「「ハァ〜」」
青空の広がるテニスコートの端、暗雲を立ち込めてうずくまる影が二つ。
「何とかしてください〜」
ずっとその雰囲気の中、ビクビクとしながら練習をしていた一般部員の皆さんたちは、コートに入ってきた副部長を見つけるなり、泣きながらすがり付いてきた。
「何とかって、どうかしたのか?」
人の良い副部長は、圧倒されながらもいつもの爽やかスマイルを浮かべる。
「あれ何です…」
大石に聞かれ、全員の視線が一点に集中する。
「あれ?…っ…」
部員の視線に誘われるように、大石もそっちに視線を移す。
そして、そのまま凍りつく。
「大石、どったの?……フニャっ〜怖いよ、大石〜」
固まった大石に、菊丸も視線を追う。
目にした光景に、恐ろしく泣きながら大石に抱きつく。
「…スマナイ、あれは俺にもどうすることも出来ないよ…」
抱きつく英二を宥めながら、少し引き攣った笑いを浮かべる。
「あれをどうにか出来るのは、手塚ぐらいじゃないかな…」
まあ、単体なら、海堂かタカさんでも問題ないけど。
あの二人を何とかできる人間なんて、他にはいないだろう。
そう、うずくまる影とは、乾と不二の性悪コンビだった。
その二人と言えば、周りが怯えているのも気にせずに
「海堂…」
「裕太…」
深い溜息を吐きながら、落ち込む原因となった人の名前を呟いている。
都大会の後、大嫌いな桃城とダブルスを組まされ、その上、その試合は不完全燃焼で終わってしまうわ、ルドルフの観月はやたらと乾にちょっかいを出すわで、物凄く機嫌が悪くなってしまった海堂は、その日以来、乾を完全に無視していた。
不二はというと、あの後、裕太を家に連れてくことが出来たものの、やはり家でもあの性格が炸裂してしまい、余計に裕太を怒らせてしまっていた。
そんな理由で、この二人は週明け早々から黒い影を引き連れており、部員たちの恐怖を煽っている。
「何をしている?」
もうダメだと、部員たちが諦めかけていたとき、天からの声ならぬ、部長の声が響く。
「部長」
天の助けだと、一度は諦めかけた部員たちに期待が沸く。
「部活は始まってると思ってたんだがな…」
眉間に皺を寄せてきつい一言を言い放つ部長に、彼らは恐れることなく(これ以上恐れることなどあるもんか)部長に縋りつく。
「あの人たちを、何とかしてください〜」
もう、部活どころじゃありませんよ〜
「手塚〜、乾と不二が〜」
泣きつく部員たちに、手塚は視線をさ迷わせる。
「…海堂と河村を呼んで来い!!」
コートの隅にうずくまる二人を見つけた手塚は、こめかみに指をあてて、そう部員たちに指示をした。
「はい」
そうして、部員たちは海堂と河村を探しに散らばった。
「…何ッスか?」
「どうしたの、手塚?」
それぞれ、掃除ととある用事のためにまだ校舎に残っていた二人は、突然走ってきた部員たちに拉致されて無理やり、ここまで連れてこられていた。
かたや、不機嫌そうに、かたや不安そうな声で手塚に向き直る。
そんな二人を一瞥して、手塚が一言
「あいつらを何とかしろ!!」
と言い放つ。
「嫌です!!」
だが、乾の性格が移ったのか、普段は言うことを良く聞く真面目な海堂が即座に返したのは、否定のソレで
「あんな人、勝手に暗くなってればいいんですよ」
そう言って、失礼しますと断って、練習に行ってしまった。
「うにゃ〜、薫ちゃん、かなりご立腹だね〜」
それを眺めていた菊丸の何気ない一言
「英二、シーッ」
大石が菊丸の口を塞いだが時既に遅く、
「海堂…」
しっかりと耳に入ってたらしい、乾の情けない呟きとともに、あたりを覆っている暗雲が増え始めた。
「不二のほうは、もう少ししたら何とかなると思うから…」
さっさと行ってしまった海堂とは逆に、河村は心配しないでと笑う。
