鬼  <モノカキさんに30のお題 03 for girls>



我が家には可愛い、可愛い鬼がいる。
つい先日、一緒にお風呂に入るか入らないで揉めて以来、すっかrへそを曲げてしまった妹は、何故か今、俺のパジャマの上だけを着て、俺の部屋の俺のベッドに枕持参で座っていた。

「薫、それ俺のパジャマなんだけど?」

風呂の一件以来、すっかり拗ねてしまって口を聞いてくれなかった妹の薫は、それでも何故だか怒ってるくせに、ずっと俺の傍から離れない。
一言も喋らないくせに、俺の部屋にやってきて、人のベッドに潜り込んで寝てしまう。

「……」
「薫、自分のパジャマは?」
「……って、言ったもん」

お、ようやく薫は口を聞いてくれる気になったらしいが、どうやら俺のデーターから推測するに、この後の状況はいっそ口を聞いてくれなかったほうがマシだと思えるようなことになりそうだ。
こういう嫌なことについてだけは、確率が100なのが恨めしい。

「お兄ちゃんが、着ていいって言ったんじゃない」
「…それは、薫が一人で寝るならって、そう言ったと思うんだけど」

言われてみたらと思い出す。
風呂の一件の数日前のことだった。
薫も俺と同じ中学校に入学したことだし、子供の頃からの習慣と化してしまっている、一緒に風呂に入っていることと、俺の部屋で一緒に寝てることを止めようと思って、さり気なく一緒に寝るのを止めようと切り出した。
その時に、薫に「お兄ちゃんの匂いがないと…」とか、よくわからないことを言われて、「お兄ちゃんの服とか着ていいなら…」と言われたので、同じベッドで二人で寝るよりはマシだと思ってOKしたのだ。
そう、あれは薫が一人で寝るならという意味でのOKだったはずである。
それがどうして、今、ここで枕持参して俺の部屋にいることになるのだろうか?
中学に入学してから、この妹は時折、こうやってとんでもなく変わったことをしてくれる。
それもこれも、あの悪友の不二と菊丸に感化されてしまっているせいに他ならないんだが…

「お兄ちゃん、まだ寝ないんでしょ?」
「俺?俺は…そうだな。まだやることあるから」

薫は…というか、俺以外の家族は早寝・早起きだ。
俺だけがどうしようもない夜型人間で大抵薫のほうが先にベッドに入って寝る。
それで一緒に寝るのをやめようと思った頃、薫がベッドで寝てたのでソファで寝ようとしたが、何故か、途端に薫が起きだして、そのままベッドに引っ張り込まれたころがあった。
ああいうのを野生の勘とでもいうのだろうか?

「だから」
「だから?」

一体、何がだからなのだろうか?
大概、俺も主語が抜けるだの、突拍子がないと言われているが、俺なりに頭の中で整理した結果なわけだが、この妹は時折、こうやって感性というか、感情というかで…それこそ本能で話してくるので、頭をフル回転させて言いたいことを理解しなければいけない。

「お兄ちゃんがまだ起きてるから、私は一人でお兄ちゃんのパジャマ着て、お兄ちゃんのベッドで寝るの」
「………………はい?」
「お兄ちゃんが寝るまでは一人で寝るから」

…………何を間違ってしまったのだろうか?
薫の果てしない勘違いに、俺はもうどう言ってこの間違いを正していいのかわからなかった。

「そ、それじゃ、俺は何処で寝たらいいんだ?」
「何処って?お兄ちゃんのベッドに決まってるじゃない?」

キョトンと首を傾げて答える薫は、兄の贔屓目を抜きにしたとしても可愛い。
可愛いというなら、さっきからの天然っぷりもとっても可愛いといえるだろう。
それがその天然の被害が自分でさえなければ。
けれど、この妹と幼馴染の親友のこのとっても近い天然っぷりの迷惑を一番被っているのは間違いなくこの自分なのだ。

「薫、俺が言った一人で寝るならってのは、俺の部屋で一人で寝るんじゃなくて、薫が自分の部屋で寝るならってことなんだ」
「…じゃあ、お兄ちゃん。寝る時に私の部屋に来るの?」
「……違うよ。俺は自分のベッドで寝るんだよ」
「それなら間違ってないでしょ」

間違ってる、果てしなく間違っているから……
誰だ、人の妹に理屈の通らないへ理屈を教えた奴は!!

