Gang Concert



「先月はまんまとやられたけど…」

昼休みの部室。
ある特定のレギュラーが外された、一風変わったミーティング。
冒頭の台詞は、こいつだけは敵に回したくないと、皆から恐れられている不二。

「次は、絶対に計画を遂行してやるにゃ!」

意気込んで、グッと手を握り締めるのは、ムードメーカーの菊丸。

「でもさ、乾たちにも都合ってのがあるんじゃないかな?」

不二と菊丸の言葉に、やんわりと止めようとするのは、普段は優しいが、ラケットを持つと性格が変わる、河村。

「それに、乾の誕生日なんだから、乾の希望を聞いてあげたほうがいいと思うんだけど?」

河村の意見に賛成するのは、部内一の常識の人、大石。

「乾の誕生日だからこそ、絶対にするべきなのだ」

独裁政権で部を仕切る、親友以外は興味のない部長、手塚が自分の中の正義でもって言い切る。
不二・菊丸・手塚と、この三人が同意見でいる以上、大石・河村の二人に彼らを止める手立てはない。
常識人間が、自己中人間に勝てるころなど、絶対にないのだ。
特に、この青学テニス部では…
わかっていても、一応、一言は言っておかないと、後の乾の制裁が怖い。
止めたんだけどの一言があるのとないのでは、与えられるものがかなり違うのも、この二人は身を持って知っている。
本当に、このテニス部では、常識のある人間ほど馬鹿を見るらしい…
手塚の言葉に、諦めた二人は黙って、傍観に徹することにする。
大石の手には、既に胃薬が握られ、河村も大石に

「大石、胃薬の予備あるかな?」

と、どんどんと計画を進めていく三人に聞こえないように聞いていた。

「でもまた、マムシのときみたいに、旅行に行かれたらマズイっすよ?」

大石が河村に胃薬を渡している横で、三人の計画を聞いていた桃城が口を開く。

「桃先輩、まだまだだね」

その桃城の言葉に、越前がいつもの言葉を呟く。

「どういう意味だよ、越前」
「そのまんまの意味っすよ」

後輩二人が、他愛もない言い合いを始めたのに、手塚の眉間に皺が寄る。

「越前・桃城…」

大事な親友の誕生日パーティーの計画の邪魔をされるのは、我慢がならないらしい手塚が例の台詞を口にしようとする。

「手塚、ここで二人がいなくなったら、話し合いは持ち越しになるよ?」
「そうだな…」
「「……」」

が、不二のさり気ない一言に納得した手塚が、そこで止める。
越前・桃城の二人は、校庭を走る必要はなくなったものの、悪魔に助けられた事実に、いつ何を言われるかもという別の恐怖を味わうことになった。

「桃、乾と海堂が旅行に行くことはないから、心配いらないよ」

固まる二人を気にも留めずに、不二が話を続ける。

「何でっすか?」

何とか正気に戻った桃城が問い返す。

「あの二人の性格を考えたらね」

曖昧な答えを返す不二に対して、菊丸が

「あの二人じゃ、絶対に旅費をどっちが出すかで喧嘩するにゃ」

自信ありげに答える。

「喧嘩っすか?」

桃城にしてみれば、自分には散々な態度をとるライバルだが、乾相手になるとあれだけしおらしく、従順になるのを見ているし、乾にしても、性格はよろしくないかもしれないけども、まあ、温厚なほうで、そう滅多に怒るような人じゃない。
そんな二人が、そんなことで喧嘩なんかするだろうか?
それが、話を聞いた桃城の考えだった。

「甘いね、桃」
「海堂はね、乾の誕生日に、乾にお金なんか出させたくないって思うでしょ」

乾のことを本当に想っているからこそ、乾のための旅行で、乾にお金を出させようなんて思わない。
乾のためなら、何でもする子だから。

「旅行に行くなら、絶対に乾の分も出そうとするでしょう」
「そうっすかね?」
「そうだよ。でね、乾は二人でどこかに行くのに、海堂にお金を出させる気がないんだ」

出来ることなら、どんなことでしてやりたい。
それが、乾の希望だから。

「お互いが、お互いに大事だから引けないこともあるんだよ」
「そういう意味じゃ、かおちゃんも乾も頑固だかんね〜」
「だからね、言い合いになることは目に見えているから、旅行にはいかないよ」

大切な日を、喧嘩に費やすほど馬鹿じゃないから。

「じゃあ、計画に支障はないんすね」
「そうだよ。あるとすれば、今年の乾の誕生日が月曜ってことかな」
「皆で、学校サボるわけにはいかないもんね」
「ちょっとまずいよね」

((ちょっとじゃなく、かなりだと思う))
自分たちの恋人の意見に、口には出せずに突っ込む、河村と大石。
もう、ここまでくれば、自分たちに決定権も選択権もないことは明白だった。

