「う〜…最低…」
昨日の甘さはどこにいったのか、朝から海堂の機嫌は最悪の状態で乾は冷や汗が背中を伝うのを止めれなかった。
「悪かったって」
昨日、無茶をさせすぎたという自覚はある。
でも…
「自分だって…」
結構のってたくせに。という言葉は、ギロッと睨まれ、声に出すことはしなかった。
「あんたは、部活引退した身だからいいでしょうけど、俺は今日も部活あるんすよ」
腰の辺りに響く鈍い痛みに、海堂は八つ当たりだという自覚はあっても、愚痴を言うのをとめられない。
そりゃ、俺だって…その…昨日は、流されて…のってたのは…認めるけど…
後で辛い思いすんのは、絶対に俺なんだから、これぐらいいいじゃねぇか。
「わかったよ、今度から気をつけるからさ」
もう、勘弁してくれとばかりに、顔の前で両手をくっつけて、謝っている。
「…正月…までは、我慢してくださいよ…」
自分の機嫌を取ろうと必死になってるのが伝わってきて、海堂は頬を紅く染めながらも許す代わりに、可愛い言葉を紡ぐ。
「正月、俺のために空けといてくれるんだ」
海堂の言葉に、乾はどことなく弾んだような声を出す。
「…しりませんよ、もう…」
自分の言葉に照れた海堂は、俯いたまま乾を上目遣いで睨みつける。
「もしかして、誘ってる?」
その可愛い仕草に、乾は抱きつきたい衝動に駆られるが、ここで感情に走ったら、正月さえも駄目になるのが目に見えているので、グッと我慢する。
「ばっ…馬鹿いってんじゃねぇよ」
乾の言葉に、驚いたように顔を上げて、怒鳴る。
「おっ…俺、もう行きますから…」
恥ずかしさから逃れるように、鞄をバッと掴んで出て行こうとする海堂に、
「今日は自主練はやめとけよ」
という声をかけるから、海堂は一瞬立ち止まって振り返る。
「腰、辛いでしょ」
しれっとした顔で乾が言うのに、海堂は一気に顔を朱に染める。
「うるせぇよ」
つかつかと戻ってきて、一発、乾の腹に蹴りを入れてからドアへと戻る。
蹴りを入れられた乾は、グゥッと呻いて腹を押さえたまま沈没している。
「…進学の心配ないんすから、たまには顔出してくださいよ」
乾の姿をチラッと盗み見て、ボソッと呟いてから出て行く。
「わかったよ」
ドアがしまる直前、乾は海堂の背に話しかけた。
ところ変わって、乾の家のマンションの一階。
「不二、タカさん、エレベーターきたよ〜」
乾の家は最上階にあるために、流石に階段で行こうという気にはならない不二・河村・菊丸の三人がエレベーターが降りてくるのを待っている。
最上階から下降してくるエレベーターに気づいた菊丸が不二と河村を急かしてエレベーターの前に近づく。
「駄目だよ、英二」
近づこうとする菊丸の体を抑えて、不二は河村を後ろに引き連れて、エレベーターから死角になっている場所へと移動する。
「何すんだよ、不二〜」
「しっ、エレベーターが開くよ」
角から、そっと顔だけを覗かしてエレベーターを伺う不二に、河村と菊丸が何事かと顔を見合わせた後、不二に続くように覗き込む。
「あっ、かおちゃん」
「英二、声大きいよ」
エレベーターから降りてきた海堂に気づいた菊丸がいつもの調子で声をあげるので、不二が菊丸の口を押さえる。
「ごめんにゃ」
「怒ってないよ」
「うん」
「あっ、不二、英二。海堂行ったよ」
海堂には菊丸の声は聞こえてなかったみたいで、三人は海堂にバレずにすんでいた。
菊丸と不二が話している間、海堂の様子を見ていた河村が、海堂がエレベーターから離れたのを教える。
「あっ、閉まりそうだにゃ〜」
エレベーターが閉まりそうなのに気づいた菊丸が、叫びながら走っていく。
それに不二と河村も急いで付いていく。
「…にゃぁ?」
エントランスホールを出ようとした所で、背後から聞こえた言葉に海堂が振り返る。
「…河村先輩?」
振り返った先のエレベーターにさっと乗り込んでいった人影が見知った先輩に似ていて海堂は首は傾げる。
まさかな、菊丸先輩じゃあるまいし、河村先輩がにゃ〜とか言うわけないか。
他人の空似ってやつか…
河村の前にいた不二と菊丸は乗り込んだ後だったために、海堂の目には入らなかったのと、普段は大人しい河村はあまり声を出さずにいたことがよかったらしく三人の思惑通り、彼らは海堂に気づかれずに乾の家へと向かうことが出来た。
