤魔化すように笑う。

「俺も悪いと思って、こうしてお前の分も朝飯作ってんだからさ…」

いい加減、機嫌直してくれないかな?

「飯くらい、いい気分で食べたいだろ」

チャッチャと手際良く作っていった朝食をテーブルに並べ、海堂の隣に座り、顔を覗き込む。

「…眼鏡、邪魔…」

きっと、とても優しい光をたたえて自分を見ているに違いないのに、その瞳をじかに見れない。
こんなに近くにいるのに、その厚いレンズに隠されて見れないのが嫌。
折角の休日、どうせなら素顔のあなたの隣にいたいから

「眼鏡、外してくれたら考える」

海堂の言葉に苦笑して、軽く海堂の頭を掻き回した後、洗面所に向かい、眼鏡を外してコンタクトに変えて戻ってくる。

「これでいい?」

海堂が望んでいた通りの優しい光を湛えた瞳が、海堂の姿を映す。

「…ッス」

乾の瞳に映る自分の嬉しそうな顔に、照れたようにはにかんで、すっと乾に掠めるようなキスをする。

「これだけ?」

すぐに離れていった海堂の唇を追いかけ、息が触れ合いそうなほど近くで囁く。

「俺からは、これだけ」
「俺からは…ね」

含んだ言い方をする海堂に乾が笑って、唇を重ねる。
角度を変えて、触れ合うだけの口吻を堪能する。
チュッと音をたてて吸い上げて、下唇を舐めて催促すると、そっと開かれる唇。
誘いこまれるように、中に舌を忍び込ませようとした、その時

(バンッ!!)
「腹、減ったっす」

勢いよくトビラが開いて、そこからパジャマを着たまま、右手にシーツを持って引きずってきた、生意気なルーキーが入ってくる。

「越前、また飯の匂いで目が覚めたの?」

さっきまでの甘い雰囲気も、越前の乱入により霧散してしまい、二人は顔を見合わせて苦笑した後、まだ寝ぼけて目をゴシゴシとこすっている越前の元へと向う。
越前に声をかけながら、慣れた様子でソファに連れていく乾。
海堂も、何も言わずに部屋のドアを閉める。
この二人の様子からしておわかりかと思うが、越前、何もこうやって乱入してきたのは初めてではない。
乾が朝から料理をすると、その匂いで目が覚める越前は、匂いに釣られて乱入してくるのである。
見事に寝ぼけたままの状態で。
なので、初めは服を着替えてから来いとか、ドアはノックするのが礼儀だだとかと、後輩に説教していた海堂も、今ではすっかり諦めてしたいようにさせていた。

「飯…」

うつらうつらしながら、料理に手を伸ばす越前。

「こら、素手で食べようとするな」

そのまま素手で食べ物を掴みそうになる越前の手を、すんでのところで乾が掴む。

「ああ、もう、てめぇは大人しくしてろ」

乾とは逆の越前の隣に座った海堂が、箸を持って料理を取る。

「ほら」

越前の口元に海堂が箸を持っていくと、迷うことなく越前が口に入れる。

「…喉、渇いた…」
「飲み物ね、ほら」
「ん…」

ポツッと呟く越前の言葉に、乾が前に置いていたオレンジジュースの入ったコップを越前の口元に運ぶ。
そのまま越前は、それを口につけ、飲ませてもらう。

「ん、じゃねぇだろ、少しは自分で食って、飲め」

海堂に飯を食わせてもらい、乾に飲み物を飲ませてもらっている状況に。海堂が説教するが、それでも箸を運ぶのだけは忘れてない。

「言ってることと、やってることが違うよ、海堂」

それを見ていた乾が苦笑混じりに呟く。

「煩い」

自分でもそれはわかっているので、恥ずかしそうに横を向く。

「う〜、飯…」

突然、なくなった箸に不満を零す越前。

「だから、自分で食えと言ってんだろうが」

寝ぼけている越前に怒鳴りながらも、やっぱり箸を運ぶ海堂。
せっせと先輩二人が、後輩に飯とジュースを運んでいる間、生意気な一年は半ば夢うつつでそれに甘えていた。

「も、お腹いっぱい…」

満足行くまで、海堂に食べさせてもらった越前は、乾の手の中のコップの中身を飲み干して、ご満悦の様子でポテッと乾の膝に頭を落とした。

「見事に、食ってくれたな…」

既に意識のない越前の頭に手を置いて、苦笑を見せる乾。
テーブルの上にあった料理の半分以上は越前の胃の中に収まっていた。

「歯ミガキもせずに、寝やがって」

乾の膝を枕にして気持ちよさそうに寝ている越前を見ながら、海堂が深い溜息を吐く。
本当のところ、起してでも歯を磨きにいかせたいのだが、乾が止めるだろうことは想像に難くないので、やめておく。

「何だか、子供を持つ親の気分だな」

我侭放題に甘やかした一人息子を持った気分だ。

「こんなガキ、いりませんよ」

乾の戯言に律儀に返事を返して、海堂は越前が掴んでいたシーツを越前にかけてやる。

「それなりに可愛いと思うんだけど?」
「鬱陶しいだけっすよ」

乾の言葉を即座に切り捨てる。

「そっか?海堂と俺の子供だと思えば、可愛いんだけど?」
「何で、こいつが俺と先輩の子供になるんすか」

呆れたような声の海堂に、乾は楽しそうに微笑む。

「でも、そんな感じしない?」

寮という狭い空間の中での、仮想家族。
まだ中学生の彼らには、家族と離れて暮らすことへの寂しさもあるから。

「こんな関係も悪くないと思うんだけど?」
「…悪くはないっすよ」

間で眠る越前の後ろで手を繋いで、仮想の息子を挟んだ仮想の両親は、そっと息子に内緒でキスをした。

Fin