夏、全国大会も終わり、中学三年生になっていた海堂は、引退した。
もっと正式な引退は2学期になってからだが、大会終了と同時に三年は受験といっても、ここの高校に上がるためのものだが、それでもちょっとした試験が2学期始めにあるために、海堂も他の同級生同様。部活に出ずに、勉強に勤しんでいた。
「マッマ〜」
ただし、海堂が他の同級生とは違うのは、ほとんど相手をしてやれなかった一人息子の静流を育てながらというところだ。
「起きたのか」
リビングに小さな子供用の布団を敷いて、そこで昼寝をしていた静流。
息子の寝てる間に、勉強をしていた海堂は、静流が起きてきたので、参考書を閉じて布団に近づく。
「よく、寝れたか?」
起き上がって、海堂に抱きつく静流の頭を、海堂が優しく撫でる。
「うん」
嬉しそうに笑う静流。
「…こんな時間か、静流も起きたことだし、買い物行くか?」
「いく〜」
両手を挙げてバタバタする静流に、海堂は笑って抱き上げる。
一度、部屋に戻って着替えさせて、静流を抱っこしたまま家を出る。
買い物を終えて、家に帰る途中で見知った背中を発見する。
「パッパ〜ッ」
トコトコと一緒に歩きながら帰っていた静流も気付いて、パタパタと走っていく。
「静流?」
後ろから聞こえた声に振り返ったのは、現在、高校1年生で部活帰りの乾。
静流の父親で、海堂の旦那様だ。
「おか〜りなたい」
「ただいま、静流」
勢いよく走ってきた静流を受け止め、抱き上げる。
「お帰りなさい」
「ただいま。買い物?」
後を歩いていた海堂も横に並ぶと、二人はゆっくりと歩き出した。
「っす。丁度、いい時間に静流が起きたんで」
「ごめんな、薫が引退してからは、家のことも静流のことも任せっきりで」
「いいっすよ、去年は先輩がやってたじゃないっすか」
「でもさ、勉強もしないといけないだろ?」
「大丈夫っすよ、先輩のおかげで他の奴よりかは安全っすし」
「薫の実力だって」
親子3人での帰り道は、とってもほのぼのとしたものになった。
夜は海堂が作っている間、乾は静流の面倒を見る。
食事を終え、三人で仲良くお風呂に入る。
お風呂を上がって、ソファに座ってテレビをつけながら、乾が海堂の勉強を見ていた。
「あ〜っ」
テレビは静流の気を引かせるためにつけていたため、乾と海堂は気付いていなかった。
「え?」
「どうした?」
二人があげた視線の先のテレビには、空に咲く大輪の華。
どうやら番組は各地の花火大会の様子を映しているらしい。
「きりぇ〜ね」
うっとりとテレビに映る花火を見つめる静流。
「静流、花火見たいのか?」
「行くか?今度、そこの河原で花火大会あるだろ?」
「いく〜」
乾の提案に、嬉しそうに静流が顔を上下に振る。それはもう首が取れそうな勢いで。
「楽しみだな」
「うん」
嬉しそうに笑う息子に、乾と海堂も柔らかい笑みを零した。
次の日、乾が部活に行ったのを見送った後、海堂は静流を連れて実家に向った。
「あら?どうしたの。喧嘩したの?」
「違う。母さんに相談があって」
「ほじゅみママ、こんにちわ」
「こんにちは、静ちゃん」
静流を抱き上げた穂摘とともに、海堂は家のリビングに向った。
「相談って?」
膝に乗せた静流と遊びながら、穂摘が訊ねる。
「今度さ…」
昨日の出来事を海堂は母親に話した。
「でさ、確かさ子供用の浴衣とかまだ、俺や葉末のがあると思って…」
初めて、静流を連れて花火大会に行くから。
海堂は出来たら、静流にキチンと浴衣とかを着せて連れていきたかったのだ。
「あら、それなら薫が作ったらいいじゃない」
「はぁ?」
「そうよ、そうしましょう。私も薫や葉末の甚兵衛さんを作ったのよ。そうね、静ちゃんはまだ小さいから浴衣より甚兵衛のほうがいいわよ」
「母さん、俺、受験生なんだけど…」
言っても無駄だとは思いつつ、一応、言ってみる。
言い出したら、絶対に実行してしまう人なのだ。
「あら?青学はエスカレーターでしょ。それにハル君もいるから大丈夫よ。あ、そうね、ハル君と薫の分も一緒に作っちゃいましょ」
「……わかった……」
一人で先に行ってしまった母に、何を言っても無駄だと悟った海堂は大人しく首を縦にふった。
