クレヨン  <字書きさんに100のお題 001 for girls>



「4時限目自習だって〜」

チョークで大きく声に出したのと同じ言葉を紡ぐ、女子生徒。
教室中が一気に騒がしくなった。
突然の自習のせいか、課題も出てなく、薫は1人外を見つめていた。
外のグラウンドではどっかのクラスが授業を受けていて、その横のほう裏庭に続く道を制服のままの学生が歩いていっている。

「あ…」

薫はその中に、見知った長身を見つけて、教室を出ていった。
手にはお弁当箱を持って。
他のクラスは授業中なので音を立てないように早足で薫は裏庭に向った。

「先輩」
「薫、授業は?」

裏庭の木陰の下に薫の目的の人物である一年上の男子テニス部のレギュラー乾がいた。

「自習…」
「もしかして、逢いにきてくれた?」

乾が少しずれてあいたスペースに薫は断りを入れて座る。
手にしていたお弁当を膝の上に置いて、隣に座る乾を見上げる。

「…先輩、今日のお昼は…」
「今日はこれ終わったら何か買いに行く予定なんだけど……そのお弁当の大きさからして、期待してもいいのかな?」

言いにくそうに口を開く薫に乾も視線を下にずらす。
薫の膝の上におかれたお弁当箱はお重の…それも2・3段重ねになっているように見えた。
薫はいくら成長期中のテニス部に所属しているとはいっても女の子。
いくら何でも、この量は食べれないだろう。
1人でこれを食べれそうなのは桃城くらいなものだ。
そこから考えれることは1つしかなかった。

「迷惑でなければ…」
「迷惑じゃないよ。凄く嬉しい」
「あの…私が作ったんで…」
「薫が作ったの?」
「はい、だから、その味の保証は出来ないんですが…」

薫は時間があればテニスばっかりしていたので、家事が苦手だった。
綺麗好きな性格のおかげで掃除はきっちりしているけど、料理とかはかなり苦手だった。

「俺のために料理苦手なのに頑張ってくれたんだ、有難う」
「先輩、料理上手だから…」

料理に興味がなく、その時間もテニスにあてようとしていた薫が料理の勉強を始めたのは、隣に座る乾と知り合ってから。
乾と付き合う前、まだ好きだと自覚した頃に部活の先輩である、不二と菊丸から乾の料理の腕前を聞いて、その上、二人に連れられて実際に乾の料理の腕前を目の前で見せられて、それ以来、薫は料理の手伝いをしながら自分も料理の勉強を始めた。

「薫が俺のために作ってくれたんだろ。残さず食べるよ」
「先輩は写生ですか?」

乾の言葉に照れて、薫は話題を変える。

「うん、今は美術の時間でね」

乾の手には大きなスケッチブックと…クレヨン。

「クレヨンですか?」
「ああ、今日はねクレヨンがいいなって…」

乾の言ってる意味を図り損ねた薫は首を傾げて乾を見る。

「写生って言ってるけど、別に水彩画とは言ってないしね、今日の風景はクレヨンを使ったほうがいいかなって思ってさ」
「はぁ」
「それぞれにそれぞれの良さがあるしね。今はクレヨンのほうが好みの色使いだからさ」
「へぇ、じゃあ先輩は他のも持ってるんですか?」
「一応、油彩も色鉛筆も色々と使えるのは常備してるよ」
「凄いですね」
「う〜ん、単なる凝り性なだけなんだけどね」

薫の言葉に乾は苦笑しながら応える。
その間も、乾の手は目の前の風景を綺麗にクレヨンンで薄く色づけていく。

「綺麗ですね」
「有難う」
「クレヨンなのに薄い」
「力加減を考えてるから」

薫の目の前で綺麗な色使いで出来上がっていく絵に、この人は本当に何でも出来るんだと感心してしまう。

「先輩ってほんと器用ですね」
「そうでもないよ」
「何でも出来るし…」
「出来ないこともたくさんあるよ」

乾はいつもそう言うけど、薫には乾には出来ないことがないように思えてならない。
学校の生徒も教師も皆、手塚先輩を何でも出来る万能人間のように思ってるけど…
本当はこの人のほうが何でも出来る。
顔だって、この目の見えない眼鏡で覆い隠されているけど、素顔はかなり格好いい。
性格だって、集中すると周りが見えないことと、データ収集という癖のせいで変わった人に思われがちだけど、本当は穏やかでさり気ない優しさで周りに気を配れる人。
表面しか知らない人は気付かない、この人。
それを知っている自分はほんの少しの優越感を持っている。

「出来た。ちょっと提出してくるから待っててくれる?」
「はい」

手早く片付けてそこを離れる先輩。
その後、戻ってきた乾がお茶のパックを持ってきて、二人は仲良く後の時間を過ごした。
彼のクレヨンで描かれた緑の下で。

Fin