KISS OF LIFE 2



キスから始まった、追いかけっこ
逃げ切れるか、捕まるのか…
捕まえるのか、逃げられるのか…


あの日の海堂の決死の告白から、乾と海堂による恋の駆け引きは見事に、テニス部のメンバーを巻き込んで大きくなっていった。

「乾先輩、おはようございます」

朝、海堂は一番に乾に挨拶にいく。

「あ、ああ、おはよう、海堂」

そして、乾は毎朝、海堂との距離を一定に保ちながら挨拶を返す。
そうしないと、乾はいつも…

「先輩、あれ…」
「え?」
(チュッ)

と、隙を見せた途端に、海堂にキスをされるからだった。
まあ、結局は一定の距離を保っても、こうやってキスされることになるのだから、どうしようもない。

「らしくないよね」

あれ以来、毎朝見るようになった二人の攻防戦。
勝負は毎日、海堂の勝ち。
今日もいつもと変わらず、海堂にキスされた乾。
ベンチに座っているところに、不二が横に座って話しかける。

「俺もそう思う」

不二の言いたいことを理解してる乾が、反論もせずに肯定する。

「何でかねぇ?」

いつもならこんなくだらない引っ掛けに引っかかるようなことはないんだが…
どうも海堂が相手だと、本当に何かあるんじゃないかと思ってしまう。

「根が素直な奴だけにな…」

いつも他人を睨みつけてるような後輩が、本当は素直で従順な子だと知ったのは、もう数ヶ月前のこと。
嘘なんかつけるような子じゃないことを知っているだけに、こういう単純な手に引っかかってしまう。

「それがわかったら、海堂への答えも出るんじゃないかな?」

乾って本当に自分のことには鈍いよねぇ。
と、謎の言葉を残しながら、、いつもの食えない笑みを浮かべて去っていった。

「何なんだ、あいつは…」

人がただでさえ悩んでる時に、余計な問題を残していきやがって。
疲れて休んでいるというのに、不二の相手をしたせいで余計に疲れた乾はフェンスに体を預けて、目を瞑った。

「先輩」
「海堂か」
「そんな格好してたら、キスしますよ」
「言ったら、逃げられるって思わないか?」

海堂の言葉に、苦笑を漏らす。

「わかんねぇ…」
「海堂?」

海堂の絞り出したような呟きに、驚いて乾は海堂を見上げる。

「俺には、あんたが嫌がってんのか、そうじゃないのかなんて、わかんねぇよ」

普通なら、あんなくだらない手にひっかかるような人じゃないのに。
いつも、こんな手に引っかかって、キスさせてくれるから、つい期待してしまう。

「そんな曖昧な態度じゃ、俺は諦めることも、このまま想い続けることも出来ねぇよ」

ギュッとジャージを握り締めて呟く海堂の様子に、乾の胸が罪悪感で痛む。

「海堂…」
「……もう、しねぇから……」
「え?」
「俺のせいで、先輩が疲れてるの知ってるから…」

迷惑をかけたかったんじゃない。
ただ、この想いを知って欲しくて、返して欲しくて…
同じ想いを返して欲しいなんて、言わない。
ただ、せめて答えられないなら、そうはっきりと言って欲しかった。

「嫌なら、嫌って言って欲しかったっす」
「海堂、俺は…」

細い声で呟く様は、見てる乾が痛々しく感じるほどで、乾は無意識のうちに手を伸ばすが、その手が海堂に触れることはなく、

「これで最後にします」

言葉とともに降りてきた唇を受け止めて、そのまま走り去っていく海堂を見送ることしか出来なかった。

「かおちゃん、いっちゃったよ〜」

走り去っていった海堂の姿を見て、菊丸が乾に近づく。

「そうだな」

乾は視線を海堂が消えていった場所から離すことなく、返事を返す。

「そうだな?って、いいの乾?」
「いいのって、何がだ?」
「かおちゃんだよ」
「あいつが自分で決めたんだ。それいいんだろ」
「乾はどうなのさ?」

視線を菊丸に移すことなく話し続ける乾に、じれったく思った菊丸が乾に目の前に立つ。

「ずっとかおちゃんが走っていったほうばっか見てるじゃんか」
「俺?」

菊丸の言葉に、乾が不思議そうな声を出す。
自分がずっとどこを見ていたのかさえ、気づいてなかったようだ。

「乾、鈍すぎ」

何でこう、理数系の奴って自分の感情に疎いんだろうにゃ?

