試験前となると、どこのクラブも大体が休みに入る。
ここ青学テニス部もそれは同じで、一週間前からクラブは休みに入っていた。
テニス部レギュラーは、大体が(一部を除いて)文武両道ばかりであり、厳格な部長がいるために、成績が悪いと罰が待っているので、部員たちはみな一様に、試験前から試験中は真面目に試験勉強に取り組んでいるのであった。
その為、ここ最近の海堂の不機嫌さは目を見張るほどのものであった。
テニス大好き少年の海堂からすれば、テニスの全然出来ないテスト期間は嫌いであった。
その上に、ここ最近では、ようやく想いが通じ合って恋人になれた一つ上の先輩に逢えなくなるために、余計に大嫌いになっていた。
今週の頭から始ったお休みは、やっとのことでまだ半分を過ぎたところ。
来週からテストが始まるので、まだ後、一週間はこのままだ。
既にほんの数日、顔を合わせてないどころか、声も聞いてない状態に、何もかもが手付かずで、ずっと彼のことばかり考えている。
これでは、全然勉強も出来ずに、何のためにあの人に逢ってないのか…
もう、いい加減限界にきた感情に任せるように、海堂は昼休みのチャイムとともに教室を出た。
手に、勉強道具とお弁当を持って、二年生の教室へと向かう。
廊下を先生に止められない程のスピードで走り、階段を一段飛ばしで駆け上がる。
短い昼休み、少しでも長く一緒にいたいから、例え校則違反だろうとも気にせずにあの人の教室まで走っていく。
二年の教室。一番端の教室に海堂の望む存在がいて、海堂はその人とそういう関係になってから誘われるままに、その教室には何度も足を運んでいた。
見慣れた教室。
ドアに隠れて、顔だけをちょこんと出して教室の中を覗き込む。
彼がいるのは、一番後ろの窓際の席。
そこは既に人だかりが出来ていて、
先輩が見えない…
たぶん、その中央にいるであろう目的の人の姿が見えなくて、海堂の頬がぷぅっと膨れる。
「あれ、海堂君?」
こっそりドアから覗き見してるところを、そのクラスの女子に見つかり、声をかけられる。
「乾君、海堂君来てるよ」
既に、このクラスの生徒にはバレてる二人の関係。
彼女は迷うことなく、海堂の探してる人、乾を呼ぶ。
「海堂。どうした?」
その女生徒の声に、人垣が割れて二つになる。
その割れたところから、乾が海堂に向かって歩いてくる。
おいでおいでと手を振られ、海堂はお邪魔しますと小さく一礼をしてから入ってくる。
「…先輩に、逢いたくて」
海堂は根が素直な為、こういう時、色んな言葉を考えたりしてても、結局、素直に感情を吐露する。
「俺も逢いたかったよ」
そういう海堂の一面が乾はとても愛しく感じていた。
「昼、一緒してもいいですか?」
乾の言葉に嬉しそうにはにかんでお弁当を見せる海堂。
「いいよ。ついでに、勉強も見てあげるよ」
お弁当と一緒に持っている教科書を見て、乾が苦笑を漏らした。
「ってことで、悪いけど俺、海堂と飯食うからさ。お前らあっちいってくれる?」
海堂を自分の椅子に座らせて、人垣と化しているクラスメートに声をかける。
「はいはい」
「ったく、海堂君が来ると態度違うんだからさ」
「普段の乾を見せてやりたいよ…」
「何か言ったか?」
「「「いいえ、何も」」」
乾の人の悪そうな笑みを見て、人垣たちはわらわらと各々、昼飯を食べに戻る。
「よかったんですか?」
乾の机の前の椅子に座った乾に、海堂が戸惑いがちに声をかける。
「俺、邪魔だったんじゃ…」
「そんなことないよ。ずっとあいつらにヤマを教えろって言われてて、辟易してたとこだから、逆に有難いよ」
海堂の髪を優しく撫でて、笑う。
「海堂が逢いにきてくれて、すごい嬉しいよ」
笑顔でそんなことを言われてしまい、海堂の顔は見る見るうちに紅くなる。
「俺も、喜んで貰えて嬉しいっす」
ボソボソと小さな声で話すから、乾は自然と耳を海堂のほうに寄せる。