そして、その日から、穂摘による、着物教室が開催された。
海堂が母親に説得された頃、部活に出ていた乾はというと…
「へ〜、花火大会行くんだ」
「ああ、昨日な…」
「僕たちも行くんだよ、後、英二たちも」
「河村、抜けれるんだな」
「うん、無理行って開けて貰ったんだ」
「何?何の話?」
「英二」
「ああ、花火大会の話しだ」
「あれ、楽しみだよね〜。え?乾たちも行くの?」
「ああ、そのつもりだ」
「そうだ、乾たちも一緒に行かない?」
「そうにゃ、俺たちも4人で行く予定だんだにゃ」
「そうだな、河村ともそう滅多に話せないしな」
「静流も来るのか?」
「手塚!?」
「ふえ〜、びっくりしたにゃ」
「ああ、静流が見たいと言い出したからな」
「よし、俺も行こう」
「僕もお邪魔させてもらいましょうかね」
「!?大和部長!?」
「いつの間に…」
「いいですけどね…」
「皆、人を驚かせ過ぎにゃ〜」
気がつけば、部活中だというのに人が集まってきている。
部長…今は引退して、引継ぎ中だが、の大和まで来ているから部活は中断状態だ。
「あ、先輩方、久しぶりっす」
「ちっす」
フェンスの向こうからの大声に、一斉に振り向くと、そこには桃城と越前の姿があった。
「久しぶりだな」
「元気か?」
「っす。もう、体がなまって仕方ないっすよ」
「つまんないっす」
「で、何の話してるんっすか?」
大石がフェンスを開くと、平然と入ってくる桃城と越前。
「ああ、花火大会に行くって話しだよ」
「行くんっすか?俺らも誘ってくださいよ」
「静流もいるんっすか?」
「いるよ」
「行くっす」
「気がつけば、いつものメンバーか」
「こういう運命なんじゃない」
と、いう風に、参加人数を増やしていた。
花火大会当日。
待ち合わせは夕方なので、皆、家に帰っていた。
「ただいま」
「パパ〜」
乾の声に気付いた静流が、元気に玄関まで走ってくる。
「お、静流。もう着替えたのか?」
「うん、ママにね〜、着ててもらったの〜」
玄関にきた静流は、海堂が作った甚兵衛を既に着ていた。
「お帰りなさい。見せたら、着るって聞かなくて」
後からやってきた海堂が、仕方なさそうに溜息を吐きながら乾に伝える。
「それだけ、嬉しかったんだよな」
「うん、パパ、はぁく、はなび〜」
「こら、まだ早いって」
「あのな、俺たちも準備があるんだぞ」
乾のズボンの裾をグイグイ引っ張る静流に、二人は困ったように笑う
「いい子だから、もう少し待ってて」
「あい」
「じゃ、着替えますか?」
「そうだな、先にシャワー浴びてくるよ」
「っすね。じゃあ、先に着替えてます」
「うん」
シャワーに向った乾の着替えを用意して、脱衣所に行った後、自分の支度を始める海堂。
着付けは、嫁に行かされる前に、作法として習っていたので上手いものだ。
しばらくして、海堂の着替えも終えてから、乾が出てくる。
「似合うね、薫」
濃紺の浴衣に身を包んだ海堂を見て、感嘆の声をあげる。
「先輩のは、ここに…」
海堂が乾に手渡したのは、同じ柄の濃いグレーの黒に近い、浴衣。
「有難う。受験なのにご苦労様」
「いえ、そんな難しくもなかったので…」
「じゃ、着替えてくるよ」
「っす」
浴衣を持って、着替えに行く乾。
乾は器用なので、本を見ただけで大体のことが出来てしまうので、着付けも出来る。
少しして、着替えてきた乾。
「どう、似合う?」
「すげ…格好いいっす」
「有難う」
奥さんからの素直な賛辞に、乾は瞳を細めて口吻を贈った。
待ち合わせ時間も近づいてきて、待ち合わせ場所に向う三人。
「お〜い、乾〜、かおちゃん、しずちゃん」
そこには既に大石・菊丸コンビに大和・手塚部長コンビ(?)が来ていた。
「やあ、早いね」
「ちっす」
「久しぶりだな、海堂。元気そうだな」
「っす。大石先輩もお変わりなく…」
ひっそりと、大石の頭に視線がいったのは内緒だが。
「静流元気だったか?」
「この子が乾君の息子さんですか」
「くーた、似合う?」
「ああ、とてもよく似合うぞ」
「静流、挨拶は?」
「あい、こんばんわ」
「しずちゃん、今晩は」