「ちゃんと自分の気持ちに気づかないと、かおちゃん他の奴に取られちゃうぞ」

ビシッと乾の鼻先に人差し指を突きつけて言い切った菊丸が、じゃっね〜と大石の元に走っていった。

「今日は厄日か?」

不二といい、菊丸といい、一体何が言いたいんだ?
自分の気持ちに気づいてないとか、鈍いとか…
それじゃまるで、俺が海堂のことを好きみたいじゃないか。
確かに海堂は可愛い後輩で、ほかの後輩たちに比べたら贔屓してるのは自覚してる。
自分にだけ心を開いてくれて、たまに笑ったりする姿を見たら、やっぱりそれなりに特別には思えてくるけどな。
けど、それが恋愛感情に結びつくかどうかといえば、また違うだろう?
ただ、そうやって否定していても、心に残る痛みだけがあいつらの言葉を肯定しているようで…
乾はその感情を否定するように首を振って、顔を仰向かせて目を閉じた。
奥に眠る感情を、押し隠すように……


あの日の海堂の言葉通り、あの時のキスを最後に海堂が乾に近づくことはなかった。
必要最低限でしか、海堂が乾に近づくことも話すこともない。
初めのうちは、これでよかったんだとホッとしていた乾も、日が過ぎていくうちに

「ここまで避けなくてもいいと思わないか?」

そう思うようになっていた。
ここは部室。中には乾と手塚の二人のみ。

「振られた相手と顔を合わすのも、普通は辛いんじゃないのか?」

乾の言葉に、手塚が呆れたような声を出す。

「俺は別に振ってない」

部室のテーブルに突っ伏して、拗ねたような口調の乾。

「答えてやらなかったんだ、一緒だろ」

だが、手塚は気にもせずに一蹴する。

「大体、お前は海堂のことをどう思ってるんだ?」
「可愛い後輩って思ってるよ」
「それなら、今のままで十分じゃないのか?」

確かに海堂はあれ以来、必要最低限のこと以外では乾に近づくことはなくなったが、それでも乾が話しかけてきたら返事もするし、話もするようにしている。
海堂は海堂なりに精一杯、乾を困らせないようにしている。
それに

「海堂はいつもあんなんだろう?」

そう、海堂は乾以外の人間に対しては、いつも今の乾に対するのと同じような態度をとっている。
必要なこと以外は話さず、近づかず。
それが通常の海堂のスタンス。
乾だけが特別だっただけ。

