It's Time to Work  -Girls Side-



海堂 薫には、人に言えない秘密がある。
その秘密を知っているのは、自分の家族とその秘密を作った相手の家族と三年レギュラーだけであった。


テスト前になれば、どんなに強豪と言われるクラブでも休みになる。
それは、ここ青学テニス部も同じ。
そして、本日は休み前の最後の部活。
これから試験が終わるまでは、部活は禁止であった。
そんな彼らの目下の興味の対象は、当たり前だが今度のテストのこと。

「うへ〜、やっぱ今度も罰走ありだってさ」

部室内のホワイトボードに書かれた、文字を見つめて、部員の一人が嫌そうに呟く。

「お前、勉強してる」
「無茶言うなよ、部活だけで精一杯だって」
「だよな〜。うちの部ってハードだもんな」

書き出された、百位以内に入らなければグラウンド五十周の文字を目にするたびに、上がる悲鳴、もしくは溜息。

「大体、普通の奴ってさ、運動が出来るか頭がいいかのどっちかなんだよ」
「だよな。それにこの学校の一学年の総数いくらか知ってるか」
「あの人らが化け物すぎんだよ」
「俺、大石副部長は分かるきがするんだよ」
「うんうん。あの人は真面目に授業を受けて、予習復習もしてって感じだよな」
「まだ、部長もわかるんだよ」
「ああ、生真面目だもんな」
「でもな、でもな…」
「わかるよ、いいたいことは」
「不二先輩と乾先輩だけはわかんないんだよ」
「確かにな。勉強してるって感じじゃないよな」
「それどころか、俺はよくサボってるのを見かけるぞ」
「なのにだ、なんで成績が副部長や部長よりも上なんだ?」
「そんなの聞くなよ。あの二人が万年首席と万年次席なのは、事実なんだからさ」
「勉強してんのか?してないだろ」
「無理だろ。乾先輩なんて、家に帰ったらデータの整理してそうだもん」
「不二先輩だって、勉強なんてしてないだろうに」

まだレギュラーたちは話し合いがあるらしく、コートに残っている。
そのせいか、部室の中は異常な盛り上がりを見せ初めていた。
初めは二人で話していたのが、気がつけば全部員。
化け物なレギュラーを持った極普通の一般部員は、案外仲良しさんだった。

「あの二人を見てるとさ、まだ、部長も人間らしいよなって思う」
「言えてる」

さて、部活でそんな話が出ていた頃のコート。
勢ぞろいしたレギュラー陣。
話の内容は、部室と同じでテストについて。
ただ、部室内と違って、ココは静かで重苦しい空気が漂っていた。

「レギュラーだけに残ってもらったのだが、その理由はわかるな」

いつも以上に眉間に皺を寄せた手塚が、一度、全員を見る。
その時点で、手塚より視線を逸らせた人物が数人。
苦笑を漏らしてるものも数人に、いつもと変わらないものが数人だ。

「条件は前回と同じだ…」
「うげっ」
「前回、引っかかった者が三名ほどいたな」
「ううっ」
「げっ」
「……」

手塚の言葉に、その三名が呻くような声を漏らす。

「今回は、条件は同じだが、絶対にクリアするように」
「しないと問題があるんだよね」

手塚の言葉に不二が、心なしか楽しそうに話す。

「問題っすか?」
「そう。今回は学校側よりクレームがね」

桃城の問いかけに、乾が答える。

「ある数人のレギュラー陣の成績が目を覆いたくなるほどだと」
「今回、もし追試なら、一ヶ月の部活禁止」
「嘘?」
「本当なんだよ。だから、今回のテストは真剣に頑張ってくれないと」
「大会にも引っかかるから、レギュラーが大会に試験の成績が悪くて出れないなんて、恥もいいとこだからな」
「だからだ、菊丸・桃城・越前の三名は本日より、試験終了日まで、きっちりと勉強をすること」
「因みに、勉強はずっと、手塚と大石の二人が見ていてくれるから」
「よかったね、部長と副部長、直々の指導だよ」
「「「嬉しくない〜」」」

手塚の言葉の後に、乾・不二と続けて教えてくれた事実に、菊丸・越前・桃城の三人は心底嫌そうな顔をする。

「俺、大石だけでいい」
「俺も、大石先輩に教えてもらうのはいいんっすけど、部長はちょっと」
「叱られながら勉強しても身にならないっす」
「大石だけじゃ、お前ら遊ぶだろうが」

言いたいことを言う三人に、乾が苦笑混じりに呟く。

「本来は手塚一人で見るって言ってたのを、僕たちがそれじゃあんまりにも英二たちが可哀相だからって、大石もつけてあげたんだよ」
「じゃ、じゃあ、乾は?不二は?」
「そうっすよ、成績は乾先輩や不二先輩のほうが上じゃないっすか」
「そういや、万年一位と二位って聞きましたけど?」