「やっぱ、一日早いけど、日曜っすかね?」

越前がカレンダーを見ながら、呟く。

「そうだね。でも、その日にパーティーだと、月曜の部活しんどいだろうね」
「朝は、休みにしてある」
「流石、手塚。乾の誕生日は特別だね」
「当たり前だ」

不二の言葉に、手塚が答える。
それに、菊丸が茶化すように口を開けば、至極真面目に手塚が返してきた。
やはり、この男に冗談は通じないらしい。

「で、どうすんすか?」

冗談の通じない部長の相手をするより、さっさと話し合いを進めたほうが良いと判断した越前が、不二に声をかける。

「うん、間違いなく日曜は海堂が前日から泊まりに行ってると思うから…」

不二の計画に、全員黙って耳を傾ける。

「…じゃあ、当日はそういうことで」

全部を聞き終え、役割分担をしたレギュラーたちは、その不二の言葉とともに立ち上がり

「では、当日。上手くいくように頑張ろう」

という、菊丸の言葉に賛同して、それぞれの教室へと帰っていった。


乾と海堂に黙って行われる、乾の誕生日パーティー計画のミーティングより、数日後。
乾の部屋には海堂と乾の二人がいた。
海堂の首には銀のチェーン。
そのチェーンにプレゼントに貰った指輪がかけられている。
それは、家でも学校でも左手の薬指に指輪を嵌めてはいられないために、二人で考えた策だった。
絶対に離したくないという海堂の意見を聞き入れて、後日、乾が海堂のために買ってきたのが、銀のチェーンだった。
それに指輪を通して、首にかけていれば、体育の授業や部活以外では持っていても服に隠れて見えなくていいだろうという考えによるものだ。
それ以来、海堂は言った通りに、どうしても外す必要があるとき以外は、常に指輪を肌身離さずにつけていた。

「今度の先輩の誕生日っすけど…」

どこか言いにくそうに海堂が口を開く。

「うん?」
「やっぱ、皆でパーティーするんすかね?」

パソコンの前に座って、データの整理をしている乾の首に後ろから腕を回して、抱きついてくる海堂に、乾が腕を外させて正面を向いて、海堂を抱き上げる。

「まあ、当日は学校あるから、前日の日曜だろうな」

海堂の体を自分の膝の上にのせて、淡々と話す乾の眼鏡を海堂が外す。

「薫は、不満?」

眼鏡を取っても表情が判別できるくらいに近くにいるから、海堂が乾の言葉に少し頬を膨らませたのが見て取れる。

「不満って、わけじゃないっすけど…」

自分の誕生日の時には二人っきりでいたのに、彼の時はあの騒がしいメンバーと一緒だと思うと…
それに、揃いも揃って乾に懐いている面々ばかりだから、海堂としては面白くない。

「月曜はさ、一日、薫を独占させて貰うつもりだから」

先月の海堂の誕生日後の月曜。
朝から、部室にレギュラーたちに待ち伏せされて、その後、延々と予鈴がなるまで土曜の海堂の誕生日に合わせてパーティーを計画していたことへの恨み言と、次の乾の誕生日では皆でパーティーをするという約束を聞かされ、させられた。

「次も無視したら、後が大変だろう?」

開眼した不二に、いつも以上に仏頂面の手塚。喚く桃城と菊丸。冷たい越前…
それ全部の機嫌を取るくらいなら、初めから諦めて好きにさせているほうがマシだ。

「そうっすけどね」

乾の言い分は海堂にも理解できたし、自分だって、わざわざここのレギュラーたちを敵にまわそうなんて思わない。
世界一、敵にまわしたくない人間たちの集まりだろう。

「折角、祝ってくれようとしているんだからさ」

煩いだろうけど、一日、我慢しような。
と、唇にキスされて、微笑まれたら、海堂はそれ以上何も言うことが出来なかった。

「わかりました。でも、日付が変わる前には追い出してくださいよ」

乾の誕生日の前日の休日は諦めても、当日の独占は諦めない海堂だった。

「勿論。それに、土曜から来るでしょ?」
「当然っす」

フッと海堂の口元が綻んで、言葉と同時に、乾の唇に自分から唇を重ね合わせた。


パーティー前日の土曜。
学校も週休二日が当たり前な中、学校は休みでも部活はある。
部活も終わり、学校帰りの不二と菊丸は、明日のパーティーの発案者でもあるので、二人で明日の準備の買い物に遠出していた。

「あ、不二、あれ!」

目的の場所に向う途中、初めてくる街に菊丸が興味深げにキョロキョロと辺りを見回していると、ある建物を見つける。

「あれって…」

菊丸の言葉に、不二も菊丸の視線の先を見つめる。

「ねぇ、英二。僕、いいこと思いついたんだけど…」

その建物を見つめながら、不二が楽しそうに口を開く。

「偶然だにゃ、不二。俺も、すごくいいこと思いついちゃった」

隣の菊丸も、目を輝かせて、その建物を見つめる。

「あのね…」
「あのさ…」

二人で、思いついた計画を話し始める。

「以心伝心だね、英二」
「にゃに、それ?」
「……」
「不二?」
「同じことだったねって言っただけだよ」
「本当だね」

二人が語った計画は全く同じ内容で、不二が面白そうにそのことに感想を漏らすが、菊丸には難しかったらしい。
不二が、かなり端的に噛み砕いて説明したものに、菊丸は返事をした。