顔がさっきよりも近づいたことに、海堂はより赤くなる。
「見せ付けんなよ」
「そうだぞ、一人もんのことも考えろ〜」
そんな二人の様子にあてられっぱなしの教室に残ってるクラスメートの男子からの野次が飛べば、
「いいじゃない」
「そうよ、いい男と可愛い男の子の2ショットは絵になるじゃない」
「そうそう、観賞にはこれほど、おいしいものはないわよ」
と、女子からの応援の声が飛ぶ。
けれども、既に二人の世界に突入している二人にはそんな声、耳に入ることなく、
「相変わらず、豪勢だね」
お重で出てくる海堂の弁当を見て、乾が感嘆の声を漏らす。
中学生の弁当に漆塗りのお重を使う上に、中味は全て手作り。
今時の親なら、レンジでチンの冷凍食品やら、出来合いのものはお手のものだろうに、海堂の母親はどうやらかなり凝った人で、料理も自家製の手作りばかりだと、前に海堂に聞いていた。
「先輩は、サンドイッチですか?」
お重での海堂の弁当に対し、乾の昼はラップに包まれたサンドイッチやホットドッグの山。
「うん。今日は作る時間があんまりなかったんだよ」
両親共働きの乾の家では、料理ははっきりいって乾担当。
お弁当も朝食も夕食も乾が自分で作っていた。
「先輩、自分で作るんですか?」
「そうだけど。うちの親は帰ってこないほうが多い人だからね」
乾の親は、科学技術庁所属の研究員で、滅多に家に帰ってこない。
「いい加減、慣れたし。気が楽でいいけどね」
なので、ほとんどこの年齢で一人暮らし状態を満喫している乾であった。
「スミマセン、俺、何か…」
立ち入ったことを聞いてしまったことに、海堂が俯いて謝る。
「別に、気にしてないよ。それより、海堂の弁当って上手そうな」
それを軽く流して、乾は何気に話題を変える。
「そうっすか?食べます?」
手にしていたエビフライを少し見つめて、乾の眼前に差し出す。
「有難う」
そのまま乾は戸惑うことなく、海堂の箸から直接、エビフライを頬張る。
「美味いよ」
パクッとそのまま食べる乾をボケッと見つめていたら、声をかけられる。
「そっすか?」
慌てて、視線を外し、答える。
「先輩のも美味そうっすね」
乾の手作りであるそれを何気なく見つめていた海堂が、ポツリと呟く。
「じゃあ、海堂も食べる?」
乾が一つを手に取り、海堂に手渡す。
「有難うございます」
嬉しそうにイソイソとラップを外す海堂に、乾は目を細める。
その姿が可愛くて仕方ないらしい。
「……」
パクッと一口かぶりついて、しばし海堂が沈黙する。
「不味かったかな?」
どことなく固まったような感じで口だけを動かす海堂に、流石の乾も心配になってきて声をかける。
「…すっげ、美味い」
そんな乾の杞憂をよそに、海堂がポツリと呟く。
どうやら、あまりの美味しさに声も出なかったようである。
「そう、よかった」
その様子に、乾がホッとしたように溜息を吐く。
「先輩?」
「いや、ずっと黙ってたから、不味かったのかなって思ってさ」
小首を傾げてくる海堂に、乾は苦笑を漏らしながら説明する。
「あっ、スミマセン」
「いいよ。声も出ないくらい美味しかったってことでしょ?」
「…はい」
「いい子だね、海堂は」
よしよしと小さい子にするように頭を撫でられて、ちょっとだけ海堂はムッとする。
自分と先輩は一個しか違わないのに、子ども扱いされてムカツク。
それでも、こんな風に甘やかされるのは嫌いじゃなくて、寧ろ大好きだったりするから、困ってしまう。
「子供扱いしないでください」
ちょっと怒ったように言うと
「そんなつもりはないんだけどな」
と、苦笑いで返されて、この人のこんな仕草も好きなんだと一々、認識させられてしまうからどうしようもない。
「じゃ、勉強見てあげるよ」
仲良くランチも終わり、机の上を片付けて、乾の机の上に海堂の教科書とノートを広げる。
そのまま仲良くお勉強タイムに突入したわけだが、まだ付き合い始めて日の浅い二人。