一抹の期待を込めて二人を見るが、

「俺は海堂の勉強見るから」
「僕はタカさんと勉強会」

二人はそっけなく断った。

「俺たちのも一緒に見てくれたらいいだろ」
「冗談じゃない。これはね、勉強会って言う名のデートなんだよ。ね、乾」
「ま、そういうことだ、諦めろ」

サラリとそう言った二人は、さっさと恋人を捕まえて家に帰っていった。

「乾と不二の薄情もん〜」
「煩いぞ、菊丸」
「逃げてぇよ、逃げてぇな」
「おい、何をボサッとしている、さっさと行くぞ」

そして、彼らは部室でのスパルタ勉強会を行いに向った。


部活休みに入ったために、乾の家に泊まりにきた海堂。
既に置いてある自分の服に着替えて、くつろいでいる。
勿論、乾の腕の中で。

「久しぶりの感触」
「何スか、それ」

ギュッと海堂の腰を抱く乾に、海堂が苦笑する。

「だってさ、部活が休みの時しか、こっちの姿になってくれないだろ」
「仕方ないだろ、変えるのって疲れるんっすよ」

今の海堂の姿は常と違って、乾よりも一回り程小さく、身体も全体に丸みを帯びている。
しゃべる口調に変化はないが、声はやっぱりいつもよりも高い。
そう、要するにだ、今の海堂は男ではなく、女だった。
そこで、冒頭に戻る。
海堂 薫には、人に言えない秘密がある。
その秘密がこれ。


海堂は自分の意思や感情で、性別を変えることが出来る。
それは、先天的にあった体質というものではなく、後天的に人の手によって生み出されてしまったものであった。
そして、その人というのが、乾の父親であった。
事の発端は、海堂の弟の葉末が生まれた直後の、病院。
運がいいのか悪いのか、葉末が生まれた病院に、乾の母親が勤務していた。勿論、医者として。
そして、乾の父親は、その当時は病院の研究所に勤務していた。
偶然、弟に逢いに来た海堂と、遊びに来ていた乾がその病院で出逢った。
母のいる大部屋は、主人以外は立ち入り禁止。
海堂は父親が中にいる間、外で待っていたが退屈して探検に出かけてしまったのだ。
その時、乾に出逢い、遊んでいる時に、乾の父親に出逢う。
乾の父親は、出来たばかりの薬の試作品を持ち歩いていた。
まだ、固形化されるまえのものを。
ほんの少し、乾の父親が、乾が席を外した隙に、海堂がソレを飲んでしまったのが、全ての原因。
気付いた乾の父親と乾の目の前で、海堂は痛みを訴え、痛みが収まった時には、男の子から女の子へと変化していた。
薬は失敗作だったらしい。
乾の両親は、海堂の両親の元へ駆けつけ、平謝り。
大事な息子を娘にしてしまったのだから、それは大変。
だが、どうやら天然な海堂の母親は、次も息子だったために、娘が出来て嬉しいわと、寛大に許してあげた。
だがさせてしまった側はそれで済まされるはずがない。
そして、何をどう考えたのか

「責任を取って、うちの息子の嫁にします」

と、乾の母は、本人たちの意見も聞かずに婚約させてしまった。
その上、海堂の母も大賛成のため、父たちの意見も当人たちの意見も無視に、二人の婚約は成立してしまった。
それから十年…
意見もなしに婚約させられた二人は、上手くいっており、お互い結婚する気は十分だった。


そして今に至るわけだが、性別を変化させるのは、流石に体力を消耗する。
そのため、海堂はこうやって部活や学校が休みの時の、長い間、女でいても問題ない時しか変化しないのであった。

「ハルってこっちの姿好きだよな」
「別に、どっちにしても薫だから、どっちかってことはないぞ」
「じゃあ、何で女の時のほうが触りまくるんだよ」
「だってさ、滅多に変化しないだろ。男の薫とは、学校でも部活でも触り放題なのにさ」
「それだけかよ」

