完全無欠のプレゼント



今、目の前で信じたくない光景が広がっている。
はっきりいって、夢でればと思ってしまうくらい、現実逃避したい光景だ。
それでも、それが現実だと否応なく教えてくれるのは、この部屋中に充満している強烈な匂いのせいだろう。

「お兄ちゃん、誕生日おめでとう」

まるで自分のことのように嬉しそうに笑って、祝辞を述べる妹は、これが通常の状況なら俺も嬉しく思えるのだろうが、いかんせん、今はどうあっても普通とは言いがたい。

「……有難う、薫。けどね…」

何故、君はそんな格好でベッドの上にいるのかな?
そう伝える言葉は声に出せる前に、薫の次の言葉の前にかき消されてしまう。

「はい、プレゼント」

ズイっと目の前に出された物を、真剣に凝視してしまう。

「薫、プレゼントを用意してくれたのは嬉しいよ」

薫の誕生日を純粋に祝ってくれてるだろう気持ちは疑ってないし、嬉しいと思う。

「でもね、どうしてドリアンなのかな?」

薫が少しばかり天然さんなのは百も承知だ。
だから、変わったプレゼントが来たとしてもそこまでは驚かない。
けど、けどな、だからといって、ドリアンはないだろう!!
皿一杯にのせられた、ドリアンと、それが放つ異臭に、俺はもう既に意識を手放したくなっていた。

「英二先輩が、お兄ちゃんの好きな物はドリアンだって」

お兄ちゃんのデーターノートに書いてあったの見たよって、教えてくれたの。
本当に嬉しそうに話す薫は、その菊丸の言葉を全て信じていることを物語っていた。

「どうして英二に聞くかな」

大体、あれは英二と桃に書かれてしまったものだ。
決して俺のデーターじゃない。
そんな人の髪から連想出来るからって理由だけで、ドリアンを好きな物にされてはたまらない。
英二・桃、明日、覚えてろよ。
明日の報復を算段しながら、俺はもう一つの疑問を口にすることにした。
その間に、このドリアンを食べなくていい方法を考えるための時間稼ぎなのもある。

「後ね、薫。その格好はどうしたの?」
「……嬉しくない?」

キョトンと首を傾げてる仕草は、とっても可愛くて、その格好と相まって、これがもし恋人だったら間違いなくこの後の行動は一つだろうが、あいにく、この子は俺の妹で、そういう相手ではないし、そんな簡単に汚されてなるものかなくらいに溺愛しているのだ。
何故、その妹が俺のレギュラージャージを上着だけを羽織って、たぶん中は下着しかつけてないだろう格好で、足を正座から少し崩してペシャッとベッドにくっつけた格好でベッドの上から俺を見上げているのだろうか?

「誰に聞いたの?」
「不二先輩」

やっぱり…
俺はガックリと肩が落ちるのを止めることが出来なかった。
あの小悪魔コンビめ……
不二と英二の楽しそうな悪魔の微笑みが、脳裡を過ぎる。
あいつら、絶対に報復をしてやる。
この最悪な状態をただ、面白いからという理由だけで作り上げたであろう、悪友2人に心の中で毒づく。

「薫、不二と英二の言葉は信じたらダメだって言っただろ」

本当に、相談するならせめて、他の人間にして欲しいものだ。
…他?他といえば、河村と大石…ダメだ、あいつらには必然的に小悪魔がオプションでついてくる。
じゃあ、手塚……無理だ。聞くだけ無駄だな。
それどころか、下手すれば薫と一緒に、あの2人に話しかけて……
うっかりしてしまった、薫と同じ事をしている手塚を想像してしまい、俺は不覚にも吐きそうになってしまった。

「でも、お兄ちゃんが欲しいものわからなくて」
「俺はね、こうやって誕生日に薫が一緒にいてくれるだけで嬉しいよ」
「でもね、お兄ちゃんはいつも私の欲しいものくれるから」

私もお兄ちゃんの欲しいものがあげたかったの……
悔しそうに呟く薫に、そうかと思う。
薫は本当に悔しくて、哀しかったんだろう。
俺はあまり物欲がなくて、あっても、それはパソコンとかのどうあっても薫には手を出せない高価な物。
薫は自分で何とかなる部分での俺の欲しいものが思いつかなかったのだろう。
その気持ちはとっても嬉しいが、だからといって、あの2人に相談するのは頂けない。

「何でもいいんだよ、薫が選んでくれたものなら何でも」

だからね、お願いだからあの2人に相談するのだけは、本当に勘弁してください。

「それじゃダメなの。お兄ちゃんの欲しいもんじゃないと」

ギュウッとシーツを握り締める薫。
とっても嬉しい言葉なんだけど、その言葉とやってることのギャップにどうしていいのかわからないのは俺だけなのかい?