「計画変更!」
「今から、全員呼び出さないとね」
「買うものリストも変更だにゃ」
「うん。でも、とっても楽しくなりそう」
「そうそう。きっと、乾とかおちゃんも喜ぶにゃ」
「最高のプレゼントが見つかったよね」
「絶対に、驚くにゃ」
「本当、僕たちって友達思いだよね」

(友達思いなら、そっとしておいてくれ)
そんな乾の迷惑そうな声が聞こえてきそうな中、不二と菊丸は思いついた新たな計画に心底楽しそうに笑いながら、そのために必要なものを買いに行った。
一番、迷惑だったのは、そのために呼び出された他の…特に、そこまでこのパーティーに乗り気でない河村と大石だったのは言うまでもない。
因みに、乗り気でないのは、悪い意味でなくて、折角の誕生日なんだから、乾と海堂の二人をそっとしてあげようという、優しい心遣いによるものだった。


日曜
前日から、甘い夜を過ごしてきた二人は未だ夢の中。
二人仲良く抱き合って眠っている。
そんな二人の邪魔する、七つの影。

「せめて、もう少し遅くても…」
「そうだよ、乾たちが起きてるの確認してからにしたほうがいいよ」

乾の家の玄関の前。
菊丸と不二に連れてこられた大石と河村が、今にもチャイムを押そうとしている菊丸と不二に声をかける。

「乾が起きるの待ってたら、計画がパーになるじゃん」
「それに、起きた後じゃ、逃げられてる可能性もあるからね」

((逃げたいなら、逃がしてあげなよ))
自分の中だけでの正論を吐いて、二人が止めるのを気にもせずに、菊丸がチャイムを押す。
一回で起きてくることがないことなどわかりきっているので、遊び気分で何度も間隔や押し方を変えて押し続ける。


の頃、ベッドでゆっくりとお休みだった二人は…

「…んん」
「……」

部屋に響き渡る音に目を覚ましたところだった。

「…今、行くっす…」

寝起きのいい海堂が、乾より先に起きて乾のパジャマの上を羽織る。
乾を寝かせておいてあげようという気配りから、乾の顔にもシーツをかけて立ち上がろうとしたところを、捕まえられる。

「…起きたんっすか?」

ギョッとして振り返った海堂の目には、物凄く不機嫌そうな表情の寝起きの乾が映る。

「俺が出る」

声もいつも以上に低く、怒気を多分に含んでいた。

「あいつら…」

あれ程、人の睡眠の邪魔をするなと言っているだろうが…

「俺が出るから、薫は服を着替えるか、シャワーを浴びるかしたほうがいい」

そうじゃないと、絶対にこの格好で出たら、あいつらのオモチャにされる。

「やっぱ、この音って…」
「あいつら以外にいるか」
「…っすよね」

言い切る乾に、海堂は深い溜息を吐く。

「じゃ、俺は風呂入ってますんで…」

後は、好きにしてください。
とは、言外に込めて、海堂は風呂場に向った。
海堂とて、こんな無粋な起こされ方は相当不満だったようだ。

「…任せなさい」

風呂に行く海堂に手を振って、眼鏡をかけた乾が不敵に笑った。


戻って、乾家玄関前。

「英二先輩。俺にもやらせてくださいよ」

楽しそうに連打する菊丸に我慢できなくなった桃城が声をかける。

「う〜ん、そうだにゃ〜」
「そろそろだと思うから、変わってあげたら?」
「そっだね。いいよ桃、やりな」

時計を見て話す不二に、菊丸が場所を桃城に明け渡す。
嬉しそうにチャイムを鳴らそうとドアの前に桃城が立ったところ
バンッ!

「グエッ」
「「…やっぱり」」

物凄い勢いでドアが開き、中から不機嫌丸出しの乾が出てくる。

「おはよう、乾」
「遅いにゃ、待ちくたびれたよ」
「先輩ん家って、結構いい家なんすね」

乾の様子に頓着しない不二・菊丸・越前の三人が、それぞれ乾の機嫌などお構いなしに話を振る。

「「桃…大丈夫か?」」

哀れにも、ドアと正面衝突した桃城は大石と河村に助けられていた。

「手塚がいるにもかかわらず、コレを鳴らす必要ってのはあったのか?」

そして、乾は一番後ろにいる手塚の存在を認めてから、低い声を出す。

「え〜、だってさ、コレ楽しいもん」

とは、菊丸の主張。

「二人の邪魔しちゃ悪いと思ったんっす」

とは、越前。

「何かしてる最中に突然入られて困るのは、乾たちのほうだと思ったんだけどね」

と、不二が締める。

「…菊丸」
「へ?ぎ、ぎゃぁぁ〜」

三人三様の答えを聞いて、乾は菊丸の前に出る。
不思議そうな顔の菊丸の前で、乾は両手を菊丸のこめかみに持っていき、そのまま握りこぶしを作り、グリグリと菊丸のこめかみを動かした。

