お見合いパニック!?  -Girls Side-



海堂 飛沫 三七歳
手塚 国晴 四八歳
彼らは今、どうしようもないほど、途方に暮れていた。


海堂 薫には、人に言えない秘密がある。
その秘密を知っているのは、自分の家族とその秘密を作った相手の家族とレギュラーだけであった。
その秘密とは…

「お邪魔します」

週末、海堂の母親・穂摘のたっての希望で、乾は海堂家の玄関にいた。
泊まりに来たのである。

「…珍しいね」

玄関をくぐって、靴を脱いでいると出迎えに後輩の海堂がやってきた。

「俺としては、その姿も好きだから嬉しいけど」

憮然とした海堂。
乾は海堂の不機嫌の理由を知った上で、笑う。

「アンタが来るからだろ」

靴を脱いで上がってきた、いつもよりもう十センチ高い身長を見上げて、いつもよりも高い声で憮然と言い切る。
そう、今の海堂はいつもの海堂よりも十センチ近く背が低く、声も高かった。
その上、外見上も変化はある。
細身の筋肉のつきにくい身体は、丸みのあるふっくらした腰のくびれた、胸のふくらんだ体に…
ぶっちゃけて言ってしまえば、ここにいる海堂はいつもの男の海堂ではなく女性体というわけであった。
そう、それこそが海堂の誰にも言えない秘密だったのだ。
海堂は自分の意思、もしくは自分の感情の左右によって、性別を変えることが出来る。
それは、先天的にあった体質というものではなく、後天的に人の手によって生み出されてしまったものであった。
まあ、その話は前回の話で語ったので、今はやめておこう。
(1を参照)
そして今回、その海堂の体質がとある災いを二つの家族に与えた。

「何?俺のためにわざわざ女の子になってくれたの?」
「違う。母さんが…」
「…だろうと思ったよ」
「わかってんなら、聞くなよ」
「俺としては、俺のためとか言って欲しかったんだよ」
「アンタの家に泊まる時は、いつもコッチだろ」
「まあね」

他愛もない?会話をしながら、二人仲良くリビングに入ると、中では海堂の母親が料理の途中だった。

「お邪魔します」
「あら、ハル君。いらっしゃい」
「お世話になります」
「あ、貞治お兄さん、いらっしゃい」
「今晩は」

穂摘と乾の声に、葉末も気付いて、テレビから目を離して、トテトテと乾の元に走ってくる。

「貞治お兄さん、ゲームしましょう」

クイクイと、乾の服の裾を掴んでおねだりする葉末に、乾は優しく笑いかける。

「いいよ」
「やったー」

嬉しそうにはしゃぐ葉末に手を引かれて、乾はリビングのソファの前のクッションを背もたれに座る。

「夕食までよ」
「はい」

キッチンに戻っていった母親に返事した海堂も乾の後に続き、乾を背もたれに乾の足の間に座った。


家では、大切な家族と、大事な長男(長女?)の許婚が仲良く団欒している頃、会社帰りの海堂家の大黒柱は、個性的なあの溜息を、もう数え切れないほど吐き出していた。
結婚してからというもの、今まで一度だって家に帰りたくないという気持ちを味わったことのない彼にとって、これほど足が重いと感じたのも、帰りたくないと思ったのも初めてのことだった。
年上だけど、おっとりしていて天然で、可愛いが最強の奥さんに、自分そっくりの二人の息子。
帰ったら笑顔で迎えてくれる家族。
……その笑顔が氷点下を纏うのを大人しく見なければならないのか?
家の玄関の前、飛沫はドアをあけるのに、数分を要した。