どうやら、不二の落ち込みの原因を知っていて、何とかしようとしていた所だったらしい。
それから一時間近くたった頃、
「兄貴、河村さんに迷惑をかけんなって」
影を背負った不二にはた迷惑そうな声がかけられる。
「裕太vv」
その声に、まわりにたちこめていた暗雲を一瞬で吹き飛ばして、嬉々とした表情で弟に抱きつく不二。
「どうしたの?青学に戻ってくるきになった?」
「なるか。河村さんから電話もらったんだよ。兄貴が落ち込んでるって…」
「河村が?そう、やっぱいい男だよね、河村って」
「裕太君、来てくれたんだ」
裕太の姿に気づいた河村が、二人に駆け寄ってくる。
「迷惑をかけて、スミマセン」
「俺のほうこそ、突然電話して御免ね」
兄の迷惑を変わりに詫びる裕太に、河村が逆に謝る。
「河村、大好きだよ」
自分が落ち込んでるのを見て、裕太に電話してくれた河村に、不二は嬉しそうに抱きつく。
「不二っ」
抱きつかれた河村は、突然のことに顔を真っ赤にして、オロオロしている。
そんな和やかムードな不二兄弟と河村の横では
「乾君、落ち込んでるなら、僕が慰めてあげましょうか?」
んふっ。っと、いつもの口調で話しかけてくる部外者に、乾の影は深まる。
「裕太、観月を連れてきたの?」
裕太の隣にいる観月の存在に気づいた不二が、声を低くして訊ねる。
「あぁ、行きたいって言うから…」
ニッコリと微笑んではいるが、それが怒ってるときの笑顔だということを知っている裕太は、少し後ろへ引く。
「あっ、不二の弟君に観月!!」
ダブルスの練習を終えた菊丸が、二人の存在を見つける。
「ほんとだ。タカさんのいってたのって、弟君が来るってことだったんだな」
隣の大石も菊丸の言葉につられてそちらへ視線を向ける。
「余計な者まで連れてきたようだがな」
ダブルス練習には参加してないために、河村が動いた時点で気づいていた手塚が海堂を横目に見て呟く。
「…チッ」
手塚の視線の先、海堂は菊丸の声にそっちを振り向いて、ただでさえきつめ目つきがさらにきつくなった。
「…んで、あいつがいんだよ」
吐き捨てるように言うと、乾たちのいる所へと走っていった。
「観月か…、俺のことはほっといてくれ」
お前がいると、余計に海堂が不機嫌になるんだよ。
「出来るわけありませんね。こんなチャンス滅多にないんですし」
クスリと笑って、乾の言葉を却下する観月。
「海堂君よりも、僕のほうが君を楽しませてあげれますよ」
ンフっと誘うような笑みを向けて、乾の肩に手をかけ、首に腕を回す。
「折角の機会に、のりかえません?今なら、特別サービスつきですよ」
爪先を伸ばして、背伸びをする観月。
乾は影を背負ったまま観月の存在など気にも止めていない。
「乾君…」
「ふざけんな!!」
観月が目を閉じて、顔を動かそうとした瞬間、物凄い勢いで弾き飛ばされる。
「ああっ、観月さん」
驚いた裕太が、急いで観月を助けに行く。
「裕太、僕よりも観月がいいの?」
さっき以上の凶悪な笑顔でそれを見つめる不二。
「不二、先輩を助けるのも、後輩の役目だから…」
このまま放っておけば、間違いなく観月に攻撃をしかねない不二を止めるように、なんだかよくわからない理屈を述べてみる。
「…どこまで、僕たちの邪魔をすれば気がすむんですか、海堂君」
裕太に助け起された観月は、剣呑な雰囲気で乾に抱きついている海堂を見る。
「海堂…、ごめんな。もうしないから、許してくれる?」
久しぶりに触れてきてくれた海堂に乾は嬉し涙を流しながら、海堂を抱きしめる。
「他の奴に触れさせなかったら許す」
今みたいなことだぞ。
と念を押す。
「ちょっと、そこの二人。僕を無視しないでくれますか?」
抱き合って、二人の世界に没頭してる乾と海堂の間に割って入るような勢いで、観月が叫ぶ。
「あっ?観月いたの?」
あんた、名前呼んでたろ?
