それは、例えようもない不安として、いつも胸に渦巻いていた……
自分と彼は、同性で一つ離れていて、とても大人で余裕のある彼に対し、自分は子供で余裕もない。
穏やかな彼の周りには、いつも人がいて、逆に、人との付き合いが苦手な俺はいつも一人でいた。
どこをとっても正反対な自分と彼。
そんな彼がどうして自分を選んでくれたのか、それが今でもわからない。
「好きだよ」
「愛してるよ」
そう囁かれるたび、この体は喜びに震えるのに、同時に、不安が募る。
本当に?
いつまで?
自分なんかじゃ釣り合わない。
それを痛いほど知っているから、いつも思ってしまう。
いつか、彼が自分を置いて、他の誰かの元にいってしまうんじゃないかと。
だから、なのだと思う。
あの時、彼の言葉に、思わずそう言ってしまったのは……
「薫、何か欲しいものある?」
気がつけば当たり前のように、海堂は乾の家に泊まりにきていた。
今では、たぶん自分の家に帰るよりも、乾の家に帰るほうが多いくらいだ。
今も二人がいるのは乾の部屋。
海堂はベッドに寝転がって、雑誌を適当に読み流し、乾は椅子に座ってパソコンにデータを打ち込んでいた。
「欲しいものっすか?」
何を突然という感じで、椅子に座ったままこちらに顔だけを向けている乾に、海堂が雑誌から顔を上げて問う。
「ん、もうすぐ誕生日でしょ」
一瞬だけ、視線をカレンダーに移して答える乾に、海堂はそういや、そうだったなぁとぼんやりと思い出す。
自分の誕生日なんて、まわりが思ってくれているほど、自分にとっては大事でもなく、存外、どうでもいい日だったりする。
それでも、こうしてこの人が自分の誕生日を覚えていてくれたことが嬉しかったりするから、やっぱり自分は単純なんだと思ってしまった。
「内緒にして喜ばせるのもいいけど、やっぱりどうせなら、薫の欲しいものをあげたいからさ」
それに、一緒に選ぶ楽しさもいいと思うから。
海堂にしか見せない無邪気な笑みを向けて話す乾に、海堂は胸が暖かくなるのを感じた。
「欲しいもの…」
敢えて選ぶなら一つだけ…
でも、それを言うほどの勇気は海堂になくて…
「欲しいっていうか…、その日は、二人だけでどっか行きたい」
変わりに、遠まわしな答えを返す。
「どっか?」
「ッス。前の日から、次の日までの二泊三日で、俺の誕生日は一日まるまる俺とだけ過ごして欲しいっす」
そんなの、学校も部活もあるから無理だってわかっているけど…
「冗談…」
「いいよ」
「え?」
冗談だと言おうとしたところに、肯定が返され、呆然としてしまう。
「じゃあ、どっか旅行に行こうか」
「でも、学校?」
「金曜一日だけで、後は土日で休みだから、問題ないよ」
「部活は…?」
「校庭五十周で我慢しないか?」
悪戯っ子みたいな笑顔で言われ、海堂も自然と笑みが浮かぶ。
「いいっすよ」
「じゃ、それで決まり。場所とかは俺に任せといて」
君の誕生日だから、俺が最高のコーディネートさせて頂きます。
茶化したような乾の言葉に
「アンタがいるだけで、最高っすよ」
と、聞こえるかどうかくらいの小さな声で、海堂が囁いた。
海堂の誕生日の前日。
朝、学校に行く振りして、乾の家に向った海堂。
学校には、乾が電話した。
乾の分の休みは、サボリにしているので電話はしない。
学校が始まって、誰かに会うこともなさそうな時間になって、二人は家を出る。
駅までの道を、微かに指を絡めて歩く。
切符の全て既に乾が手配しているので、そのままプラットホームに進む。
すぐにやってきた特急に二人で乗り込む。
二人がけの椅子が並んだ車両。
向かい合う席に座ればいいのかもしれないが、そうすれば自然と手を離さないといけないので一番端の椅子、二人掛けに仲良く隣に座る。
「あっちのほうが広いけど?」
わかっていて聞いてくる乾を軽く睨みつけると、乾が困ったように笑う。
「ここでいい」
ギュッと繋いでいる手を強く握り締めて呟く。
「…奇遇だね。俺もここがいいんだ」
繋いだ手を引っ張って海堂を近くに寄せる。
最後尾の車両の、一番端の席。
こんなところ、誰も来ることはないから、人には言えない関係の二人が本当の関係でいられるにはもってこいの場所だった。
時間のせいか、ほとんど誰も乗ってないような車両。
変わり始めた風景を二人で眺める。
「何だかさ…」
変わり行く景色を眺めながら、ポツッと乾が呟く。
その声に、海堂が視線を外の景色から乾へと移す。
「こうやって、周りに見つからないようにコソコソしているのって、駆け落ちしているみたいだなって…」
少し、困ったような表情を浮かべながら呟く乾に
「それでもいいですよ」
と、乾の肩に頭をコツンとのせて呟く。