「にゃっ…にゃんで…俺…ったい、痛いよ〜」

泣きながら、乾の腕を剥がそうと試みる菊丸だが、乾の手が緩むことはない。

「不二と越前の理由は一理あるが、お前のは完全に遊んでるだけだろうが」

それどころか、乾は力を強める。

「乾、そこら辺でやめてやったらどうだ?」

いい加減、煩くて近所迷惑だ。
と、ずっと黙って成り行きを見ていただけの手塚が初めて口を開く。

「……そうだな」

少し考えた後、おもむろに手を離す。

「突っ立てても仕方ない。入ったらどうだ?」

ここで追い返しても無駄だとわかっているので、乾は無駄な労力を使うより、こいつらの好きにさせようという答えを出した。

「「「「「「「お邪魔しま〜す」」」」」」」

それを待っていたもの、ずっとそこにいれば近所迷惑だと考えていたもの、痛くてうずまるにしても外だというので我慢するしか出来ないものとそれぞれの思いは違えど、ここにいるより中に入ったほうがいいので、全員、素直に乾の家にあがりこむ。

「ごめんな」
「止められなくて…」

乾の横を通り過ぎる瞬間、河村と大石が乾に声をかける。

「気にするな」

気のいい友人二人の言葉に、乾は少しだけ機嫌を上昇させて、リビングに続いた。

「ね〜ね〜、乾。このポカリ飲んでいい?」
「英二、人様の家の冷蔵庫を勝手にあけたら駄目だろう」

リビングでは、不二と越前と手塚がソファでくつろぎ。菊丸と桃城が冷蔵庫の中を物色している。

「ポカリ…?…ああ、いいぞ。好きなだけ飲め」

少し間を置いて、乾が答える。

「やっり」
「英二先輩、俺も。喉渇いたっすよ」

喜ぶ菊丸に、自分の分も頼むのは桃城。

「英二、僕の分も持ってきて」
「俺も。よろしくっす」

と、菊丸にソファから声をかけるのは、越前と不二の二人。

「俺は、お茶でいいぞ」
「俺も、お茶のほうがいいかな」
「じゃ、俺がいれてくるよ」
「ごめんね、タカさん」

と、手塚の声に大石と河村が賛同する。

「俺、シャワー浴びてくるから、適当にしててくれ」

レギュラー陣の様子を眺めて、口元だけを気づかれないように歪めた後、乾がリビングを出ていった。

「…んだぁ?」
「海堂」

シャワーを浴び、出てきた海堂が突然聞こえてきた、複数の人間の叫び声に、不思議そうに廊下からリビングのほうを見つめていると、自分の部屋から着替えを持ってきた乾に声をかけられる。

「先輩、今の声って…」
「ああ。菊丸と桃と越前だろうな」

海堂が視線をリビングに向けると、つられるように乾も視線をリビングに向け、面白そうに口を開く。

「何、したんスか?」

乾の表情から、乾が何かをしたと決め付けた海堂が乾を窺う、

「俺は何もしてないよ?」

海堂が何を言いたいのかわかってしまった乾は、苦笑混じりにそう告げる。

「単に、菊丸が試作品の乾汁を飲みたいというから、飲ましてやっただけだ」
「新作って、あのスポーツドリンクっぽいのっすか?」
「そう。色をああいう風にしたら、皆、飲みやすいかと思ってね」
「味が何ともならなければ、無駄っす」
「そうかな?」
「そうっすよ」

乾の言葉に冷たく言い放つ海堂。
アレを実際に飲んだことがある以上、自分から進んでアレを飲みたがる奴なんて、きっとあの破壊した味覚の先輩だけであることくらい、想像に難くない。
な、以上はアレをわざわざ菊丸先輩が自分で飲むなんてことは考えられない。
海堂が、胡散臭げに見つめているのに気づいた乾が困ったというように笑う。

「…菊丸が自分で飲みたいといったのは事実だって」

ただ、それが何かまでを本人がわかってなかっただけだが。

「先輩…」

何となく、乾の口振りから言いたいことを察した海堂が、深い溜息を吐く。

「俺も浴びてくるから」

海堂の様子に、この話を終わらせることにした乾がバスルームへと向う。

「あっ、朝飯、作っときますんで」
「うん。サンキュ」

離れていく乾の背中に海堂が声をかける。
乾は振り返ることはせずに、後ろ手に手をヒラヒラと振って、バスルームに消えていった。

「…大丈夫っすか?」

聞こえた悲鳴で、ある程度のことを予測していた海堂とはいえ、リビングに入った途端の惨状に、心配してしまう。

「…大丈夫じゃにゃい」
「ひどいっすよ、乾先輩…」
「どこが、ポカリなんすか…?」
「ポカリより美味しいよね」

新作の乾汁を飲んでしまった四人の台詞である。
右から、菊丸・桃城・越前・不二である。
海堂は、前三人には哀れみの目を向け、その言葉を聞いていたが、最後の言葉だけは聞かなかったことにしようと思った。

