先輩が倒れた。
というか、倒れても仕方ねぇようなことを続けたわけだから、当たり前なわけで。
俺の倍以上の練習に、データー整理。
挙句に部員の体調管理にメニュー作成、その上に。委員会での書類作成。
「何日、寝てないんっすか?」
ベッドの住人と化した先輩を上から見下ろす。
「……一週間くらい?」
「何で疑問系なんだよ」
可愛こぶってもキモイ……だけとは言えないあたり、俺もかなりヤキが回っている。
「飯は?」
「食べてたよ」
「何を?」
そう聞いてみれば、案の定、先輩が言葉に詰まる。
先輩は料理が上手だ、泊まりにいけば、いつも美味しい食事を頂ける。
だが、料理が上手でもしなければ意味がない。
先輩は面倒臭がりだ。
自分一人だと、そんなに料理をしない。
それでもまだ、コンビニ弁当なり、ファーストフードなり、食べていればマシだが、ひどい時は飲み物だけ。
後はお菓子やパン一個とかですます時もある。
勿論、一つのことに集中すると、平気で食べない時もある。
一日一食なんてザラなのだ。
「パン一個とか、お菓子っていうのは却下っすよ」
ジロッと睨みつければ、先輩は気まずそうに顔を逸らす。
やっぱり、それだけか…
「あんだけ運動して、寝ないで、それしか食ってないなら、倒れて当たり前です」
というか、倒れないほうがおかしいだろ。
どう考えても、栄養失調に寝不足…要するに過労だ。
「この年でこう度々、過労で倒れる人も珍しいっすよね」
たっぷりと言葉に棘を含ませて嫌味を言ってやる。
この人が過労で倒れたのは、何も今回が初めてではない。
出逢ってから、一年以上。
この間に、先輩が倒れたのは、既に二桁。
そんな訳だから、こうやって俺が嫌味の一つや二つを言っても罰は当たらないと思う。
「ゴメン」
嫌味が通じたのだろう。シュンと項垂れて謝ってくる。
「謝ってもらわなくていいんで、過労で倒れるようなことしないで下さい」
「気をつけます」
「先輩が倒れるたび、俺がどれだけ心配してるかわかってないでしょう?」
「…わかってるよ」
「本当に、一人にしたらロクなことしないんっすから…」
フシュ〜と息を吐いて、先輩を睨みつけるが、先輩は何だか嬉しそうにヘラヘラ笑ってる。
「うん、だからさ、一人にしないでよ」
「何、ガキみたいなこと言ってんっすか?」
「俺、まだ義務教育中の子供だよ」
ニコニコと嬉しそうに話してくる先輩。
ほんと、仕方ねぇやつ。
「先輩が嫌がったって、一人になんかしませんよ」
もう、今更、先輩と離れようなんて少しも思ってない。
「一生、離れてなんかやらねぇっすよ」
先輩の寝ているベッドの端に腰掛けて、先輩の頬に手を伸ばす。
「奇遇だね、俺も一生離れる気はないんだよ」
先輩は気持ち良さそうに俺の手に頬を押し付けて、目を瞑る。
その姿があんまりにも可愛いから、俺はそっと身体を動かして、いつもよりも熱をもった唇に口吻をした。
「飯、作ってきます」
軽く触れ合わせるだけで離した後、照れくさくって、俺はそれだけ言って先輩の部屋を後にした。
何度もお邪魔しているキッチン。
どこに何があるかも知っているから、一人でも苦にならない。
うちは母さんが、古臭い考えを持ってない人で、今は男の子も料理が出来たほうがいいのよという言葉のもと、俺も葉末も簡単なものなら作れるようになった。
勝手知ったる他人の家というやつだ。
俺はさっさとお鍋を出してきて、病人食の定番ともいえる、お粥を作り始めた。
「先輩、出来ました」
「あ、有難う」
「何、してるんっすか?」
俺が部屋に戻って見たもののせいで、自分でもはっきりとわかるくらいに、いつもよりも低い声が出た。
自分の目の前、ワタワタとパソコンの電源を切る先輩。