「あなたと二人でいれるなら」
微かに絡めていた指を一度離して、もう一度、指を絡めて強く握り返す。
「うん。でも、やっぱり、出来れば認めて欲しいよね」
君の家族にも、俺の家族にも、どちらも俺たちにとっては大切な人たちだから。
せめて、祝ってくれなくても、認めて欲しい。
その想いも込めて、乾は握り締められた手を強く握り返した。
「はい」
少しだけ切なくなってしまった心に従って、二人は目的の駅に着くまでの間、ピタリとくっついて黙って外の景色を眺めていた。
二人が着いた先は小田原だった。
「先輩って、理系のくせに歴史とか好きっすよね?」
「別に理系ってわけじゃないんだけど…」
どうやら、よく言われるらしいのだが、乾自身は理系のつもりではないらしい。
物事をデータで測る癖や、得意科目が物理なあたりからしても、周りの評価が理系でも仕方ないことだろう。
だが、乾はこれで結構、本を読むのも好きだし、歴史や考古学にもかなり興味を持っている。
成績だって、強いて言えば物理が得意なだけで、教科全般に成績はいい。
簡単に言えば、勉強においては、乾はオールラウンダーなのだ。
だから、本人からしてみれば、こうやって理系って言い切られても、困るだけだったりする。
「歴史も好きだよ。この小田原にも城跡や変わった記念館なんかもあって、とても興味深いしね」
それに、海堂はあまり人の多いところ好きじゃないだろう。
それなりに海堂の興味を引いて、自分も満足できる場所。
それを探すのは苦労しているようでしていなかったり。
結局、海堂はテニス以外への興味が、すこぶる少ないし、俺が興味あることを話すのを聞いているのが好きらしいので、俺が興味を持っていて、海堂が行っても苦にならない場所を選ぶだけだった。
そうなると、案外簡単だったりする。
自分が世間一般の中学生のように、遊園地とかで思いっきり遊ぶよりは、神社仏閣や城などを見て回るほうが好きだったりするので、大体、自分の行きたいところはそれなりに静かで落ち着いたとこが多いから、海堂の苦になることはない。
そうして選択していった場所から、ここを選らんだのは、宿泊施設によるものだった。
「チェックインまでには、まだ時間あるから、適当に観光に行こうか?」
時計に目をやって、時間を確認して海堂を促す。
「お任せします」
ここの観光名所も何も知らない海堂は、大人しく乾に付き従うことに決めたようで、トコトコと乾の隣に並んで歩く。
「じゃ、最初に小田原城見に行こうか」
「はい」
かなり行きたかったのか、心持ち、ワクワクしたような声で話す乾に、海堂も知らず笑みが零れる。
自分が無茶を言って、ここに来たことになるから、乾がこうやって楽しんでくれているのが嬉しい。
この旅行を楽しみにしていたのが、自分だけじゃないんだと言うことがわかるから。
「小田原城は、北条家の…」
城跡につき、城の中を観て回りながら、小田原城に因んだ話を海堂に語る乾。
「因みに、鎌倉時代の北条と、戦国時代の北条とは血縁関係はないからな」
最上階までの階段を上る途中、ふと思いついたように口を開く乾に
「え?そうだったんすか?」
と、素で聞いてくる海堂。
「お前、日本史の授業受けてる真っ最中だろうが」
海堂の言葉に、呆れ返ったような口を開くが
「そんなこと言われたって、まだ戦国時代までいってないっすよ」
と、海堂に反論される。だが
「いってないって、小学校の時にも習っただろう」
と、余計に呆れることになってしまっていた。
「小学校っつったって、そこまでくわしく教えないでしょう…」
それでも、乾の言葉に不満があるらしく、海堂はブツブツと小さな声で反論する。
「…いいけどね。ほら、薫」
「っわ…すげっ…」
小さな声で反論する海堂に、乾は苦笑混じりに呟いて、海堂の肩をトントンと叩く。
話している間に最上階に着いたらしく、海堂は乾に誘われるままに顔をあげる。
そして、その最上階から一望できる相模湾の眺めに、海堂は感嘆の声をあげた。
それを見つめている乾も、とても満足そうだった。
そのまま二人で、しばらく黙ってその眺めを堪能していたが、それなりの時間になったので、二人は小田原城を後にした。
乾が海堂を伴ってやってきたのは、そこからそれほど遠くない場所にある旅館だった。
それなりに老舗なのか、どこか静かな感じの落ち着いた雰囲気の旅館に、海堂は改めて乾の趣味の良さを感じた。
仲居に連れて行かれた部屋は、その旅館の最上階の一番奥の部屋で、ホテルとかだと、スイートとかと張れるような部屋ではないかと、心配そうに海堂が乾を見る。
「知り合いのツテだから、そんなに高くないよ。それに、この前のバイト代、かなり貰ったから大丈夫」