「偉いな」
「静流君と言うのですね、初めまして、大和というんですよ」
「やーと?」
「そうですよ」
「あれ、乾たちもう来てたの?」
静流を囲んで話しているところこに、不二と河村がやってくる。
「皆、久しぶり」
「あ〜、タカさんだ」
「タカさん、君がいなくなって俺は…」
「ごめんね、大石。頑張って」
「板前の修業はどうだ?」
「うん、まだまだだけどね」
クラスが違うため、同じ学校でもそうは会えない河村に、皆、話しかける。
「静流君、可愛い格好だね」
「ありがとうございます」
「海堂と乾の浴衣もお揃いだけど、もしかして手作り?」
「っす。母に言われて…」
「そうなんだ。誘ってくれたらよかったのに」
河村とは何とか時間をつけて、毎日のように会っている不二は、輪を離れて後輩の横に並んだ。
「はぁ、スミマセン」
「嘘だよ、気にしないで」
「……っす」
「それにしても、桃と越前は遅いな」
「相変わらずだよね、あの二人も」
「どうしましょうかね、手塚君」
「決まってます、あいつら校庭…」
「手塚、俺らは高校生・向こうは中学生。その権限はない」
「とはいえ、先輩たちを待たしているには違いないからね」
「ま、カキ氷のひとつくらいで我慢してやるかにゃ」
菊丸の言葉に、笑って頷く面々。
「スンマセン、遅くなりました」
「っす。静流、元気か?」
勢いよく自転車でツッコンできた二人。
謝りながら自転車を置きにいく桃城に対し、越前はついた瞬間、自転車を降りて静流の元に駆け寄っていた。
「越前、遅刻の原因はお前だろ?」
「もう少し、年上を敬えよ」
「スミマセンデシタ」
口だけの謝罪の後、また越前は静流に向う。
「静流、可愛いな〜」
「ったく、次期部長だろお前は…」
「俺はそんなに上下関係に厳しくないんで」
実力主義なアメリカ育ちは先輩の呆れた声に、不適に答えた。
「流石ですね。でも、ここは日本なので、日本の風習に従ってもらいましょうか?」
「というわけだ、越前・桃城、ここにいる者たちにカキ氷を奢ること」
「ま、真っ当な罰だよね」
「「え〜っ」」
「俺、金ないっすよ」
「買う気なんてなかったから、財布ないっす」
「嘘をつくんじゃない」
「カキ氷奢るのと、走らされるのどっちがいい?」
「「………」」
「後日の話しじゃないからな」
「「カキ氷」」
乾のとどめの言葉に、呟く二人。
こうして、越前と桃城の二人は、他のメンバーにカキ氷を奢る羽目になった。
実際に花火が始まるまでは、まだ時間があるので皆で出店を見て回る。
「ほら、静流、金魚すくいするか?」
「おい、金魚は後が困るから止めてくれ」
「じゃ、ヨーヨーすくいしようぜ」
「おめん買ってあげるよ」
「そんなものをしたら、静流の顔が見えなくなるではないか」
「手塚、変だぞそれ」
初めて見る、店に静流は興味深々であっちこっちの店に行っては、誰かがさせてあげていた。
「お前ら、静流を甘やかすな」
「静流、帰ったらハミガキな」
結果、静流の後頭部にはお面、手にはヨーヨーに綿菓子、リンゴ飴とお菓子が一杯握られていた。
それを見た、静流の両親・乾と海堂は渋い顔。
他の人間は誤魔化すように笑っていた。
「あ、ほら、そろそろ花火の時間だよ」
「本当にゃ、早く行かないと」
花火の時間が差し迫ったことで、難を逃れたメンバーはそそくさと河原に向う。
「ふえ〜、もう人一杯だね」
「静流、おいで」
河原には既にたくさんの人で溢れかえっていた。
今にもはぐれそうな静流を心配して、海堂が抱き上げる。
「見えればいいんですから、少し離れたとこのほうがいいかもしれませんね」
大和の言葉に、皆、同意して、少し人ごみから離れた場所へ出る。
「ここらでいいんじゃない」
少しすいてる場所に出て、そこに座る。
「静流、花火だぞ〜」
「はーび。はーびvv」
乾の膝の上に座って、楽しそうに花火が上がるのを待つ静流。
ずっと空を見続ける静流の耳に轟音が入る。
その直後に、瞳に映る大輪の華。
「ふあぁ〜」
初めて生で見た花火を静流はじっと見続ける。
ドン・ドーンという音ともに次々と空に浮かぶ華。
静流はそれに目を奪われる。