乾の言葉に海堂が呆れたような声を出す。

「それだけだよ」
「アンタッて、本当にタラシの素質あるよな」
「は?」
「でも、他の奴に言うなよ」

乾の腕の中から抜け出した海堂が、向かい合う形に座り乾の首に腕を回す。

「きっちりと、この身体の責任は取ってもらうからな」
「勿論」

悪戯な笑みを向ける海堂に余裕で笑い返して、乾はそっと海堂の唇に自分の唇を重ねあわせた。


翌日、珍しいことに朝早くから起きた、菊丸・桃城・越前の三人。
彼らは、ある場所にひっそりと隠れていた。
その場所とは河村寿司。
河村の部屋。

「助けて、タカさん」
「このままじゃ、殺されます」
「冗談じゃないっす」

切羽詰った顔で飛び込んできた三人を、河村は苦笑でもって迎えた。

「そんなに凄いの?」

河村の成績は中の中。
勉強は、一年の頃から不二としているので、手塚に教えてもらったことはない。
ただ、あの性格上、それなりの厳しさは想像していたが。

「凄いってもんじゃない」
「鬼っすよ、あの人」
「俺、殺されるかと思った」

河村の言葉に身を乗り出して言いたいことを言う三人。

「大変だったんだね」

圧倒されながらも、河村は慰めを口にする。

「今日も、朝から勉強するって言うから、逃げてきたんだにゃ」
「試験が終わるまでなんて、もたないっす」
「なんで、匿ってください」
「え〜と、そのね…俺はいいんだけどさ…」

三人の言葉に、困ったように河村は口を開く。

「…あれ?君たちは、手塚とお勉強会じゃなかったっけ?」

その直後、絶対零度の笑みを張り付かせた、冷たい声が河村の部屋に響き渡る。

「あう〜、不二〜」

ビクビクと怯えながら菊丸が振り返れば、暗雲を背負い込んだ不二が河村の部屋の前にいた。

「僕とタカさんの邪魔をしに来たの?」

ニッコリと花を飛ばしそうな微笑は、彼らにしてみれば死神の微笑だ。

「いいえ、滅相もない」
「結局、どこ行っても身の危険はあるんじゃ」
「どっか安全な場所はないのか〜」

その笑顔を向けられた三人は今にも泣き出しそうだった。

「不二、英二たちも大変みたいだしさ、全員で勉強しようよ」

そんな三人があまりにもかわいそうになってきた河村が、助け舟を出す。

「う〜ん、本当は嫌だけど…」

棘を含んだ言葉を、三人に向ける。

「タカさんが、どうしてもっていうなら、いいよ」

河村に向っていつもよりも甘えた声で答えた。

「それじゃ行こうか」
「え?不二、行くって?」
「待ち合わせ場所。してるんでしょ?手塚と大石と」
「うっ、そうなんだけどさ〜」
「いいの?待ちぼうけさせて?間違いなく校庭百周だよ?」
「それは嫌」
「じゃあ、行こうよ」
「うん」
「ここに、部長たち呼んじゃ、ダメなんっすか?」
「それは無理」
「どうしてっすか?」
「幾らなんでも、この人数でタカさんの部屋で勉強するには、狭いよ」
「そうだね、俺の部屋じゃ窮屈だね」
「だから、取り敢えずは、待ち合わせ場所に行くよ」
「へ〜い」

不二のもっともな理由に頷いて、五人は勉強道具を持って、河村の家を出た。
待ち合わせ場所は分かりやすく学校。
五人が着いた時には、既に手塚と大石は揃っていた。

「え?不二…?」
「河村もか。どうしたと言うんだ」
「おはよう、手塚・大石」
「ゴメンネ、お邪魔して」
「何言ってるのさ、タカさん。僕たちが邪魔されたんでしょ」
「英二…」
「だって、恐かったんだもん」
「桃城・越前…」
「スンマセン」
「大勢のほうが楽しいっすよ」

初めは、不二と河村が一緒に来た理由が分からなくて戸惑っていた手塚と大石だったが、不二の言葉で何があったのかを理解した二人だった。
大石は嗜めるように菊丸を呼ぶが、菊丸は悪びれない。
手塚も眉間に皺を寄せるが、桃城も越前も肩を竦めて謝る程度。

「仕方ないな」
「この人数だと、うちもきついな」

今日の勉強会は大石の家で行う予定だった。
だが、この人数だと、大石の部屋でもギリギリというところ。
その上、人数が増える分だけ騒がしくなるから、家族にも迷惑がかかる。

「場所なら大丈夫だよ」

どこでしようかと、大石と手塚が相談していると、スイッと不二が割り込んでくる。

「不二?」
「あてがあるのか?」
「勿論、僕についてきてよ」

ニッコリと笑って、先頭を歩く不二。
その笑顔に、どこか薄ら寒いものを感じた残りの面々も、こういう時の不二には大人しく従うと、身を持って知っているために、何も言わずについていった。

「不二……」
「ここって…」
「不二、お前…」
「不二、止めとこうよ」
「でかい、マンションっすね」
「不二先輩の家っすか?」
「フフッ、僕たちだけが邪魔されるのって不公平だよね」

七人が辿りついたのは、とあるマンションのエントランス。
ここがどこだか分かっている三年は、不二の考えと、これから起こることに気付いて恐怖に顔が引き攣っている。
逆に何も知らない越前と桃城は、この所謂、億ションといわれるマンションを見上げて感嘆の息を漏らしていた。