「大石、水早く〜」

ぐったりと体をリビングの絨毯の上に投げ出しながら、大石が持ってきてくれる水を待っている三人。

「タカさん、これ本当に美味しいよ?」
「そう…、じゃあ、不二が全部飲んだらいいんじゃないかな?」
「でも、こんな美味しいものを一人で飲むのも勿体ないよ」
「いいんだよ。不二に飲んでもらったほうが、コレも喜ぶよ」
「そうかな、それじゃ遠慮なく」

と、危険分子の不二から皆を守ってくれる河村。
心の中で、そこにいた人間が凄いと、ただただ河村を尊敬していた。
あの不二を怒らすこともなく、不二の誘いを断ることが出来るなんて、と。
口に出せるはずもなく、心の中に留めておくだけにして、海堂はリビングと間続きになっているキッチンに向う。
冷蔵庫から適当なものを取り出して、慣れた手つきで朝食を作り始める。

「…朝飯作りますけど、食いますか?」

じっと、全員に見られている気がした海堂がカウンター越しに尋ねる。

「…気持ち悪いからいらにゃい」
「「以下、同文」」

乾汁の不味さに味覚が麻痺しそうな三人が、食べたそうな残念そうな声で答える。

「家で、食べてきたので俺たちの分はいい」

手塚が海堂に向って答えたのに、残りの三人も頷く。

「…わかりました」

全員の答えを待って、海堂はまた料理を始める。
乾ほどの腕前ではないが、元々、家事は母親の手伝いをしていたので、ある程度、出来ていたところに乾にあってからは、乾の手伝いというか、一緒に料理をする楽しみを覚えたせいで、人並み以上には上手くなっていた。
こうして、時々、乾がシャワーを浴びにいったり、まだ寝ていて先に起きたりしたときなどは、乾のために料理をするのが、海堂の密かな楽しみになっていた。

「どうだ?特製ポカリは?」

戻ってきた乾が、口元だけを歪めて笑みをかたどる。

「ひどいにゃ」
「激、まずっす」
「どうすれば、あんな色であんな味が出せるんすか?」

彼の言葉に、ソレを飲んでしまった三人がうんざりした声で答える。

「説明してやろうか?」
「「「いらない」」」
「あ、僕知りたい」

さも面白そうに話す乾に、三人は心底嫌そうな顔をして答えたが、もう一人、同じものを飲んだはずの不二が嬉々として、その話に加わってくる。

「お前に教えたら、えらい改良されそうなんで、遠慮する」

不二の言葉に苦笑気味に乾が答えた。
その乾の言葉に、その場にいた不二以外のレギュラー陣がホッと気づかれないように溜息を吐いた。

「乾先輩、出来ましたけど」
「ん。じゃ、もう少し待っててくれ」

海堂の言葉に頷いて、乾がリビングで寛ぐ(一部、屍と化している)友人たちに声をかける。

「構わん、ゆっくり食ってこい」

お茶を飲みながら、持ってきていた本を読んでいた手塚が返事を返したのを聞いて、乾は海堂と一緒に朝食を食べ始めた。


「で、どこに行くんだ?」

朝食が済んだ乾と海堂は、てっきりこのまま乾の家でパーティーをすると思っていたところを、外へ連れ出される。

「内緒」
「着くまでの楽しみってことで」

先頭に立つ不二と菊丸の後を歩きながら、乾が隣の手塚に声をかけると、手塚が言いにくそうに口を開くよりも早く、先頭にいたはずの不二と菊丸がすぐ前までやってきて、手塚の代わりに答えた。

「…内緒ね」

自分の顔を覗き込んで、楽しそうに笑う二人を見ながら、少し呆れたような声を出す。
やれやれといった感じの乾に、不二と菊丸はより笑みを深くして、また先頭に戻っていった。

「…困るような場所ではない」
「そんな場所に行ったら、問題だろうが」

手塚なりに何も教えないのはどうかと思って教えたのだろうが、困るような場所という返事を貰っても、乾からしてみれば、そんなことは聞いてないという感じだ。


「……」
「…何がしたい?」

教えてもらうことなく、乾と海堂が連れてこられた場所は、廃れた教会だった。
誰も使うことない所々壊れた教会の前で、乾と海堂の二人は呆然とソレを眺め、菊丸・不二の二人はその姿に嬉しそうに笑い、残りのメンバーは行く場所だけは聞いていたので、初めて見たソレに感心していた。

「何って」
「教会ですることなんて、一つしかないにゃ!」

楽しそうに人差し指を顔の前に突き出して笑う二人に、乾は心底呆れた顔をみせる。

「することって、お祈りっすか?」

が、次の海堂の言葉に、その顔もすぐに苦笑が浮かぶ。

「海堂君は、乾の誕生日にお祈りして楽しい?」
「いえ、楽しくは…」

先輩が生まれたことに感謝をするなら、してもいいとは思う。

「もう、かおちゃんは駄目だにゃ〜」

チッチッと海堂の顔の前で人差し指を振って、したり顔で話す菊丸。

「教会といえば、結婚式でしょ」

語尾にハートマークを飛ばす勢いで言い切る菊丸。
それ、絶対違う!
そう思ったのは、菊丸・不二を除くメンバーであったが、誰も反論するだけ無駄だと思っているので口には出さない。