思わず、そう突っ込みを入れたくなるような乾の言葉に、一瞬、まわりの空気がシンとする。
「いたの?とは心外ですね。さっきまであんなに…」
言いながら、手を伸ばして乾に触れようとする観月の手を、海堂がバシッと叩き落とす。
「先輩に触んじゃねぇよ」
乾を自分の背後に隠して(ってか、隠せてないし)、フシュウ〜と息を吐いて威嚇する海堂。
「この人は、俺のなんだよ。アンタの出る幕じゃねぇよ」
「いつ、乾君が君のものになったって言うんですか?」
「そんなこと、アンタに言う必要はない!!」
フンと後ろを向いて、これ見よがしに乾に抱きつく海堂。
「先輩は俺のこと好きっすよね?」
スリと乾の胸に頬をすり寄せて、甘えた声で聞く。
「大好きだよ」
スリスリと自分に甘えてくる海堂の可愛さに、乾はクゥ〜っと拳を握り締め顔を青空に向け滝のような涙を流す。
「先輩は俺ので問題ないっすよね」
わざわざいつもならぼそっとしたしゃべりかたの海堂が、わざと観月に聞こえる大きさで訊ねる。
「当たり前だよ」
そして、乾のこの言葉に、海堂は勝ち誇ったような笑みを観月に見せる。
「これでわかったろ、バ〜カ!!」
「バカですって、バカって言いましたね、今!!」
「バカをバカと言って、何が悪いんだよ。とっとと帰れよ、オカマ」
「海堂君、君、言ってはいけないことをいいましたね…」
海堂にオカマ呼ばわりされた観月は、フフフフ…と低い笑いを漏らす。
「観月さん、落ち着いて下さい」
その声に、ギョッとした裕太が観月に近づく。
「そこまで僕を愚弄したこと後悔させてあげますよ。ねぇ、マ・ム・シ・君」
わざわざ海堂が大嫌いなあだ名を、一音ずつ区切って呼ぶ観月に、海堂は
「マムシじゃねぇってんだろう」
思いっきりキレて、観月を殴りに行こうと乾から離れようとしたが、
「いいの、海堂?乾から離れたら、それこそ観月の思う壺だよ?」
と、有難い助言が耳に入る。
「余計な事を…」
助言をしたのは、すぐ近くで事の成り行きを見守っていた不二で、観月はチラッと不二を一瞥してキリッと歯軋りをする
「有難うございました」
海堂は不二のほうをみて、そう呟いてから、また乾に貼りつく。
「先輩、今日は離れないでくださいね」
「勿論だよ」
可愛い顔でおねだりされた乾は
(こういうのを、至福の時って言うんだろうな…)
と、目の前のバトルには目もくれずに、一人で悦に入っていた。
そして、それを遠めに見ていた手塚・大石・菊丸は
「乾、完璧にいちゃってるにゃ〜」
「頼むから、トラブルを持ち込まないでくれ…」
「……」
楽しんだり、胃を押さえたりなどと、三者三様の感想を漏らしていた。
「うにゃ、手塚?」
さっきまで傍観していた手塚が、チラッと校舎の時計を目にして騒動の元へと歩き始める。
「不二弟!!」
「はい!!」
ツカツカと裕太の元にやってきた手塚。
呼ばれた裕太は手塚の威圧感に背筋を伸ばして、直立不動でたっている。
「アレを何とかしてもらおう」
ピシッと観月を指して言い切る手塚に、裕太は曖昧な表情を見せる。
「いい加減、こちらとしても部活を始めたいんだがな」
海堂はキレまくってるし、乾は使い物にならないし、不二・菊丸は面白がってるし、河村・大石は既に疲れ果てていて、とてもじゃないが手塚一人では収集のつけようがない。
せめて、乾が正気に戻ってくれたらいいのだが…
