逢いたい…
寂しい…
哀しい…
あなたがいない
ただそれだけなのに
心が悲鳴をあげる
涙が頬を伝う
あなたがココにいない
ただそれだけのはずなのに……
「嬉しそうっすね」
前日、修学旅行の準備で忙しい彼の家に遊びに行ったとき、カバンに荷物を詰め込む彼の背中に投げかけた言葉。
「まあ、修学旅行だし。台湾の文化とかは興味深いしね」
彼のベッドの上、彼の愛用の枕を腕に抱いて膨れっ面で見ている俺に、そう彼は楽しそうに言って、台湾の文化について説明を始めた。
「そんなの聞きたくないっす」
いつもならどんなことであれ、彼の口から聞く話は楽しかった。
けれど、今しようとした話は…
明日から彼が行く旅行先の話で、1年下の俺はそこにいない。
彼を奪っていってしまうような話は聞きたくなかった。
「怒ってる?」
きつい言い方になった俺に、彼は心配そうに俺を覗きこむ。
「こらこら、そんなに膨れないの」
プクッと膨れた俺の頬を人差し指でツンツン付きながら苦笑する彼に
「イヤ」
とだけ返した。
そうしたら、彼は困ったように笑って
「たった一週間だよ?」
そう言った。
たったじゃないのに
一週間も逢えない日が続くのに…
「一週間も逢えないんっすよ?」
目の前で困ったように笑う彼の服の袖を掴んで呟く。
「先輩は、たった何ですね」
俺はこんなに辛いのに、彼は何ともない顔で
「俺だって寂しいよ」
袖を掴んでいた手を離され、握り締められる。
「だから、一週間もじゃなくて、たったって考えるんだよ」
すぐに逢えるって、そう思ってないと辛いでショ?
頬に優しくキスされて、そう囁くから、俺は流れそうになった涙を堪えて頷いた。
それでも一週間、あなたを忘れることなんか出来そうにないから
「乾先輩…」
目の前の人の首に腕を回して
「…シテ…ください」
あなたの匂いを、あなたの声を、その重みも全て、俺に刻みつけて
あなたがいない間、あなたを感じれるように…
了解の印に降ってきたキスを受け止めた。
今だけは、あなたがいなくなる
その事実を、忘れさせてください
乾が台湾に行って、約半分の日数が過ぎた。
その間の海堂はと言うと、授業を受けても、部活に行ってもどこかボーッとして、
「おいマムシ」
と、ライバルの桃城に言われても
「……」
耳に入ってないのか、いつもならキレて喧嘩になるところが、そのまま通り過ぎて行くだけで
「何かおかしくないか?」
と、逆に桃城から心配される程であった。
「先輩たちがいないからだろ」
首を捻っている桃城に、荒井が声をかける。
「何で?あいつ人一倍、練習熱心なのに?」
「違う。そういう意味じゃないって」
荒井の言葉に、先輩たちがいなくてダレてるんだという意味に取った桃城がより不思議そうにしている。
「乾先輩がいなくて寂しいんだろ」
「何で?そりゃ、確かに海堂と乾先輩って仲良かったけどさ」
「桃、本気でそれ言ってる?」
心底わからないという様子の桃城に、荒井があきれ返ったような口を聞く。
「毎日、アレ見てて、何も気づかないのか?」
たぶん、桃城以外の部員は皆気づいてるだろう事実。
ある日を境目に、あの二人の仲が急接近し始めたこと。
「ここ最近じゃ、全然、人目も憚ってなかったのに」
あれだけ、周りの目も気にせずにバカップルよろしく、ベタベタ・イチャイチャしていた三組のうちの一組に、海堂・乾のカップルも含まれてるというのに…
「本当、お前ってめでたい性格だよな…」
「んだよ、それ」
不満そうに口を開く桃城に、荒井を含め、その話を聞いていた部員たちが一様に溜息を吐く。
一週間だけの幸せ。
海堂には悪いが、俺たちにもそれぐらいのささいな幸せくらいは堪能させて欲しい。
日々、人目も気にせずイチャついてるバカップルを見ながら練習しないといけないテニス部員の心の叫びだった。
学校ではああな海堂は、家に帰れば
「乾先輩…」
最後の夜、
「毎日、電話するから」
そういった彼は、本当に毎日、彼の携帯で電話をかけてくるけど
声を聞いたら、我慢できなくなるので、その電話を取ったことはなかった。
その代わり、毎日・毎日、彼にメールを送る。
(アイタイ)
(サミシイ)
(ハヤクカエッテキテ)
毎日・毎日、暇さえあれば送るメールを、彼はどういう気持ちで見ているんだろうか?