「それって…」
「そう、乾と海堂の結婚式」

不安そうな顔で言いよどむ海堂に、菊丸が嬉しそうに答える。

「これが、僕らのプレゼント」

不二が教会の前に立って、教会に向って手を伸ばして、乾と海堂に笑いかける。

「はい、海堂先輩」

唖然とする海堂に、越前がブーケを渡す。

「僕の手作りだから、大事にしてね」

渡されたブーケを呆然と見つめる海堂に不二が釘を差す。

「投げるときは、俺に向ってなげてね」
「駄目だよ、英二。僕が作ったんだから、僕が貰うの」
「いや、ここは一番下の越前に…」
「いらないっす」

菊丸がはしゃぎながら、海堂の前に来る。
菊丸の言葉に、真っ先に反応したのは不二で、興味なさそうな越前の代わりに桃城が会話に加わるが、越前に一蹴されてしまい、ひどく落ち込んでいた。

「そ、それより、どうして結婚…」

口々に言いたいことを言う彼らに、海堂は戸惑ったような声を出す。

「だって、かおちゃん不安でしょ?」
「え?」
「来年、僕たち三年は卒業する。乾も三年だから卒業だけど、まだ二年の海堂は卒業できない」
「……」
「出逢ってから、ずっと一緒にいたもんね。乾とかおちゃんは」

優しい声の菊丸に、ただ黙って海堂は頷く。

「別の学校になったら、今よりも逢えなくなるでしょ」
「っす」
「自分のいない世界で、心変わりとかされちゃったら大変だもんね」
「乾のことを信じてるとか信じてないとかいう以前の問題で、不安なんだよね」
「そう…っす」

不二と菊丸の言葉は、海堂の誕生日まで、海堂自身が常に不安に思っていたことだった。
真摯な声と表情で話しかける菊丸と不二に、海堂も素直に答えていく。
急に真面目になった二人に、残りのメンバーがそれぞれに思うとこがあって、黙って聞いていた。

「僕たちも、その気持ちはわかるからさ」
「俺や不二は、同じ年の相手に逢えたから、高校も三年間一緒だから、そこまで不安はないんだけどね」
「でも、その気持ちは痛いくらいにわかるから、少しでも何かしてあげられないかなって思ったんだ」

優しい不二と菊丸の笑顔に、海堂は胸の奥が熱くなるのを感じた。

「こんなことしたって、周りに認められるわけじゃにゃいんだけどさ」
「それでも、僕たちはちゃんと見てるからさ、証人にはなれるよ?」
「お前ら…」
「大丈夫、高校行ったら、俺たちが見張っててあげるからにゃ!」
「何かあったら、すぐに海堂に報告するよ」
「…有難うございます」

丁寧にお辞儀して、礼を言う海堂に、その場にいたメンバーが目を細める。

「んじゃ、始めよっか」
「ん、なら簡単に説明するね」

不二と菊丸の想いを聞いたら、乾も海堂も参加することにためらいはなくなったらしく、二人とも黙って不二の話を聞く。

「神父役は大石ね。僕がピアノで、手塚が新婦の父親役。後がお客さん」
「上手くできる自信はないけど、頑張るよ」

大石が二人の前で緊張した面持ちで話してから、神父の台詞は反芻しながら、教会に入っていく。
客役の菊丸・越前・桃城・河村の四人も続いて中に向う。

「慣れないことで戸惑うとは思うが、よろしく頼む」
「おい、手塚」
「手塚、乾は新郎だけど?」
「あの…」
「そうか、悪かった」

声とともに手塚は、新婦の海堂と腕を組まないといけないのに、何故か乾に向って腕を伸ばした。

「じゃ、僕と乾は中に入ってるから、音楽が聞こえてきたら入ってきて」
「後でな」
「それから、ブーケしか作れなくてごめんね」
「いえ、これだけで十分っす」

流石にウェディングドレスは遠慮したい海堂だった。

「…よろしくお願いします」

教会のドアがパタンと閉じられる。
ドアの前に二人で佇んで、海堂が口を開く。

「それから、スミマセンっした」

ボソボソと謝ってくる海堂に、手塚は軽く目を見張る。

「何がだ?」

俺はお前に謝れるような覚えはない。
そう手塚が答える。

「いえ…、別に…」

謝ることじゃないのだと、海堂もわかっていて、それでも謝っておきたかっただけだから、言いよどむ。
あなたから、乾先輩を奪ってしまってゴメンなさい。
部長と先輩の関係が親友で、お互いそれ以上も以下もない感情を持っているのは知っているけど、それでも、この二人がお互いしかいないというほど大切な関係だったことは知っていたから。
ただの自己欺瞞だってのはわかっているけど、機会のあるうちに謝らせてください。

