今日は日曜。
本当なら、学校が休みで、家でゆっくりと朝寝坊出来るんだけど、テニス部に在籍している俺は今日も部活のために学校にいかないといけない。
いつもと同じように、朝、桃先輩が迎えに来る。
桃先輩の自転車の後ろに立ち乗りして、学校までの道のりを、とりとめのない話をして行く。
そんな風に。いつもと同じはずの今日、いつもと違うことに気づいたのは、学校についてからだった。
朝、ギリギリの時間に着くせいか、部室はいつも決まったメンバーしかいない。
「おっはー、桃、おチビ」
同じように遅刻寸前で来る菊丸先輩が、俺たちを見つけて、朝から元気に挨拶してくる。
「おはようございます、英二先輩」
「ちーっす」
俺と桃先輩も簡単に挨拶して、自分のロッカーに向う。
「英二、来てる?」
桃先輩と菊丸先輩が昨日のテレビのことで話しながら着替えていると、副部長の大石先輩が入ってくる。
「大石、おっはー」
丁度、着替え終えた菊丸先輩が、おはようと挨拶を返していた大石先輩に飛びつく。
「どったの?」
自分をあっさりと受け止めてくれた大石先輩にすりつきながら尋ねている。
「今日さ、静流君来てるから教えておこうと思ってね」
英二、早く教えないと煩いだろ?
「え、マジ?しずちゃん来てんの?もう、何でもっと早く教えてくんなかったのさ〜」
「これでも、早くしたんだけど」
「そうじゃなくて、来た時点で電話してよ。そしたら、走ってくるのに」
大石先輩に無茶な注文をつけながら、菊丸先輩は大石先輩を引っ張って、走っていった。
「へ〜、静流来てんのか〜」
そんな二人のやりとりを見ていた桃先輩も、
「おい、越前。早く行こうぜ」
と、既に着替え終えて、うずうずと部室のドアの前で俺を待っている。
「桃先輩、静流って誰っすか?」
そんな中、一人話しについていけない俺は、目の前の桃先輩に素直に尋ねるが、
「あー、お前は知らないか。ま、会ってみりゃわかるって」
と、欲しくない答えをくれた。
「そっすか」
その答えに不満な俺は、冷たく言い放って、桃先輩の横を通り過ぎて部室を出ていった。
後ろで何かしら騒ぐ桃先輩を無視して、俺はコートへ向う。
コートに行くと、端のほうに人だかりが出来ていて、たぶん静流っていうのはそこにいるんだろうことが、菊丸先輩たちがいることで想像できた。
後ろからやってきた桃先輩も、その人だかりを見つけて、その中に入っていく。
俺も、少しは興味があったが、それよりも、そこから少し離れたところでたぶんいつものメニューのことで話し合ってるのだろう、俺の大好きな先輩二人を見つけて、そちらに駆け寄る。
「乾先輩、海堂先輩、ちーっす」
駆け寄って、俺が挨拶をすると、二人は話をやめて、俺のほうに向いてくれる。
「おはよう、越前」
「今日は遅刻しなかったみてぇだな」
乾先輩は優しく俺の頭を撫でながら話しかけてくれて、海堂先輩はふと苦笑いに近い表情を浮かべて話しかけてきた。
テニス部の皆は、部長を厳格な父親と、副部長を青学の母と呼ぶけど、俺は違う。
俺にとっての父と母は、この二人。
優しくて、甘やかしてくれる乾先輩が父親で、厳しいけれど、何だかんだいいながらも世話をやいてくれる海堂先輩が母親だ。
はっきりいって、家であのクソ親父の相手するより、この二人といたほうがよっぽど親子みたいで、俺は凄く好きだった。
だから、今日もテニス部の両親に甘えようと思ったら、後ろの人だかりのほうから、盛大な子供の泣き声が聞こえて、止まってしまう。
「乾、海堂、静流君が〜」
その泣き声の直後、河村先輩が困ったような顔をして俺たちの元にやってくる。
「ああ、そろそろ飯の時間だな」
「そうっすね」
乾先輩が時計を見て呟く。
その言葉に、海堂先輩もなにやら時計を確認してから、人だかりの中に入っていった。
「かおちゃん、しずちゃんが〜」
人だかりの中心についた海堂先輩に、菊丸先輩が待ってましたとばかりに近づく。
「桃が抱っこした途端に、泣き出したんだよね」
子供を抱えてオロオロとしてる桃先輩を面白そうに見やって、不二先輩が状況を話す。
「桃城、静流に何をした?」
「何もしてないっすよ〜」
部長がいつも以上に眉間に皺を寄せて桃先輩につめよる。
桃先輩は、突然泣かれて困ってるところに、部長にいらぬ誤解をされそうになって、わたわたと弁解している。
「腹減って泣いてるだけっすよ。おら、バカ桃、静流貸せ」
そんな桃先輩に助け舟をだしたのは、海堂先輩で、桃先輩から泣いている子供を受け取ると、慣れた仕草であやしていく。
「ママ…、んま〜」
ママ?