「手塚、鍵」
「不二!」
「いいから、出して」

ズイッと手塚の目の前に手を差し出す不二。
手塚が眉間に皺をより深く刻むが、不二は開眼して要求する。

「……」

嫌そうに手塚が不二に鍵を渡す。

「ここって、部長の家なんっすか?」
「違う」
「え、じゃあ鍵って?」
「合鍵。手塚は貰ってんの」
「じゃあ、ここは誰の家っすか?」
「行けば分かるよ」

渋い顔をする三年に、越前と桃城は大人しく付いていく。
中に入って、エレベーターに促されるまま乗り込み、最上階へ。
マンションの広さに対して、少ない部屋数に二人が驚いてるのを無視して、彼らは一番奥のドアに向う。
ドアの横のネームプレートに書かれていた文字を見て、越前と桃城は固まる。
文字は、乾。
そう、ここは乾の家。
確か、ここに本人はいない。となると、中にいるのは必須で…
次は何が来るんだ?
不二以外の三年の表情のわけを、咄嗟に悟った二人だった。
ピ〜ンポ〜ンと軽やかにチャイムが鳴る。
鳴らしたのは、勿論、不二。
残りの面々は、苦い顔で見守っている。

「はい」

しばらくして、カチャリとドアが開けられる。

「……不二先輩……」

ドアから出てきたTシャツに短パンの上に青いエプロンをつけた少女は、目の前の不二を見て固まる。

「乾先輩の妹さんっすか?」
「あれで母親だったら、恐いっすよね」

突然出てきた予想外の人物に桃城と越前が呟く。

「乾の許婚だにゃ」

二人に答えたのは菊丸で、開き直ったのか、楽しそうに説明する。

「許婚って」
「乾先輩って、海堂先輩と付き合ってますよね」
「そうだけど?」
「って、乾先輩、二股っすか?」
「はぁ、やりますね、乾先輩も」
「何言ってるにゃ?乾は二股なんかしてにゃい」
「え?じゃあ…」
「おはよう、海堂」

疑問を浮かべたまま桃城が口を開こうとした時、玄関前で固まっている少女に不二が声をかけた。

「へ?」
「海堂っていいませんでした?」
「言ったよ?」

その言葉に反応したのは、海堂ではなく、桃城と越前。

「海堂って?海堂の妹かなんかですか?」
「でも、それでも二股っすよ」
「薫、どうした?」

その時、また新たな声が家の中から、聞こえる。

「げっ、お前ら。何しに来た」

中々戻ってこない海堂を気にして玄関にきた乾が、外にいるレギュラーに気付いて嫌そうな声をあげる。

「勉強会にゃ」
「そんなに歓迎してくれなくてもいいのに」
「歓迎してない」
「悪い、乾」
「まあ、不二がいる時点で予想は付くけど」
「ごめんね」
「やっぱりさ、こういうのは公平にね?」
「お前は…」
「それより、乾」
「何、手塚?」
「海堂が固まっているんだが…」
「ああ、驚いたんだろうな。薫?」
「え?ああっ…スンマセン。どうぞ」

軽く乾に肩を揺すられて正気に戻った海堂が、自分が玄関に立ち塞がっているために、中に入ってこれないことに気付いて、急いで場所を空ける。

「有難う」
「お邪魔します」

ゾロゾロと中に入っていく三年。
残りの下級生二人は、凍りついていた。

「桃城?越前?」

それに気付いた乾が、二人の前で手を振って見るが、応答なし。

「どうしました?」

海堂も気付いて乾の横に並ぶ。

「ま、いいか。ほっとくか」
「そうっすね」

全然反応のない二人に飽きたのか、乾はサラッといいのけて、部屋に帰ろうとする。

「海堂?」
「薫って…やっぱり…?」
「何だ?」
「戻ってきたのか?」

クルッと後ろを向いた瞬間、聞こえた声に、二人はまた向き直る。

「あの、乾先輩?」
「ん?」
「この人……もしかして、海堂先輩なんてことはないっすよね?」
「海堂だけど?」
「で、でも、先輩、ここにいるのって、女なんですけど…」
「あ、そっか、桃と越前は知らないか」
「ウチとアンタの家族以外じゃ、あの人たちだけでしょ?」
「そうだな、あのな実はな…」

玄関前で突っ立っているわけにもいかず、乾は二人を促しながら、経緯を話した。

「…ハァ、また凄いもん作りますね…」

事情を聞き終え、リビングに座った越前が呆れたような声を出す。

「別にそれを作りたかったんじゃないんだけどね」
「失敗作だったんだよ」
「海堂も災難だな」

いつもは喧嘩越しの桃城も内容を聞いて、同情の視線を向ける。

「そうでもねぇよ」
「え?」
「物心ついたときには、こうだったからな」
「そういうもんか?」
「それに女になれっから、結婚も出来るわけだし」
「そうだよ、親が決めてるから、結婚するのに問題が何もないんだよ」
「羨ましいにゃ」