「薫は薫の部屋で寝て、俺は俺の部屋で寝るって意味なんだよ」
「どうして?」
「どうしてって、薫ももう中学生なんだから」

そう言った瞬間、薫の頬がプックリと膨れた。

「もう薫も大きいんだから、一人で寝れるだろ」
「いや」
「薫…」
「お兄ちゃんと一緒じゃないと寝ない」
「そんな無茶な…」

やっぱり育てかたを間違えてしまったのだろうか?
少し甘やかし過ぎたとは常々思っていたのだが、可愛い妹だ。甘やかしても仕方ないと思う。

「やっぱりお兄ちゃん、薫のこと嫌いになったんだ」
「違うって言ってるだろ」

どうしてこの子は、こう話が飛躍するのだろ。
普通に考えても、中学2年生の兄と1年生の妹が一緒に寝るのはおかしいと思うのだが、薫にはそういう概念がない。

「あのね薫。俺も男だからね、色々と問題があるんだよ」

そう、問題がありすぎるのだ。
まず俺と薫は兄妹とは言え、血のつながりは全くない。
親の再婚で兄妹になっただけだからだ。
薫のことは可愛いし、溺愛してる自覚がある。が、別に恋愛感情などを持ってるわけではない(ここら辺、自覚なし)が、曲がり間違って何かが起こっては遅いのである。
通常の自分なら理性もあるし、分別もある。
だが、どうしてもダメなのだ、寝起きは。
自分でも自覚も寝起きの悪さ。
低血圧に寝不足の自分の寝起きは最悪だ、しかもほとんど記憶にない上に、理性のない人物と成り果てている。
過去に友人…この場合、悪友というほうが正しいが、彼らから聞いた自分の所業を考えても、いつか寝ぼけて薫を襲いかねない。
そういう意味では、風呂に一緒に入るよりも、重要な問題なのだ。
だが、自分に全幅の信頼を寄せてくれる妹にそれは通じない。
本気で泣きたくなってきた。

「お兄ちゃん、私のこと嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
「もう一緒にいてくれないの?」
「だからどうしてそうなるかな」

ウルウルと瞳を潤ませて見上げてくる薫は、かなり可愛い。
その上、着てるのは俺のパジャマの上だけ。
これが彼女とかなら、それはもう嬉しいシュチュエーションで今すぐ、据え膳を美味しく頂くところが、ここにいるのはれっきとした妹だ。
例え血が繋がってない上に、戸籍上も赤の他人のままだとしても。

「お兄ちゃん、どうしてもダメ」

今、俺はデーター整理の途中だったために、パソコンデスクの前の椅子に座っていた。
ベッドに座っていた薫は立ち上がり、俺の前まできて俺の膝の上に横からチョコンと座り見上げてくる。

「うっ…」

俺は薫のこういう顔に弱い。
ギュッと服を掴まれて、今にも泣き出しそうな顔で見上げられると、どんなことでも叶えてやりたくなる。

「お兄ちゃん」
「薫、わかってくれないか」
「もういいよ」

視線を逸らして、薫の顔を見ないように声を出せば、拗ねたような声とともに重みが消える。

「薫、わかって…」

わかってくれたか、そう言おうとした声は

「お休みお兄ちゃん」

という薫の声と、その後の薫の行動に消し去れてしまった。

「薫、全然わかってないじゃないか」

薫はそのまま俺のベッドに潜り込んでしまったのだ。
俺は仕方ないので、ベッドに近づき薫を起そうとするが…

「は、はやっ」

いつのまにこんな特技を習得したのか、薫は既に本当に眠ってしまっていたのだ。

「薫、何かあってからじゃ遅いんだぞ〜」

俺の泣き言が熟睡してしまった薫に届くわけはなく……
結局、俺は今日も眠れない夜を過ごすことになる。
このとんでもなく可愛い鬼のために。

Fin