楽しい時間も終わりを告げる。
「静流」
「あい?」
全てを打ち終え、人もまばらに散り始める。
それでも、まだ空を見つめる静流に乾が静かに声をかける。
「はーび、まだ?」
「もう、花火は終わったんだよ」
「う?」
「静流、もう花火は出ない。帰るぞ」
「うーっ」
乾の言葉にキョトンとした静流に、海堂がはっきりと伝える。
両親の言葉の意味に気付いたのか、静流の瞳に大粒の涙が溢れる。
「いやぁぁぁぁーっ!!」
「静流」
「しずちゃん」
「すげっ」
すぐに声をあげてなき始める静流。
乾と海堂があやしにかかる。
「静流、泣いても花火は終わりなんだ」
「や〜っ!!」
「…大きい花火はもう終わりなんだよ」
「む〜っん」
「家で、小さい花火しようか?」
「ちいたいの?」
「先輩?」
「帰りにコンビニ寄ってさ、花火買おう」
「なら、俺の家でしますか?葉末も花火したがっていたし」
「そうだな。海堂の家なら庭もあるしな、お邪魔しようか」
「っす。静流、葉末と一緒に花火しような」
「ちゅる」
泣くのをやめて、笑って頷く静流にホッとする中・高生たち。
「じゃあ、僕たちはここで」
「部活、頑張ってくれよ」
「また、明日ね〜」
「今日は楽しかったよ」
「いい息抜きになりましたよ」
「また、勉強教えてもらいにいかせてもらうっす」
「静流、バイバイ。また、遊ぼうな」
「こっからは家族の時間だろうから、俺たちは遠慮しておこう」
途中の道で別れた仲間たち。
帰り道のコンビニに寄って、花火をたくさん買って、三人は海堂の実家に帰った。
「お邪魔します」
「ただいま」
「あれ?貞治兄さんに、薫兄さん、どうしたんですか?」
突然やってきた乾たちを出迎えた葉末は不思議そうに見つめている。
「はーくん、しずとはーびしよ」
草履を脱がして、玄関に下ろした途端、静流が葉末の足元に纏わりつく。
「花火ですか?静くん、見てきたんじゃないんですか?」
「終わったのが不満で泣き出してね」
「仕方ねぇから、花火しに来たんだよ」
「そうなんですね。いいですよ、静くん、花火しましょう」
「しよー」
「お母さんと、お父さんも誘いましょうね」
手を繋いで、リビングに向った葉末と静流を見送って、乾と海堂も玄関に上がる。
乾たちの話を聞いて、家族全員で花火をすることになった。
バケツに水を用意して、蝋燭に火をつけて、庭で花火を楽しむ。
「ほら、静流」
海堂がしゃがんで静流の手に花火を握らせる。
「火、つけるからな」
その花火を持った静流の手を上から握り、蝋燭に花火を近づける。
「うわぁ」
パチパチと音がして、火花が散る。
「ちっちゃい花火はどうだ?」
「きれーねー」
「綺麗だな」
すぐ近くで広がる色とりどりの花火に魅入る。
「静くん、コッチのも綺麗ですよ」
「ほんと、きれー」
皆で、数々の花火をつけ、静流に見せる。
嬉しそうにはしゃぐ静流に、皆、穏やかに笑う。
「…う…ぁ…なーび…」
「おおっと」
首をカクカクとさせたと思った途端、体が傾く静流。
慌てて乾が抱き上げる。
「……」
「寝てる」
「はしゃぎすぎたのよ」
「寝かせてきてあげたらどうだ?」
「そうする」
「後片付けは僕たちでしてますんで」
「俺も手伝いますよ」
「いいのよ、私たちも楽しかったもの」
「んじゃ、言葉に甘える」
「スミマセン」
家族の優しい申し出を受けて、乾と海堂はすっかり寝てしまった静流を連れて、二階の海堂の部屋に向う。
静流を寝かせ、二人でベランダに出る。
「楽しかったな」
「疲れましたけどね」
ぴったりと寄り添って話す二人。
ゆっくりと話が出来るのは、やっぱり子供が寝た後。
「あれは、予想できる範囲だったのにな…」
苦笑混じりに話す乾に、海堂もフッと口元を緩める。
「大変だったけどさ」
「はい」
「来年も行こうな」
「はい、三人で」
「ああ、三人でな」
空に舞い散る大輪の華。
あの感動を、夢で噛締めている静流。
あの華の散った空の下、二人は自分たちの華を咲かしていた。
終わりの寂しさは、次が始まる合図だから
来年も再来年も、君が大きくなって一緒に見る相手が出来るまでは……
大輪の華の下に三人でいよう。
|