海堂先輩の腕にいる静流と呼ばれた一歳位の子供は泣き止んで、ぐずりながら何かを海堂先輩に訴えていた。
ママ?ママって…
誰なんだ、この子供…?
俺の母親をママ呼ばわりするなんて。
「わかったから、ちょっと待ってろ」
俺の疑問をよそに、海堂先輩は静流の背中をあやすようにポンポンと叩いて
「少し、抜けます」
と、部長に話して乾先輩の元に向った。
が、
「かおちゃん、俺も、俺も」
「僕も、静流君にご飯食べさせたいな」
「俺が食べさせてやろう」
「海堂、俺が抱っこして連れてってやるよ」
と、後ろから、菊丸先輩、不二先輩、部長に桃先輩が付いてきた。
「お前ら、部活どうする気だ?」
海堂先輩から静流を受け取った乾先輩が、呆れたように溜息を吐きながら、俺たちを見る。
「大石、河村、後は頼んだぞ」
乾先輩の言葉に、部長が後ろを向いて、大石先輩と河村先輩に声をかける。
「これで、問題ない」
くるっとこっちを向いた部長がそう宣言するのに、乾先輩は
「大有りだろ?」
と、半ば諦めきった声を出した。
結局、言い出した人間全員で家庭科室に向う。
「何だ、てめぇも来んのか?」
先頭に立って、乾先輩の腕の中でぐずり続ける静流の頭を横から優しく撫でてやっていた海堂先輩が、俺に気づいて声をかけてくる。
「ウス」
その声に、俺がぶっきらぼうに返事を返す。
「どうかしたか?」
「別に…」
それに不思議に思ったらしい海堂先輩が聞いてくるが、俺がそっけなく返すと、先輩は変な奴と呟いて、また意識を静流に向けた。
そんな先輩たちを窺うように俺がこっそりと視線を向けると、乾先輩が俺のほうを見ていた。
「後でちゃんと、紹介するから」
俺の不機嫌の理由に気づいているらしい乾先輩が、苦笑交じりにそう呟く。
俺はバツが悪くて、帽子を深く被って顔を隠した。
家庭科室につくと、静流はまた海堂先輩に渡る。
乾先輩は材料を取りに、準備室に向う。
海堂先輩は、適当なとこの椅子に座って、静流を膝にのせる。
「越前、来い」
そして、無理やり俺を隣の席に座らせた。
「拗ねてんじゃねぇよ」
ボソッと呟いて、海堂先輩が俺の頭を乱暴な手つきで掻き回す。
「静流は、俺と先輩の子供だ」
目の前のコンロで離乳食を作っている乾先輩に「あ〜」とか言いながら手を伸ばしている静流の手を握りながら、海堂先輩が話す。
「先輩が産んだんすか?」
「産めるわけねぇだろ」
俺が素朴な疑問を口にすると、海堂先輩が脱力したような声で反論する。
「俺の父親が、遺伝子工学の研究をしていてね…」
苦笑しながら、離乳食をお皿に持って、海堂先輩に手渡しながら、乾先輩が話してくれる。
「静流は、俺と海堂の遺伝子を元に、俺の父親に作られたクローンなんだよ」
「クローン?」
「ん。と言っても、俺と海堂、両方の遺伝子を持ってるから、クローンというより、俺たちの子供っていうほうがしっくりくるからね」
海堂の中学校の入学式の日の夜、二人で暮らす家にやってきた赤ん坊。
父親からこの説明を聞いて、それから二人で育て始めた。
今まで、色んなことがあったけど、俺も薫も静流を本当の子供と思っている。
「だからさ、越前も静流と仲良くしてくれないかな?」
「…っす」
乾先輩から、静流を育て始めた話を聞いて、そんな顔して頼まれたら断ることなんか出来ないから、俺は小さく頷く。
そうしたら、乾先輩は「ありがとう」と囁いて、大きな手で俺の頭を撫でてきた。
「越前、食わしてみるか?」
話し終えた俺たちを見て、海堂先輩が持っていたスプーンを俺に渡す。
俺は恐る恐る、そのスプーンでお皿の中の離乳食を掬って、テーブルの腕にチョコンと座ってスプーンの動きを見つめてきている静流の口元に運ぶ。
「あ〜」
口元にスプーンを持っていくと、静流は嬉しそうに口を開いて、パクッとそれを口に入れた。
「あむ」
っと、俺が運んだものを食べて、俺を見て笑う。
「可愛いっすね」
その姿が可愛くて、それをそのまま言葉に出す。
「「俺たちの子なんだから、当たり前だ」」
そしたら、横にいた乾先輩と海堂先輩の声で綺麗にハモられて、俺に降りかかってきた。
「親バカっすね、二人とも」
おかしそうに笑いながら、そう言ってやると
「それは、自覚してるけどね」
「うっせー」
と、二人とも気まずそうな顔で言い返してきた。