「違う。前はもっと色んなこと話してた」
「お前にだけな」
「手塚?」
「気づいてないのか?海堂はお前にだけ懐いてたんだ」
「気づいてるさ、それぐらい」

そう、海堂は自分にだけ心を開いてくれていた。
他の誰も知らない海堂の意外な一面。
それを俺だけが知ってるということに、優越感を抱いていたこともあった。

「なら、どうして、海堂の気持ちに答えてやらなかった?」
「それは…」
「乾、お前は何故、それほどまでに海堂に執着する?」

顔をあげた乾の前に手塚が座る。
真正面から向き合って、手塚が乾の瞳を見据える。

「俺は、執着なんか…」
「してる」

言いよどむ乾の言葉を取り上げて、手塚が言い切る。

「いつものお前なら、あっさりと切り捨ててるだろう」

来るもの拒まず、去るもの追わず、だが、来て鬱陶しい者は容赦なく切り捨てる乾。

「離れた時点で、仕方ないといって終わらせる奴が、何を今になってグズグズ言ってるんだ?」

呆れたように、溜息混じりに呟かれ、乾が押し黙る。
幼馴染であり、親友でもある手塚にここまで言われると、乾に反論する余地はない。

「いい加減、自覚したらどうだ?」
「自覚って、お前も不二や菊丸と同じようなこと言うんだな」
「事実だからな」

誰の目から見ても、乾が海堂を特別扱いしてるのはわかりきったことだった。
乾が自分から構う後輩も海堂だけ。
勿論、請われれば教えもするし、相手もする。
だが、海堂に関して言えば、乾のほうから動く。
乾が自分からデータ以外のことで動くこと自体が珍しいことだと、本人が気づいてないのだ。