「…俺は、生まれた頃から乾を知っている」

黙り込んでしまった海堂の頭を横目で見ながら、手塚が口を開く。

「それから今まで、当たり前のように一緒にいた」

誰よりも理解していて、誰よりも近くにいた。
それはいつか壊れてしまうことかもしれないが…

「気にすることはない。海堂がいるからといって、俺と乾の関係が変わるわけでないからな」

海堂がいようがいまいが、見ている未来が違う以上、いつかは離れてしまう。
それでも

「遠く離れてしまうことになっても、親友という関係が壊れることはない」

それほど遠くない過去。
道が違うことを知った俺に、笑って告げてくれた親友の言葉。
例え、二度と会えることがなくなったとしても、俺の親友は最後までお前だけだよ。
その言葉が、立ち止まっていた俺の背中を押してくれた。

「乾を頼む」

しっかりしているようで、実は甘えたがりで、寂しがりやだったりする親友。
何でもできるくせに、面倒臭さが先にたつ上に、集中すると周りが見えなくなる癖のせいで、すぐに自分を省みなくなるとこがある。

「あいつを一人にしておくと、ロクなことにならない」
「…知ってます」

手塚の言葉に、海堂が小さく笑う。
何かに熱中して、何日も飯も食わない、寝ない日々を続けた結果、糸が切れたように倒れることがざらにあることを、身を持って、二人とも経験しているからだ。

「俺は、いつか乾と離れてしまうからな」

ずっと一緒にいるのだと、それが当たり前だと思っていた過去。
違う人間である以上、それは出来ないのだと教えてくれた現実。
自分と乾が見る未来は同じでないから…

「だが、お前は一緒にいるだろう」

海堂の首にかかる、今は服に隠れた指輪を思う。
乾があれを買うまで、どれくらい葛藤があったのかを自分は知っているから。
どれだけ乾が海堂を大事に思っているか、きっと思われている海堂よりも知っている。
一緒にいるだろうではなく、本当は一緒にいてくれなければ困るのだ。
親友が、この少年を大切に思っている限りは。

「お前になら、安心して頼める」

これは事実だ。
これがもし、海堂ではなく不二や菊丸なら、俺は絶対に反対していた。
あいつらに、誰よりも大事な親友を任せようなどとは思えない。
だが、海堂は違う。
不器用なところがあるが、真面目で礼儀正しく、根は素直だ。
海堂なら、ちゃんと乾を見ていてくれる。
そう思えたからこそ、親友の初めての恋を応援した。

「乾を頼んだぞ、海堂」
「はい」

自分を見上げてくる海堂に、ふっと表情を和らげて言う手塚に、海堂も笑って、それでも力強く頷いた。

「入場だな」
「そうっすね」

話しがついたところで、タイミングよく中からピアノの旋律が聞こえる。
手塚の右腕に海堂の左腕が組まれる。
静かに開かれたドア。
開いたのは河村と桃城で、いつもは海堂と仲の悪い桃城もこの日ばかりはと、笑ってこの成り行きを楽しんでいた。
ドアを開けた二人が、所定の位置に戻る。
客役の四人が、海堂と手塚のほうを向いて手を叩く。
海堂が顔をあげると、視線の先には乾がこちらを向いて、待っていた。
一度、確認しあうように手塚と海堂が顔を見合わせる。
ゆっくりと、一歩一歩を踏みしめるように乾の待つ場所までを歩く。
本物の花嫁たちは、あの場所に着くまで何を思っているのだろうか?
愛され続けた過去。
愛しい人と過ごす、未来。
でも、自分が考えるのは彼のことだけ。
そこに続く道を先で待つ彼だけを思って、歩む。
絡まった視線を外すことなく、お互いにお互いを見詰め合ったまま、早く行きたい心を押さえ、ゆっくりと心を落ち着けるように歩く。

「待ちわびたよ」
「もう、待たせねぇよ」

これからは、一緒に歩くのだから。
手塚の手から、乾の手へと、海堂が渡される。
二人で、神父役の大石の前に並ぶ。

「汝、病めるときも健やかなる時も…」

緊張した声で、大石が口を開く。
出てきた言葉は、誓いを促す言葉。

「誓います」

初めに乾が淀みない声で答える。

「海堂、汝…」
「誓います」

次いで海堂も迷わずに答える。

「では、指輪の交換を」

海堂と乾が向いあう。
海堂が自分の首にかかったチェーンを乾に渡す。
乾が中から指輪を抜き、海堂の左手を取って、薬指に指輪を嵌める。

「それ?」

海堂が取り出したのは、海堂の指に嵌められた指輪とお揃いの指輪。
それは、乾が海堂の指輪を買ったときに、ペアリングとして買ったものだが、乾はそれの存在を海堂には告げていなかった。

「部長が教えてくれました」

海堂がコレの存在に気づいたのは、自分の誕生日の直後の部活でだった。
手塚から、乾が自分用のも買っていたのを聞いて、乾に気づかれないように持って帰った。
いつか、機会があったら、乾にもつけるように言おうと思って。

