ドクン ドクン
瞳を閉じて、意識を集中させると、やけに響く心臓の音。
そのまま顔を上に向けて、瞳をそおっと開く
鮮やかな碧
けれど、ただそれだけの空
笑わない空に、笑い方を忘れた
「一人で辛いかもしれないけど…」
不意に空に浮かぶ旧友の顔
いつもの感情の篭らない声が耳に残る
「忘れるなよ、今日見た空を」
次々に浮かぶ、旧友たち
あの日見た空も、そういえば、今と同じ鮮やかな碧だったな。
ふわっと押されたような背中。
後ろから風が吹く。
あの日と同じように…
「よし」
もう一度、瞳を閉じ、顔を真正面に戻す。
流暢な英語が流れる、アナウンス
心地よい緊張が自分を支配する
これだけはあの日々と変わらない
これからどれだけ長い時刻を過ごしても、決して色あせることのない過去と……
「失礼しました」
軽い音を立てて、締められた職員室の扉
無表情のまま一礼をして出てきたのは手塚
手には進路指導の用紙を持って、軽い溜息を吐く
何となく、このまま教室に戻るのも億劫で、手塚は教室とは反対の道を歩いていった。
「あれ?手塚?」
「へぇ、珍しいね」
「お前たち…」
手塚がやって来たのは特別棟の屋上
人の少ないこの場所のはずが、既に満員御礼状態
それも、この夏、テニス部を引退したばかりのレギュラーたち。
「手塚、どったの?眉間の皺、増えてるにゃ」
「煩い」
「確か、進路のことで呼び出しうけてなかった?」
手塚の姿を見て、黄金コンビが心配そうに口を開く。
「ああ」
「どうしたの?」
「いや……」
憂鬱そうな手塚に、河村も声をかける。
「これ、進路の調査票?」
「おい、乾」
言いがたそうな手塚の右手に握り締められた紙に、目ざとい乾が気付いて抜き取る。
「ふ、ん…」
「何て書いてるの?」
中に書かれている第一希望を見る乾。
菊丸・不二も興味を引かれて覗き込む。
河村、大石は気になるが勝手に見ていいものではないので、少し離れたところで三人の様子を眺める。
「手塚、このまま高校に上がるんだ?」
「それが、問題なのか?」
紙を見て、不二が不思議そうに聞いてくる。
「俺、手塚は留学すると思ってたにゃ」
菊丸もどこか不満そうな顔をして口を開く。
その言葉に、頷く他の面々。
「留学するのはいつでも出来るだろう」
皆も瞳に、心の迷いを見抜かれている。
そう感じた。
「けれど…」
お前たちと一緒に入れるのは、限りがある。
この中学に入って出逢った仲間たち。
出来るなら、限りあるまで一緒にいたい。
「プロを目指すなら早いほうがいい」
わかっているんだろう?
そう言いたげな視線を向けてくる乾。
「迷ってるんでしょ?」
開かれた不二の瞳は手塚の心を如実に映し出してた。
「手塚、間違ってるにゃ」
俺たちとテニスをするのはいつでも出来る。
けど、留学は時間が限られてる。
時折、何よりもの真実を言い当てる菊丸。
「大事なことだからね、じっくり考えたらいいよ」
ただ、俺たちは足かせにはなりたくはないんだよ。
猶予をくれる大石の優しさ。
「手塚は俺たちの夢だからさ」
俺たちに出来ない夢を達成できる人だから頑張って欲しい。
と、高校ではテニスをしないと言った河村が照れながら話す。
「間違えるな。俺たちはいつでもココにいる」
トンと指押された左胸。
ソコに、遠い空の向こうにいってもいてくれるのか?