見上げてくる海堂の瞳の心配に気づいた乾が、海堂の頭を撫でて答える。
「でも…」
今回の旅行の費用は、全て乾もちになっている。
乾一人に、金銭的負担をかなりかけている事実に、海堂の気が重くなる。
「悪いと思うなら、そんな顔せずに、笑う」
一人沈んでいく海堂の額を指でトンと弾いて、部屋の中へ招き入れる。
「二度目の感動。どう?」
「うっわ…」
部屋に入った海堂の視界の先、全面ガラス張りの部屋の向こうは青く染まった海。
海堂はパタパタと窓まで走っていって、窓ガラスに両手を貼り付けて、その景色を眺めている。
真剣に海堂が景色に見入っている中、お茶を淹れ終えて、部屋の簡単な説明をした仲居が部屋を出る。
微かに礼をした乾は、そっとドアの鍵を閉めて海堂の隣に向った。
「…で、嬉しかったら、正直に自分の気持ちを示そうな」
値段とか気にして暗くなられるよりも、そうやって嬉しそうにされているほうが、俺としても嬉しいからね。
「言えないなら、態度でもいいけどね」
トントンと自分の唇を人差し指で叩く乾に、海堂は微笑して
「凄く嬉しいっす。有難うございます。大好きですよ、先輩」
乾の首に腕を絡めて、感謝の言葉とともに、熱い口吻を贈った。
「…まさか、言葉と態度。両方貰えるとは思わなかったな」
唇が離れた後、どこか驚いたような感じで乾が口を開く。
「データには、なかったっすか?」
逆に海堂はそんな乾の姿に嬉しそうに話す。
「薫に関して言えば、データ通りにいくことはないよ」
参ったと、ガラスに背中をつけて座る乾に、海堂は心底嬉しそうに笑う。
「データなんか、取る暇与えませんから」
乾の膝の上に座って、正面から覗き込む。
「言うようになったね、お前も」
「先輩に感化されたんっすよ」
「悪い影響、与えたわけだ」
苦笑混じりに話す乾に、
「先輩、影響力強すぎ」
これだって、アンタが俺に教えたんだから。
そう呟いて、また触れ合う口吻を交わした。
「そういえば、この部屋のもう一つの見所、知りたくない?」
乾の腕の中に納まって、心行くまで窓の景色を堪能している海堂に、ふと思いついたように乾が声をかける。
「もう一つの見所っすか?」
「そう、こっち…」
海から視線を乾に向けた海堂に、乾は自分と一緒に立たせて手を引っ張る。
「ココ」
そう言って、乾が連れてきたのは、部屋に備え付けられている、小さな露天風呂。
海側に備えられたその風呂は、お風呂に浸かりながら海が一望できるようになっている。
「すっげ…」
本日何度目かの感嘆符に、乾は満足そうに笑った。
「後で、一緒に入ろうな」
ボケッと露天風呂を見つめている海堂の耳元にそっと乾が囁く。
「だっ…駄目」
ビクッと首を竦めた海堂が、バッと乾を振り返って真っ赤な顔で否定する。
「何で?」
それに不満げに乾が問えば
「だって…俺の誕生日は明日だから…」
とか細い声が返ってくる。
「それが?どうして、今日は駄目な理由になるわけ?」
その答えに不満たっぷりな乾は尚更、海堂を追い詰める。
「…楽しみは、明日にとっとかないと…」
ボソボソと話す海堂に、乾は破顔する。
要するに、二人で入るのは誕生日のお祝いの一つとして、楽しみにとっておきたいと、この可愛い恋人は言っているのだ。
「本当に、可愛いなぁ」
顔に手をあてて、可愛すぎて困るとでも言いたげな声を出す。
「わかったよ。その代り、明日は二人でゆっくりつかろうな」
「…はい」
可愛い恋人の言い分を尊重して、今日の二人のお風呂は別々に決まった。
まだ、夕食までは時間があるので、二人は旅館を見回りながら、中庭を通って海岸へ出る。
まだ海に入るには寒い季節のためか、GW明けの平日で人が少ないせいか、そこには乾と海堂の二人しかいなかった。
そおっと指を絡めて手を握り、海岸沿いをゆっくりと歩く。
「…早いっすよね」
沈み行く夕陽を眺めながら、ポツリと海堂の口から零れた言葉。
「このまま続けばいいのに…」
乾に視線を移すことなく、海堂は夕陽を見つめ呟く。
このまま時が止まって欲しいと、そう思わずにいられないほど、二人だけの時は至福に満ちていて、不安になる心を忘れることが出来る。
何もない未来と、不確かな関係に、離れない不安を消し去りたくて、誰もいない場所に二人でいることを望んだ。
「ずっと今のままでいれたら…」
来年、彼は高校に行ってしまうのに、自分はまだココにいる。
先行く彼の背中を追うことにためらいはないけど、いつか、そのまま振り返ることなく彼が消えてしまうかもしれないという思いは消えなくて…
だから、今のままでいたい。
同じ場所にいれる今のままで…
「…らしくないね」
立ち止まるのも後ろを振り返るのも、海堂には似合わない。