話しに割り込んできたのは、不二と菊丸。

「なら、先輩たちも、その薬飲めばいいんじゃないっすか?」

冗談半分で越前が言う。

「だから、頼んでるにゃ!」
「元が、偶然の産物で出来たものだから、時間がかかってるみたいでさ」
「いつになったら、俺、大石のお嫁さんになれるんだろ」
「僕も、早く海堂みたいになって、タカさんのお嫁さんになりたいよ」
「「そ、そっすか…」」

うっとりと遠い目をしながら語る二人に、越前と桃城は頬を引き攣らせながら返事をした。

「お前ら、ここに何しにきたか忘れたのか?」
「ほら、手塚が怒ってるぞ。早く勉強始めろよ」

乾の家についてから、海堂の体質の話で、少しも進まないどころか、勉強道具を出そうともしないことに怒っている手塚が、いつもよりも怒りを多分に含んだ声を出す。
それに苦笑しながら、乾が促す。

「へーい」

機嫌の悪そうな手塚に気づいて、しゃっべっていた連中がそれぞれ座り、勉強を始める。

「乾、お前たちはやらないのか?」
「俺らは、もうしたよ」
「もうしたって、朝だけで終わらせるの?ずりぃよ」
「ずるくないぞ。薫は、短期集中型だから、ダラダラさせても覚えないんだよ」
「効率よく、勉強してるんだね」
「そういうこと」
「なるほどな。それで、今は何してるんだ?」
「見て分からないか?」
「いや、料理をしているか、実験をしているかってのは、わかるんだが…」
「海堂もエプロンしてるから、料理でしょう」
「そ、早目に昼食の用意して、ゆっくりしようと思ってたんだよ」

乾も海堂とお揃いの黒のエプロンをつけていた。
海堂は彼らが勉強を始めたと同時にキッチンに消えていっていた。

「昼食って何?」
「クラブサンドとか、ホットドックとか、おにぎりとかの適当に何かしながらでも食べれるやつ」
「いいな〜、俺も食べたい〜」
「菊丸、手が止まってるぞ」
「ちゃんと勉強したらな」
「え〜、何だよそれ〜」
「菊丸…このマンションの外周でも走りたいのか?」
「げっ、遠慮しま〜す」
「ま、頑張れよ」

すごすごと教科書に目を向けた菊丸に苦笑して、乾も海堂のいるキッチンに向った。

「材料、足りますか?」
「何とかなるだろ」

キッチンに向うとそこには、思案顔で冷蔵庫の中身を確認していた海堂の姿があった。
予定外の人数に、材料を調べていたらしい。

「とりあえず米があるから、おにぎりを大量に作ればいいだろ」
「そうですね」
「結局、ゆっくり出来ないな」
「仕方ないっすよ」

二人で分担を決めて、手際よく昼食を作っていく。

「卵、どうします?」
「ゆで卵と玉子焼きでいいんじゃないか?和食好きが二人ほどいるから」
「わかりました」
「おにぎりのおかずさ、わさびもあったほうがいいか?」
「それ、作ったら別皿にしてくださいね」
「パンもマスタードたっぷりのがいるかな?」
「不二先輩の分は、一つにまとめて渡したらどうっすか?」
「そうするか」

そんなくだらない話をしながらも、手は順調に動いていた。

「桃城!貴様、こんなのもわからんのか」
「ひえっ、スミマセン」
「英二、それは違うってさっきも言っただろ」
「うえ〜ん、どうせ俺は馬鹿だもん。もうやだ〜」
「越前、英語以外の文系の教科が悪いのは仕方ないかもしれないけど、理系もダメってのはどうかな?」
「勉強できなくても、生活は出来るっす」
「向こうは凄そうっすね」
「戻りたくないな…」