少し時間を戻して、まだ海堂や乾が学校にいる頃。
飛沫は上司に呼び出された。
上司の部屋の前で軽いノックをして、中に入る。

「失礼します」
「やあ、待っていたよ」

勧められるままにソファに座り、用件を聞く。

「……え?」

上司の言葉に飛沫が返せたのはこれだけ。

「だからだね、君の娘さんに是非逢わせたい人が……」

それもそのはず、上司の話と言うのは、長女…もとい、長男の薫あての縁談だったのだ。
それも、娘というからには、相手は男らしい。
飛沫は自分の子供について、娘と息子と言っていた。
本来なら薫は息子なのだが、将来的に考えれば、彼は乾の元にお嫁に行く。
それを見越して、彼は娘と言っていた。

「娘はまだ、中学生なのですが……」

上司の言葉に、問題のない断りの言葉を述べてみる。

「わかっとるよ。相手側も中学生だ」

どうやらかなり乗り気の上司は、飛沫の言葉に耳を貸す気はないらしい。
相手は、取引相手の部下の息子。
中学校の生徒会長と、テニス部の部長を務めている、文武両道な好青年らしい。
薫もテニス部に所属していて、年も一つ下。
白羽の矢がたったわけだ。
飛沫は話を聞いて納得した。
自分のもとに来た理由も、乗り気な訳も。
だが、それとこれとは話は別だ。
薫には相手がいる。
それも十分に、縁談の相手に遜色しない程の人物が。
その上、彼は穂摘に好かれ、葉末にも懐かれていて、薫の良き理解者であり、飛沫にしてみてもチェスや将棋などの相手として気に入っていた。
そういうことも考慮すれば、どう考えても、縁談の相手よりも彼を選ぶ。
だから、飛沫は断った。
事実を告げて。
だが…

「そう堅苦しく考えるな」

結婚するしないは後のことだろう。
…要するに、上司に押し切られたわけだ。


飛沫はまだ、家の前にいた。
ふと、数時間前の忌々しい出来事を思い出して、また独特の溜息を吐く。
恐い…家に帰るのが、とてつもなく恐ろしい。
和気藹々とした家族団欒の中で、この話を振れば絶対に訪れるであろう、極寒地帯。
……氷の微笑を浮かべた家族。
仕事と家族、秤にかけたらなんて冗談じゃない。

「何してるんですか?」

ブルっと考えていたことに身を震わせた飛沫に、おっとりとした声がかけられる。
ビクッと怯えたように肩を竦ませる飛沫。
玄関のドアはいつのまにか開けられて、目の前には最愛の妻が不思議そうに飛沫の顔を覗き込んでいた。

「……ただいま」

突然の妻の登場に驚いたが、飛沫はなんとか体裁を取り繕って、何もなかったかのように声を出す。

「おかえりなさい。で、玄関で何をなさっていたのですか?」

サラッと流したはずの話題を、天然ながらも最強の妻は引き戻してくる。
それに涙したい気になりながらも、飛沫はちょっと考え事をねと、ありきたりな答えを返して家に入っていった。

「あ、お帰りなさい」
「お帰りなさい、お父さん」
「お邪魔してます」

妻と連れ立って、リビングに向った飛沫。
……泣きたい。
思わず、そう思ってしまったのは、よりにもよって、息子の許婚がいたから。
よりにもよって、乾君の前でこの話をするのか?
嫌われたらどうしよう……
ちょっと間違った思考を持ったお父さん。
彼も乾フリークに過ぎなかった。

「あなた?」
「父さん?」
「お父さん?」
「おじさん、どうしました?」

リビングのドアの前でフリーズする飛沫に、全員から声がかけられる。

「いや、何でもない。乾君、ゆっくりしていってくれたまえ」

ゲームを止めて、夕食の準備を手伝っていた海堂と乾。
仲良く色違いのシンプルなエプロンつけて、並んでいる姿はさながら新婚夫婦のようだ。
いつもなら、素直に喜べるその状況が、今はこんなにも辛いなんて。
乾いた笑いを浮かべながらリビングを後にする飛沫に、海堂兄弟と乾は不思議そうに顔を見合わせた。

