遥か先の世界、天に住まう人々。
彼らはその類稀なる力故に、固定された男女の性別以外に、どちらにも属さない無性・両方の性を併せ持つ両性・好きな性別になれる中性の五つの性別に分かれていた。
これは、そんな世界に住まう、最高位に属する神々の日常である…
「皇子、これから勉学の時間だと思うんですが…」
天界の中心、天宮の回廊。皇子と呼ばれた黄色いカンフー服に身を包んだ少年に声をかける、同じ色のチャイナ服に身を包んだ少年。
「だって、つまんないんだもん」
天帝の跡継ぎである、リョーマ(無性)が答える。
「それよりさ、薫。玄武の、面白い話を聞くほうが楽しいと思わない?」
「それは…」
「それに、薫だって、玄武に逢いたいでしょ?」
「皇子!!俺は、そんなことで公私混同しません」
母親違いのリョーマの兄にあたる、薫(中性)が、リョーマの言葉に声を荒げる。
「ふ〜ん。じゃあ薫は玄武に逢いたくないんだね」
「…誰も、そんなこと言ってねぇだろ」
リョーマの声に、薫がボソボソと呟く。
「なら、問題なし。レッツゴー」
薫の言葉に、リョーマは笑って薫の手を引いて歩いていった。
「あれ?おチビ、かおちゃん」
玄武の住まう、北の離宮まで歩く途中、天宮の中央手前で、赤のカンフー服に身を包んだクリンクリンの瞳の少年が二人に声をかける。
「今は勉強の時間じゃなかったっけ?」
「サボリだよ、朱雀」
「おんや、それじゃあ…」
「大石様は、皇子の部屋にいらっしゃると思います…」
「そっか、それじゃ行ってくるにゃ」
「頑張って、朱雀」
「英二さま…」
天帝に仕える四神将の一人、朱雀の英二(両性)が元気よく、リョーマたちが来たほうに向って走っていった。
天宮中央について二人は、周りに見つからないように細心の注意を払って歩く。
ここには、四神将首座の青龍がいて、頭の固い彼にだけは見つかるわけにはいかなかった。
玉座の間の近くを通り過ぎ、中央の端を通り過ぎようとする。
「あれ、皇子に姫?」
が、厨房を通り過ぎたところで声をかけられる。
姫とは薫の事で、固定性の少ない天界では、天帝の跡継ぎとなる子供を皇子と呼び、それ以外の天帝の子供を姫と呼ぶのがならわしだった。
薫とリョーマでは、薫のほうが年上だが、薫の母は天帝の侍女であった女性で、リョーマの母は、名のある家の娘なので、後に生まれたリョーマが跡継ぎになっている。
「白虎様!!」
「白虎、またタカと厨房デート?」
声に振り向いた二人の前には、白のチャイナドレスに身を包んだ、色素の薄い髪に優しく微笑む女性。
「そう。タカさん。仕事が忙しいからね」
「不二、ゴメンネ。もうすぐ終わるから」
西の将神、白虎の不二(中性)と、横で大きな中華なべを片手で振る、宮廷料理人の河村(男性)。
「無理しなくていいよ、帝の大喰らいは今に始まったことじゃないもの」
「全く、恥ずかしい」
「本当に、スミマセン」
自分たちの父親のことに、恥ずかしいそうに謝り、俯く二人。
「別にいいよ。それより。乾のところにいくんでしょう?」
「そう」
「僕たちも後で行くって伝えといて」
「あ、あの人、自分の部屋に戻ってらっしゃるんですか?」
「乾?うん。手塚以外の四神将は気ままに休んでるよ」
「わかった、伝えとく。いこ、薫」
「あ…、お邪魔しました」
厨房を出て、北に続く回廊を歩く二人。
天宮と北の離宮を結ぶ橋。
「薫、結界」
東西南北の離宮に住まう、四神将はそれぞれ、離宮と天宮を結ぶ橋に結界を施している。不用意な他人の侵入を防ぐためだ。
「皇子でも、入れると思うっすけどね…」
結界の中に入れるのは、許された人物か、無理やり破る不法侵入者のみ。
この北の離宮に薫は、無条件で入れるようになっていた。
