確かにプールに行こうと思った。
思っただけで、言った覚えはないし、プールといっても遊びに行くためでなく、手っ取り早く、体を鍛えるのにいいトレーニングだと思ったからだ。
だから、初めから一人で区民プールとかで泳ぐつもりだったのだ。
それが、何でこうなるんだ!?
「優待券貰ったんだ」
眉を下げて、ゴメンネと小さく謝りながら説明する河村は悪くない。
河村は本当に、優待券を貰ったから皆で行かない?とでも言って誘ったんだろう。
そう、最初に誘うのが彼女の不二だっただけで…
「折角だもん、皆で行きたいよね」
ニコヤカに笑う不二は、たぶん間違いなく諸悪の権現だろう。
有無を言わせずに、この場に連れてこられた可哀相な犠牲者は俺を含め三人か……
菊丸と桃城と越前の三人は諸手を上げて賛成したのだろうし、手塚は間違いなく俺が来るからとか言われたに違いない、そして……
一番の問題は…
「お前ら、薫に何を言ったんだ?」
俺に張り付いて、何故か誰彼構わずに女性を見れば威嚇する妹の行動に、俺は迷うことなく3-6コンビの小悪魔娘に詰め寄った。
「何も?」
「うん、プールに乾が行くと、素顔全開だからモテモテなんだよねーって」
「ね、何でもないでしょ?」
それか原因は!!
不二と菊丸のネ?という笑顔に、絶対に裏があるということがわかった。
たとえ、そこらの何も知らない男が一瞬で騙されそうになる可愛い笑顔であっても、お前らの本性を知ってる俺は騙されないぞ!!
「乾も、ここまで来ておいてまだグダグダ言うの?」
「連れてこられたんだろ!!」
「もう、いいじゃん」
「いいわけあるか」
「じゃあ、いいの?薫ちゃんが乾の見てない所で水着で歩き回ってても…」
「グッ…」
「ひと夏の経験とかさ…」
「よくない」
「じゃあ、決まり」
「…………」
言い切る不二に、俺に出来るのはもう睨むことぐらい。
普通に自分が帰れば、薫も付いてくるだろうとは思ったんだが、でも、それなりに楽しみにはしてたみたいだから、そこまでするのは可哀相だし、まあ、遊ぶのも悪くはないから…幾分、メンバーに心配はあるものの…俺の負けにしといてやろう。
「そろそろ、更衣室に行かないか?」
「あ、ああ、そうだな」
「だね、不二ー、かおちゃん、おチビー行こう」
「じゃあ、適当な場所とって待ってるから」
そうだった、ここは更衣室の前で、通りがかる人がその度に俺たちを奇異の目で見て行く。
厄介なことに目立つ連中が多いもんだから、余計だ。
そんなことに気にもかけることなく、更衣室に消えていく女性人を見送って、俺たちも更衣室へと向かった。
「遅い」
女性に比べ、着替えるのは楽なもので、思ったとおりに先に俺たちのほうがプールサイドに着いた。
適当な場所を陣取って、レジャーシートを引き、準備を始める俺とは対照的に、手塚はまだやってきそうにもない女性陣にイライラし始めている。
女が、遅いのはいつものことだろう。
「まあまあ、手塚」
「女の子のほうが着替えるのは大変なんだから」
「それにしても遅いっすよねー」
そんな手塚を宥めるように、大石と河村が言い訳をするが、それを桃城がぶち壊してくれる。
あいつは状況ってのを本当に考えてない。
「待ってるのが暇なら手伝え」
このままじゃ、手塚の眉間の皺は増えるだけの上に、やってきたとたんに、プール周りを走らせかねないし、桃城は既にプールに体が傾いてて、後で待ってなかったお怒られかねない。
仕方ない、仕事をやろうと思って声をかけてやったというのに…
「乾?」
「な、何、それ?」
「凄い量っすね?」
「どっから出してきたんだ、お前は」
何だ、その呆れたような視線は?