「有難う薫。それなら、出来たら他の誰かじゃなくてさ、俺に聞いて欲しいな」
「驚かせたかったの」

ポツリと呟く薫は、顔を俯かせて哀しそうに呟く。
でもね薫、より悲しませることになるから口にしないけど、それは俺の欲しいものじゃないんだよ。

「あのね、お兄ちゃん…」
「ん?」
「お兄ちゃん、コレ嫌い?」

俺の様子から、何かを察したのか薫が泣きそうな顔で訊ねてくる。

「それに、これやっぱ着ちゃダメだったよね…」
「そ、そんなことはないよ」

俺ははっきり言って、薫の泣き顔には滅法に弱い。
泣かれるくらいなら、自分が苦しんだほうが絶対にいい。
瞳を潤ませて、今にも零れそうな涙を、俺は咄嗟に薫の隣に座って指で拭ってやった。

「薫が着たいなら、いつでも着ていいよ」

レギュラージャージくらい、薫が着る分には何とも思わない。
いやいや、それどころかとっても可愛くて、よく似合ってると思う。

「でも、俺以外の人の前やったらダメだよ」

こんな姿を見せたら、襲われかねない。

「うん。じゃあ、コレは?」

すいっと目の前出された、ドリアン。

「そ、それは…」

はっきり言えば、その匂いだけで既に遠慮したい代物だ。

「やっぱり、嫌いなんだ」

グスッという音が聞こえて、俺は慌てて

「そんなことないよ、大好きだよ」

とつい、言い切ってしまっていた。
食べたないんだけどな……
そんな単純なことに薫は気付かない。
一緒に暮らしているのだから、それくらいわかりそうなものなのに。

「なら、私が食べさせてあげる」

嬉しそうに笑って、薫がフォークにドリアンを一切れ刺して、俺の口元に持ってくる。

「薫…」

その格好はどうかと思うよ。
兄に見せる姿じゃない。
いや、だからと言って、いつか恋人が出来たら、これを見せるのだろうかと思うと、腸が煮えくり返るくらいにムカつくのだけど。
間違いなく、薫と付き合うことになるであろう男は、一回位は、俺の制裁を受けるべきだ。
可愛い、それはもう猫かわいがりで育ててきた妹を渡すのだから。

「アーン」

今の薫は、座り方に変わりはないが、それにプラスして片手をシーツの上に置いて、腰を屈めて、顔だけは上を向いて、俺を見上げて、期待した瞳で見つめてくる。
頬は上気してるのかいつもよりも朱に染まって、さっき泣きそうになってたせいか、瞳は潤んでいる。
そして、服はさっきから言ってるように、俺のレギュラージャージの上だけ。

「薫、そんな格好、外じゃしたらダメだよ」

美味しく食べてくださいと言わんばかりの薫の姿に、思わず俺は念を押してしまう。

「お兄ちゃん、アーン」

トロンとした瞳で、俺の話は聞こえてないのか、ドリアンをクイッと近づける。

「薫?」

ホワンとした表情の薫。
あれ?
あれれ?
薫の様子がどうやらおかしいことにようやく気付いた俺は、やっぱり、この状況にどっかガショートしていたらしい。

「薫、もしかして熱ない?」

そっとフォークを取り上げて、皿に置いて、コツンと薫の額に額をあてる。

「やっぱり、熱い」

いつもならすぐにでも気付いた妹の異変に、今まで気付かなかったことが悔やまれる。

「薫、パジャマに着替えてねような」

取りあえず、そのまま薫を自分のベッドに寝かせて、俺はドリアンを持ってリビングへと向かうために階段を降りる。

「うわーん、くさいですー」
「葉末」
「貞治、それ早くどっかにやってね」

リビングに入った途端にドリアンの匂いにやられた弟の葉末と母がドリアンの後始末を望むので、仕方なく、俺が匂いが漏れないように始末して捨てる。

「薫、熱あるから」
「あら、大丈夫?」
「後で、氷水とタオルよろしく」
「用意したら、すぐにでもアナタの部屋に持っていくわね」
「薫の部屋だろ」
「アナタの部屋じゃないと、あの子、大人しくしないのに?」

