SIDE:K
「海堂…俺とダブルス組んで見るか?」
確かに彼はそう言った。
突然の言葉に、俺は何も言えなくて
「返事は後でもいいから」
ボケッと間抜けな顔で見つめていただろう俺に、あの人はいつものように苦笑した。
「お兄さん、何だか嬉しそうですね?」
いつの間にか、家に帰ってきていたらしい俺に葉末が声をかける。
「そうか?」
嬉しそうか…
やっぱり、嬉しいんだろうか、俺は?
突然の言葉に、まさか、そんなこと言われるなんて思ってなかったから、嬉しいとかそんな感情よりも、ただ驚いた。
その感情が強くて、その後のことはほとんど記憶にない。
何だか、散々甘やかされてたような気はするが、覚えているのは、ふわふわとした気分と彼のいつもの苦笑い。
それ以外に残っているのは、頭の中で木霊する彼の言葉。
まわりの声が入ってこないほどに占められた、彼の声のせいで、何か色々と話してるらしい弟の声さえ耳に入ることなく、部屋に戻った。
部屋のソファに寝転がり、母親が置いたクッションを抱いて顔を埋める。
まだ耳に残る、声を思い出す。
あの人と、特別な関係になったのは、もう一年も前のこと。
それでも、俺がレギュラーになってからも、彼がこんなことを言うことはなかった。
ほんの少し、黄金ペアと呼ばれるあの人たちのことが羨ましいとか思っていたこともあったけど、自分も彼もたぶんシングルスのほうが性に合っているのだろうと、きっと彼はそう結論づけていたのだと思っていた。
だから、決して言えなかった言葉。
なのに、彼はそれを惜しげもなく……
例え、それが青学の為だとしても、俺をパートナーに選んでくれただけで、十分だ。
他にいるレギュラーの中から、他の誰でもない、俺を選んでくれた、それだけが嬉しかった。
思ってもみなかった言葉に、とても驚いてしまって、何も言葉が出なかったけど、答えなんか一つしかないから……
鞄の中にある、誕生日のプレゼントに親に無理を言って買ってもらった携帯を取り出す。
ほんとはきちんと返事をするべきなんだけど、それは恥ずかしいから。
それでも、返事した後の彼の声を聞きたいから。
(ダブルス、一緒にしてもいいっすよ)
無駄な言葉はいれずにメールを打つ。
きっと、これを見た瞬間に、自分に電話をかけてくるだろうその人の、滅多に聞けない嬉しそうな少しはしゃいだ声を想像しながら、送信ボタンを押した。
後、何分も待たずにかかってくるであろう携帯を手に持って、俺は顔が緩むのを隠せなかった。
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SIDE:I
ダブルス、一緒にしてもいいっすよ
そんなメールが届いたのは、お互いに帰路について結構な時間がたってから。
いつものようにデータを整理していたら、珍しく鳴る、彼専用の音楽。
開いた携帯の画面。
映し出された文字はそれだけで
「やっとで正気に戻ったってとこかな」
俺が、あの言葉を伝えてからのあの子の様子を思い出して、自然と笑みが零れる。
突然言われた言葉に頭がついていかずに、ボケッとした表情がやけに可愛くて、思わずそのまま押し倒したいなとか思ったり。
その後も、最後までどこか覚束ない足取りで帰ろうとするものだから、あんまりに危なっかしくて、家まで送っていった。
「俺も、まだまだ子供だよな」
彼の様子から、絶対にOKが貰えると踏んではいたけど、実際に返ってきた返事にホッとする自分がおかしくてたまらない。
ずっと考えていた。
あの子がレギュラーになる前から。
練習を見始めた頃から、密かに考えていたこと。
ずっと見てきたから、きっと本人以上に理解してるから、もしも、ダブルスを組むなら、彼以外は考えられなかった。
あの、前だけを見ている強い視線に射貫かれた日から……
「さてと…」
時計の示す時間を見て、まだ大丈夫だと判断する。
いい加減、付き合いの長い俺たちだから、きっとあの子は次の俺の行動を予想してるんだろうけど、
「まだまだだな…」
生意気なルーキーの言葉を真似してみたりして、一人、ほくそえむ。
どうせ今頃、携帯を持って俺からかかってくるのを待ってるのだろうけど、はっきり言ってしまえば、今の俺は声だけで我慢できるわけがない。
「覚悟しろよ」
俺をここまで惚れさせたんだから、それ相応のものは覚悟してもらわないと。
「さ、行くか」