昼食の準備も終えて、キッチンに座り込んだまま、話す二人。

「そういうわけにもいかないっすよ」
「面倒だな…」

うんざりしたように溜息を吐いて、エプロン脱いで、リビングに戻った。

「あ〜、乾!」
「乾先輩、助けてください」
「俺、乾先輩に教えてもらいたいっす」
「人気者っすね」
「こんな人気は遠慮したい」

戻ってきた途端に、叫ばれる乾。
越前に腕を引かれて、越前の横に無理やり座らされる。

「先輩、コレなんっすけど」

ずいっと教科書を見せられて、仕方なしに乾も中を見る。

「ああ、コレはな、こっちの公式を当てはめるんだよ」

越前の筆箱からシャーペンを取って、教え始める乾。
海堂はソファに置いてある読みかけの本を持って、乾の背中に凭れかかって、それを読み始めた。

「桃城、お前の頭の中は、どうなってるんだ」
「そんなの俺が聞きたいっす」
「神様って不公平だよな」
「英二?」
「思うっすけどね、コレを書いた理由を述べよや、作者の心情をかけって、本人しかわからないことを聞いてきて、それに正解をつけるのって、間違ってるっす」
「一利はあるけどね、その頃の、作者の環境とかを踏まえて推測して、答えにしてるんだよ」
「そんなの、作者本人がこういうつもりで書いたって言ってないのに」
「聞こうにも、もういない人だからな」
「もしかしたら、何にも考えてないかもしれないじゃないっすか」
「かもね」
「それに点数をつけるなんて、納得いかないっす」
「いかなくても、それがテストなんだから、諦めろって」
「嫌」
「越前が嫌がっても、この問題は変わらないよ」
「そういえば…」

越前と不二と乾の会話を、本を読みながら聞いていた海堂がポツッと思い出したように呟く。

「ん?どうした?」
「去年、桃城が授業中に先生に指されて、俺は作者じゃないんで、作者の気持ちなんて知りませんって、答えてたなって…」
「ぷっ、桃…」
「くくっ、授業で言ったのか…」
「桃先輩って、本当にバカなんっすね」
「え・え?俺っすか?何の話っすか?」

海堂が話してる時、手塚に頭を押さえ込まれて勉強させられてたため、話を聞いていなかった桃城が、突然、自分の名前を出して笑ってる三人を見て、疑問を口にする。

「桃、去年の授業で…本当?」

同じように黙って勉強していたために、会話を聞いていた河村が苦笑混じりに聞いてくる。

「何?桃、そんなこと言ったの?」

桃の声で、そっちを向いていた菊丸と大石も、河村の話を聞いて、菊丸はさも面白そうに、大石は気を使いながらも笑っていた。

「何でそれ…、あ、てめっ…マムシ、いらんこと喋るんじゃねぇよ」
「ふん、事実だろ」
「何だと」
「桃城…」

臨戦態勢に入っていく二人。
一発触発の状態を破ったのは、過去最高に機嫌の悪そうな手塚の声だった。

「部長…」

桃城は怖々と向かいの手塚に視線を向ける。

「その話は事実か?」

感情を押し殺したような低い声。

「え…っと…」

しどろもどろに答える桃城。
その慌てようが手塚に事実だということを告げていた。

「桃城、お前は特別に、五十位以内に入れなかったら、グラウンド百周だ」
「え〜、そんなの無茶っすよ」
「初めから、諦めてどうする」
「桃、頑張れ〜」
「桃先輩、骨は拾ってあげますよ」
「越前、お前いつのまにそんな言葉覚えたんだよ」
「ま、死ぬ気でやれば、人間なんだって出来るさ」
「皆、ひどいっすよ」
「ひどいのは、てめーの脳みそだろ」
「俺だって、好きでこんなバカに生まれたわけじゃねぇよ」
「バカだって、自覚はあるんっすね」
「越前、てめぇに言われたかねぇぞ」
「どっちもどっちだろ」
「そういう海堂先輩は、どうなんっすか?」
「あ、バカ、やめろ越前」

フンと鼻で笑われてムッとした越前が海堂に振る。

「海堂は、常に二十位以内にいる」

それに手塚が海堂に変わって答えた。

「越前、海堂にはな、万年首席の乾先輩がついてんだぞ」
「俺がついてなくても、元々、成績は悪くないよ」

桃城の言葉に、乾がやんわりと否定する。

「もういいだろ、勉強を始めるぞ」
「え〜、俺もう飽きた」
「流石に、ぶっ通しは疲れるな」
「時間もいいし、休憩がてらお昼にしない?」
「むっ…そうか?」

菊丸の反対に、不二と大石が手塚に助言する。
手塚は不満そうに考え込む。

「それじゃあさ、こうしたらどう?」
「何だ?」
「今から、それぞれのテスト範囲内のテストを俺が作るから、皆でそれをやる」
「まだ、するんっすか」
「で、合格点をあらかじめ決めて、それに達した者から、昼食にありつけるっていうのはどう?」
「ふむ…」
「反対」
「俺も」
「俺もっす」