ニッコリと笑いながら話す母親に、何でこの人は親として間違ってるだろうことを言うのかと思いながらも、間違いなく、それが事実のために、黙ったままリビングを出た。

「大体、年頃の娘が年頃の息子の部屋で寝るなんか、誰よりも反対するのが親だろう?」

それも俺と薫は血のつながりがないのだから。
言っても、あの母に勝てるわけはなく、俺は諦めて薫の部屋に薫のパジャマを取りにいった。

「薫、コレに着替えて」

ベッドに寝ている薫を上半身だけ起して、パジャマを渡す。

「う…ん…、お兄ちゃんが着替えさせて」

薫は俺に凭れかかって、甘えるように額を擦り付ける。

「薫、無理を言ったらダメだよ」
「いや、着替えさせてくれないならこのまま…」

単なる我侭なら、俺は何でも聞いてやる気はある。
でも、でもな、これはいかんだろう。

「母さん呼んでこようか?」
「お兄ちゃんじゃないといや」

フルフルと首を振って、薫はギュウッと俺にしがみついてくる。

「薫…」

どうあっても動かない妹に、俺はもう涙を飲んで、諦めるしかなかった。

「こんなんだから、俺はダメなんだろうな」

いい加減、妹離れ・兄離れをするべきだと、頑張っているけど、結局、薫の望みをかなえてしまう。

「薫、少しだけ離れて」
「ん」

ジャージを脱がして、俺は手際よく薫の服を着替えさせていく。
言ってしまえば、いまだに言い聞かせることが不可能で、薫とお風呂に入っているのだから、見慣れてるといえば見慣れてる。
それが哀れで仕方ないし、それと同時に、いつか自分以外の人間が見るのかと思うと、気分が悪くなる。
器用に着替えさせて、俺は薫をそのまま部屋に寝かす。

「お兄ちゃん」
「どうした?」
「ごめんね」
「何が?」
「お兄ちゃんの誕生日なのに」

布団から目だけを出して、呟く薫は本当にすまなさそうに謝ってくる。
けど…

「そんなこと、気にしなくていいんだよ」

本音を言えば、あんなもんを食わされなくすんで、心の底からよかったと思っている。

「薫が元気になったら、一緒に遊びに行こうか」
「お兄ちゃん、大好き」
「俺も、薫が好きだよ」

その何かあったら、何故だかあの小悪魔2人に相談に行くことさえやめてくれたら……

「さ、ゆっくり休んで」
「ん、お兄ちゃん、ずっと傍にいてね」
「ちゃんといるから」

俺の言葉に安心したのか、薫がすっかりと寝入る。

「よく、この部屋で寝るよな」

さっき、部屋の窓を開けて換気を始めたと言っても、この部屋にはまだ、ドリアンの匂いが染み付いている。

「もしかして、風邪か?」

そういえば、この部屋に平然と何とも思わなかった薫を思い出す。
もしかしなくても、薫の奴、鼻詰まってたんだろうな……
ドリアンの匂いが染まる部屋で、具合悪そうに眠る薫を見つめる。

「きっと、一生忘れなさそうだよ」

これだけ、強烈な印象だけを五感に与えてくれた誕生日は。

「まずは、あいつらへの報復だな」

誕生日だというのに、悪夢をみさされた乾は、その原因を作った悪友たちに何が何でも報復しないと気がすまないらしい。

「今度からは、薫でも買える程度の値段の欲しいものを用意しているよ」

薫でも確実にわかるであろうように、その頃にあわせて、欲しいものを……
誕生日って、楽しみにするものなはずなのにな……

「俺、もう誕生日こなくていいよ」

自分の命のほうが、大事だ。
心底、そう思わずにはいられない俺、乾貞治 14歳の誕生日だった。

Fin