俺は携帯と財布と鍵を引っつかんで、家を出た。
あの子の家に行く途中、ポケットの中の携帯を取り出し、時間を確認する。
携帯を開いて、最後に届いたメールの時間を確認する。
それが届いてから、既に十分以上経過していて、きっと彼はブスッとした顔で携帯を睨んでいるに違いないと思うと、笑いがこみ上げてきた。
「何で、電話してこねぇんだよとか言ってんだろうな」
こうして離れていても、鮮やかに思い浮かべることが出来る存在に、こうも心を奪われているのかと実感した。
ゆっくりとした歩調で歩いていても、もうあと数分でつく距離に辿りつく。
目の前には、見慣れた大きな洋風な家。
二階にある彼の部屋を見上げる。
まだ明かりがついているのを確認して、彼の家の前、あの子がベランダに出たら見える場所で立ち止まる。
携帯を取り出して、メモリーに入れているのにもかかわらずに、俺はゆっくりとした動作で、覚えてしまった彼の番号を押していった。
「もしもし、海堂…」
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Double Story
「もしもし、海堂…」
待ち焦がれた乾の声を海堂が聞けたのは、結局、返事のメールを入れてから、かなりの時間がたっていた。
すぐに電話してくれると思ってたのに……
電話がかかってきても、その不満が消えることはないので
「どちら様っすか?」
つい、そんな言葉が出てしまう。
「ひどいな、それ」
電話の向こうで苦笑するのが聞こえる。
今はそれすら癇に障る。
「用がないなら、切りますよ」
そっけなく告げて、電話を耳から話そうとしたとき
「わっ、待て、待てって…」
慌てるような乾の声。
それに少しだけ気をよくした海堂が、こっそりとまた電話を耳元に持っていく。
「なぁ、海堂。俺、どこにいると思う?」
何となく、携帯を持ち直したように感じた乾が海堂の部屋の窓を見上げながら、面白そうに謎かけのような言葉を口に出す。
「どこって…?」
「あっ、乾さん」
何を言っているんだろうと思った瞬間、電話の中と、外のベランダからよく知った声が聞こえた。
「葉末」
何で、電話から葉末の声が聞こえるんだ?
「やぁ、葉末君」
「乾さん、そんな所で何してるんですか?」
上がってくればいいのに
「そういう葉末君は、天体観測?」
「はい」
混乱する海堂をよそに、電話とベランダの向こうでは仲の良い会話が聞こえてくる。
「先輩!!」
ようやく落ち着いた海堂が、乾の謎かけの答えを知って、ベランダに出る。
「やぁ」
ベランダに出て下を向くと、乾が軽く右手をあげる。
「何やってんすか?」
「何って、電話」
「…っざっけんな」
シレッと答える乾に怒鳴りつけ、海堂は部屋へと走り去る。
「お兄さん、そんな勢いで階段下りたら落ちますよ」
部屋の向こうから、凄い勢いで階段を下りていっている音に、葉末が心配そうに声を出す。
「乾さん、今、お兄さん行きましたから」
「うん、有難う」
「玄関で待っていてください」
「うん、じゃ後でね」
「はい」
軽く葉末に手を振って、乾は海堂の家の正面に向う。
「来るなら、そう言え」
そこには既に海堂が待っていて、思いっきり睨まれていた。
「ゴメン、どうしても逢いたくなってさ」
声だけじゃ我慢できなかったんだ。
と、耳元で囁けば、海堂の頬が朱に染まる。
「声だけで、我慢できると思った?」
頬に指を置いて、線に沿うように動かせば海堂が擽ったそうに目を瞑る。
その隙を見計らって、乾がさっと唇を掠める。
「あんな可愛いこと言われたら、我慢できないよ」
耳元で囁けば、面白いくらいに紅くなる海堂に、乾がクスクスと海堂の肩に頭を乗せて笑う。
「…追い返しますよ」
笑われた海堂は、憮然とした表情で憎まれ口を叩くが、乾にそれが効くはずもなく、
「ゴメン、笑わないから、入れてよ」
まだ笑みを敷いているのだろう口元を大きな手で覆い隠して、謝る。
「仕方ねぇな…どうぞ」
表情を変えずに、それでもやっぱり来てくれて嬉しかったのか、少しだけいつもより弾んだ声で、海堂が乾が入れるように、ドアをあける。
「お邪魔します」
慣れた様子で中に入る乾。
続いて、海堂も中に入って、ドアを閉めた。
二人のダブルストーリーはここから始まる。
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