彼に似合うのは、常に前だけを見据える姿勢。
立ち止まることなく、前進していく姿こそが、ふさわしかった。
「お前は、前だけ見つめていたらいいよ」
絡めた指をそっと離して、肩に腕を回し、抱き寄せる。
「それ以外のことは、全部俺が引き取ってやるから」
ただ、強く。前だけを向いていればいい。
しなやかな強さを、ひたむきな瞳を、純粋な心を、俺が愛してやまない君を、誰にも壊させやしないから。
お前の道を邪魔するものは、全て残らず俺が排除するから。
「お前は、お前であればいい」
唇を重ねる手前で囁いて、そっと思いを込めて唇を重ねた。
「時間だね」
ゆったりとした口吻を堪能して、名残惜しげに唇が離された後、時計を確認した乾が口を開く。
「そうっすね」
夕陽も沈み、空は藍色に染まっている。
遠めからどころか、かなり近くないとはっきりと判断できないくらいに暗くなったのをいいことに、二人は寄り添いながら、旅館に戻った。
部屋に戻れば、既に夕食の用意がなされていて、二人は海の幸を心ゆくまで堪能した。
夕食を終え、片付けも済み、布団が部屋にひかれる。
仲居たちが出ていったあと、二人はこっそりと二組の布団をくっつける。
「風呂…」
「先に入っておいで」
言い出した海堂に、優しく笑いかけて、先に入るように促す。
「いえ…、先輩先に…」
「俺はいいから、この旅行は薫の誕生日のお祝いだから、薫が先に入ればいいよ」
海堂の鞄から、タオルと替えの下着を取り出して、備え付けの浴衣とともに渡す。
思わず受け取ってしまった海堂は、しばしどうしようかと顔をキョキョロさせていたが、決めたのか、顔を乾に向けて
「…先に入らせてもらいます」
と告げて、露天風呂に入っていった。
「お先っした」
ゆっくりと、満足いくまで風呂につかりながら、壮大な海を眺めた海堂が、ホクホクと湯気を立てながら、浴衣を着て出てくる。
「じゃ、俺も入ろうかな」
出てきた海堂と入れ替わりに、乾がお風呂に向う。
「あ、薫。冷蔵庫の中にジュース買ったの入れといたから飲んでいいよ」
「…スイマセン」
「いいよ、それと、髪はきちんと拭いて乾かすこと」
「…っす」
きっちりと釘だけはさす乾に、海堂は呆れ半分で返事を返す。
残り半分は、そうやって自分のこと気にしてくれていて嬉しいという気持ち。
乾の言葉通りに、髪の毛を綺麗に拭いて、冷蔵庫からジュースを取り出す。
一口、口をつけた後、テーブルの上にポンと置いて、布団の上にゴロンと寝転ぶ。
乾が戻ってくるまでの時間つぶしに、トレーニングでもしようかなという考えが浮かびもするが、風呂上りでまた汗をかくのも嫌なので止めておく。
「…乾先輩」
一人で、何かすることもなく時間を適当につぶしていると、また、心に眠る不安が目を覚ます。
いつかくるかもしれない、喪失の不安。
確証ない未来への、不安。
ふとしたきっかけで、思い出し、苛まれる。
いつも、誰かが傍にいる人だから…
自分と違って、誰からも愛されるような人だから…
あなたしかいない俺と違って、あなたには色んな人がいるから…
いつか、俺を置いていってしまうんじゃないかって…
俺以外の誰かの手を取るんじゃないかと、不安で
どうして俺なんだろうか?
そうやって、彼の気持ちすらわからなくなって、信じきれなくなっていくことに、自分で自分が嫌になって、どんどんと深みにハマっていく。
付き合い始めた頃の、幸せな気持ちは隠れ、遠い未来の不安だけが心を占める。
考えないようにすればするほど、ふとしたことでその考えが蘇る。
そう、今も…
「やめだ、止め」
考えても仕方がない。
さっき先輩に言われたように、らしくない。
忘れるように、頭を数回振る。
飲み込まれそうになる思考の渦から逃げ出すように、海堂は障子の向こうのガラス張りの壁へと向った。
全面ガラス張りのために、景色を見る気もないときや、周りが気になるようなときは、障子を閉めることによって、外の景色が遮断できるようになっていた。
部屋の電気を消し、障子をそっとあけて、体を滑り込ませる。
暗闇に聞こえる漣と、ぽっかり浮かぶ月。
まだ満月とはいえない、けれども、見える限りじゃ満月に見えなくないほどの翳りしかない月を見上げた。
「薫?寝た?」
乾が風呂から出ると、室内の電気が消されていて、もしかしてと思い、小さな声で呼びかける。
いくら海堂が規則正しい生活を送っているとしても、この時間に寝るのは早すぎる。
けれど、呼んでも返ってこない返事に、疲れて寝てしまったかなと考えた乾は、足音を忍ばせる。
布団へ辿りつき、闇に慣れ始めた目で見ると、布団に海堂の姿はない。
「薫?」