乾の提案に考え込む手塚。
反対を唱えるのは、赤点組の三人。

「いいね、面白そうじゃない」
「俺は別にいいっすよ」
「不安だな〜」
「そうだな、どれくらい勉強できたのかも分かるしな」

河村は少し不安そうだが、後の三人はあっさりと賛成する。

「そうだな。では、そうすることにしよう。乾、頼むぞ」
「わかった。じゃあ、部屋で作ってくるから、待ってて」

手塚の一声で、決定したそれに、乾は部屋に向う。

「乾はしないんだろ?ずるいよ」
「する必要ないでしょ」
「それなら、不二も必要ないんじゃないかな?」
「僕はいいよ、出来るし」
「するなら全員でするべきじゃ」
「越前、昼を作ったのは乾で、ここも乾の家。昼飯と場所を提供してもらってるのに、それはひどいだろ」
「でも…」
「するだけ無駄だぞ」
「何がだ、海堂?」
「俺は、十年以上、あの人と一緒にいるけど、あの人が勉強してるとこなんか見たことねぇからな」
「嘘?」
「嘘じゃねぇよ。受験の時も、試験前も、前日に試験範囲の教科書をパラッと見るだけ。それで、あの成績なんだ、するだけ無駄だろうが」
「化けもんっすか?あの先輩は…」
「それを言うなら…」
「何、英二?」
「何でもにゃい」

不二もと言うつもりだった菊丸だが、不二の言葉に押し黙ってしまう。

「さ、出来たぞ」

全員分の用紙を持った乾が戻ってくる。
全学年のそれぞれのテスト教科の範囲からの抜粋。

「カンニングはなしな。聞くのもダメ。変わりに、教科書・参考書は見てもいいが、ガイドは没収」

紙を配りながら説明をしていく乾。

「席は…そうだな、桃と薫の間に手塚」
「わかった」
「薫と越前の間に菊丸」
「どんな基準だよ」
「後は好きにしろ」
「カンニング対策だね」
「確かに、コレじゃカンニングは出来ないな」
「後、合格点だが…」
「八十以上だ」

乾が考えるそぶりで口を開けば、手塚が即座に言い切る。

「手塚、それはむごいんじゃないかな?」

やけに高得点をあげる手塚に、不二が流石に可哀相に思ったのか、口を挟む。

「六十はどうかな?」

大石もその点はどうかなと思ったので、無難な数字をあげてみる。

「そうだな、八十以上じゃ、確実に昼抜きになりそうなのがいるし、六十なら、大体のテストの平均くらいでいいんじゃないかな?」
「乾がそう言うんなら、それにしよう」
「じゃ、それで決まり」
「あ、乾」

そろそろ始めようかと、時計を見て呟く乾を不二が呼び止めた。

「これ、全教科終わってから採点?」
「というと?」
「一教科終わった時点で、乾に渡して、その間に次の教科に入ってもいいとかさ」
「それは、各自の判断に任せるよ。不二の例がいいやつはそうしたらいいし、全教科してからがいいのはそれでいい」
「じゃ、僕は一個ずつ渡していこう」
「俺は全部終わってからで」
「終わる前に、これはダメとか言われたら、動揺しちゃうよね」