「あんた、自分が過労で倒れたってこと、忘れてないっすよね?」
ツカツカと先輩のベッド横のサイドボードにトレーを置いて、先輩の座っている椅子の後ろに立つ。
「覚えてます」
大きい図体を縮めて、呟く先輩。
「じゃあ、何でこんなとこに座ってんっすかね?」
本当に一人にしたら、ロクなことしねぇ。
こんな事になるなら、首に縄つけてリビングのソファにでも寝かしときゃよかった。
「ゴメン、どうしても気になって…」
「先輩、データーと自分の身体、どっちが大事なんっすか?」
「デ…自分の身体」
今、絶対にデーターって言おうとした。
「先輩、そんなに俺を怒らしたいんっすか?」
いつものブツッてキれるっていうような感覚じゃなく、フツフツとした静かな怒りが身体の奥底から沸いてくる。
俺のその状態を正確に汲み取ったらしい先輩は、首を思いっきり横に振っている。
「じゃあ、とっととベッドに戻って、体調が戻るまではベッドから出ない」
「はい」
ビシッとベッドを指して言い放てば、先輩は慌ててベッドに潜り込む。
「海堂…、怒ってる?」
「怒ってないと思うんっすか?」
「思わない」
布団に潜り込んで、目だけを覗かせて、俺の機嫌を伺おうとする先輩。
そんないつもと違う負け負けの先輩の姿を見てたら、怒りもどっかへ吹き飛んでしまう。
「…先輩、飯」
布団を少し引っぺがし、先輩の手を引いて上半身を起させる。
「え、と…」
先輩はまだ俺が怒っていると思っているらしく、ビクビクと上目遣いで俺の様子を伺ってくる。
「次、したら帰りますからね」
「うん」
溜息交じりに呟けば、嬉しそうに頷く。
「じゃあ、はい食べていいっすよ」
鍋から器に移し変えたのを、先輩に渡す。
「頂きます」
「おい、ちょっと!」
「っ…あつっ…」
「当たり前だ、バカ」
器を渡した後、先輩はこともあろうに、冷まさずに蓮華で掬って口にいれたのだ。
「ああっ、飲み込むな!喉が火傷すっだろ」
挙句の果てには吐き出さずに、そのまま飲み込みやがった。
こいつ、底なしのバカだ。
「もう、ほら水」
喉を押さえる先輩に水を渡したら、勢いよく飲み干す。
「ふぁっ……、熱かった〜」
「当たり前っす。冷まさずに食うな」
「いけると思ったんだよな」
まだヒリヒリするのだろう、喉を擦りながら呟く先輩に、俺はもう何回目になるかわからない溜息を吐いた。
「貸せ!」
先輩の手から器と蓮華をひったくるように奪う。
蓮華にお粥を一匙掬って、フーフーと息を吹きかけて冷ます。
「ほら」
それを先輩の前に差し出すとえ?という顔をして俺を見る。
「食べさせてくれんの?」
「あんなん二度されるよりはマシだからな」
ウキウキとした顔で聞いてくる先輩に、呆れた声で返す。
先輩はそれすら嬉しそうに聞いて、子供みたいに口を開いて待っている。
その口に蓮華を入れると、先輩の口が閉じる。
「美味しい」
「今日は甘えますね」
「う〜ん、やっぱ熱があるからかな?」
「いいですけどね」
いつも、余裕ばっか見せて、弱さを見せない先輩の、こんな甘えた仕草を見るのは悪くない。
「俺は幾らでも甘えてもらっても構いませんけど…」
けど、こんな先輩を他に見せるなんて勿体ない。
「けど?」
「俺の前だけにしろよ」
「当たり前だろ。海堂以外に弱いとこなんか見せれないよ」
先輩の言葉が、心の奥をあったっかくさせてくれる。
プライドの高い先輩の、自分だけに見せてくれる姿に愛しさがこみ上げる。
時には、こうしてこの人を思いっきり甘やかすのも悪くないから、今日は思いっきり甘やかしてみよう。
そんなくだらないことが幸せな、ある日の午後。
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