もう一度、確認のために名前を呼んでみても、やはり返事は返ってこない。
海堂の姿を探すように顔を動かした乾は、障子が微かに開かれているのを見つける。
月の光が障子に人の影を映しているのを認めて、乾がそこへ向う。
「薫」
静かに障子を引いて、中に体を滑らせる。
小さな細長い縁側のような部屋で、海堂はじっと月を見上げていた。
乾の声も耳に入らないほど、海堂の神経は月に集中している。
その、まるで月に魅入られたような姿を、乾はしばし黙って見つめる。
海堂の見つめる先、その向こうにいるものを見極めるように…
「…綺麗だね」
一度、軽く目を瞑ってから、乾が動く。
後ろから、ゆっくりと海堂を抱きしめて、耳元に囁きかける。
「…っ先輩」
耳にかかる乾の吐息に、海堂の背筋が戦慄く。
「そうっすね、まだ満月じゃないですけど」
何とか、その衝撃に耐えて、海堂が視線を乾に移す。
乾の言う綺麗が、自分が見つめていた月だと思って、肯定の返事を返す。
「違うよ」
が、乾はクスッと笑って、その言葉を否定する。
「え?」
「綺麗だなって言ったのは、薫のことなんだけどね」
耳元で、苦笑混じりに囁かれて、海堂が息を飲む。
「なっ…、何の冗談っすか」
耳元でクスクスと笑われて、その度に乾の息が海堂の耳を擽る。
その感触に、海堂の体がブルッと震える。
少しずつ、集まり始める熱を誤魔化すように、海堂は身を捩って、乾を見上げる。
本人としては、軽く言ったつもりだったが、動揺丸出しの声では、それも上手くいかない。
そんな海堂の心情を知ってか、知らずか、乾は更に笑みを深める。
「冗談?それこそ、何が?って問いたくなるね」
「何がって…」
「薫は綺麗だよ」
月の淡い光が、海堂の姿をほんのりと照らし出す。
陽の光の下で陽射しを弾いて動く君を見るのも、輝いていて好きだけども、こうして、夜の下で、月明かりにふちどられて浮かび上がる君も、また違った趣がある。
「熱心に月ばかりみつめているから、月にすら嫉妬してしまう」
「…ぁ…せん…っぱい…」
海堂の柔らかな耳朶を食みながら、乾が囁く。
ゆったりと形を辿るように乾の舌が動く。
息を殺すように、声を出すのを耐える海堂の手が乾の頭にかかる。
もう片方の手は、腰に抱き寄せる乾の手に重なって。その手を握り締める。
「どうしようもなく、お前に焦がれているのは俺のほうだよ」
髪を滑る手に気づいた乾が、唇を離す。
上目遣いで見上げてくる海堂を見て、苦笑する。
「お前が思っているよりずっと、俺はお前が好きだよ」
潤んだ瞳、熱い吐息をつく唇に魅入られて、誘われるままに、唇を重ねる。
「んんっ…ふ…」
薄く開いた唇から舌を滑り込ませ、歯列を割る。
歯の裏側を擽るように舐め上げると、海堂の体が震える。
腰にまわした腕から、その震えが乾にも伝わって、海堂の口内を蹂躙したまま、目を細める。
隠れる舌を絡めとって、深く相手を貪れば、海堂の口から飲みきれない唾液が顎を伝う。
「はぁっ…はっ…」
存分に口吻を堪能した乾が唇を離す。
長い口吻に、体からは力が抜け、乾に支えてもらって立っている状態の海堂。
先ほどの口吻ですっかり息が上がってしまい、乾の肩に頭を置いて、口を薄く開いて息を整える姿は扇情的で、乾の熱をあげる。
「…扇情的だね」
思ったままを、海堂の耳元で囁きかける。
すると、それにさえ感じる海堂の体が、跳ねる。
「本当に、似合うよ…」
月と、乱れる君。
「え…っ…ひゃぁっ…」
乾の手が、海堂の浴衣の隙間から忍び込み、胸の突起に触れる。
押しつぶすように、触れば、海堂からは驚いたような、それでいて甘い声があがる。
そのまま指で挟んで揉みしだけば、ピリッとした痛みと一緒に、快感が滲み出す。
痛みすら快感に摩り替わるように慣らされた体は、乾のどんな些細な刺激にも敏感に反応を返してしまって、今もまた、乾が指の腹で押しつぶすように捏ねまわす。
「ゃ…ぁん…あ…」
指ばかりでなく、手全体すら使って行われる胸の愛撫に、海堂は声を抑えることもできずに、ただ為すがままに流され、あられもない声をあげ続ける。
中途半端にはだけられた肩に噛み付くように、乾が真紅の痕を残す。
強く吸い上げるたびに、海堂が小さな声を漏らす。
海堂の白い肢体に浮かぶ、真紅の花弁を見つめて、乾が小さく笑う。
「ふ、ぁん……ああっ…ぁん…」
割れた裾から、乾が手を忍ばせ下着の中に手を差し込む。
硬くなり始めた海堂を握り、あやすかのように緩やかに轟かせば、海堂が甘い声をあげる。
筋をなぞるように指を動かして、時折、強く押し付ければ、海堂の肢体が揺らめく。
「ぃっ…、やぁあっ…ぁあん…あ・あ…」
包みこむように上下させていた手を、先端の割れ目で止める。