「どうしたんだ?」
「さあ?」
「何かあったのでしょうか?」
「どうなんだろうね」
「大丈夫でしょ、パパなら」
「そうですね」
「さ、それよりも、パパが帰ってきたことだし、早く準備終わらせないとね」
「うん」

俄然張り切り出した穂摘に、乾と海堂・葉末が笑って、手伝いを開始する。


四人で作った料理が並べられたテーブル。
仲良く晩御飯を食べる家族。
飛沫は、美味しい料理の味も感じられないほどに、自分の中に入り込んでいた。

「……お父さん?」
「えっ?」

不意に耳に入った声に飛沫が顔を上げれば、隣で葉末が心配そうな表情で覗き込んでいた。

「さっきから暗いですけど、大丈夫ですか?」

よく見れば、家族全員、乾までもが心配そうに飛沫を見つめていた。

「ああ、ちょっと大変な仕事が入っただけだ」

そんな彼らを安心させるように飛沫は下手な嘘をつく。

「そう?」
「…大変ですね」

何となく、それが嘘だと気付いたけど、皆、黙って騙されたふりをして、また食事へと戻っていった。
それを見て、飛沫も安心したように息を吐き出す。
この楽しげな夕食の中、あの話を振るのは勇気がない。
確実に凍りつく空気を思うと、どんどんと気が重くなる飛沫だった。
だが、周りは何を飛沫が気にしているかなど知る由はなく、和やかに談笑していた。

「薫って、それ好きだよね?」

せっせと同じおかずを食べる海堂に、乾が不思議そうに声をかける。

「そうだけど?」

それに気付いた海堂が手を止めて乾を見る。

「そっか、薫は好きな物から食べるんだ……」
「それが何だよ?」

見た目は可愛い女の子でも、中味はれっきとした男。
声は高くても、口調はきつかった。

「そうねぇ、薫は好きな物から食べるけど、ハル君は、好きな物は最後に残しておくわよね?」

おっとりと的確な答えを返してくるのは、穂摘。
ボーッとしていても流石は母親と言うべきだろうか。

「そういや、そうだな」
「うんそう。だからね、ちょっと不思議だなって思ってさ」
「やっぱり、兄弟がいるといないのじゃ違うのかしらね?」
「ああ、それはあるかもしれないですね」
「どういう意味ですか」

乾と穂摘の言葉に葉末が興味をもったのか、話しに加わる。

「取られる心配があるかないかってことだよ」
「へぇ」
「兄弟がいるとさ、好きな物を残していたら、食べられる可能性があるだろ」
「何か、分かった気がします」

乾の言葉に、葉末が大きく頷いて、中断していた食事に戻る。

「はい、薫あげる」

乾も意識を葉末から海堂に戻し、海堂の好きなおかずを箸でつまみ、海堂の前に差し出す。

「好きだろ。俺の分も食べていいよ」
「ども」

乾の言葉に海堂は素直にそれを口に入れる。

「じゃあ、俺はコレやる。好きだろ?」

自分の皿から、乾の好きなものを取って、乾と同様に目の前に差し出す。

「有難う」

乾も迷うことなく、それを海堂の箸から口に入れた。

「仲良いわね。本当に昔のこと思い出すわね〜」

そんな二人の仲睦まじい様子を穂摘がうっとりと昔を思い出しながら呟く。
そして、飛沫は複雑な気分でそれを眺めていた。
こんな仲良い二人を、引き裂くような(決して引き裂くほどのものではない)真似を、何故、望んでもないのにしなければならないのか。
やはり、大げさなほどの溜息を吐かずにはいられない飛沫だった。


食事も終わり、後片付けも終わった後、葉末とともにまたゲームを始めた子供たち。
その横で、ソファに座って、酒を嗜む飛沫。
目の前の娘夫婦(既に思考がかなりおかしな方向に向っているらしい)は、先ほどまでと同じように乾の胸に背中を預けて海堂が座っており、乾が海堂のお腹に腕を回している。