どっからって…そんなもの…
「カバンからに決まってるだろうが」
他に何処があるんだ?失礼な奴らだ…
「お前のカバンは四次元ポケットか何かか?」
「手塚、四次元ポケットって…」
「言いえてますね、部長」
「それにしても、どうしたんだい、それ?」
何故、俺のカバンがドラエモンにならなきゃいけないんだ。
大体、凄い量って言うがな、出してるのは薫がプールで退屈しないように楽しめるようにと買ってあげた、プールグッズ…巨大浮き輪にビーチボール、ライドオン、フロート、ラウンジ、ラウンジチェア……だけじゃないか。
「これは薫ためのプールグッズだ」
「相変わらず、妹に甘いね」
「普通だろ」
「「「いや、普通じゃないから!!」」」
ハモって突っ込んでくれる、大石・河村・桃城。
この三人は妹がいるんだから、少しは考慮の余地もいるかと思うが、きっとあれだな、あんな彼女がいるから、妹を可愛がれないだけなんだろう。
そうだな、それしかないな。
「…手伝ったら、貸してやるから、ほら」
早くしないと薫がやってくるじゃないか。
すぐにでも遊びたいように、さっさと用意しておいてやらなきゃないだろ。
「わかったよ」
「うん、きっと不二も使いたいと思うしね」
「俺、使いたいっすー」
「ほら、手塚も」
「あ、ああ」
ようやく、煩くしてたこいつらも、大人しく準備を始めてくれた。
これなら、余裕で間に合うだろう。
「うわー、凄い、どうしたのーコレ?」
「物凄い量っすね」
程なくして、すべての空気が入れ終わった頃に、女性陣が水着に着替えてやってきた。
「乾が持ってきてたんだよ」
「僕たちにも貸してくれるって言ってたから」
「本当?乾?」
「ああ、ただし、薫が最初に選んでからだぞ」
「わかってるよ」
嬉しそうに今にも勝手に物色しそうな菊丸を止めるように口を開けば、菊丸はそういわれたことが不満だったのか不満そうに口を尖らせる。
けど、きっとお前は俺が言わなければ、勝手に持っていっただろう?
「かおちゃんはどれにするにゃ?」
「え…と…」
「薫」
「何、お兄ちゃん?」
「水着、とっても似合ってるよ」
「本当?」
「本当だよ、薫が一番可愛いvv」
今日の薫の水着は俺が見立てた水着で、白地に左側に紺色と赤色の金魚の絵が書かれている、シンプルな和柄で、日に焼けて小麦色の薫の肌に良く映える。
因みに、この水着を選んだのは俺だ。まあ、その時にも色々とあったんだが、それはまたいつか話そうと思う。
「お兄ちゃん、私、嬉しい…」
「あー、はいはい、イチャつくのはいいから、早く選んでよー」
「え?あ、はい、ごめんなさい」
「何だ、そのイチャつくってのは」
「そのまんまじゃん」
俺と薫が話していると、早く遊びたいのであろう菊丸が間に割って入る。
割ってはいるのはいいが、何だ、そのイチャつくってのは?
そういう言葉は、お前や大石・河村や不二のように付き合ってる奴に言う台詞だろうが。
「じゃあ、私はこれで」
「本当にこれでいいのか?」
「うん、お兄ちゃん」
「他はいらないか?」
「うん。だから、流れるプールに行こう?」
「いいよ。じゃあ、お前らは勝手に好きなの持ってってくれ」
「ほーい、じゃあ、大石コレがいいー」
「タカさん、どれにしようか?」
「やっぱこれっしょ」
「お、越前、いいの選んだじゃん」
「これはダメだぞ」
俺の許可が降りた途端、全員わらわらとプールグッズに群がって各自好きな物を取っていく。
それにしても、手塚。
ラウンジチェアは荷物番ようの椅子じゃないぞ。
というか…
「手塚、お前は行かないのか?」
「俺は監視に来ただけだ」
…そうですか…
菊丸・桃城・越前、プール周りを走らせられないように気をつけろよ。
「じゃあ、行ってくるよ」
「ああ」
ラウンジチェアに座って、一緒に来たメンバーに視線を送っている手塚に声をかけて、俺と薫もプールに向かう。
「はい、薫。落ちないように気をつけるんだよ」
「うん」
流れるプールに先に俺が入って、浮き輪を浮かせて、薫がプールに落ちずに乗れるように、浮き輪を固定してやる。