今日も電話が切れた直後にメールを送る。
そうすると、すぐに返ってくる返事。
(もうすぐだから)
(好きだよ)
呪文のように繰り返し送られてくるメールを抱きしめて、今日も眠りにつく。
それが、乾が台湾に行ってからの海堂の日課になっていた。
待ちに待った最終日
今日、やっとで乾が帰ってくるという事実に、朝から海堂はソワソワしていて、やっぱり授業・クラブどころじゃなかった。
顧問も部長も皆、修学旅行に行っているテニス部は、この一週間自主練の日々であったために、海堂は乾が帰ってくる時間を見計らって、クラブを抜け出す。
全速力で向かうのは、待ち焦がれた人の家。
逢える。やっとで逢える
見慣れた道を走り、見知ったマンションの前で立ち止まる。
中に入り、彼の家の前までくる。
はやる心を抑えて、乾の家のチャイムに手を伸ばした時
「海堂?」
背後から、待ち焦がれた声が聞こえる。
その声に、バッと振り向くと
「先輩」
そこにいたのはまぎれもなく、この一週間焦がれ続けた人で
「逢いたかった」
久しぶりに見た乾に抱きつく。
「おおっと」
勢いよく飛び込んできた海堂を抱きとめた乾が苦笑を漏らす。
「ただいま」
「お帰りなさい」
互いに、互いの存在を確かめるように抱きしめる。
そのまましばらく抱き合っていたが、まだ公共の場にいるので、家の中に入る。
家に入って、海堂を部屋のベッドに座らせた乾は、先に片づけをやってしまおうとカバンの中のものを取り出す。
洗濯物を取り出し、洗濯機に放りこみに部屋を出ようとすると、
「海堂、ついてこなくてもいいんだよ?」
雛鳥よろしく、乾の後をトコトコとついてくる海堂に乾が苦笑を漏らす。
「だって」
まだ離れたくない
乾の背に顔を埋めて、腰に腕をまわす。
「邪魔しないから、傍にいさせてください」
「かなわないな」
海堂の言葉を聴いて、乾が困ったように笑う。
「じゃ、先に薫君のご機嫌伺いでもしましょうか?」
ひょいと海堂を抱き上げて、ニヤっと笑う乾。
「…ムカツク」
子供扱いしなくてもいいのに…
まるで我侭な子供の言うことを聞く、みたいな言い方が癇に障って、つい憎まれ口を叩いてしまうけど、そんなこと乾にはお見通しで
「でも、好きでしょ?」
と、笑って聞かれる。
「自信過剰」
「でもないと思うけど?あれだけ一週間泣かれたら」
「泣いてない」
「本当?」
「うっ…」
本当は図星だったので、言葉につまる海堂。
「ごめんね」
ベッドに下ろされ、髪を優しく梳かれながら言われて
「もういいっすよ」
今はココにいるから…
紅くなる頬をシーツに隠しながら呟く。
「そんなことより、早く…」
腕を回して、強請る言葉を口にする海堂に、乾は少しだけ目を見張った後
「すっかり、誘い方が上手くなって」
と、面白そうにのたまわるから
「…もうしない」
腕を解かれ、スルリと抜け出された海堂から、冷たい一言を食らってしまうわけになるわけで、
「ごめんなさい」
プイッと向こうを向いてしまった海堂に、謝り倒す。
真っ赤な顔で、恥ずかしさに目に涙を浮かべて、それでも顔を膨らまして怒ってるだろう恋人が折れて、こっちを振り向いてくれるまで乾は謝り続ける。
一度、機嫌を損ねると後が長いのだ、この年下の恋人は
「俺が悪かったからさ、機嫌直してくれないかな?」
そっと噛みつかれないように気を使いながら、そっと海堂の髪に触れる。
「久しぶりに会えたんだからさ、そうやって離れてるより、こうして一緒にいるほうがよくない?」
噛み付かれる心配ないと判断した乾は、そのまま海堂を抱き寄せる。
暴れることなく、すっぽりと腕の中に納まる体に、機嫌が戻ってることを悟る。
「俺もね、旅行に行ってる間、ずっと薫のこと考えたよ」
そりゃ、たまには台湾のスクーターの普及率とか気にはなったけど…
「薫からメールが来るたびに、帰りたくなったよ」
海堂のつむじに唇を寄せて囁くと、擽ったそうに海堂が身を捩る。
「だからさ、もっと顔見せて」
抱きしめる腕を緩めて海堂が振り返りやすいように体勢を整える。
「先輩」
恥ずかしそうに振り返る海堂のこめかみにキスを落とす。
「さっきの言葉は無神経だったよ。ごめんな」
「…もういい」
額に頬に鼻に耳にと降りてくるキスを受け止めながら呟く。
体を少し捩って、乾の肩に頭をのせる。
キスしやすように顔を横に向けて
「唇は?」
乾の頬に手を添えて、自分の方を向かせる。
「勿論、頂きます」
スルリと海堂の手が乾の首筋に滑り落ちる。
まわされた腕に誘われるままに、乾が動く。
外した眼鏡をサイドテーブルに置いて、待ちわびる唇に自分のソレを重ねる。
そのまま薄く開いた隙間から舌を滑り込ませて、深く相手を味わう。
海堂の腰と足に腕を回して、シーツの波間に沈めて、そのまま二人、熱い夜に酔いしれる。
「そういえば、お土産あるんだけど」
久方ぶりの逢瀬は、二人ともかなり燃え上がったらしく、海堂はグッタリとベッドに身を投げ出している。
その隣で、優しく髪を梳いていた乾は思い出したように、ベッドを出てカバンを漁る。
「はい、お土産」
そう言って差し出されたというか、ベッドに落とされたものは…
「何すか、コレ?」
というか、この量。
何がなんだかわからないが、ドサッという音とともに降ってきた数々のお土産に唖然とする。
「だから、ずっと薫のこと考えてたって言ったデショ?」
そう言われましても…
思わず、突っ込みを入れたくなってしまう海堂を誰も咎めはしないだろう。
「ずっと考えてたせいか、何見ても、コレ薫に似合いそうとか思ってさ…」
気がついたら、薫の土産しかなかったりするんだな、これが
なんてことを、どことなく照れたような表情で言うもんだから
「先輩って、実はバカ?」
ハハハハハ…と海堂にしては珍しく、爆笑した。
「ひどいな」
その様子に、乾も苦笑する。
自分でも自覚はあるのだろう。
「先輩…」
貰ったお土産を全部、床に降ろして、海堂が乾を呼ぶ。
「ん?」
またベッドに入ってきた乾の首にしがみついて
「大好き」
ペロっと犬や猫みたいに乾の唇を舐めて、囁いた。
長かった一週間は、二人の関係をより甘いもに仕上げてくれる、スパイスになった。
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