「あのな、薫…、乾君も…」

言いにくそうに口を開く飛沫に、海堂と乾が不思議そうに飛沫を見る。

「何だよ?」
「どうかしましたか?」
「後、ママも…」
「あら、どうかされました?」

少々、どもりながら穂摘を呼べば、キッチンから穂摘がリビングにやってくる。
穂摘が向かいのソファに座ったのを見て

「ママ、薫、乾君、スマン」
「え?」
「へ?」
「は?」

ガバッと全員の前で、飛沫は頭を下げた。

「実はだな…」

嫌々ながら、飛沫は海堂の縁談を断りきれなかったことを全て、包み隠さずに話した。
途中、家族の視線が痛くなっても、空気が重く冷たくなっても、飛沫は正直に話した。

「パパ…」

不服そうな妻の声。

「んだよ、それ」

機嫌の悪そうな、息子…今は娘の声に、

「ひどいです」

怒っている、息子の声。

「スマン」

あまりに痛い視線と声に、飛沫はただ頭を下げるばかり。

「まあまあ」

そんな飛沫に助け舟を出したのは、家族ではなく、一番怒っても問題ないはずの乾。

「おじさんだって、好きで引き受けたわけじゃないんですから…」
「ハル君、薫のこと飽きたの?」
「ここは貞治お兄さんが怒るところじゃないですか?」
「アンタ、俺が他の奴と結婚してもいいのかよ」

途端に、全員から睨まれる乾。

「いや、そうじゃなくて…」

乾は首を竦めて苦笑を漏らす。

「別に見合い=結婚ってわけじゃないし。逢うだけ逢えば、おじさんの面目は立つわけだからさ」
「乾君…」
「逢って、断ったら終わりなんだから、許してあげなよ」
「「「……」」」

乾の穏やかな物言いに、不服そうながらも黙り込む三人。

「で、相手ってどういうかたなんですか?」

また少し苦笑を漏らして、乾は飛沫に向き直る。

「ああ、相手だが…」

家族も黙って、続きを聞いてくれる気になったので、飛沫は振られた話を始めた。

「じゃあ、相手の男性は、年は僕と一緒なんですね」
「そういえば、そうなるね」

乾がどっからか、ノートを取り出し、書き込む。
海堂は、呆れた顔でそれを見る。

「で、学校では生徒会長をしていて、テニス部の…それも、それなりに強豪の部の部長」
「ふむ」
「その上、容姿も問題ないと来ると、かなり美味しい人材ですね」
「そうなるが、十分に乾君も、負けてないよ」
「有難うございます」

この件が原因で、乾が婚約を解消するとか言い出されては困るので、飛沫はそれはもう、必死で乾を褒めた。
それに乾は苦笑混じりに返事を返すが、思考は既に先に向っていた。
……知ってるけどな、一人。
乾の中には、今話した相手と共通する存在が浮かんでいた。
確率的に、あいつである率が高いんだが、まだ確証はないし、もう少し、煮詰めておくか。