「俺だって、考えたぞ」

海堂に告白されてから、ずっと考えてきた。
俺は海堂のことをどう思ってるのか。

「でも、どんなに考えたって、出ないんだよ」
「お前は、考えすぎだろ」

頭を抱えて、テーブルに突っ伏す乾に、手塚がさらっと答える。

「考えてる暇があったら、少しは動いたらどうだ?」
「手塚…」
「答えは、お前の中にある」

いつも生真面目で、天然な手塚が、乾の心を軽くしようと思ってしたのかはわからないが、その言葉とともに、起き上がった乾の左胸に人差し指をつけ軽く押す。

「そうだな…、ここでじっとしてても仕方がない。海堂と話すさ」

珍しい親友の行動に、一瞬、目を見開いた後、乾は破顔して立ち上がる。

「サンキュ、手塚」
「礼なら、明日の昼飯で許してやる」
「OK、期待しててくれよ」
「ああ」

パタンとドアが閉じて、乾が外に出る。

「ここまでお膳立てしてやったんだ。後はお前次第だぞ、乾」

乾の消えたドアに視線を向けた手塚が、そう呟く。

「これで上手くいかないなら、返してもらうからな」

乾は俺にとっては、大切な親友だからな。


「海堂、ちょっといいか?」

放課後、部活の終わったあとのテニスコート。
いつもの如く、一人残って自主練に励んでいた海堂に声をかけたのは、さっきまで手塚に愚痴っていた乾。

「…っす」

海堂が小さく頷いたのを見て、乾がベンチに誘う。
海堂は、一瞬だけ躊躇したが、すぐに乾の後を追っていく。
乾がベンチに座ってから、少し距離をあけて隣に座る。

「出来れば、もう少し近づいて欲しいんだけど」

その微妙な距離に乾は苦笑を漏らして呟く。
海堂の手をそっと握って、クイッと自分のほうに軽くひっぱると、大人しく海堂が距離を詰める。

「今更って思うかもしれないけど…」

そういい置いて、乾が海堂と向き合う。

「俺は今のような関係のままではいたくないと思ってる」

乾の言葉に海堂が顔を上げ、乾を見つめる。

「ちゃんと話しあって、納得できる答えを探したいんだ」

だから、協力して欲しいと乾が言えば、海堂は小さく頷いた。

「俺は、お前に告白されて嬉しかった」

それは本当のこと。
嫌悪感などは微塵も感じなかった。

「海堂のことは本当に可愛い後輩だって思ってる」

ただ、そこで満足していたらから、それ以上の感情まで思い至らない。

「だから、お前とこのままぎこちない関係ではいたくない」

前みたいに、笑って他愛のない話を出来るようになりたいと思う。

「ただ、俺にはまだ答えが見出せないんだ」

海堂の手を握ったまま乾が話し続ける。
海堂は繋がれた手に視線を落としたまま、黙って聞いている。

「他の後輩たちに比べたら、海堂が特別だってことはわかるんだけど…」

それ以上のことはまだ…

「ゴメンな、こんな答えしか出せなくて」

苦笑交じりに、そう言えば

「いいです。それだけで…」

他の同級生の奴らよりは上なのだと言ってくれた。
後輩たちの中では、俺が一番なのだと彼は教えてくれた。
今は、それだけでも十分だ。

「あなたが、少しでも俺を特別に思ってくれるなら…」

俺は、それだけで幸せだから。
そう海堂は囁いて、淡く微笑んだ。
その微笑は、海堂が初めて見せたもので、乾はその光景に思わず息を飲んでいた。

「海堂…」

低い囁きとともに、乾の手が海堂の頬に伸びる。

「乾、先輩?」

不思議そうに乾を呼ぶ海堂の頬に添えた手をゆっくりと滑らせて、唇の上で止まる。
あいた手で眼鏡を外し、そっと海堂の顎を持ち上げ、しっとりと唇を重ねる。
そっと海堂の唇に舌を這わし、唇の感触を味わうように何度も啄む。
海堂の息があがってきて、薄らと唇が開く。
その隙を見計らって、乾の舌が海堂の口内に入り込む。
乾の手は、海堂が逃げないように頭を固定し、腰を抱き寄せる。

「ふぅ…くっ…ん」

口内で逃げ回る舌を捕まえられ、深く絡められる。
口からは抜けるような甘い息が漏れる。
海堂の手は縋るように、乾の服を掴んでいる。
丹念に何度も舌を絡め取られ、たっぷりと乾の思うがままに流される。
海堂の息が続かなくなって、苦しそうに乾の体を叩くようになるまで口吻は続けられた。

「…ど…して…?」

長いキスからようやく解放されて、息も絶え絶えに海堂が呟く。

「こんなに、簡単なことだったんだな」
「え…?」

海堂の声が聞こえなかったのか、乾の言葉は海堂の問いからはかけ離れたもの。
けれど、乾にはそんなこと関係ないらしく、淡々と話を進めていく。

「あんなに考えても出なかったのにな…」

海堂の微笑を見た瞬間、心が揺れた。
初めて見た微笑に見惚れて、気づいたら体が動いていた。
そして、キスして気づいた。

「俺も、海堂が好きだよ」
「えっ…?」

目を見開いて、自分を凝視する海堂を見て苦笑する。

「お前が好きだ」

チュッと軽く唇を触れ合わせて、囁く。
キスして心が震えた。
体が感情に支配された。
だから、気づいた。

「お前が俺を想うように、俺もお前を想ってる」

自分の中に潜む、彼への恋慕。

「嘘…」
「嘘じゃないよ」
「どうして…」

どうして今頃…
今まではずっと見向きもしてくれなかったのに…

「ゴメン、今まで苦しませて」

ポロポロと涙を零し始める海堂を乾がそっと抱きしめる。

「ほんと、俺って自分のことには鈍いわ」

不二や菊丸・手塚に言われ続けてきた言葉を実感する。
これじゃあれだけ言われても仕方ないよな、とそう思ってしまう。

「今からでも遅くないなら、俺と付き合って欲しいんだけど?」

自分が鈍いせいで告白は海堂のほうからさせてしまった上に、苦しめたから。
せめて、これは自分のほうから言っておくべきだと思った。
一度は、俺のせいで終わらせかけたのだから、せめて二度目は俺から始めさせたい。

「…ない」

乾の胸に顔を埋めていた海堂が顔をあげる。

「遅くない」

まだ、この気持ちは消えていない。
消えるはずもない、先輩を好きな気持ちは…

「俺も先輩が好きです」

そう言って見せた微笑は、今まで一番綺麗なもので

「愛してるよ」

乾はその言葉とともに、恋人となった愛しい存在にありったけの想いを込めてキスを贈った。


口吻から始めよう
触れ合えば、全てがわかるから
やわらかな真実をいつませも重ねて


今、心震わすキスを君と……

Fin