薫が尻を輪の中に入れて、足と背中を浮き輪に凭れるような姿勢をとる。
キチンと薫が浮き輪に寝転んだのを確認して、俺は浮き輪に腕をかける。
こうすれば、後は流れに任せておけばいいし、何かあっても俺が浮き輪を止めたり出来るから、薫は何も気にせずに水と戯れれる。
「お兄ちゃん、水気持ちいいね」
「ああ、そうだな」
薫は手を水の中に入れて嬉しそうに笑ってる。
薫のその笑顔が見れただけで、俺は今日来てよかったなと、現金ながらも思ってしまった。
だからって、あいつらに感謝する気はないけどな。
「ねぇ?」
「…はっ?」
「あ、お兄ちゃん!!」
「あっ、薫!!」
「ちょっとー」
「な、何ですか?」
うっかりと自分の考えに没頭していた俺の手に、突然、第三者の手が触れて、慌ててその手を離した瞬間、薫の乗っている浮き輪も離れ、薫は浮き輪にのったまま流されて行った。
それを追おうとする、俺の腕を、その第三者の腕がまた掴んだ、何だって言うんだ一体。
あんたの話なんか聞いてる暇ないってのに…
「お兄さん、私たちと一緒に遊ばない?」
「はぁ?」
「あの子、妹なんでしょう?妹と遊ぶより、楽しいわよ?」
俺の腕を掴んでいるのは、どう見ても俺よりも年上のお姉さんで、気がつけばそのお姉さんのお友達たちに囲まれていた。
「有難いんですが、妹を一人にしておけませんので」
こういうタプは自分に自信があるのだろう、下手な断り方をすると逆ギレされかねないから、一応、穏便に断ろうと試みる。
それにしても、薫は何処だ…っ!!
「ああっ!!」
「妹さんなら、一人じゃなくなるみたいだから、大丈夫じゃない」
何が大丈夫だって言うんだ、俺の妹だぞ!!
あんな、何処の誰だか素性もわからないような、あんなバカ顔晒した奴らに、妹を任せられるわけないだろう。
「黙ってくれませんか」
自分でも、声が低くなっているのがわかった。
お姉さんがたは、俺の一声で怯えるように黙り込んだ。
「悪いけど、アンタたちに構ってる暇ないから」
「なっ!!」
「妹に何か、あったらどうなっても知りませんよ」
俺の言葉にカチンと来たのだろう、腕を掴んでる人が声を荒げようとしたみたいだったけど、次の俺の声で押し黙った。
俺の本気が伝わったようだ。
完全に、俺の腕から手をどけたのを見て、俺は急いで薫の所に向かった。
「なあ、いいだろう。俺たちと遊ぼようよ」
「嫌です」
「そういう強気なところも可愛いなー」
「バカですか?」
「なっ」
「いい気になりやがって」
「やっぱり、バカなんですね」
薫、怒らせてどうするんだ…
いや、まあ、俺の妹は可愛いから、いつ何があるかわからないしと思って、護身術になるようなものはキチンと教えてあるから、あんなバカ相手でも余裕だろうけどさ…
「何だとー」
「お兄ちゃんがいつも言ってるから。ナンパなんかバカがすることだって」
「てめぇ、いい気になりたがって…」
「俺の妹が何か?」
「お兄ちゃん!!」
「ごめんな、薫。手を離したばかりに、こんなバカと話させてしまって」
薫の大事な唇が腐ったらどうするんだ
「おい、お前ら俺らを無視すんじゃねぇ」
「薫、知り合い?」
「ううん、こんなバカに知り合いはいないよ」
「そうだよな」
「バカは桃城一人で充分だよ」
「そうだな」
「だから、俺を無視するなって言ってるだろ!!」
「ああ、そんなに君は俺の妹と勝手に口を聞いたことの謝罪がしたいのか?」
「はぁ?ふざけんなよ。あんたに口を出される言われはねぇぞ」
「そうだ、あんたただの兄貴だろ。妹を縛ってたら可哀相だろうが」
「…薫、俺といると迷惑かな?」
「お兄ちゃん以外なんか、絶対にイヤ」
当たり前だよな。
俺がそれはもう、デレデレに可愛がった妹だしな。
俺といるのが嫌なんか、薫に関してあるもんか。
ふん、ざまあみろ。
気まずそうな顔して
「大体、お兄ちゃんより勝ってると思ってるんですか?バカにもほどがありますね」
「薫、それは言いすぎだよ。可哀相だろ、バカにバカって言ったら」
「バカとはなんだ、バカとは!!」
「バカだろ」
うーん、つい鼻で笑ってしまった。