親指の爪でひっかけるように先端を刺激すると、海堂の声がより艶をもつ。
後ろから抱え込まれ、乾の片手で胸を、もう片方の手で自身を弄ばれ続ける海堂の足が自分を支えられなくて、ガクガクと震える。
「やっ…も…せっ…ぱい……ああっ…」
駆け巡る熱に翻弄され、熱が出口を求める。
涙を零し続ける海堂の瞳が乾を捕らえる。
意味の成さない声しかあげられなかった唇が、伝えるために意志を持って動き出す。
「もうダメ?」
耳に息を吹きかけながら問いかけると、海堂の体が面白いくらいに跳ねる。
「ダ…ッメ…」
首を上下に振って、伝える海堂に、乾の手の動きが強くなる。
先端を指の腹を押し付けるように動かして、周りを擽る。
「ひやぁ……あああぁぁ……」
乾の手が一際強く先端を爪で引掻いた瞬間、海堂が一際高く啼いて、乾の手を濡らした。
弛緩した体を完全に乾に預けて、荒い息を吐く海堂。
その唇を乾の唇が掬い取る。
開いた唇をそっと舌先でなぞると、海堂の舌が乾の舌を突付く。
その意味に気づいて、乾がそのまま舌を差し出すと、海堂のほうから積極的に舌を絡めてきた。
一頻り、海堂のしたいように口吻を繰り返して、乾の海堂の出したもので濡れた手が後ろにまわる。
「…っん……はっ…ぁ」
入り口を濡れた指先でするりと撫でて、乾の指が中に入り込む。
中に埋め込まれる異物感に、海堂が息を飲む。
奥まで入った指が、探るように蠢く。
関係を持ってから、何度も抱いている体。
どこをどうしたら海堂が自分に堕ちてくるか知り尽くしている乾が、海堂のもっとも弱い一点を刺激する。
「ああん…あ…やあぁ…」
ソコを執拗に攻めたてれば、海堂の瞳から快楽による涙が零れる。
唇からは、高く、甘い嬌声が絶え間なく溢れ続ける。
熱く熔け始める中に、乾の指が、二本・三本と増やされる。
中で引っかかれたり、折り曲げられたりと、バラバラに指が動かされる。
「っくぁ…ああっ…ん…も、もぅ…」
中を蹂躙する乾の指も動きに、容易く海堂の体は陥落する。
受け入れることをしった体は、それ以上を望み始め、それだけじゃ足りないと乾の指を締め付ける。
もっと…
「指…じゃっ…」
「足りない?」
強請るような瞳を向ける海堂に、乾が囁く。
「たりねぇ…」
これじゃ満足出来ない。
もっと、体全体からかき回されるような、熱い質量。
彼、自身が…
「あん…った、を…くれよ」
…欲しい。
「まだ、明日までには時間があるんだけどね」
ま、いいか。
クスクスと喉の奥を震わせながら呟く。
忍ばせていた指を引き抜いて、海堂の体を前に倒して、窓ガラスに押し付ける。
「やだっ」
ガラスに手をついて、その体勢に気づいた海堂が嫌がる。
「どうした?」
不思議そうに乾が問うと、
「これじゃ、あんたの顔が見えない」
キッと睨みつけるように乾を見て言い切る海堂に、乾の口元が歪む。
「顔見えないの、嫌?」
「嫌だ」
潤みきった瞳には、強い意志が現れている。
絶対に、この体勢は嫌だと。
「わかったよ。これならいいだろ?」
「わっ…ぁ…あああぁ…」
海堂の主張を聞き入れて、乾が海堂の向きを変え足の膝裏に両手を差し込んで、抱き上げる。
ガラスに背中を押し付けて、その勢いのまま貫けば、一息に挿れられた圧迫感に叫び声に近い喘ぎが零れる。
「薫?」
最奥まで収めたところで、乾が様子を窺うように海堂を呼ぶ。
「あ…った、いきなりすぎ…」
動かずにそのままの状態でいるのは、さっきの衝撃から海堂の体が落ち着きを取り戻すのを待っているためなのを海堂は理解しているが、流石に、この姿勢は恥ずかしいし、あんな唐突に突き上げられたら、いくら慣らされた体でも圧迫感に息苦しさで辛い。
だから、文句の一言でもいいたくなっても仕方ないことだと思う。
「悪い、悪い。で、動くぞ」
「だっ…からぁ…やああん…」
全然、悪いと思ってないような口ぶりで謝って、海堂の息が整ったのを見て動き始める。
人の話を聞いていないように、またいきなり動く乾に、海堂が文句を言おうと口を開くが、すぐにそれは嬌声に変わる。
海堂の感じるポイントを的確に突いて、追い詰める乾。
窓ガラスと乾に挟まれて、抱きかかえられた体勢で深く乾を受け入れている海堂からは、悲鳴に近い声がひっきりなしに、あがり続ける。
「せ…っぱい…せん…ああん…」
乾の首に両腕を回してしがみつく海堂が、乾のことを呼び続ける。
乾が顔を海堂の正面に来るように向けると、海堂の顔が近づく。
海堂の意図に気づいて、乾が噛み付くような口吻を贈る。
望むものが与えられた海堂も、自分から進んで乾を受け入れ、舌を絡める。
こうしている瞬間。
それが海堂を一番安心させる瞬間だった。