「相手のかたは、どこにお勤めなんですか?」
「ああ、商社なんだけどね…」

あいつである確率…

「そういえば、マッターホルンに子供の頃に登ったことがあると聞いたよ」

確率、百
間違いない、あいつだ。

「そうですか」

乾は笑いたいのを堪えて、何もなかったようにノートを閉じた。

「本当にすまないんだが」
「仕方ないわね、今度だけよ」
「次はねぇからな」
「わかっている」

しっかりと妻と子供に釘を指されて、この話は終わった。


お風呂も入り、夜も遅くなってきたので、海堂の部屋に戻った乾と海堂。
ソファに座って不機嫌そうな海堂に、乾が苦笑する。

「怒った?」
「…別に」
「俺が怒ったら、おじさんの立場ないだろ」

頬を膨らませて、睨んでくる恋人に溜息を吐いて、隣に座る。

「俺が他の奴とお見合いして、アンタは平気なのかよ」
「いい気はしないけどね。事情が事情だし…」

海堂の顔を覗き込み、苦笑を見せる。

「それに、薫のこと信じているからね」

優しく微笑んで、海堂の頬にチュッと音を立ててキスを贈る。

「ずりぃ」

ギュウッといつもより一回り以上(自分がそれだけ小さくなっているから)大きな胸に抱き寄せられ、胸に顔を埋めて悔しそうに呟く。
そんな風に、優しく微笑まれて言われてしまったら、海堂はそれ以上何も言えなくなる。

「折角の休みだってのに…必要もねぇことさせられるなんて、時間の無駄だ」

ぷくっと膨れたまま、乾の腕の中で態勢を入れ替える。

「部活休みたくねぇ」

乾の胸に凭れかかって呟く海堂に、乾が柔らかく微笑む。

「それは大丈夫だと思うよ。たぶん、休みになるんじゃないかな」
「それじゃあ、もっとヤだ」
「え?」
「たまの部活の休みを、そんな知らない奴となんか過ごしたくない」
「それって、いい意味に解釈していいのかな?」
「当たり前だろ。アンタにはきっちりとこの身体の責任を取ってもらうんだからな」

海堂の言葉に、乾は笑みを一層深いものに変えた。


さて、その次の日のこと

「乾…」

部活の途中、言い難そうに口を開く手塚に、やっぱり来たかと乾は思った。

「どうした、手塚?」

何かメニューで問題でもあったか?
そう言いたげな口調で手塚に向き直る乾に、手塚は小さくそうじゃないと返事した。

「少し、いいか?」
「ああ、構わないよ」

乾の了承を聞いて、手塚は大石に部活を抜けることを伝達して、乾とともに部室に戻った。

「珍しいね、手塚が部活を抜け出して相談なんて?」

おどけたような乾の声に、手塚は微かに入っていた力を抜く。

「メニューじゃないってことは、部活のことじゃないんでしょ?」
「ああ」
「プライベートのことだよね?」

乾の言葉に頷く手塚を、やっぱり珍しいと、乾はノートに何事か書き込んでいく。

「…ああ、ゴメン。本題に入ろうか?」
「ああ」

真剣にノートに書き込んでいく乾の姿に眉根を寄せて憮然と見ていた手塚に気づいて、乾が苦笑混じりにノートを閉じる。
手塚の座る椅子の向かいに座って、真面目に話を聞く態勢に入った乾を見て、手塚は昨日の出来事を乾に語った。