それぞれ、自分の性格にあった方法を取ろうと考える。

「それじゃ、始めるよ」
「いいよ」
「じゃ、始め」

乾の淡々とした声を合図に全員がテストに向う。
それを見て乾は、キッチンに向かい、用意した昼食を並べる。

「乾、まず一個目」
「うん」

最初に持ってきたのは不二。
手塚も全教科持ってくるらしく、数枚終わったらしい用紙があった。

「これで、最後だよ」
「…合格…いいよ、食べて」
「やった〜」

最初に合格したのは不二。
不二は、乾の座るテーブルの椅子の隣に座って、食べ始める。

「出来たぞ」

次にやってきたのは手塚で、全教科分持ってくる。

「手塚も合格、どうぞ」
「ん」

不二とは反対側の乾の隣に座り、昼食を取り始める。

「やっとで出来たよ」

少しして、大石。

「大石、合格。全員、あぶなげなく合格だね」

それぞれの答案を見ながら、乾が感心したように呟く。

「そんな僕らでも、乾に勝てたことはないんだよね」
「いいじゃないか、テニスでは勝ってるんだから」
「俺はどうなるんだよ」

乾と不二の言葉に、大石が溜息混じりに呟く。

「性格の良さでは、誰も大石には勝てないよ」
「そんなので勝ちたくはないよ」
「出来たっす」
「ご苦労さん」

四人で昼食を取りながら、しゃべっていると、海堂がテストを持ってきた。

「薫も合格」
「っす」
「でも、数学がちょっとギリギリだったぞ」
「気をつけます」
「五人だと、座る場所がないよね」

乾の家のテーブルは四人掛け。
既に全員座ってるので、椅子が足りない。

「いいっすよ、俺立ってますから」
「いいよ、海堂も作った本人なんだから、座れよ」

立ったままの後輩に気を使って、大石が立ち上がろうとする。

「大石いいよ、座ってて」

やんわりと乾が大石を押しとどめる。

「でも…」
「薫は、ココ」
「え?」
「なるほど」

ニコリと笑って、海堂の腕を引っ張って、乾は海堂を自分の膝の上に座らせる。

「これで問題ないだろ」

これはこれで問題なような…
乾の言葉に、首を傾げたくなったのは、大石と海堂。
後の二人は、気にもしない。

「ま、いいか…」

だが、ま、何を言ってもやめなさそうなので、二人とも気にしなかったことにした。

「どうかな…?」

不安そうに持ってきたのは河村。

「ふむ…少々危なかったが、合格」
「よかった」

ホッと一息つくと、不二と目が合う。

「何?不二…」

不二の横で、乾の膝に座って、黙々と昼食を食べる海堂が目に入った河村は、不安そうに不二に声をかける。

「椅子がね、四つしかないんだよね」
「そ、そう…なら、俺は立ってるよ」

逃げるように話す河村に、不二が綺麗な笑みを見せる。

「タカさんだけ立たせるわけにはいかないよ」

すっと立ち上がり、河村を上目遣いに見上げる。

「だから、タカさんがここに座って?」
「い、いいよ、不二が座りなよ」
「いいから」

無理やり河村を座らせる不二。

「でも、不二の座る場所が…」
「僕はいいの、ココに座るから」

やっぱり
そう言って、河村の膝の上にチョコンと座る不二。
予想がついていた五人は、苦笑い。

「さて、後三人はいつになるかな…」

頭を抱え込んでテストをしてる三人を眺めて、乾が暢気に言う。

「優しいよね乾」
「何が?」
「何でも」

一時間経過しても終わりを見せない三人。
六人は既に食べ終えて、暢気にお茶などを啜っていた。

「そろそろ許してあげたら」

どうあっても終わりそうにない三人に、大石が乾と手塚に声をかける。

「…じゃあ、こうしようか。このまま、頑張るか、昼食食べるが、点数は最初に手塚の言った八十以上に変更」
「ふむ、それでいいだろう」
「だってさ、どうする?」

二人の会話を聞いて、不二がリビングで頭を抱えている三人に声をかける。

「それでいい、腹減ったよ」
「飯食わしてください」
「俺も…」

深く考えずに目先の欲望に捕われて、三人は立ち上がり昼食へと走る。

「後で泣くのはお前らだよ」

やれやれと入れ替わりに手塚と乾、海堂がリビングに戻る。

「…凄いな…」
「あいつら…」

置いてかれた書きかけの答案に視線を向けながら、乾と手塚が呆れたような声をあげる。

「どうしたの…?うわ、これは凄いね」

その声に不二もやってきて、一緒に答案を覗き込む。

「これは終わらないな」
「どうするの?」
「終わらなければ、毎日、内容を変えて、同じタイプの問題出すか」
「そうだな」

相談していた三人の言葉どおり、昼食後の彼らは少しもすすまずに、結局、毎日キリのいいとこまで勉強を見て貰ってテストの続き。


そして、各試験の前日、学校が終わった後は、次のテスト分の勉強と、テスト分のミニテスト。
使ったことがないほどの頭を使った三人は、最終日に部室でへたり込んでいた。

「どう?」
「もう、何が何だか、わかんにゃい」
「書くだけ書いたって感じっす」
「後は結果次第だな」
「結果出たら、即座に持ってくるんだぞ」
「「「へ〜い」」」

結果発表
不動の乾・不二は変わることない成績だった。
後の手塚・大石。河村・海堂も難なく、クリア。
残りの三人は…

「やった、前よりもあがった」
「罰走は免れなかったか」
「部活停止は免れたんでいいじゃないっすか」

三人とも前回を上回る、好成績で部活停止は免れた。

「でもさ、今回のテストってさ、何かしたことあるんだよね」
「それ、俺も思いましたよ。よく似た問題を知ってるような」
「見てたら、自然と答えっていうか、公式が思い浮かぶんっすよね」

話す三人に苦笑を漏らす残りのメンバー。

「だったら、ちゃんと乾にお礼をいいなよ」
「え?」
「何で?」
「教えてくれたのは、部長たちっすよ」

不二の言葉に首を傾げる三人。

「乾の出したテストとそっくりだっただろ」
「そう言えば」
「乾のヤマは高確率で当たるって話しだからね」
「そうなんっすか?」
「あのテストは、乾がヤマをはった問題を出したんだよ」
「そうにゃんだ、有難う乾」
「有難うございます」
「どもっす」
「今回だけ特別な」
「そんなこと言わずに、次も」
「ってか、毎回」
「お前ら…」
「部長」
「手塚…」
「あ〜あ」
「怒らせたな」
「バカが」
「菊丸・桃城・越前、校庭二十周!」
「「「げ〜」」」

お日柄もよい、この日、三人はその声に促されるままに、校庭を走る羽目になってしまった。

Fin