薫の手が結界に触れると、目の前の結界は霧散する。
二人が結界の中に入ると、また結界は自動的に元に戻っていく。
「いらっしゃい」
橋を渡り終えると、ドアに背を凭れかけて立っている、黒のチャイナ服の背の高い青年。
「玄武、遊びにきたよ」
「皇子、確か勉強の時間だったと思うんだけどね?」
「スミマセン、俺が止めれなかったばかりに…」
楽しげに、北の将神、玄武の乾(男性)に抱きつくリョーマに、乾が苦笑を漏らす。
苦笑混じりに呟かれた言葉に反応したのは薫で、申し訳なさそうに謝る。
「姫は悪くないでしょ?皇子が無理やり連れ出したってとこだよね、皇子?」
「…いいじゃん、そんなの」
乾の言葉に、リョーマがプクッと膨れる。
「拗ねなくてもいいと思うんだけどね」
リョーマの頭を撫でて、喉の奥で乾が笑う。
「こんなとこに、ずっといたら手塚に見つかりそうだし、中に入ろうか」
「はい」
「玄武、俺、疲れた」
ドアを開けて、促す乾に、薫は素直に返事をしたが、リョーマは疲れたと言って乾に腕を伸ばす。
ようするに、抱っこしてつれていけといいたいらしい。
「皇子!!」
「何?もしかして、焼きもち?」
リョーマの行動に薫が諌めるような声を出すが、リョーマはさらっと切り返す。
「ち、違います!!」
カッと頬を朱に染めて、薫が咄嗟に叫ぶ。
その姿に、リョーマはさも楽しげに乾の腕の中で笑い、
「違うの?残念」
と、乾はリョーマを抱き上げて、呟いた。
そして、それを聞いた薫は、さっき以上に顔を紅く染めていた。
リョーマを右腕で抱き上げ、左手で薫の手を握って、乾は二人を連れて自室に戻る。
「…汚い」
「……」
「ゴメン、ゴメン。ここ最近、忙しくてさ」
片づけが苦手な乾の部屋は見事に散らかっていて、リョーマと薫は部屋の惨状に眉をしかめる。
「玄武は、いつもでしょ」
誤魔化すように口を開く乾に、リョーマの冷たい声が飛ぶ。
「部屋片付けますんで、そっち行っててください」
部屋の有様に見かねた薫が低い声で言い切る。
「はい」
勝手知ったるとやらで、乾の部屋の奥から掃除道具を取り出して、テキパキと片付け始める薫に、乾は大人しく従って、部屋のソファにリョーマと二人で座る。
「薫と玄武って、お似合いだよね」
「そう?」
「だってさ、玄武は料理とかは得意だけど、片付けは嫌いじゃん。逆に、薫は料理とかは苦手だけど、片付けだけは得意だもん」
「うっさい。これでも頑張ってんだ」
得意げに話すリョーマに、薫は手を休めることなく、怒鳴る。
けれど、その言葉の恥ずかしさに、顔が赤くなているので、効果はない。
「俺って、いい奥さん貰えて幸せだなとは思ってるけど」
そんな兄弟の遣り取りに、忍び笑いを漏らしながら乾が呟く。
「べ、別にまだ決まったわけじゃ…」
赤くなりながら、モゴモゴと口籠る薫。
まだ、非公式な話ではあるが、薫と乾は婚約している。
元々、侍女の子供だった薫はリョーマが生まれるまでは、天帝の子供であると公表できなかったために、玄武の家に預けられていた。
まだ、玄武になる前の乾と薫はしばらく一緒に暮らしていたのだ。
その頃から、仲が良い二人を思ったことと、薫を降嫁させることで、薫に後継者権を消すことによって、薫の身を守るという理由により、天宮の中では、この二人の仲は公認になっていた。
「姫は俺と結婚するの嫌?」
「薫が嫌なら、俺が玄武と結婚してあげるよ」
薫の言葉に、寂しそうに乾が呟き、隣にいたリョーマが乾の膝に座って慰めるように話しかけた。
「誰も嫌なんかいってねぇし、皇子は跡継ぎだから四神将と結婚できるわけないだろ」
「薫が俺の代わりに継いだらいいじゃん」
「嫌だ」
リョーマの言葉に、即座に否定する薫。
よっぽど、親の後を継ぐのが嫌なのか、乾と結婚したいのかは謎だが。