昨日、乾や海堂が海堂家でお見合い話を聞かされていた頃にまで遡る。
その日、手塚家では家族揃って夕食を食べていた。

「国光」
「何でしょうか?」
「頼みがあるんだが」

言い難そうに口を開く父。
齢十五にして、既に父親以上の威厳を発する息子は変わらない表情で父の次の言葉を待っている。

「実はな…」

重そうに口を開いた父の口から出た内容は海堂父とほぼ同じ内容。
要するに、見合いをもちかけられて断り切れなかった。

「まあ、国光もそんな年になったのね」
「申し訳ありませんが…」

父親の話を聞き終えて、母がおっとりと感想をもらす。
が、手塚は眉間に深い皺を刻んで父親を見る。

「嫌なのは分かるんだか、どうしても断れないんだ」

深々と頭を下げる。

「お父さん、とても困っているようだから、助けてあげたら?」
「息子に頭を下げるとは、情け無い!」
「仕方ありません。今回だけですよ」

深い溜め息とともに了承の意を伝えた。

「という訳でな…」

粗方のことを話終えた手塚は、困惑した顔で、乾を見る。

「災難だな」

データ通りだ。
手塚の話に心の中でのみデータを取った乾が、表面上だけは労る声を出す。

「それでだ、その日なんだが…」
「部活なら心配するな」

先生もいるし、大石もいる。俺も手伝える範囲は手伝うからな。
次に来るであろう手塚の言葉を予想しながら言葉を紡ぐ。

「いや、その日というのが、先生も休みの日でな、大石一人では肩の荷が重すぎるから休みにしようと思っている」

手塚は幼馴染み兼親友の乾のことを信頼している。
が、乾の性格も熟知していた。
大石は真面目だ。手塚や顧問の竜崎がいなくてもきっちりとすすめようとしてくれるだろう。
そして部員たちも(レギュラー除く)大石の言葉も聞いてくれるだろう。
そう、あくまで一般部員は。
問題は残りのレギュラー。
河村は人畜無害として、残りのメンバーが問題だ。
特に大石じゃ手に負えない二人。
乾と不二だ。
菊丸や桃城が騒いだとしても、大石・河村の二人がかりならなんとかなるだろう。
海堂や越前は自分がテニス出来れば、他がどうなろうと構わないタイプなので、ある意味、無害だ。
問題は、あの二人。
自分が興味を持ったことは、周りの迷惑を顧みずに、したいようにする性格。
半端じゃなくよく回る頭脳。
青学で敵に回したくない人、ナンバー1と2を三年連続で勝ち取った二人だ。
大石では、止められない。
絶対に死人が出る。
それだけは、何としなくても阻止せねば。

「俺だって手伝うぞ?何も大石一人に任せたりしないが?」
「……」

それが問題なんだ!
わかっているのかいないのか、たぶん、人のことを天然とか言うくせに、自分に関することになると、途端に天然と言えるほどの鈍さを発揮する親友のことだから、本気で分かってないんだろうけど……
乾に任せたら、絶対に死人が出る。
いっそ、全てを大石に任せてくれ。
親友の心からの言葉だとわかっているだけに、本音を口にはしない手塚だった。

「気持ちは嬉しいが。こんなくだらないことでお前たちの手を煩わせるわけにいかないからな」
「そうか。じゃあ、その日はゆっくりと過ごさせてもらおうかな」
「ああ、是非とも、そうしてくれ」

見合いの間中、死人が出てないかの心配をしなくていい。
乾の言葉に、心底ホッとしたような手塚だった。

「では、俺は竜崎先生の所に行ってくる。お前も、部活に戻れよ」
「わかってるよ」

乾に話した内容を竜崎に伝えに部室を出ていった手塚を、手のひらをヒラヒラと振って送った乾。

「予定通りだ」

嬉々としてノートを開いて書き込んでいく乾は完全に今回の騒動を楽しんでいた。

「ハル…」

部活終了後、自主練を終えて、二人で部室で着替えている時、海堂が乾に声をかけた。

「どうした、薫?」

海堂の体質の件から一緒にいた二人。
二人にというか、先輩後輩の関係を優先する必要がなくなると、自然と名前で呼びあう。

「今日…、部長と部室に行ってから、かなり長い間戻ってこなかったけど、何してたんだよ?」

手塚と乾が部室に消えてから、乾が戻ってくるのをずっと待っていた海堂。
結局、乾が戻ってきたのは、部活が終わる少し前。

「今度の休みに、手塚に用事が入ったらしくて、部活を休みにしようかと思っているって、相談されただけだよ」
「そのわりには、遅くまで戻ってこなかったな」
「それに合わせて、メニューの調整をしていただけだよ」

本当は見合い当日のシミュレーションをしていたのだが、一切、そんなことは口には出さない乾だった。

「安心した?」
「んだよ、それ?」
「やきもちやいたんでしょ?」
「やいてねぇよ、バカ」

着替え終えて、腰に腕を回して抱き締めてくる乾に悪態をつきながら、海堂は大人しく乾の腕に抱かれた。


そんなこんなで、多種多様の思惑を抱えたまま、お見合い当日がやってきた。
見合い会場というほどの場所ではないが、指定されたホテルに着いた海堂家に手塚家。
それぞれの上司にあい、連れて行かれた先にいたのは……