「…早かったな」
最上階の乾の家に着いた三人は、機嫌がよいらしい乾に出迎えられる。
「薫ちゃん来てたんだね〜」
「やっぱ、あったか」
菊丸の言葉に、乾は三人の来た時間と海堂の出てった時間から推測した結果を披露する。
「ちゃんと隠れておいたから、海堂にはバレてないよ」
ニッコリと笑顔で不二が危惧する必要はないことを乾に教える。
「まあ、不二がいるから、ヘマはしないと思ってたけどね」
そういう心配はしてないと言外に込める。
「でも、途中ばれそうでひやひやしたよ」
菊丸の声にいつバレるかもと心配していた河村はホッとしたように声を漏らした。
「やっぱ、菊丸は大石たちがわにしとくべきだったか」
河村の言葉に大体のことを予測できた乾は呆れたように言う。
「駄目だよ、乾。英二をクラブに行かしたら、計画全部パーになるよ。ただでさえ、嘘のつけない手塚がいるんだから」
「不二〜」
不二の言い分に菊丸がガクッと肩を落とす。
「俺って、手塚と同じ扱いなのか〜」
「人を騙したりすることについては、ある意味、手塚以下だな」
菊丸の言葉に対して、乾が追い討ちをかけるように言い放つ。
「タカさ〜ん、乾と不二がいじめるにゃ〜」
不二と乾、二人から突き落とされてボロボロになった英二はラケットさえ持ってなかったら優しい河村に助けを求める。
「まぁまぁ、不二も乾もそれくらいにしといてあげなよ」
「河村が言うなら仕方ないか」
「まっ、このまま菊丸で遊んでる時間もないしな」
河村の言葉に不二と乾はあっさりと引き下がる。
「じゃあ、さっさと始めようか」
乾にリビングへと通された三人はそれぞれ、持ってきた荷物の中からエプロンを取り出す。
「ある程度の下準備はしてあるから」
キッチンへと四人は向かい、あらかじめ決めていたらしくそれぞれ、自分のポジションへとつく。
「部活が終わるまでには、絶対に終わらせるぞ〜」
菊丸の盛大な声とともに、四人は各々の作業へと入っていった。
「元気そうだな、皆」
テニス部がいつも通りに練習をしていると元副部長の大石と元部長の手塚が顔を見せた。
「先輩、遊びに来てくれたんすか」
人懐こい桃城が二人に向かって走っていく。
「たまには部活にも顔出さないとな」
それに大石は笑顔で答えるが、手塚はというと
「桃城、部活の途中だろ。練習に戻ったらどうだ」
と、至極真っ当な意見を吐くだけであった。
「手塚…」
それに大石が困ったように笑う。
「へ〜い」
桃城も肩を竦めて、練習へと戻っていく。
「ったく、ちっとも顔見せんと思ったら」
「そう言わないでくださいよ」
二人のもとにやってきた竜崎先生に大石が答える。
「ところで、先生。お話が…」
手塚が今日ここにやってきた本来の目的を話そうと口を開く。
「なんじゃ?」
「実は…」
それに大石も加わって、三人でひっそりとまわりに聞こえないように話し始める。
あの人も、来ればいいのに…
そんな三人の様子をひっそりと見るもの一人。
海堂薫である。
離れるのが寂しいとか言うくせに、部活には全然顔、出さねぇし……
別に進学の心配があるわけでもないくせに…
朝、たまには顔を出せと言っておいたから、もしかしたら来るかなとか期待していた海堂は、この二人が来た時点で来ないだろうと思うと、何だか無性に腹がたってきていたのだった。
出来るだけ一緒にいたいって思うの俺だけかよ。
とどのつまりが拗ねているらしい。
昨日、甘い一日を過ごした後だけに、離れがたかったのもあって、行く間際に謎かけの変わりにあの言葉を残して言ったのに…
わかったって言ったくせに、本当は、全然わかってねぇんじゃねぇか。
「…ムカツク」
自分の考えにどんどん腹がたってきた海堂は、一言だけ吐き捨てて、練習へと没頭し始めた。
大石、手塚を入れての練習は、久しぶりに先輩たちの顔が見れたというのもあって、かなりいい感じで仕上げることが出来ていた。
「じゃあ、これで終了だ。一年は後片付けといいたいとこだが、先に全員、部室に戻るように」
「えっ?」
大石の言葉に、部員一同が不思議そうな顔をする。
「行けばわかるから、解散」
それにはっきりした答えを言わずに、大石が締める。