久しぶりに近づいてきた海堂が、いきなりこれだけ甘えてきたせいで、地獄から天国に一気に昇りつめた気分なんだろうが…
「気持ちはわかるんですが、俺じゃ観月さんは止めれないんです」
スミマセンと殊勝に謝ってくる裕太。
「まっ、確かに弟君には荷が重過ぎるよにゃ〜」
手塚の後を追いかけてきた菊丸が何気に呟く。
「ごめんね、俺が電話して来てもらったばかりに…」
二人のやり取りを見ていた河村が申し訳なさそうに項垂れる。
「大石も、迷惑かけてごめんね」
無意識に胃を押さえていた大石に謝る。
「いや、タカさんは不二のことを思ってやったんだから」
「そうだよ。タカさんは悪くないよ。悪いのは勝手についてきたアイツ」
河村を庇うように不二が口を開く。
「元を言えば、くだらんことで暗くなっていたお前が悪いんだろう」
和やかムードになりつつあったそこに、部長の爆弾発言が飛ぶ。
「くだらないって、どういうこと?」
瞬時に凍りついたそこに、不二の冷たい声が響き渡る。
((((手塚(さん)。何てバカなことを…))))
そろそろっと足を音をたてずに後ろに下がりながら、ジリジリと非難してる四人の心の叫びであった。
「たかが、兄弟喧嘩くらいで暗くなることのどこが、くだらなくないんだ?」
心底わからないという感じで手塚が口を開く。
わからないのは、俺たちのほうです。
どうしてわざわざ、不二を怒らせようとするんですか!!
ここにいるテニス部員、全員一致の叫びであった。
「兄弟のいない君に言われたくないよ」
絶対零度を纏った不二の言葉に、避難中の四人の足が凍りつく。
だが、目の前にいる手塚は無傷である。
たぶんというか、きっと不二が怒ってる事実にさえ気づいてないんじゃないかと、真剣に思ってしまう四人だった。
「もしかして、手塚さんって天然ですか?」
何とか凍った足を無理やり動かして、安全地帯に移動した四人は囲んで話をしていた。
「もう物凄い天然」
「乾や不二が機嫌悪かったりしても、手塚だけは気にしてないよね」
「そうそう。俺らも含めて、他の部員なんかもう怯えきってるのにな…」
「あれ、絶対にわかってないんだよ」
「そうだろうな」
「多分ね」
「本当に凄い人だ」
本当、色んな意味でね(笑)
「ところで、あれどうしましょう?」
熱いバトルを繰り広げている、海堂vs観月。
その横で、ブリザードを吹き荒らしている、手塚vs不二。
とどまることをしらずに、どんどんと白熱してくるバトルに裕太がお伺いをたてる。
「どうしようって」
「どうしようもないよね」
「俺たちじゃ、止めらんないし」
それに三人は、苦笑しながら答える。
「あの三人が、大人しく言うことを聞くのって乾だけだからな」
「その乾があれだもんね〜」
「乾が正気に戻るか、アレが終わるか、どっちが早いかってとこだろうな…」
ハァ〜と溜息を吐く三人。
既に、今日の部活は自主練と諦めていた。
「どうしようも出来ないし、さっきの続きしよ、大石」
「そうだな。このまま見てても仕方ないしな」
「あっ、俺も練習に戻らなきゃ」
完全に放っておくことに決めたらしい三人は、さっさと練習に戻っていた。
そして、一人その場に取り残された裕太はと言うと、
「乾さん、正気に戻ってくださいよ〜」
観月を置いてルドルフに戻ることも出来ずに、早くこのバトルが終わることを願い続けていた。
結局、このバトルは夜まで続いたとか……
|