「海堂?」
「部長!」

どちらも毎日のように部活で合わせている顔。
まあ、一人は性別が変化しているが、そのことは、乾に聞き及んでいるので手塚が驚くことはない。
唖然と見詰め合う二人。
周りの家族のほうが、気になってそれぞれ声をかける。

「薫?」
「あ、その…俺の部の部長だ」
「あら、まあ、凄い偶然ね」
「国光、お知り合い」
「はい、後輩です」
「まあ、そうだったの」

子供たちの言葉に、互いの母親も相手を見る。

「娘(でいいのかしら?)がお世話になっています」
「いえ、こちらこそ」

思わず、保護者の挨拶を交わしてしまう母親二人の横で、子供二人はまだ唖然としたまま。

「そ、そう言えば、部長に嫌というほど当てはまりますね」

前に父親に言われた、相手のことを思い出して思わず頷いてしまう。
そして、もう一つ思い出したことがあった。

「そういや、あの時……」

その話を聞かされた時、乾がやけに詳しい話を父親に聞いていたことを思い出したのだ。

「部長…、もしかして今日の話し、乾先輩にも話しました?」
「ああ、相談したが…、海堂もか?」
「うちは、話しの時にいたんで」

その会話だけで、何となくピンときた二人。
乾は今日のこと全て気付いていたのだ。

「ハルのやつ…」
「乾…」

ハメやがったな!

「国光?」
「薫?」
「「何でもないです」」

思わず握りこぶしで眉間に皺を寄せる二人に、そんなに今日のお見合いが嫌だったのかと父親二人が怖々と声をかける。

「…海堂君、すすませてもよいかね?」
「手塚君」
「「はい」」

一緒に来ていた上司に振られ、大慌てで首を振る、父親二人。
こうして、まあ始めに比べればまだ和やかに(一部を除く)お見合いはスタートした。

「そろそろ、二人っきりで話しなんかどうかな?」
「ここの庭園はとても綺麗で、見応えがあると思うしね」

首謀者である父親たちの上司の言葉に、海堂と手塚は目を合わせる。

「そうですね」
「それでは、行ってきます」

小さくバレないように頷いて、二人して席を立ってホテルの庭へと出て行く。

「中々、いい雰囲気じゃないか」
「お似合いだぞ」
「「はぁ…」」

出て行く二人を満足そうに眺める上司たちに、父親たちは曖昧な返事を返した。

「そろそろいいか」
「っすね、もう向こうが見えないですし」
「うむ……乾!」
「ハル、いるんでしょ」

黙々と一言も話さずに、どんどんとホテルかた離れた二人。
向こうからこっちの様子が全く見えないであろう場所になって、ようやく立ち止まり、何処にでもなく声をかける。

「……気付いてた?」
「当たり前だ」
「ったく、全部、知ってたんですね」

二人の声に、何処からともなく出てきたのは、乾。
今日は眼鏡を外してコンタクトをしていた。

「何となくそうかなと思っただけだよ。実際に、見るまでは確証は持てなかったし」

少しだけバツが悪そうに苦笑する乾に、二人は呆れたように溜息を吐く。

「ここは誰に聞いたんだ?」
「穂摘さんと彩菜さん」

前日、穂摘には半ば脅しのように教えられ、彩菜にはどんな子か見て欲しいのと教えられた乾だった。

「母さん…」
「全く、あの人は……」

その母親たちとの電話での様子を乾から教えられた手塚と海堂は、深い溜息を吐いた。

「いい加減、茶番も飽きたし、戻るぞ」
「じゃあ、俺は……」
「何言ってんですか、ハルも一緒に戻るんですよ」
「え、一緒に戻るのはまずくないか?」
「問題ないだろう」
「俺たちは何もいいませんから」
「お前が適当に立ち回ればいい」
「それ信用されていると取っていいのかな?」