あーぁ、やっぱり逆上させてしまったようだ…
マズイなー
「ふざけんじゃねーよ、ちょっと出ろよ」
「仕方ない、薫。先に戻ってなさい」
「イヤ。お兄ちゃんと一緒に行く」
「でも、一応、危ないしね」
「大丈夫」
まあ、大丈夫だろうけどね。
こんなバカじゃ、薫の手でも余裕だろうしな。
「仕方ないなー、でも…」
「乾」
「手塚?」
「何をしているんだ、お前は?」
「いやさ、薫をナンパするバカにバカと言ったら、逆ギレされちゃってねー」
「確かにバカだな」
「何だと、このっ…!!」
バカだ、やっぱり。
手塚に食ってかかろうとして、睨まれて固まってる。
手塚の威圧感はプールでも健在だ。
いくらバカでも、手塚の威圧感には気づくようだ。
「乾、俺は腹が減ったんだが」
「あ、お兄ちゃん。私も」
「そうか、じゃあ昼にしようか」
手塚の登場に固まってるバカたちを放って、俺は浮き輪をプールべりに連れて行き、薫を浮き輪から下ろして上がらせて、自分も上がった。
「あ!!おい、てめぇら待ちやがれ」
「そのまま、固まってればいいものを」
俺たちが歩き出したときに、復活したバカたちが急いで後を追いかけてくる。
「乾、鬱陶しいぞ」
「はぁ、仕方ないか」
いい加減、ウザイので手塚と2人で振り返ってやり。
元々、手塚は威圧感はあるので充分だし、俺も、今日は眼鏡も外してコンタクな分、こういう時の対処はやりやすいし…
「いい加減にしてくれませんか?」
「っ…!!」
こういう時は、丁重な口調で、笑って…でも、瞳は笑ってないっていう…そう、不二のアレが効果覿面だ。
あんなのを常に見てるせいか、こういう脅し方が得意になってしまった。
「…お、覚えてろよ」
もう少し、ひねるという頭はないものか?
「いなくなったぞ」
「バカだよね、お兄ちゃんに喧嘩売るなんて」
本当だな
薫は嬉しそうに俺の腕に腕を回してくっついてくる。
「薫、もう離れちゃダメだぞ」
「うん」
「俺も、離さないように気をつけるけどな」
「うん」
「乾、俺も離すな」
「いや、お前は離しっぱなしにさせてくれ」
手塚、真面目な顔してとんでおmないことをサラっというのはやめてくれ。
「どうしてだ?」
「どうしてもだ」
「いくら手塚さんでもお兄ちゃんは渡しません」
「む、海堂。いくらお前が乾の妹とは言え、俺も乾のことに関しては遠慮はせんぞ」
「お前ら、奇妙な言い合いをしてくれるな」
そろって俺の腕をとったまま、俺を挟んで言い合う手塚と薫。
「おーい、乾〜」
「もう、腹減ったっすよー」
「もう、バカなことやってないで早く戻ってきてよ」
「何か飲み物買いに行くけど、何がいい?」
「食べたら、今度は皆で遊ぼうか?」
「先輩たち早くしてください」
それぞれ好き勝手に遊んでた面々も、腹が減ったらしくて既に戻ってきていた。
「ほら、手塚も薫も、早く行かないと、食われるぞ」
「お兄ちゃん、後で一緒に滑り台に乗ろうね」
「俺ともだぞ」
「あー、はいはい」
腕をガシッとつかまれたまま、俺は午後の約束をほぼ強制的にさせられた。
そして昼食後、全員で巨大スライダーに乗りに行き、悪乗りした桃城が手塚によって走らされたりしたが、何事もなくすんで、皆、楽しんで家に帰った。
「薫、プールに行く時は絶対に俺に言うんだぞ」
「うん、お兄ちゃんも一人で行かないでね」
そして俺は、今日のことを教訓に、薫がプールに行く時には絶対に、俺も付いていくことを心に決めた。
大事な妹が、知らないところでナンパなんかされてはたまらないからだ。
そしてまた、そのことを知った連中に、俺は散々過保護だのといわれるが、そんなことは薫の安全に比べたら何でもないことだった。
誰に何を言われようが、俺の薫に勝手に指一本触れさせてたまるか!!
「あれで、本気で妹としか見てないって思ってるんだから凄いにゃー」
「鈍いにも、程があるよね」
そんな俺のことを、あの小悪魔コンビがそう言っていたことを、俺は知らなかった。
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