「おチビだけ、ずるい。俺もしずちゃんに食べさせるー」
そのまましばらく俺が静流に食べさせてると、見てるだけでは足りなくなってきた菊丸先輩が準備室からスプーンを取ってきて、皿から離乳食を掬って静流の口元に運ぶ。
静流はそれを俺のと同じようにパクッと食べて、菊丸先輩に笑いかける。
「僕も」
「俺もだ」
「俺、俺もしたい」
菊丸先輩の行動を不二先輩・部長・桃先輩と真似をし始める。
気がつけば、静流の前には五本のスプーンが出され、
「う〜、あ〜?」
静流は困ったような、泣きそうに顔を歪めながら、目の前のスプーンを見つめる。
「お前ら、一斉に出しても静流が困るだろうが。食わせるなら、順番に食わせていけ」
目に涙を溜め始め、乾先輩と海堂先輩のほうに手を伸ばして、助けを求め始めた静流を、海堂先輩が優しく抱き上げて、乾先輩がおれたちの頭を順番に軽く小突いていった。
「ふぇっ…え…」
「よしよし、泣くな静流。静流を泣かせた人たちには、パパがちゃんと怒っただろう?」
完全になき始めた静流を海堂先輩があやす。
「しずちゃん、ごめんな〜」
「今度からは、ちゃんと一人ずつするからね」
「悪かった、気をつける」
「嫌がることはしないから、泣き止めよな?」
海堂先輩の胸に顔を埋めてなきじゃくる静流に先輩たちが真剣な顔で謝っていく。
しばらくたち、ようやく泣き止んだ静流の顔を、乾先輩が真新しいタオルで拭いてやる。
「もう、泣くのは止めたの?」
海堂先輩の隣に椅子を引いて座った乾先輩が、静流の頬を人差し指で突付く。
そうしたら、静流は擽ったそうに片目を瞑って笑ったから、俺たちの顔にも自然と笑みが浮かぶ。
「まんま〜」
食べ初めたところで、あんなことがあったために、途中で食事を中断することになったしまって、まだお腹がすいてるのか、静流がスプーンの上の食べ物をとろうと、乗り出してくる。
「こら、危ねぇだろうが」
海堂先輩の膝の上から、体を伸ばしてくる静流に気づいた海堂先輩が、静流を捕まえて座らせる。
「や〜っ」
邪魔された静流は、じたばたと海堂先輩の腕の仲で暴れだした。
「ちゃんと、飯は食えるから、大人しくしろ」
暴れる静流を押さえつけて、海堂先輩が俺からスプーンを取り上げ、静流の口元に運ぶ。
すると、静流は途端に大人しくなり、それを銜える。
また、大人しく食べ始めた静流を見て、先輩たちが交互に静流にご飯を食べさせていく。
結局、静流は俺たち五人の手から順番にご飯を食べて、お皿にあった離乳食を綺麗に平らげた。
「もう、ごちそうさまする?」
「ちゅる」
乾先輩の声に、静流が可愛い返事を返す。
「じゃあ、静流、ごちそうさま」
「…ちそー、ちゃま」
海堂先輩が両手を合わせて、そう言うと、静流も真似をして小さな手を合わせて、舌っ足らずな声でごちそうさまをする。
「「よく出来ました」」
両親二人に頭を撫でられながら褒められて、静流はとても嬉しそうに笑った。
その直後、静流は俺たちを眺めて
「えーたん」
菊丸先輩を指差す。
「しゅう…たっ」
続けて不二先輩。
「くーった」
これは部長に
「もーたん」
牛ではなく、桃先輩のことらしい。
そして、
「あ…あー?」
俺を指差しながら、静流は乾先輩と海堂先輩を見上げる。
「あぁ、越前の名前が知りたいのか」
静流の行動の意味をいち早く理解した乾先輩が、言葉とともに静流を抱き上げる。
「ほら、静流。リョーマお兄ちゃんだぞ」
そう言って、乾先輩が静流を俺のほうに差し出すから、俺は怖々と静流を受け取った。
「リョーマにいた?」
受け取った静流を膝にのせ、抱っこすると、静流が首を傾げる。
「よろしくな、静流」
「あい」
俺がそう静流に笑いかけると、静流も元気のいい返事と一緒に笑いかけてくれた。
その後、俺はウトウトと眠り始めた静流を抱き上げて、新しく出来た弟の存在に喜びを噛締めていた。
この日、一日、結局俺は周りから何と言われようと静流を離すことなく、部活を見学して、後できっちりと部長のいつもの言葉を聞く羽目になってしまい、海堂先輩と乾先輩に苦笑されていた。
これから、よろしくな静流。
何があっても、お兄ちゃんが守ってやるからな!
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