部員たちは何が何だかさっぱりわからないままも、ゾロゾロと部室へと戻っていくのだった。
「「「「メリークリスマス!!」」」」
部員の一人がドアをあけたとたん、クラッカーの弾ける音と、声。
「えっ、え〜」
部室の中に、待機していた不二・菊丸・乾・河村の姿に入ってきた部員たちが歓声をあげる。
「黙ってて、ごめんね。驚かそうと思って」
悪びれずに謝る不二に
「早く、全員入った〜」
早くパーティーを始めたい菊丸。
「俺たち、三年からのクリスマスプレゼント。有難く受け取れよ」
作ってきた手料理の数々を並べる、乾と河村。
そして、
「ほら、止まってないで入んないと、後がつかえるだろ」
一番後ろから、部員全員がいるかを確認しながら部室に入ってきた、手塚と大石。
引退した三年六人からのプレゼントに後輩たちは
「有難うございます」
素直に礼を述べて、数々の料理に手をつけ始めた。
「これ、先輩達が作ったんすか?」
「桃、食べながらしゃべるな」
「零してるよ」
口一杯に料理を突っ込んで話始める桃城に、
「まだまだだね」
「おチビ、生意気」
「嫌なら、食べなくてもいいんだよ?」
「誰も、嫌なんて言ってないっすよ」
相変わらず生意気な王子様も、皆、嬉しそうに騒いでいる。
そして、
「悪いな黙ってて」
部室の隅の方で料理を黙々と食べている海堂の横に、乾が座る。
「別に…」
横目でチラッと乾を見るだけで、すぐに前を向いてしまう海堂に、乾は苦笑する。
こりゃ、かなり拗ねてるな〜
海堂の様子にそう判断する乾。
「ちゃんと、伝わったよ」
最後の言葉の意味は
「これ、前からの計画で、俺らだけの秘密って煩かったんでな」
「わかってますよ」
ポツポツと弁解する乾に、海堂を声をかける。
「菊丸先輩や、不二先輩が考えそうなことっすし」
「まあ、発案者なんだけどね。あの二人」
「だから、怒ったりはしてないっすよ」
「でも、拗ねてるでしょ」
乾の言葉に、海堂がムッとしたように形のいい眉を吊り上げる。
「それは…」
「それは?」
言いにくそうにしている海堂に、続きを促すように乾が海堂の言葉を反復する。
「伝わってないのかなと思ってたからで…」
伝わってたなら、同じ気持ちだったなら、どうでもいいんだけど…
「俺も一緒だよ」
出来るだけ一緒にいたいって、思ってる。
「この計画に際して、あまり部活に顔出すなって言われてたんだよ」
そう、ちょこまかと顔出してたら、有り難みなくなってつまらないでしょ。
そう、不二が言ったのは引退して結構、すぐのことだった。
引退してすぐぐらいに、不二と菊丸が持ちかけてきた計画に、面白そうだしと賛同したのは事実だけど…
「これでも、結構、我慢してたんだよ」
不二の言葉を無視して、ちょこまかと顔を出すほど恐いもの知らずじゃないし。
冗談めかして言う乾に、海堂も自然と笑みが零れる。
「じゃあ、これからは…」
「うん、出来る限り、傍にいるから」
海堂の頭をくしゃりとかき混ぜながら、囁く。
ボタボタ…
「乾〜、何、そんな隅っこで二人の世界、作ってんのさ〜」
いい雰囲気だった二人の、正確には乾の頭上から雨のかわりにコーラーが、菊丸の声とともに降り注がれる。
「今日は皆でのパーティーなんだから、イチャつくのは家でしてよ」
その横で、クスクスと笑いながらファンタの缶を振る不二。
「もう昨日、散々イチャついたんだろう?」
ギャハハハハ……と笑いながら、コーラーがなくなるまで、乾に振りかけた菊丸の耳に、低い怒声が聞こえ始めた。
「お前ら…」
コーラーでベトベトになった髪をかき上げ、眼鏡をさっと拭いた乾が立ち上がる。
「不二、逃げるにゃ〜」
「逃がすか〜!!」
逃げる不二と菊丸を、テーブルの上から奪ったコーラーのペットボトルを掴んだ乾が追いかける。
「うわっ」
「よけて、桃」
「どけっての」
狭い部室が戦場と化して瞬間だった。
そして、
「全員、校庭20周!!」
部長を退いても、前と変わらず威厳のある、元部長のいつもの言葉で、宴会は終わりを告げたのであった。
Happy Merry Christmas!!
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