一緒に戻る気満々のくせに、戻った後のいいわけを全て乾一人に任せる気の二人に対しての乾の苦笑混じりの言葉に、二人は当たり前だと言いたげにコクンと頷いた。

「戻りました」
「あら」
「まあ」
「「ハル君じゃない」」
「こんにちは」
「庭で偶然逢ったんで、連れてきた」
「そう、来てくれたのね」
「あら、ハル君のお知り合いなんですか?」

海堂の言葉に反応した穂摘に彩菜が問いかける。

「海堂は乾の彼女です」
「まあ、それじゃあ私たちハル君に失礼なことをしたんじゃないかしら?」
「気にしないで下さい、彩菜さん。事情は手塚から聞いていますから」
「そういえば、薫のところの部長なら、ハル君にとってもそうなるのよね」
「ハルと部長は、それ以前に幼馴染で親友だ」
「何だか、凄い偶然ばかりですね」
「本当だね、葉末君」

感心したような葉末の言葉に、乾も苦笑しながら応えた。

「相手が貞治君の彼女となると、この話はこれまでじゃな」
「「何でそうなるんですか」」

国一の言葉に、両家全員でそうですねとかと納得するのに、それが出来ないもの二名。
見合いを決行した張本人である、上司たちだ。
いきなりの乾の出現に驚いたものの、全てがそんな簡単に台無しにされても困る立場であった。

「何でと言ってものー」
「元々、子供たちはお見合いしたがっていませんでしたし」
「会うだけで、後は断ってもいいと聞いていますしね」
「海堂より、乾が大事です!」
「部長はテニス面では尊敬していますが、それ以外では俺とハルの仲を邪魔する一人でしかないです」
「貞治君には息子が半端ではないくらいお世話になっていますし、これからもそうなると思うので…」
「乾君は、娘とも仲良くしていますし、妻や息子ともよくやってくれていますので……」
「皆、貞治お兄さんが好きなので、裏切るようなことはしたくないんです」
「「というわけで、このお話はなかったことに」」
「「は、はい……(恐)」」

海堂家、手塚家最強と言われる母二人の笑顔に、顔を引き攣らせながら恐怖により、ブンブンと首を振る上司たちだった。

「疲れた…」

ここは海堂の自室。
あの後、意気投合してしまった母二人に連れられて、食事にいった両家+乾たちは、ようやく解放され各々の家に帰ってきていた。
但し、乾はそのまま海堂の家に寄っていた。

「まあ、平穏に終ってよかったじゃないか」

上司たちが聞いたら怒りそうな台詞を吐く乾は海堂の背凭れ兼椅子扱いを受けている。

「相手が部長じゃなかったらどうしてたんだよ?」
「そりゃまあ、乱入してたかな?」

上目遣いに見上げてくる海堂のこめかみに唇を押し当てる。

「まあ、どんな相手がきても、薫を渡す気はないし、薫も…」
「ハルだから、俺は嫁になってもいいって思ってんだ」

乾の首に腕を回して引き寄せ、軽く唇を押し当てて、乾の言葉を引き継ぐ。

「薫、好きだよ」

海堂の言葉に嬉しそうに笑って、ギュウッと海堂を抱き締める。

「あの日、あれを飲んだのが薫でよかった」
「俺も、飲んだのが自分でよかったって思ってる」

乾の父が偶然作り出した奇跡の薬。
偶然飲んだのが海堂だったために始まった、二人の恋物語。
責任だとか、親が決めたことだとか、そんなこと何も関係ないかのように二人は、偶然が引き起こした幸せを噛締めるように、唇を重ね合わせた。


追記・今回の騒動を引き起こした張本人たちは、以来、二度と両家に関ろうとはしなくなった。

Fin