「まあまあ、既に皇子が跡継ぎっていうのは公表されてるから、今更、変更は出来ないだろうし…」
にらみ合いに発展していた兄弟に、乾が宥めるように口を挟む。
「もう玄武はすぐ、薫の味方する…」
「そういうんじゃないんだけどね…」
乾の言葉に不貞腐れたようにリョーマが座りなおす。
「掃除終わったんで、もう動いていいですよ」
言い合いの間も、ちゃんと手は動かしてた薫がソファに座る二人に話しかける。
「綺麗になったな〜」
「もう少し、ちゃんとしてください」
「姫、早く嫁においで」
部屋を見渡して感心する乾に。薫が少し説教交じりの声を出す。
「な、何いきなり…」
乾の言葉に真っ赤になった薫。
「姫も座って、お茶にしよう」
「やったー、玄武、お菓子も〜」
「はいはい」
そんな薫の頭を撫でて、乾はお茶を淹れに席をたった。
「玄武の言うとおりに、さっさと嫁にいけば?」
「煩い、まだ修行中なんだよ」
「はい、お待たせ」
言い合いをしてる二人の元に、乾がお菓子とお茶を持って戻ってくる。
「皇子、またサボられて」
「ごっめーん、皇子。大石にバレちゃった〜」
3人で仲良くお茶を飲もうとしたとき、玄武の部屋のドアが開いて、リョーマの教育係の大石(男)と菊丸が入ってきた。
「もう、朱雀。もうちょっと頑張ってよ」
「大石って、こういうとこ固いからさ〜」
「あれ、もうバレたの?」
「あ、不二」
「大石、いつも苦労してるんだね」
「タカさん…」
そこに、言っていた通りに不二が河村を連れて、遊びにきた。
「一気に大人数だな」
「このパターンじゃ……」
「そろそろかな、姫、逃げる?」
「いえ、皇子と一緒にここまで来た俺も悪いんで」
「相変わらず、姫はいい子だね〜」
「む、また子供扱いする…」
「してないって。早くお嫁さんに来て欲しいって言ってるでしょ」
「それは別」
騒がしい部屋の隅で、主の乾と薫がひっそりと話していると…
「何故、ここに大石がいるんだ?今は、皇子の勉強に時間ではないのか?」
「手塚…」
「うわ、ヤバっ」
「薫、逃げるよ」
「皇子、諦めたほうがいいようですよ」
東の将神であり、四神将首座の青龍である手塚(無性)が来たことにより、マズいと感じたリョーマがこっそりと小さい体を隠すように乾と薫の傍にいって逃げようとするが、
「皇子、どちらへ?」
既に遅く、手塚がリョーマの背後に立っていた。
「やあ、青龍。部屋に戻って勉強しようかなって…」
「それは、感心です。では、この青龍が直々に皇子の勉強の捗り具合を調べてさしあげよう」
「それは、いい」
「どうしてですか?問題はないはずだろ、大石?」
「あ、ああ、そうだな。手塚がいてくれるほうが捗る」
「では、決まりだ。行きますよ」
「うわ〜、助けて〜」
「ごめん、おちび」
「手塚には逆らえないしね」
「姫は俺が面倒見ててあげるから、皇子は頑張って」
「皇子、少しは勉強したほうがいい」
手塚に引き摺られ、叫ぶリョーマに他の面々は手をふるだけ。
「不二、菊丸、乾。お前たちも仕事しないか」
それを手塚が見過ごすはずもなく、仕事しない残りの将神たちに釘をさせて去っていった。
「仕方にゃいな」
「ごめんね、タカさん」
「俺はいいよ」
「姫、後でね」
「俺も手伝いますよ」
「姫は優しいな」
「はーい、そこイチャつかない。大石も行っちゃって、俺は寂しいっつの」
「わかったわかった」
「じゃあ、戻りますか」
そう言って、彼らもそれぞれ中央にある自分たちの仕事部屋へと向っていった。
神様たちの住まう世界。
下手をすれば、人の生活よりもお気楽生活かもしれない。
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