彼と一つになって、深く受け入れて、その時だけは、彼が自分だけを見ていてくれることを実感できるから。
こうしている間が、何よりも安心できる時間だった。
月に淡く照らされた室内では、粘膜質の擦れる音と、海堂のくぐもった声だけが響き渡る。
乾が海堂自身に手を伸ばし、包み込む。
先端からは透明な液が溢れ出し、それを全体に塗りこめるように手を動かす。
「…はっぁ…あん…ああっ…」
強くなる律動に、先端を刺激する指。
前後、両方からの強烈なまでの乾の動きに、海堂の声が切羽詰ったものになる。
溢れる液が、海堂の声が最後を乾に知らせる。
「薫…」
名前を呼んで、さっと掠めるように唇に触れて、乾の動きが一段と激しくなる。
「――――っ」
一際強く、最奥を捩られて、海堂が声にならない悲鳴をあげて、熱を吐き出す。
そのすぐ後に続いて、乾も欲望を海堂の中に叩きつけた。
「もうすぐ、日付変わるな」
「…っすね」
情事の後、もう一回乾に風呂に入れてもらって、清められた後。
まだ、二人ともどことなく寝るのが惜しくて、障子を開けて、外の景色を何となく眺め続ける。
さっきまでの余韻を楽しむように、二人とも言葉少なに漣に耳を傾ける。
思い出したように、でも、絶対に計画的に時計を見る乾。
言われて、同じように視線を向けた海堂の見た時間は、後、数分で日付が変わるという時間。
あと、数分。
数分で、海堂は十四になる。
十四…今の乾と同じ年。
ほんの、二十日ばかりの同じ年齢。
それでも、乾より先に誕生日が来ることが嬉しかった。
時計の針は、規則正しく進む。
数分だった時は、数秒に…
数秒だった時も……
「誕生日おめでとう」
時計の長針と短針が一番上で交わる。
その瞬間に、乾が口吻とともに贈ってくれた言葉。
乾の腕の中に抱きしめられて、降ってくる唇とともに落ちてきた優しい声音。
乾の低い、通る声が耳を擽る。
「…ありがとうございます」
照れたように俯いて、ボソボソと謝礼を言う海堂に、乾は優しく微笑む。
「今日からしばらくは、同じ年だな」
「そうっすね」
乾の言葉に感慨もなく答えたような海堂だったが、その声が俄かに嬉しそうだったのをちゃんと乾は気づいていた。
「本当はさ、朝、起きた後にでも渡そうかと思っていたんだけど…」
一旦、海堂の体を離して、乾が自分の鞄を漁る。
中から、何かを取り出してきて、乾が海堂の後ろに座って抱き寄せる。
「はい、プレゼント」
後ろに感じる乾の体温に安心して、体をもたれかける海堂の右手に、小さな綺麗な青の包装紙でラッピングされた箱がチョコンとのせられる。
「…開けて、いいっすか?」
じっとその箱を見つめたまま呟く海堂に、乾は笑って頷く。
海堂の手が濃いブルーのリボンを解き、丁寧に包装紙をはがしていく。
「これ…」
中から出てきた白い箱の蓋を取ると、中にはビロードの箱が入っていて。
この箱の中に入っているものなんて、限られてくるから、中を確認する前に驚いたように乾を見上げる。
「開けてみてよ」
でも、乾はそんな海堂の様子に柔らかい笑みを向けて、次を促す。
その声に、海堂が箱をそっと取り出して、蓋を開ける。
やはりというか、海堂の予想通り、そこには指輪が入っていて…
「サイズ、合うといいんだけど…」
開けて、それを見つめたまま動かない海堂の手の中から指輪を取り出して、海堂の左手を取る、そっとその薬指に指輪を嵌める。
きつくもなく、緩くもなく、丁度ピッタリな指輪を海堂は呆然とした表情で見つめる。
「…乾…先輩…?」
どうして?そう言おうとした口は、乾によって塞がれる。
黙らせるように合わせた唇は、すぐに離される。
乾の手が、海堂の指輪の嵌った左手を取り、包み込む。
「…お前が、不安がっていたのは知っていた…」
「先輩…」
驚いたように自分を見上げる海堂のこめかみにキスを落として、話を続ける。
「確たる未来が見えない自分たちの関係を恐れていたのも」
自分たちが男同士で、禁忌を犯していることに、この真面目な少年が平気でいれるわけないことくらい、付き合い…いや、そういう感情を持ったときからわかっていた。
それでも、自分はこの気持ちを制御しきれなくて、あのまま仲の良い先輩・後輩でいれればこの子に平穏をあげられたことも、全て知っていながら、自分の欲望に身を任せて、この辛い恋に身を投じさせてしまった。
「一年の差も、薫にとっては不安材料にしかならなかっただろう?」
もうすぐ卒業してしまう自分と、まだ学校に残る薫。
今では、部活やたまのすれ違いなどで、毎日会うことが出来たが、俺が高校にあがればそれはなくなる。
お互い、高校と中学の部活や学校に追われて、今以上に、会えなくなるのは必然だった。