「見てるよ」
屋上のてすりに背中を預けて、振り返る。
振り向いた先にいる、かけがえのない仲間たち。
「見せてくれよ、お前の夢を」
「俺たちの夢でもあるんだからな」
「ああ」
迷う背中を押してくる仲間たち。
風が屋上を駆け抜ける。
俺たちの背中を押して。
「そだ、乾、テストの答案」
「は?」
「いいから、テストの答案」
「おい…」
「英二?」
「いいから〜」
「答案っていったって、今日の数学の小テストのしかないぞ?」
「いい。それでいいから」
いきなり騒ぎ始めた菊丸に、わけがわからないながらもテスト用紙を出す乾。
「じゃじゃ〜ん、これは万年首席の乾のテストの答案用紙です」
「おい」
「このご利益あるテストの裏に、皆で将来の夢を書くニャ!!」
「英二、乾の許可もなく…」
「でね、紙ヒコーキにして、飛ばすにゃ!!」
嬉しそうに計画を話す菊丸。
皆が見るのは乾。
仕方なさそうに溜息を吐いて、苦笑する乾。
「乾の許可も出たし、しようか」
「将来の夢か…」
「どうせならさ、似顔絵もつけない?」
「不二、それいい」
「じゃ、乾よろしく」
「おい、何で俺なんだよ」
「乾、僕らの似顔絵上手いじゃん」
「そうそう、ノートに書いてるでしょ」
「勝手に見るな。それにだ、似顔で言えば、英二も大したもんだじ」
「乾、まだ落書きしたの根に持ってるにゃ」
「どうせなら、各順番に前に書いた人の似顔絵を描くってのは?」
「にゃ、それでいこ」
ギャーギャーと中学生らしく騒ぎながら、自分の夢と前に書いた人の似顔絵を描く6人。
「プッ…大石、下手…」
「美術は苦手なんだよ…」
「やっぱり、大石は描きやすいね」
「不二、それ卵じゃ…」
「うにゃにゃ、出来た!」
「お〜、英二上手」
「こんなもんか?」
「乾って、器用だよね」
「ごめん、上手く描けないや」
「不二より、よっぽど人らしいよ…」
「……」
「クッ…」
「プ…」
「フフッ…ははは…」
「て、手塚…ゲラゲラゲラ…」
「手塚、俺は霊長類人科だぞ」
「煩い。お前たち、グラウンド走らされたいのか」
「ぶっぶー。もう、俺たち引退しましたー」
「手塚は今は部長じゃないので、そんな権限ないよ」
眉間に皺を刻んで、しかめっ面の手塚。
遠慮なく笑い飛ばす、乾・不二・菊丸に遠慮がちに笑いを堪える大石・河村。
「出来たし、飛ばそうよ」
「ふむ、紙ヒコーキを飛ばすなら…」
「デターはいいから、こんなもん適当に作ったらいいんだよ」
ブツブツと紙ヒコーキを飛ばすにはとデーターを引き出す乾から用紙を横取りして、適当に折って作る菊丸。
「飛ばすのは、我らが部長さんの役目にゃ」
「そうだな。俺らの夢を代弁してもらおうか」
菊丸に紙ヒコーキを渡されて困惑する手塚。
「ほら、手塚。早く」
「今なら、風の向きもいい感じだぞ」
笑って促してくれる友人たち。
「ああ」
同じように手塚も笑う。
皆、笑って
夢を描いたテストの裏、紙ヒコーキ作って
明日になげる
風にのり、空を舞う白の軌跡
それぞれの夢持って
この風に乗って 未来へと…
懐かしい過去を胸に、瞳を開く
見つめる先には、焦がれたコート
ここにくるまで、何度も挫折しそうになった
けれど
その度に思い出すのは、あの日の空と紙ヒコーキ
夢を、それぞれが描いた未来を飛ばした風
それだけが、俺の支えだった
「これより、決勝戦を行います」
ピリッとした緊張が場を支配する
ゆったりとした足取りでコートに進む
「っ!!」
目の前の敵を見るように視線を上げた先。
大勢の観客の中に、見知った顔
座ってのんびり見る旧友たちに、そのすぐ後ろで応援幕を掲げる後輩たち。
《約束な》
声が聞こえた気がした
「わかっている」
微かに口元が緩んだのが自分でもわかった
『虹の橋に、願いを』
『俺の夢を皆に乗せて、連れていく』
右手に持ったボールを跳ねさせる
左手に持つラケットを強く握り締める
深く、深呼吸を
「…手塚、サービスプレイ」
空に向って放ったボール
「絶対に、叶えてみせる」
今、ココで
お前たちの目の前で
約束を叶えるための、一球が空に描かれた
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