特に海堂は至近距離にいる乾に集中できずに、ドキドキしっぱなし。
それでも見てもらってるのだからと、持ち前の集中力でもって、何とか乾の説明をきちんと聞き始める。
乾のほうも、初めはどこか雑念が入ってることには気づいていたが、徐々に集中し始めていく海堂に、大した奴だなと思いながら、説明を続けていた。
「そろそろ、昼休みも終わりだな」
時計を見た乾が呟く。
その声に、海堂は残念そうな顔をする。
「真面目に勉強してた海堂に、ご褒美あげるよ」
「えっ?」
驚いたように顔を見上げる海堂の前で、乾は海堂の教科書に何やら書き込んでいる。
「はい、これヤマはっといたから。線引いてるとこを重点的にやるといいよ」
そういって返されて教科書を見ると、確かに赤で線が引かれていた。
「ズルイ、乾。俺たちには金取るくせに」
一部始終を見ていたクラスメイトから非難の声が飛ぶが
「何がズルイ?お前らはただのクラスメイト。海堂は大事な恋人。海堂を特別扱いして何が悪い」
乾はそれを意にも返さず
「文句があるなら、二度とヤマ貼らんぞ」
と、逆に脅迫し始めていた。
「ないです」
これにはクラスメイトたちも従うしかなかった。
乾のヤマは高確率で当たるので有名だった。
それゆえ、クラスのみならず他のクラスの連中までもがソレ目当てに試験前になると乾のところにやってきた。
乾もそれに気づいていたので、それで商売を始めていたのだ。
要するに、ヤマをはった問題の解説つきノートのコピーを一教科500円で売るという。
相も変わらず中学生らしくない乾であった。
「先輩、いいんですか…?」
クラスメイトとのやり取りを聞いていた海堂は、悪いなと思い口を開く。
「いいんだよ。海堂は真面目に頑張ってたからね」
初めから、人のノートを当てにしてた奴らとは違うんだよ。
と笑顔で言ってのけるから性質が悪い。
けれど、周りからすればその通りなので、何も言い返せなかった。
「…有難うございます」
「いいよ。それと、もう一つ…」
言うなり、乾の体が動く。
机から乗り出して、海堂の頬に手を添えると、もう片方の頬に唇を寄せる。
「よく頑張りました」
頬に触れた感触に、キスされたのだと気づいて、海堂は真っ赤になる。
「見せ付けんなって」
叫ぶ男子と
「キャーvvもっとやって〜」
と、カメラ片手に黄色い声援を送る、女子。
様々な反応の中、昼休み終了5分前の予鈴が鳴り響く。
「あっ、俺、戻んなきゃ…」
予鈴を耳にした海堂が立ち上がる。
「有難うございました」
そう言って、立ち去ろうとする海堂に
「ちょっと待った」
乾が声をかける。
「…?」
「試験終わるまで、毎日、勉強見てやろうか?」
勿論、放課後。俺の家でってのどう?
海堂の横に来て、最後の言葉は耳元で囁く。
「…オネガイシマス」
耳元で囁かれた言葉に、何だか違う意味も含んでそうな言い方に、海堂は緊張したまま答える。
「じゃ、放課後迎えにいくから」
「はい」
嬉しそうに微かに笑って、海堂は乾の教室を後にする。
またしばらく逢えない日が続くと思って、寂しかったところに、嬉しい申し出。
何の勉強するんだか
耳まで赤く染めながら心の中で呟く声に、自分で照れてしまう。
学業の勉強であろうと、恋愛の勉強であろうと、彼と二人でいられるのなら何だって嬉しいから
約束を糧に、残り二時間、頑張って授業を受けようと思うけど、今度はこれから起こるかもしれないことを考えて授業なんか身も入らずに、終わるのをソワソワしながら待ってるだろうなと考える。
あの人に逢って、好きになってから、本当に自分はどうかしたんじゃないかと思うけど、こんな自分も悪くないと思ってる自分がいるから本当にどうしようもない。
「乾先輩、ちゃんと責任取って下さいね」
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