それに、この子はどうやら、自分を卑下してしまう癖がある。
元来、不器用で人見知りの激しい性格が災いして、元々、友達も少なく、周りからは怖がられてしまっていたために、何かの拍子で、
「どうして俺なんか…」
「俺なんかよりもずっと…」
と、自分を卑下するような言葉が出る。
だからこそ、余計にこの一年の差が不安なのだろう。
離れる一年の間に、自分よりも似つかわしい人があらわれてとか、絶対に考えているに違いない。
全部わかっていて、それでもお前を手に入れたいと望んだのは俺。
「俺のせいだな」
自嘲気味に乾が呟く。
「違う!」
その声に、海堂が即座に反応する。
「先輩のせいじゃない。俺が全部悪いんだ」
あなたを信じきれてないわけじゃない。
信じきれないのは自分。
自分の彼に対する想いは信じられても、自分の存在がいつまでも彼を繋ぎとめられるわけがないと、信じきれない。
「違わないよ」
懸命に乾の言葉に反論する海堂に、乾が哀しそうに笑う。
「お前の性格を知っていて、どうするのが一番、お前のためになるのかわかっていて、それでも俺は、自分の気持ちを偽れなかった」
自分ひとりが我慢すればよかった。
それが出来なかった、自分の罪。
「どうしても、お前を俺のものにしたかったんだ」
最初で最後の恋だから、どうしても君を手に入れたかった。
それが、君を苦しめることになるってわかっていても。
「だから、俺のせいなんだよ」
「…そんなことない」
乾の言葉を聴いて、海堂がポツリと呟く。
「それは、俺だって同じっす」
俺だって、この人が好きで、この恋が禁じられているものだってわかっていながら、この人を受け入れた。
それは、彼の我侭じゃない。
自分の我侭だ。
彼から離れたくなくて、もっと近くにいたくて、いて欲しくて…
「俺だって、あんたが欲しかったから、同罪っす」
不安なのも全部、俺の心が弱いから。
先輩に釣り合っているように思えないから。
俺にとっては、きっと一生に一度の恋だから、絶対に、この人を手離せない。
だから、不安で仕方なかった。
「これだけは、誓って言える」
乾が海堂の体を動かし、正面に向けさせる。
正面から、真摯な瞳で海堂の瞳を見つめて、一言・一言、噛締めるように伝える。
「俺はこの先、お前以外の誰かを愛することなんてない」
過去も未来も、俺の心に入り込めるのは、目の前の恋人だけ。
「だから、これはそういう意味にとっていいよ」
一生を誓う、約束の証だと。
乾は海堂の左手の薬指に嵌められた指輪に唇を押し当てた。
「…誓ってください…」
海堂の唇が戦慄く。
「それにじゃなく、俺に…」
一筋の涙が、海堂の頬を伝う。
「これから先、どんな未来が待ち受けていても、俺は決してお前を離さないし、お前しか愛せない」
唇を重ね合わせる直前、低いテノールが海堂の耳を擽る。
ありったけの想いを込めて、重なる唇。
想いを伝え合うだけで離れた後、海堂が乾に首に腕をまわしてしがみつく。
「俺も…俺も、誓えます」
ギュウっと強く、乾の首にしがみついて、泣き声のまま訴える。
「俺だって、あんたしかいない。あんたしか愛せないから…」
「…有難う」
乾の声も、幾分震えたように聞こえるのは、海堂の気のせいだったのか。
海堂が乾の顔を見ようと少し離れて見つめると、乾はとても嬉しそうに笑っていた。
その年相応に見える無邪気な笑顔に、海堂の顔にも笑みが浮かぶ。
「俺、すっげー嬉しいっす」
乾の胸に顔を埋めて、抱きついて呟く。
「こんな最高のプレゼント貰って…」
「薫だけじゃないよ」
抱きついてくる海堂を強く抱きしめて、乾が囁く。
「薫の誕生日なのに、俺までプレゼント貰った気分」
弾んだ声で語る乾に、海堂が見上げて笑う。
「こんなもんじゃ、まだまだ足りないっすよ。来月の先輩の誕生日、心しててください」
絶対に、俺が貰った分以上のものを先輩に返したいから。
「楽しみにしてるよ」
海堂の言葉に、乾が心底嬉しそうに笑った。
決して忘れない。
この日の夜のことは…
これから先、どんな未来が待っていても
辛いときや、哀しいときは
この日の夜を想う…
二人だけの、秘密の夜を……
お互いの気持ちを再認識して、未来の約束を誓った二人。
まだ旅行は、残り二日を残していて、不安もなくなった二人は、残りの日程を新婚夫婦さながらに熱く過ごした。
そんな幸せ一杯の二人を待ち構えていたものは、海堂の誕生日パーティーを計画していた青学レギュラーの恨みがましい顔と声。
来月の乾の誕生日は、絶対に全員でと無理やり約束させられた二人だった。
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