「そっか、手塚が…」
「先輩、手」

感慨深げに呟く乾の左手をとって、海堂も指輪を乾の薬指に嵌める。

「では、最後に誓いのキスを…」

言いにくそうに最後の言葉を告げる大石。
乾と海堂も顔を見合わせて苦笑を浮かべた後、そっと瞼を閉じて、触れるだけの口吻を交わす。

「おめでとう」

すぐに離れた唇。
ほぼ同時に、パンパンと小気味いいクラッカーの音と皆の祝ってくれる声が聞こえる。

「サンキュー」
「有難うございます」

乾の腕が海堂の肩にまわる。
海堂が一歩、乾の横による。
寄り添って、気のいい仲間たちに礼を言って、笑いあう。

「来年は、俺と越前のもしてくださいね」
「俺はしたくないっす」
「「何はともあれ、おめでとうございます」」

相変わらず、一人空回りの桃城と、冷たくあしらう越前が、乾と海堂に声をかけて、教会を出る。

「次は俺たち。だよね、大石」
「え…っと…」
「「幸せにな」」

人のを見て、自分もしたくなった菊丸と、返答に困る大石も、二人に声をかけて出て行く。

「いつか、本当に出来るといいね」
「出来るよきっと」
「「お幸せに」」

いつか来るかもしれない未来に想いを馳せながら語る不二と河村も、声をかけて出る。

「何かあれば、いつでも呼べ」
「手塚」
「親友に距離は関係ない。そうだな?」
「ああ。離れていても、俺の親友は手塚だよ」
「幸せだな?」
「勿論」
「はい」

最後に手塚が、二人に話しかけて外に向う。

「いい誕生日になりましたね」

二人しかいない教会。

「……」

海堂が優しく乾を見上げる。

「先輩?」
「…行こうか」
「はい」

何かを我慢しているような乾の表情に、海堂が何かを感じたらしく、乾の手をギュッと握り締めて歩く。
殊更ゆっくりと歩いて、教会のドアを開く前に、乾を見た。
いつもの乾に戻っているのを見て、海堂がドアを開く。
二人で教会を出る。
目の前には、階段を降りた先で待っている仲間。
海堂は彼らの顔を一回り眺めて、静かに右手をあげて、手に持っているブーケを空高く
放り投げた。
青の空に溶け込む、白のブーケの軌跡。
軌跡の向こうに待っているのは…


「胸、借りていい?」

そのまま、全員でカラオケに行って、披露宴という名の、誕生日パーティー。
一頻り騒いで、二人が乾の家についたのは、夕方過ぎ。
乾の部屋についた途端、乾のベッドに押し倒された。
海堂をギュッと抱きしめ、胸に顔を埋める。

「誕生日おめでとうございます」

まわした腕に伝わる振動に愛しさを感じながら、海堂が囁くように告げる。

「…有難う」

掠れた声で返された返事に、海堂は優しく乾の髪を梳く。
二人っきりになるまで、涙を堪えていた彼が思いっきり泣けるようにと、背中を撫ぜる。

「幸せですね」

嗚咽をもらさず、音をたてずに泣き続ける乾に、そっと囁く。

「ああ」

涙が出るほど感動した乾が、嗚咽をもらさないように小さな声で答える。

「薫…」

くぐもった声が海堂を呼ぶ。

「はい?」
「傍にいてくれるか?」
「勿論っす。あなたが望む限り、傍に」
「じゃ、一生だな」
「いいっすよ。覚悟してください」
「望むところだよ」

海堂の言葉に乾が胸に顔を埋めたまま笑う。

「…貞治」

海堂の声が乾の名前を紡ぐ。
物凄く、愛しそうに呼ばれた名前に、乾が一瞬止まる。

「薫?」
「誕生日っすから」

いつもは、どんなに乾が名前で呼んで欲しいと頼んでも、呼ばない海堂。
初めて海堂の口から出た自分の名前に、乾は心臓が止まりそうになっていた。
こんなに、甘く呼ばれるなんて思わなかった。

「呼んで」

一回じゃ足りない。

「もっと、名前で呼んで?」

君の口から出る自分の名前の甘さに、胸が熱くなるから。

「貞治…」

乾のお願いに答えるように、海堂が乾の名前を呟く。

「大好きですよ、貞治」

自分の胸に顔を埋める乾の顔を持ち上げて、首に腕を回す。

「俺も、好きだよ。薫」

海堂の意図に気づいた乾が、答えるように囁いて、ゆったりとした口吻を交わした。


人は一人で生きていけないというが、二人だけで生きられるわけでもない
大切な人と、大切な友人たち
どちらもかけがえのない存在だと教えられた今日
興味なかった、誕生日を何よりも大事な日に変えてくれた人たち
彼に、そして何よりも大切な彼に逢わせてくれたことに心よりの感謝と気持ちを
有難う
生まれてきてくれて
俺を生んでくれて
どれか一つが欠けては成り立たないから
この日に
自分が生まれたことの喜びと
彼らに出会えたことの感謝を……


有難う Dear my Best friends
そして、誰よりも大切な Dearest

Fin